ユリルクまとめ①心が満ちる音
コツン、と音がした。それは閉ざされていた自分の心に響いてきた音。これは、一体何だろう。
自問自答してけれどそれがよく分からなかった。
でも、ひとつ言えるのが、とても居心地がよかったこと。
「可哀想に…事故でご両親を亡くすなんて…。まだ7歳なのでしょう?」
「あの子はその後ご親戚の家に?」
「いえ、あの子は元々身内がいないのよ」
「あぁ、孤児だったのね」
「なおのこと可哀想ね…」
口々に響いたその言葉は、耳を通って何も残らなかった。
雨の降る日は思い出される。哀れな目でおれを見る大人達の姿を。7歳の頃、両親が事故で他界した。
死というものをなんとなく理解していたおれは、あぁ…もう生きてる心地なんかどこにもないというのが率直な気持ちだった。死んだ両親は実の親ではない。
養子だったおれは、孤児院で引き取られた子だった。その後孤児院に戻ったおれは、ローウェルさんという家に養子として招かれた。その家には1人の息子がいた。名前はユーリ。4歳違う、アメジストの瞳が印象的な少年だった。そして数年後、おれが12歳、ユーリが16歳になった時、ローウェル夫妻はそれぞれ病に倒れ亡くなった。自分の傍で、次々と見知った人たちが居なくなっていくことに心はもう既に折れていた。
7歳のあの頃から。おれの心の時間は止まったままだった。
「ルークー!起きろー」
「…なに?」
「何じゃねぇよガイ来んだろ?」
「うっせぇ出てけよ…」
「…外行く時は鍵忘れんなよ。先に出てっからな」
17歳になったおれは、ユーリと2人暮らしをしている。
ユーリは高校も通信制を卒業し、今は1日2つのバイトをして俺たちの生計を立てている。もちろんそれでは暮らせないので、おれも夕方のみバイトをしている。勉強は、きちんと学校には行けとローウェル夫妻が残してくれていた学費を使って高校にはちゃんと通っている。さらに孤児院の頃に一緒に過ごしていたガイという友人が家庭教師をしているので、定期的に来て勉強を見てくれている。今日もガイがここに来ていた。
「じゃあテキスト23Pの続きするけど…どうしたルーク、今日は勉強気分じゃないのか?」
ガイが来たら話してみようと考えていたことを打ち明けた。ユーリには、未だ一度も話したことのないおれのちょっとした心の闇。
「あのさ、孤児院育ったヤツってどう生きていけばいいと思う?」
「…なんだそりゃ」
「おれ、まだ今までお世話になった養子先の両親の死んだこととかあってさ、なんか自分自身が成長出来てないっていうか、ユーリは面倒見のいい兄ちゃんて感じなんだけど、イマイチ心が開けないというか…」
「ご夫妻がいた頃からユーリと住んでまだそんなこと言ってんのか?まぁ、ルーク次第なんだろうな」
「ガイの方がまだ気が許せるっていうか…」
同じ孤児院出身のガイだからこそ、心が許せる部分がある。でもユーリは一般家庭育った兄さんだから、距離がずっとあるような気がしてならないのだ。壁を作ってんのは、他ならぬこのおれなんだろうけど。
「難しいことだけど、その内ルークの方からきちんと向き合わないとだめだぞ?ユーリが主にお前と共同生活できる生計を立ててんだろ?感謝もしなきゃなんだしな」
「・・・・・わかってる・・・わかってるよ」
それが簡単に出来るなら苦労はない。日付が変わる前に、玄関が開いた音がした。ユーリが帰ってきたのだろう。カチャっとおれの部屋の戸を開ける音が聞こえる。ユーリは、帰って来るとおれの部屋をいつも確認する。
正確には、おれがいるかどうかの確認だ。以前、おれは夫妻が亡くなったばかりの頃、気持ちの整理が落ち着かず家を飛び出して行方をくらましたことがあったからだ。それ以来、ユーリはそっとおれが部屋にいるかどうか確認しに来るのだった。それすら、おれにはうっとおしいとしか思えないが…ちなみにこの時のおれは起きている。
しばらくすると扉の閉まる音がして、ふっと息を吐いた。
起きてることはきっとバレてるだろうけど、顔まで見に来ることはないから助かる。そんなことされたら落ち着かない。
(向き合えって言ったって・・・よくわかんねぇよ・・・)
こんな生活をずっと続けてたんだから、今更変えるというのはテキストより難しいことだった。
「ただいま・・・」
学校は今日終業式で、明日から冬休み。
そのため昼前に帰って来れた。静まり返っているローウェル家に響くおれ一人の声。家に一人なんていう環境は自分でもよく分かるほど慣れてしまっている。リビングのテーブルにはメモ書きが一枚ひらりと置いてあった。意外と達筆なユーリの字で、
『おかえり。夕方には戻る。昼なら冷蔵庫に入ってるから温めて食べろ』
と。
