雨降って──────────『おれの部屋で、一緒に寝る?』
そんなことを言われ、思わず頷いていた。
彷徨がお風呂に入りに行っている間、ようやく私の思考力は回転を始めていた。
(待って?待って、ちょっと待って。普通に考えて、マズイよね…?マズイよね)
「部屋で待ってて」と言われ、急に覚醒してしまうと顔中火を吹いてしまいそうになっていた。一緒に寝るって、絶対緊張してしまう、いやいやそれ以前に、いくら両想いでも中学2年生の男女が部屋1つで一緒に寝るのは──────────
━━━━━━━━━━━━━━━ガラッ
「ひょあぁぁぁぁっ」
「な、何だよ…」
「か、彷徨……あ、あのっ」
「んー何?」
返事をしつつも、彷徨は押し入れを開けて布団を2組並べていた。
「はい、どうぞ?もう日付け変わってるし、疲れたからさ…もう寝ようぜ?」
「……あ、はい…」
促された布団の方に普通に入ってしまった。隣に敷いている彷徨も電気を常夜灯にして、何も気にしてないと言わんばかり普通に入っていた。背を向けてはいたけれど。
「か、彷徨…」
「…さっきの話?まだ、お前が向こうに戻るまでは時間あるし、ゆっくり考えよう?」
そうは言うけど、わたしが向こうに帰るまであとどれくらい残されているんだろう。気持ちがどんどん下がる。でも、彷徨は続ける。
「例えば、この町でしたい事とか行きたい所とかさ…思い出作り、って言うの?おれもできる限りの事はするから考えておいて?とりあえず今日は一旦止めようぜ」
「…うん…」
「じゃ、おやすみ」
背を向けたままの彷徨を見て、目頭が熱くなった。あぁ、もう…泣きたく、ないのに。
「…っ…く…ふっ…うぅー…」
「…何泣いてんだよ」
「違うもん…泣きたい訳じゃないもん…勝手に、出て来るの…」
パジャマの袖で思い切り擦った。すると背を向けていた彷徨がこちらを向いて来た。
「未夢…こっち向いて」
「……」
涙でイマイチ彷徨の顔が見えないけど、見たつもり。
「擦ると余計腫れるぞ」
そう言うと、指先が目尻を拭って来た。お願い、これ以上泣かせないで。
「まぁ…そうだよな、泣きたくもなるか。まず、出すもん出して吐いちゃった方が少し楽になるかもな?お前抱え込むし」
身体を起こした彷徨が、両腕を拡げてた。『おいで』って言ってるみたいに。
迷わずに飛び込んでいた。回された腕の温もりが伝わって、彷徨のパジャマを涙でぐしゃぐしゃにしてたけど、彷徨は何も言わないでいてくれた。上手く言葉に出来なくて、その分バケツから溢れた水のように込み上げて来る涙が止まらなかった。
「ひっく…やだ…やっぱり、やだよ…」
「ん。全部吐いていいよ?聞くから」
「……一緒に、いたい…離れたくない…」
「うん。そうだな、そうしたいな」
「…好き…彷徨が、いい……彷徨、好き…彷徨じゃなきゃ、やだ…」
「うん…」
それから、どれくらいそうしたか、何を言ったかなんてもう覚えてないけど、わたしが落ち着くまで、ずっとそうして、聞いて、待っててくれていた。
「……ごめん…わたし」
彷徨はパジャマを取り替えていた。何せわたしがパジャマを涙で台無しにしたから。あんなに泣いたのは久しぶりかも知れない。でも、兎に角恥ずかしすぎる。
「少しは、スッキリしたんじゃない?」
「いや、もう…なんて言うか…」
もう何も言えません。いつもの嫌味でからかってくれた方がまだマシだって思う。
「…じゃあ1個おれのお願い聞いて貰おうかな?」
「え?」
「手を繋いで寝ない?」
すっと差し出された手。
「おれのお願い簡単だろ?嫌?」
「……ううん」
その手をキュッと握り返した。
「もう2時だから、また明日ってもう今日になってるけど」
「…うん」
手を繋いだまま向き合って。
心地のいい、フワフワした気持ちだ。眠気がようやく舞い込んで夢の中へ誘っている。限界が来て、瞼が降りる直前に唇に何かが触れた気がしたけどよく分からない。
「…未夢……おやすみ」
そこで意識は夢の中に溶けていった。
『雨降って』