ショートショート[ラッキースケベ①]
「ルゥくん待ちなさい!玩具浮いてるから降ろしてー!」
家の中が浮いた玩具で溢れかえる。浮かせている当の赤ん坊は未夢に追いかけられているが、本人は恐らく遊んでもらっている感覚かはさて置き、全く言う事を聞かなかった。ドタバタとルゥを追いかける未夢だが、角で彷徨と鉢合わせ。勢いよく衝突した。いつもの押し倒し状態、に見えたが、未夢の手の位置に問題が生じた。その手は、
「お、っ…まえどこに手ぇやってんだよバカ」
手は彷徨の足の間。いや、正確には股間。普段眼前が近くなろうが何ともない彷徨。今回ばかりは場所が場所だけに、ポーカーフェイスも呆気なく崩れ、流石に慌てた。
「きゃあああ」
「バッカ、ふざけんなやられたのはこっちだ!」
「変態変態変態」
ぎゃあぎゃあ大騒ぎの2人を見て、ルゥはキャッキャと笑うだけだった。
[ラッキースケベ②]
ルゥ、ワンニャー達を無事に両親に送り届け、すっかり静まった西遠寺だが、聴こえるのは敷地内に光月邸新築のための着工工事の音。部屋にいた彷徨は、音を遮断するかのように読みかけになってた小説に目を通す。彷徨の部屋にいる未夢は、週末に出された課題に手を焼いていた。彷徨はとうに終わらせているものだ。
「ねぇ、ここの文法どうなってるの?」
「…」
「彷徨ってばー」
「…はー…何?今これ見てんだケド」
揺さぶられた挙句、集中力を妨げられジトっと未夢を見やる。
「本より大事な事なのよこれは!」
「…だからおれその日にやっちゃえばって言ったのに…」
その日、未夢は「後でやるもん!」と言い、始まった新ドラマに夢中だった。仕方なく本はまた後回しだと、綴じて課題に大してアドバイスを提示する。
「…って事。分かった?」
「あぁ、そっかそう言う事ね!」
お礼を言われたので、再度本を拡げる。その時だった。消しゴムがテーブルの下に落ちた。
「あー…もー…」
拾うために腕を伸ばす。視線は課題に集中している。「あっ!」と言い、握った。その時、
「…ひっいってえみっ…バッカお前何、ど、どこ握ってんだよ」
顔を真っ赤にした彷徨は怒鳴った。
「えっ…?」
「え、じゃねぇよどう考えても…け、消しゴムじゃないだろ拾うならちゃんと拾うものを見ろ」
立ち上がった彷徨は、本を捨て置き、「あぁーもう」とか何かごちゃごちゃ言いながら部屋を飛び出した。
「……あれ?消しゴム…じゃ、ない?」
未夢は呆然とし、彷徨は部屋に暫く戻って来なかった。
[ハジメテドウシ]
"恋人同士"としての付き合いが始まっても、大きな変化はない。今まで通り変わらない生活だが、未夢は変に意識してしまい、彷徨との距離感が分からなくなってしまった。下校時も隣に立たれると前は何も気にしなかったはずの事なのに、すっと1歩身を引いてしまうのだ。彷徨は一瞬ムッとした表情にはなるが、特に何も言わない。
(どうしよう、嫌な気分にさせてるよね…)
未夢は1歩引いたまま歩くが、決して彷徨はそれより歩むスピードは上げずにいる。淡々と同じリズムで歩いていた。
ある日の下校中、それは急に歩みを止めた。1歩後ろの未夢に振り向く。
「なぁ、そんなに嫌か?おれに隣歩かれる事」
「えっ!」
「関係は変わったけど、毎日1歩引かれて歩かれるのはちょっと……」
珍しく戸惑っているような、寂しげな、そんな表情を浮かべている彷徨を見て、「あ…」と未夢は小さく零す。
「嫌ならおれ先に帰るけど」
踵した彷徨を見て、未夢は彷徨の制服のシャツを掴んだ。
「ご、ごめん彷徨。違うの!嫌とかじゃなくて…そうじゃないの。き、緊張しちゃうだけ!」
「緊張…?」
「何か緊張するの…彷徨が隣歩くの嫌とかじゃなくて……だからお願い先に帰るとか言わないで…」
ポツリ、ポツリと零す。未夢の瞳が揺らぐ。
(これじゃおれが何か泣かせてるみたいじゃんか…)