冷蔵庫を開けると、牛乳がたっぷり入ってるユーリが作ったシチューと彼の十八番料理のコロッケがひっそり置いてあった。温めて食べる。牛乳は大嫌いだけど、これなら食べられる。ユーリはそれを知っている。友人のあの言葉が脳裏をよぎる。
『難しいことだけど、その内ルークの方からきちんと向き合わないとだめだぞ?』
1口、
「まずっ…」
率直に、いつもよりそれはおいしく感じなかった。
夕方にはメモ通りユーリが帰って来た。
「あぁ~だりー」
「…おかえり」
「おう…っておまえ食器くらい洗っとけよなこびりつくだろ?」
昼に食べた皿がそのままあったことを、ユーリは呆れながら洗い始めた。
「…悪かったですねー何もしないで」
本当のこと刺されただけで不貞腐れるおれ。
正直かっこ悪いと自分でも感じる反面、同時にイライラも募る。心にあったドス黒いおれの何かが溢れる寸前だった。
「自覚あんならやってくれ。オレもう動きたくねぇし。飯なにすっかなー」
「じゃあ何もしなければいいじゃん」
ふと、零れた。どうしよう、止まらない。
「ユーリはさ、何でいつもいつもおれを気にかける訳?」
何でって言うユーリの言葉を遮り言葉のナイフを投げ付け続けた。
「ほっときゃいいじゃん、兄弟なんてゆってるけど全然血の繋がってる訳じゃないし。おれただの居候なんだし。構わなくていい。あとさ、夜中帰ってきておれの部屋覗くのやめてくんね?正直うっとおしいし。おれはユーリを家族なんて思ってない」
言い切ってすぐ、パンッと乾いた音が、自分の頬から感じた。
熱を持ってじんじんする頬。叩かれたと分かるまで数秒。
「そうかよ…」
彼は出て行った。その顔がひどく悲しそうだったことにおれは気付かなかった。玄関の扉がバンッと閉まった音がした。その日、ユーリは一度も戻って来なかった。
「そりゃお前が悪いわ」
翌日来たガイ。昨日のことを話し、ガイからは酷い溜め息を吐かれた。悪いことをした。んなの知ってる。
でも、溢れて止まらなかった。
心の闇が駄々漏れた。ユーリは今も家に戻っていない。もちろん連絡もない。
「ちゃんと謝っておくんだぞ?」
「謝れって…謝って済むもんなのかよ」
「アホか。お前がユーリに言ったことは最低なことだぞ?謝って済むとかどうこういうもんじゃない。普段からひねくれた態度でいるからそういう言葉が出て来るんだ。一緒に住んでて今更家族なんて思ってないなんて言われたらユーリじゃなくても頭にくる」
どうしろって言うんだ。
「あのなルーク。ユーリからしてみれば例え血の繋がりなんかなくっても、お前はユーリにとって弟分同然なんだ。孤児院の時の連中だって、みんな血の繋がりなんかなくても兄弟のようなもんだっただろ?確かにお前の場合、失ったものも多いけれど、それを常に支えて助けようとしてくれてたのは誰だ?おれじゃあないだろ?」
机にあった写真立ての一枚。ユーリの隣で無愛想な顔で写っているおれ。常に、おれを助けてくれたのはガイじゃない。隣にいたのはユーリだった。
小学校の頃孤児院の出身だからって上級生に苛められて、その時来てくれたのもユーリ。疲れているはずなのに家のことを全部してくれてるのもユーリ。
いつの日かの、ひっそり思っていた本当の兄弟になれたらいいなんて思って気持ちは違う方向へ。
構わないで
気にかけないで
うっとおしい
家族なんて思ってない
なんてことを言ってしまったのか・・・。ほろりと流れたその雫。涙を流すなんて、何年ぶりなんだろうか。
「ど、しよう…おれ…」
「わかったら今日はここまでな。宿題は、ユーリとの兄弟関係修繕な?」
玄関を飛び出し、あちこち探して電話もかけた。
ユーリのバイト先にも。
ユーリの友達にも。
行きつけの店にも。
でもどこにもいない。
そうこうしている間、気が付けばもう夕方だった。
「はぁっ、はぁっ…」
心臓破りの坂。なんて地元で言われてる坂を上り切った。息が切れながらも顔を上げたその先に、小さな公園がある。子どもの頃よく、ユーリと遊びに来た公園。ふらりとそこに立ち寄った。
入ってすぐにあるブランコ。キィ、キィ…と音を立てて揺れているのを確認すれば、誰か乗ってる。
見れば探していたその人。
「ユ、っ…」
駆け出して立ち止まる。
なんて声をかければいい?
ごめんなさい?
探したんだぞ?
心配掛けやがって?
分かんない。
こんなことを成長が止まった心のせいにしたくないけど、なんて情けない。
その時ふと聞こえた声。
「ここでよく遊んだんだよなー…。お前も押してーってせがむもんだから思いっきり押したらずっこけちまって泣かせちまってさ」
あぁ、そんなこともあったな。ちょっとだけ覚えてるその話。ブランコが漕げなくて押してってユーリにお願いしたら思いっきり押されて、その瞬間手を離しちゃって転んで泣いたっけ?
「歩けねえってルークをおぶるハメになってよ、帰りも遅くなって結局2人揃ってこっぴどく怒られたっけな。いやー、あの時参ったわ。でも、おれはそれまで兄弟いなかったし、楽しいし最高の弟が出来たなって一人思ってた」
ユーリが立ち上がる。
「家族ってさ、血の繋がりだけが家族って訳じゃねぇと思うんだよな。男女が結婚するまでは赤の他人なんだし、確かにお前はおれの本当の兄弟じゃない」
そうだ、血のつながりはない。
「んなこたぁ知ってる。でも、お前の事は誰よりも気にかけておきたかった。親父たち死んだ時、ひでー顔したお前がいなくなって、マジで心臓止まるかと思った。そりゃそうだろ、大事な弟なんだから。いなくなったら心配する。オレはお前が家に来てから人生変わったと思ってる」
肩に置かれた手が震えていた。
「家族なんて思ってない。結構ショックだったぞ?カッとなったと同時にすげー喪失感で、まる1日帰って来なかったけど、さすがにそろそろ頭も冷えたし帰るわ。お前はどうする?さみーし帰ろうぜ?」
「…なんで?」
そこまで言わせて、なおもおれは気持ちの整理がついていない。
「なんで怒んないの?もっとおれに言うことあるだろ?最低なヤツだとか、なんでここに来た帰れとか、お前の顔なんか見たくないとか…なんで・・・?なんで、なんでそんな気にかけようと、するんだよっ。おれあんなこと言ったんだぞ?ユーリのこと、あんなに、きっ、ずつけた…のに?」
顔がもう涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃになってた。どうせなら一思いにもう一回引っ叩いたっていい。気の済むまで殴ってくれた方がいい。
でもそれはなかった。どこまで自分に気に掛けてくる男なんだろうか。
「あの衝撃な言葉はもうこれっきりだろ?だからさっき言ったろ頭冷えたって。マジ寒いわおれ今コートねーし。バカだわコートもきねーで家出るとかないわなー。」
大人の手がおれの目を拭う。
「帰ろうかルーク」
コツン、と音がした。
型にハマった瞬間、おれはそのままユーリに抱き着いていた。
「ごめんなさぃ…」
「もーいいから!いいから帰るって!だああぁっ鼻水つけんなよバカ!」
やれやれといった感じでいたユーリだったが、おれはぎゅーっと抱き締められた。
あったかいや…それから数日後。
「は!?なんでXyがこうなんだよおかしーだろ。お前バカ!?」
「だってここに公式入れるんだろ!?どーしたってこーなるじゃん!ユーリのアホ!」
「だーかーらー!!」
「えーと…家庭教師のおれ無視?」
おやつを持ってきてくれたユーリが、おれのテキストの答案にケチをつけてきたのでそこから討論になった。
実際どちらの答えも間違っていたのだったけど、それもおかしくね?
「んー!シュークリームうまーさすがユーリだな」
「本当だな、お菓子作りは天才だってルークから聞いてたんだがマジなんだな」
「へー、お前ガイにんなこと話してたのか」
「バ!?違うからなたまたまその話をしただけで!」
「ははは~んじゃせいぜい勉強しろ学生め」
「うっせーユーリのバーカバーカ!」
「小学生かお前…」
と、ガイがにこりと笑う。
「笑うようになったなユーリの前でも」
「うっせーガイのバカ!」
ちょっと照れ臭くなってそっぽを向く。
でも、嬉しさの方が当然勝る。
「よし、宿題はこっからここまで10P分」
余計なバカが宿題を増やしやがった。
最低だコイツ!