彷徨はその手を取って再び歩く。手を引かれたまま、未夢は彷徨を見る。
「か、かな、た…」
「あのさ、おれだって緊張くらいしてるよ。彼女なんて作ったことないんだし。でもあからさまに離れて歩かれたり話してくれなかったりするのはおれだって嫌に決まってるんだからそんくらい分かれよ」
「あ…」
簡単な話、恋人同士とはいえお互い初めて同士だ。未夢が緊張するなら彷徨だってしてない訳じゃないのだ。
「えと…彷徨、ごめんね…」
「ん。別に」
「隣、歩いても、いい?」
未夢を待たずにすっと彷徨は歩くスピードを落として並んで歩いた。勿論手は繋いだままに。
[林檎]
「林檎狩り?」
「来月隣町で開くってポスター見てきたの!治ったら彷徨行こうよ」
ショリショリと林檎の皮むきをする未夢。軽いが、彷徨が季節の変わり目の風邪にやられ、微熱だが念の為珍しく学校を休んだ日だった。未夢が友達と駅前で遊んで来た帰りにそのポスターを発見したそうだ。
「…興味ない」
ぽすんと布団を被っていた。
「出たぁ、興味ない宣言!もー、高校生活もっと謳歌しようよー!今高一だけどあっという間に卒業しちゃうでしょー」
「おれの性格上知ってるだろ…」
「分かるけどさぁー…はい、林檎剥けた!」
彷徨は爪楊枝に刺さった林檎をかじる。旬の林檎で甘く、未夢もその甘さを堪能している。
「んんー…蜜たっぷりで美味しい~…」
「…林檎なら毎日のように見てるし狩ってるから間に合ってる」
「ん?」
「ごちそーさん。お前移る前に帰れよ」
「ちょ、話終わってなーい!」
林檎狩りはもう何年もしてるのに、なんて本当の意味を伝えたら多分彼女は怒るだろうなと思いつつ、横でぎゃあぎゃあ騒ぐ未夢を全力で無視して彷徨はもう一眠りと目を閉じた。
[鬼ごっこ]
秋風が強まって、少し肌寒い。風呂上がりにカーディガンを羽織り、縁側に腰掛けていた彷徨は、ふと視界の端で小さな影が横切ったのが見えた。それが4歳になった愛娘なのはすぐに分かったので、
「かくれんぼか?」
と声を掛ければ、物陰からひょこっと母譲りの顔が覗いていた。
「かくれんぼじゃないよ?」
すると、「こら未宇まちなさーい!」と叫びながらバタバタ近付く足音。
「あぁ、なるほど鬼ごっこか」
そう言い、未宇に「おいで」と小声で呼びかけ、自分が羽織っていたカーディガンを被せると「静かにしー…な?」と伝えたら、大人しくなった未宇を抱き上げ、膝へ。あたかもカーディガンを畳んでいるかのような仕草をする。バタバタはすぐやって来た。
「彷徨!未宇は?絶対こっちに行ったはずなのよ!あの子ったらお夕飯前なのに玩具出しっぱなしなんだもん」
「誰かさんが追いかけるから、鬼ごっこ気分になってるんじゃないのか?オヤジに聞いてみたら?」
「もー!追いかけてる場合じゃないのに!未宇ー玩具片付けないで何処に行ったのー!」
またバタバタと足音が遠ざかって行った。
それを確認し、彷徨はカーディガンを解くと、ひょこっと顔を出した未宇を抱き上げた。
「なんだ、片付けしてなくてママに追いかけられてたのか」
問いかけると渋ったような表情で理由を口にする。
「だってまだ遊びたかったの」
「なるほど。でももうすぐ夕ご飯だから、食べる前に片付けないとな。じゃあパパが一緒なら出来るか?」
「うん!」
「じゃあ玩具片付け競走しよう。パパに勝てるかな?」
「勝つよ!」
「よし、じゃあ競走だ。よーいドン!」
パタパタと走り出した娘にふふっと笑みを浮かべた。後ろから来た殺気に同時に気が付く。
「あらあらパパったら随分優しいわねぇ?さっき未宇知らないって言ったじゃない?」
怒りを顕にした妻の未夢が、おたまをバチバチ手にぶつけている。
「え……あー…やべっ!」
「彷徨ぁ」
ドタバタと、逃げ始めた夫を未夢はおたまを振りかざして追いかけた。