「は!?いつもの倍かよガイ様ごめんなさいそれだけは勘弁!」
おれとユーリの『兄弟』という関係は、ようやく始まりを告げた。
お祝いしちゃいましょう
幼少期の頃。
それは個々にどんな感じだったのかは当然違う。
生き方、その場の環境、家族全部違う。だからこそ、知りたがることもある。どんな所で、どんな人がいてどんな家族がいたのか。自分の好きな人のことについてなら尚更知っておきたいことなのかもしれない。ここにも一人、それを知りたい朱色の主がいる。
「ガキの頃?」
「うん!」
「何だ、恵まれてたお前と比べてみたいのか?」
それは違うとルークは首を振った。
「じ、自分の好きな人の過去がどんなのだったかだって知りたいから…」
ぽつりと呟かれたが、言いたくない事情を抱えていることだってある。
それを諭したルークは慌てて「やっぱりいいよ」と言ったが、ユーリは少し捻ってから、
「いいぜ。話してやる」
それを聞いて、ルークは遠慮がちだったが大丈夫という彼だったので素直にお礼を言った。
当時のユーリの住む帝都の下町は丁度戦争の最中で、大人達もほとんどが出払い、街は荒んでいたという。
腹を満たそうと子供は誰もいなくなった空き家に入ってはその場を荒らし、リーダー格が子供の集団の筆頭に立って、それを実行するほどのものだった。
その最中、ユーリも集団の中にいたものの、あまりこのようなことはしたい方ではなかった。
面倒なことにしたくないからだった。
「そん時、俺の最終的に親友になるヤツってのが別から来て、すったもんだがあってな。面倒だったな」
「ふーん、逆境の時代をユーリは生きたのか。何かかっこいいな」
「はぁ!?まーいいや…お前は、まだ生まれてないか」
「そうだな。でも俺がそれくらいになった時は毎日勉強だったよ」
「それも嫌だな」
「なぁ、今もきっとそういう場所はこの世界にあるよな」
「かもな」
「やるべき政治をしないから、そういうのが蔓延るんだよな・・・なんとかしたいな」
次期継承者としての自覚と言うより、目の前の出来る事を目標に様々な難問に挑むルーク。なら全力で応援してあげたいのが己ではないだろうか。
「お前なら出来るさ。ちゃんと見てる」
「おう!頑張る」
「それはそうと、ステルから聞いたんだけど、東の国の方では面白い日があるんだと」
5月5日はこどもの日というものらしく、子供が元気に過ごせることをお祝いする日だそうなのだ。
「菓子食ったり、こんくらいの兜や泳ぐ魚っつーのを使うらしいぞ。俺もよくわかんねーけど」
「なにそれすっげーかっこいいってか楽しそう。お菓子ってどんな!?なっ、なっ、俺もそれしてみたい!」
「ガキの日だぞ?お前もうそんなガキじゃ…」
ユーリはふと思う。
貴族出身のルークには経験など当然したことがない。そんな面白い日があるとは、と瞳が輝いていた。なら、子供の夢を潰すのはよろしくない。
「餅だとよ」
「餅?」
「あまーい餅。やるか」
「おー!」
食堂のキッチンで餅作りが始まった。
「最初はこれだ」
「米?」
「ただの米じゃねェ。餅米だ」
簡単に説明を聞いたルークはなるほどと納得した。
少しの糯米を炊いて、それを力いっぱい捏ね上げると、ほどよく伸びがかったものとなった。
「おおっ!」
「次はそれ洗っといて」
「なにこれ豆?」
「小豆って言うもんで、それがな、甘い餡になるんだよ」
それはユーリが済ませ、二人で餅の中に餡を詰め始める。
ルークは慣れない手つきでも一生懸命で、そして楽しそうだった。
「楽しいか?」
「うん!俺もユーリもその、こどもの日?ってしたことないじゃん?こんな大人になってるけどやってみたくなってさ」
「お前まだ大人じゃねーだろ」
「うっさいな、もう俺の国じゃ大人の一歩手前なんですー」
「結局は大人じゃねーだろ」
「もう!ユーリのバカー。あと、ユーリのように、辛い経験をしている子供が減る様に、世界中の子供たちの安寧を願ってさ」
それには流石のユーリも驚いたが、きっとルークの想いは本気なのだろう。
「そうだな」
会話を弾ませながらも、餅作りも終盤に差し掛かった。
「え、そんな雑草で餅巻くの!?」
「おいおいコレは雑草じゃねぇよ。これはな、ちゃんと食える葉っぱだ」
「それは『かしわの葉』ですよルーク」
カウンター越しで、突然のエステリーゼ。
彼女はニコニコしながら説明する。
「何してんだエステル…」
「ユーリとルークが楽しそうなことしてたので見てました。それと甘い匂いもしてましたので。かしわ餅ですか?」
「そう。コイツが作りたいっていうから」
「こどもの日!エステルも一緒にやらねーか?」
「見てるだけにします。そしておいしく頂きます!」
「食う気満々じゃねーかよ…」
形はどうあれ、かしわ餅がカウンターに並べられた。
「いただきまーす」
モチモチの触感と、餡子の丁度良い甘さで、ルークははにかむ。
「んー、おいひー」
「程よく甘さが馴染んで美味しいですね」
「まぁまぁか」
「ルーク、こどもの日をご存じだったんですね」
「ユーリがエステルから聞いたって聞いた」
「かしわ餅の他以外も聞きました?」
ルークは得意げに「でっかい魚だろ」と答える。
「ではそれを作りましょう!」
「出来んの!?」
「紙を折るだけですよ!わたしのお部屋にその本があります!折りましょう!」
「やるやるー!」
嬉しそうに部屋を飛び出したルークを目線で追って。残った最後のかしわ餅を口に入れる。
『ユーリのように、辛い経験をしている子供が減る様に、世界中の子供たちの安寧を願ってさ』
「やー…あれには参ったな」
ルークの言葉には突き動かされてることが多い。
(惚れた弱みかな)
「ユーリも手伝ってよー!でっかいの作るんだからな」
「はいはい、今行く」
その後大きな紙の魚の影が、夜な夜な風ではためいたのを見たメンバーが、巨大魚の幽霊だと勘違いし大騒ぎになったのは別のお話である。
リラクゼーションタイム
コンコンとノック音がしたが、熱心な彼は気付かない様子。ゆっくり部屋の中へと足を入れた。 「根を詰め過ぎると疲れるだけですよ?」
「ん?」
部屋の片隅で、山のようにある書類を一人で裁くのは確かにひと苦労するもの。 カリカリと音を立てて進めていた万年筆を止めて、ルークは声がする方へ振り向いた。同じギルドの仲間、エステリーゼが紅茶と茶菓子を持って来ていた。
「少し休みませんか?差し入れです」
「んー、もう少しやっちゃいたいんだよな」
「無理は体にも良くないです。私も休もうと思ってたので一緒に食べましょう!」
半ば強引にテーブルの万年筆と書類をエステリーゼは寄せ始めた。こうなると彼女が聞かなくなるのはよく知っている。それは、愛しいあの人も言っていたこと。
「分かった少し休むよ。それ紅茶?いい匂いするな」
「これ、帝都から取り寄せたものなんです。リラクゼーション効果のあるハーブを使った紅茶なんですよ」
仄かに香る甘い匂い放つそれに、自然と吸い寄せられていく。疲れた体は疲れを訴え、甘いものを求めて頭が腕と手をマグカップへと伸ばしていく。コクリと一口を喉に流せば、心から落ち着くのが感じられた。
「なにこれめちゃくちゃおいしい」
「ユーリも好きなんですよこの紅茶」
思わぬ所で出た彼の名前。
「もちろん砂糖をたくさん入れて飲んでしまうんですけど、紅茶ならこれだとよく言っていました」
揺れる紅茶を見つめ、昨夜から依頼でいないユーリを思う。よほど疲れて戻って来ることだろう。そう思うとすぐに体が動き始めた。
「エステル。紅茶の淹れ方教えてくれないか?」
日付が変わる少し前、依頼を終えたユーリがようやく船へ戻ってきた。全身に砂を被っていたために、すぐにシャワーを浴びてその身を清めた後、彼は綺麗なベッドへとすぐさま身を置いた。
(アイツ…今日いなかったな)
いつも依頼を終え戻れば誰よりも先に出迎えて「おかえり」と言ってくれる赤毛がいなかったことが少し気になった。
(まぁ、流石にもう寝てるか)
朝になればいつものように笑っている姿が見られるだろうと、ユーリは寝てしまおうとした。
その時だった。
「おかえりー」
「はっ?」
突然ドアが開いたと思うと、つい先程考えていた少年が今この部屋にいる。とにかく、ビックリして彼を見た。
「これ難しかったな…あ。周りはもう寝てるよな。静かにしないとな。そうだユーリこれ持ってきたんだ」
「は?」
豪快に入ってきて、べらべらしゃべりだしてこんな時間に一体何なんだ煩いぞと、ツッコミたいのは山々だったが、鼻は敏感によく知る香りを捕まえていた。
「紅茶か?」
「ユーリ大正解。帝都にいた時よく飲んでたってエステルから聞いたんだ」
受け取った黒いマグカップには、紅茶がたっぷり注がれていた。
「これ、お前が淹れたのか?」
「そうだよ」
淹れ方は知らなかったけど教わってやってみたこと、根の詰め過ぎは良くないと渡された紅茶が美味しくて、好きな人が好きな紅茶なんだということも聞いて、リラックスして欲しい、飲ませてあげたかったとルークは伝えた。そんなことのために、自分が戻って来るまで起きて練習して待っていたのかと思いながらマグカップを見つめた。
「アホ」
「アホって何だよ!ゆ、ユーリのためにと思って…」
「それでオレが帰って来るまで根詰め過ぎて練習してたって世話ないだろ。それに今日おれが確実に戻る保障だってなかっただろ?」
その言葉にルークはうっと表情を変えた。
そこまで頭は回らずにいたのがよく分かるなとユーリは思う。でも、と続けようとするルークの頭へ手を伸ばしたユーリはわしゃっと彼の頭を撫で上げた。
「まっ…さんきゅーな」
「う、うんっ!」
照れくさそうに笑うルークを見つめ、ユーリは紅茶を口の中へ含む。
「うまいよ」
「よかった!これな、リラクゼーション効果があるハーブが使われてる紅茶なんだって。これでユーリの疲れもふっとんじゃうな!」
紅茶を喉に通しながら、「こんなの飲まなくてももうリラックスできてるけどな」と目の前で笑うルークを見つめた。そのまま頭を自分の方へ引き寄せる。
「ゆ、ユーリ?」
慌てるルークを余所に、今日はゆっくり寝れそうだとユーリはフッと笑うのだった。
I need you~僕ら最初の友達~
春の足音が伝わる暖かさと風の通る道。
最近受験を終えた学生が、合格を知って喜びを周りと共に分かち合う姿を見た。そしてまもなく訪れるのは、別れの季節。ルークは次の4月で最上級生になる。そのことは彼にとってはかなりプレッシャーにも変わる。自分が進むべき進路は定められている道。反対を示せば双子の弟は呆れ、厳格な父でさえ落胆し、心配性の母はきっと倒れてしまうだろう。
自分の家の立場は他と違う、所謂由緒正しき血筋の名家。幼い頃から教育も、環境も、友人関係でさえも与えられた分だけを受け、全て我慢してきたつもりだ。自分で選択、決められたレールの上をひたすら歩き続けるだけだろう。少しくらい反抗したくて終業式の前日に、行方を屋敷から眩ませた。
行き先は特に決まってない。
電車、バス、乗り継いで乗り継いで当てのない旅路。気が付いた時は、勿論来たことなどない随分遠い場所へ来ていた。学生の身分の自分が誰にも知らせることせず、一人知らない所。
恐怖感より、わくわくした気持ちを抑えることが出来ない。もっと知りたい、与えられるだけの場所じゃない所をもっと見たい欲望にかられた。
そして、ルークはある学校の近くを通りすぎた。
門の前に立っていた、一人の青年。
学生服を着て、髪を纏めていたその青年はそこからどう見ても綺麗な青年だった。思わず足を止めた。
なんて綺麗な男の人だと、ルークは黙って彼を見ていた。訪れた視線に気が付いた彼はルークを見た。
「お前見ない顔だな。どこのヤツだ?」
「あ、えっと俺は、ちょっと」
「何だ訳ありか。おれはユーリ。ここの生徒だった」
「だった?」
「昨日卒業したんだよ、一年遅れで」
「えーと、留年・・・?」
勉強キライなんだよと呟いたユーリは、手に持っていたいちごミルクを飲み始めた。
ルークは笑った。
それはもう腹を抱えるほど。手にしてる飲み物と彼が似合ってないように見える。突然笑われたユーリは顔をしかめた。
「ご、ごめっ!ぶはっ、に、似合わなくて」
「甘党なんだよ・・・甘いものに目がなくてな」
ずー、と吸った所でユーリは門の中へと戻ってしまった。
ルークは固まる。会ったばかりの知らない人。
少し話してしまったばかりかあまりのギャップに笑ってしまった。突然の失礼な自分の行動をとったせいで怒らせてしまったのではないか?追いかけて謝りたいけど、入る訳にもいかず・・・
途方に暮れていると、彼は戻ってきた。自転車を持ってきて。
「乗れ」
「へ?」
「いいから乗れ」
携帯を出したユーリはカコカコと何処かにメールをし、送信ボタンを押した。
パタリと閉じて、制服のポケットへねじ込んだ。
「ホントは約束あってここで待ってたんだけど予定変更」
「は?」
「お前をいい場所に連れてってやるよ」
「で、でも…」
急な申し出にルークはどもる。
青年は顔色を変えずにたんたんと話す。
「俺気は長い方じゃねぇから素直に従えよ。顔の方は乗ってみたいって書いてあんぜ?」
「え!?マジ!?」
冗談も通じないのかとユーリはポカンとしたが、そんな彼に興味を持った。面白すぎるとますます連れてってやりたい衝動に駆られた彼は有無を言わさず自転車へ乗せた。
「ふ、二人乗りは法律で禁止だぞじょ、常識だぞ」
「ばーか!法律にしろ校則にしろそういうのは破るためにあんだろうが」
「ええっ」と慌てるルークを無視し、ユーリはペダルを漕いだ。学校の傍の裏手は海沿いだ。
コバルトブルーの澄んだ色彩が広がり、潮風が気持ちよく、ルークはその心地よさに酔いしれる。少し強めの向かい風。でも、心地いいことには変わりない。
「気持ちいいだろちゃんと掴まれよ?そーいやお前の名前聞いてなかった」
「おれはルークだ」
「ルークか!いい名前だな」
「ゆ、ユーリはここの地元の人なのか?」
「生まれも育ちもずっとここだぜ?ここが好きで出ることは考えてねぇよ。んー来年20になるな。お前は?学生だろ?」
「4月で高3、だけど…」
言いかけて止めるルークを後目に、しっかり掴まっているようユーリはルークに問う。
「ルーク手を放すなよ?坂だから」
その言葉を聞いた瞬間がくんと体が傾き、車道をただひたすら急な坂道を下る。
後ろにいたルークは、ユーリに体を押し付けて掴まらなければいけない体勢。与えられた友人以外とは全く知らない土地で出会った人間と行動を共にしている自分。初めての体験に、初めての場所。
心情にあるのは楽しいという感情だ。。その気持ちが、どどっと膨れて来るのを感じていた。
「いやっほぅ!」
「わわっ!すげースピード!!ゆ、ユーリ!スピード出過ぎ!」
「んなのフツーだろ。ここらへんのヤツらは皆こうやるのが当たり前なの」
「あ、当たり前?」
うちの学生でそんなヤツ一人もいなかったとルークは思う。
こちらの人はそれが普通というのが驚きだ。
「そう当たり前!もうすぐ着くぞ」
「そだ、これどこに向かってんの」
「だーからいい所だっつーの」
長いトンネルを抜けたその景色はさっきよりも広がる海を一望できた。うわぁ、と声が漏れる。
自転車はようやく歩道から外れ、海の方へと一気に近付く。砂場で自転車を倒し、ユーリとルークは高台の堤防へ立つ。時刻はまもなく夕刻。
陽が落ち始めて、波に移る夕日が絶景だ。
「すげー綺麗。よく来るのか?」
「あぁ、おれの好きな場所。いいだろ?」
「うん、すごい。でも、なんで見知らないおれをここへ?」
「興味持った」
以前聞いた話で、そういう趣味の人もいるという話を思い出しルークはユーリを見やる。
もしや、と思ってしまうのだ。
「え、ユーリ実はアレな人?」
「ばーか、そっちの気はねぇよ。ただ、浮かない顔してるルークが気になったんだよ」
ルークはハッとした。
自分は、屋敷を黙って抜け出してきた。
1日も経とうとしている。
学校にも連絡してない故に、屋敷なんて大騒ぎだろう。きっと大騒動になっているに違いにと青ざめるがユーリは普通に話してくる。
「訳ありなんだろ?ま、何があったかは聞かねえけど」
「聞かないの?」
「お前はそれ言えばすっきりするか?まぁ、俺も結構ほっとけない病だからな」
「ほっとけない病?え、お前病気なの?」
「そ、多分一生治らねえヤツ」
「た、大変じゃん早く病院いかねーと」
「ホント冗談も真にウケるのな、ま、それが面白れーけど。俺は普段悩んだらここへ来るんだよ。少しは嫌なことも忘れられるからな」
ルークはそれを聞いてもう一度海の方を見た。
陽はまだ完全に落ち切っていない。綺麗な景色だ。確かに少しは忘れられる。
「でも、それはほんの一瞬だよ。あ、いや、ごめん、連れてきてくれたのに」
「気にすんな」
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。お前そういやどっから来たんだ?」
そういや聞いてないとユーリは伝える。
「えーと…王都だよ」
「王都マジかよ、一人でか?」
「おれ初めて電車とかバスとか無心で乗ってたらここまで来てたんだ。携帯電池切れてるから場所も特定出来なかったしさ。でも今日すげー楽しかった。おれ、本当の友達らしい友達いないから。だから今日はユーリに会えてよかった。すげー楽しかった。」
そこまで呟くルークを見たユーリは、グッとルークの肩を抱き寄せた。
「駅まで送ってやる。どんな理由であれ、お前未成年だろ。ちゃんと、帰った方がいい」
「お、おう。そう、する」
少し、悲しくなった。再び自転車に二人で跨いで来た道を戻る。帰りはどちらも駅まで話をしなかった。街中に戻って来た時にはすっかり陽も落ちていて、静かな闇が広がっている。帝都駅の人通りは少ない。
「ここ真っ直ぐ行けば改札。気を付けてな。バスとかで乗り換えする必要はねーよ。黙って王帝線で乗れば、2時間半で王都に着くから」
「ユーリ、おれ」
「また会えっからよ生きてればどっかで」
「ユーリ、嫌な事言うなよ」
「ふっ、悪ぃな馬鹿だからいい言葉が出て来ねぇんだよ。じゃあなルーク」
そのまま背を向けたユーリは、自転車に乗って姿を消した。切なさだけが渦を巻き、誰もいない最終電に乗ってルークははらりともう随分流したことのない一筋の涙を零した。ごしりと袖で拭う。
「もっと、いたかったな」
揺られて暫く王都に戻り歩いて屋敷へ着く頃は、腕の時計はまもなく11時半くらいなりかけていて、一日が終わろうとしていた。
屋敷の前で止まる。
ぐるぐる回る【帰りたくない】【戻りたくない】【このままいなくなりたい】などの行き場もなくどうしようもない感情が巡り、そこから足が動かない。と、バタンと突然正面の戸が開いた。
弟が立っている。機嫌は、かなり悪そうだ。
無理もないだろう。
つかつかとルークへ歩み寄り、腕を掴む。弟から殴られる。そう感じたルークはぎゅっと目を閉じた、が衝撃はなかった。
「どこに行っていた、母上も父上も大変心配していた。さっさと入れ」
弟もどこか切なそうな顔をしていた、ように見えた。その後、父から思い切り殴られたと同時に抱きしめられた。「心配していた」「どこに行っていた」と涙ぐんだ父と母を見て、ルークも一言ごめんなさいと謝罪し、いなくなった理由のようなことは何も言わなかった。いや言えなかった。
これ以上、迷惑をかけてはいけないだろう。
なんだかんだと言って、彼らは血の繋がった家族だ。
(馬鹿な考えは、もう止めよう。これきりだ)
そう思って、気が付けばそれから3か月、王都を離れることは二度としなかった。季節は変わり、上級生になっていたルークは今まで以上に勉強に没頭していた。
放課後は学内の図書館か町の図書館。
屋敷に帰っても、夕飯、風呂以外は部屋から一歩も出ず、ひたすら勉学ばかりしていた。休日も、屋敷か図書館か学校かどこかで勉学に打ち込む日々。
勉強以外に学生らしいことなど何一つすることもなかった。
そんなある日のことだった。土曜であるこの日、ルークはいつものように図書館へ向かっていた。
必要最低限のノートと参考書、筆記一式を手に。
図書館目前の通りを通った時、すれ違った自転車とぶつかった。ぶつかった衝撃で鞄から溢れたノートや筆記用具。かき集めて自転車の人物を見やる。
「悪い、ケガないか?」
聞き覚えのある声だった。
でもこんな場所にいるはずのない人間の声だ。
でも聞き間違いなどない。あの時聞いた。
どんなに勉学していても、馬鹿な考えにならないようにしていても、忘れることは出来なかったあのひと時だけ聞いた声を。
「よっ!探したぜ?色々な高校回ってな」
「なんで…」
数ヵ月ぶりに見たユーリの姿はまたあの時とは少し違っていた。髪は降ろされ、風に揺られてなびいている。ユーリはルークを見下ろすと顔を顰める。
ルークの顔は酷くやつれていた。
寝ずにただひたすら何かに打ち込む人間の顔に見えた。あの時の明るさはどこかに失せてしまっていると感じ取る。
「ちゃんと寝てんのかよ?ほら乗れ。また連れてってやるよ」
「ごめん、おれ今そんな暇」
言い切る前に有無を言わさずまた無理やり乗せられた。あの時は楽しかった。
でも、今は違う。
カチンときてユーリに掴みがかった。
「あのなおれはあの時と違って今はやんなきゃなんねーことがたくさん!」
「勉強は学生の本分だ。間違ってねぇよ。でも、そんなひでぇツラしてまでやってなきゃならねーことか?息抜きも大事だろうが。根詰めると倒れるだろ」
「それ、は」
「じゃあ、俺の息抜きに付き合えよ。今の職場やってらんなくて辞めちまったんだ。王都にも綺麗な場所たくさんあんじゃん。お前の好きな所に案内してくれよ」
「じゃあ付き合ってやるからそれが終わったらちゃんとここまで送れよな」
「了解了解。んじゃ行くぜ、ちゃんと掴まれよ」
あの時と、同じ。
ルークは黙って掴まった。自転車は徐々にスピードを上げていた。行先はまだ決まってない。たどたどしくもルークはユーリに問う。
「なんで仕事辞めたんだよ、大人だろ仕事しろよ」
「んー俺に合ってなかった、かな。お前は何か変わったか?」
「別に」
キーっと突然止まった自転車。急に止まった衝撃にルークはユーリを睨んだ。ユーリは自転車から降りてルークを見る。
「やっぱひでーツラ…お前の変わったとこってそれだな」
あの時は少しでも楽しそうにしてたのにとユーリは呟いた。それにもまたカチンと腹がたった。
「ユーリには関係ない」
「まぁな。俺とお前、別に友達でもなんでもねぇからな。俺に会えてよかったって言ってたの、結構嬉しかったんだけどな」
その言葉にズキリと胸は痛んだ。
あの時自分は確かにそう思っていたのだから。
「あの後、厳格な親にも弟にもすげー心配かけたんだ。だからもう二度と心配させたくないし、親の期待に応えてやろうと思って」
「だから無我夢中で勉強してますってか?俺言ったよな、ほっとけない病だって。
そんな顔のお前には会いたくなかったな」
そう言ってまた進み始めた自転車。ルークは切り出す。ユーリが何故ここにいるのか。
「引っ越ししたんだよこっちに。お前とちゃんと友達やってやろうと思って、お前探しに来た」
「は?ば、馬鹿じゃねぇの?つーか上から言うな。あん時ユーリ帝都から出る気ないって」
「それまでは、な。けどお前に会って気も変わってきたんだよ。あの時はたまたま出会った人間だったけど、今度は友達していこうぜ?俺もあの時お前といて楽しかったからな」
なんて馬鹿な男だとルークは思った。職を辞めたあげく、こんな情けない自分を探しに来たのだということに。
馬鹿げてる。
でも何故か心に響くものがあり、ルークの心は揺らぐ。あの時の別れの切なさに流れた涙はもうない。
再び再会した彼の言葉に、それは再び流れた。はらりと流れたのは嬉しさからだ。
「ありがとう」
「どういたしまして。で、よ。この辺なんかいいとこねぇの?」
案内してくれよ、ユーリが尋ねると、ルークに笑顔が灯る。
「そうだおれいいとこ知ってるよ。高台の方、坂あって登るの大変だけど」
「あの時の逆だな。うし行くぜ!」
漕ぎだしたそれは一気に加速した。
高台に着いて、街を一望する。
通る風が気持ちいい。
「あー、すっとした」
「息抜きできたか?」
「ユーリが、だろ?」
「お前は出来なかったか息抜き」
「ううん全然!」
「ならいい。いいとこだなここも」
「うん、子供の頃から知ってる場所なんだ」
「悪くねぇよ」
そっとルークはユーリの手を握った。
「今だけ」
「好きにしろよ」
きゅっと込められた握る力。
その顔にはもうあの時と同じ明るさが完全に戻っていた。
「その顔の方がいい」
「へへっ。これでちゃんとユーリと友達だな」
嬉しそうなその表情にユーリの中で湧いた違うもの。
「友達以上もありか?」
「え?」
何でもねぇと言って、握るそれを握り返した。