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    さくみ

    @393online

    随時ラクガキか小説更新。大分やりたい放題。なお、勝手に消すことあるます。気に入った、刺さったものあればリアクション、感想等どうぞ🌠

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    さくみ

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    支部においてる、ユリルクまとめ②だよん。BLはもう書けない。なんか、昔書いてた話の方が上手いと感じている時点でなんか心死んだ。

    ユリルクまとめ②2014~16年前後までのユリルク小説まとめです。
    [愛情込めたお菓子を]
    「誕生日?」
    「はい、もうすぐらしいんです」
    穏やかな波音を聞きながら、本国からの書類をまとめていたルークの元に、とある一国の姫君、エステリーゼが、パニールが煎れてくれた紅茶と手作りケーキを片手に持ってやって来た。
    話し始めた話題はどうやら近々らしいユーリの誕生日について。
    「好きなものは重々承知しているのですけど・・・やはりここは甘い物攻めでいこうかと!」
    「甘い物攻め・・・」
    「ですが・・・ユーリったら分かれば何でも作れてしまうようなので、どうしてもユーリの知らない物で絶対作れないようなもの、究極のスイーツを用意すべきかと!」
    何かご存じないですかと問われるが、ルーク自身スイーツなんてあまり食べないために普通に分からないことの方が多い。
    「あ、この紅茶美味しい」
    「ですよね?わたしの国にある、紅茶なんですけど飲みたくて取り寄せました。そしたらパニールが作ってくださったこのケーキにほどよく合いまして、とっても美味しいんです」
    エステリーゼが持って来た紅茶は、「サクランボ」という葉と実から抽出されたようで、飲み込んだ後味から、口内にふわりと良い香りが広がった。
    パニールの作ったケーキは普通のロールケーキなのだが、この紅茶に間違いなく合っていた。
    「究極ねぇ・・・あ、じゃあさ、飲み物とお菓子の組合せでもいいじゃないの?」
    「いいですねソレ。ですが、ユーリはこの紅茶をよく飲んでいますからこれではいけませんね」
    「このギルド内には他の国だったり村だったりから来た奴らがいっぱいいるから、知らないものだって案外いっぱいあんじゃないのか?」
    アドリビトムは訳アリの人間が多いことから、勿論ユーリの知らないことが多いのも目に見える。
    なら、彼らの巣立った場所の物は当然知らなかったり聞いたことなかったりする訳で。
    「そうですね!それいい考えです。わたしは知らないことばかりですけどきっとユーリも知らないものありますよね。あ、そうです、ルーク。これから皆さんにお聞きしに行きません?」
    「え?あ、おれも!?」
    「いけませんか?」
    おねだりと言わんばかりの姫君の表情にルークは折れざるを得なく、自分は関係ないのではと思いつつも、張り切るエステリーゼに付いていくしかなかった。
    ***
    「ふむふむなるほどそんな木の実があるんですね!」
    「・・・はー・・・」
    勉強熱心なお姫様は、どうやらギルド内全メンバーに聞くらしく、聞いたものはすかさずメモを取る徹底ぶりだった。
    かれこれ既に何時間経過したのかルークには分からなかった。
    「ありがとうございます。色々見てみますね!」
    「なぁエステル~全員に聞くつもり?」
    「はい、勿論ですよ!紅茶1つにしても面白いです。色々な木の実や葉から作られたり・・・お菓子についても聞いたことないものばかりで。次はパニールにも聞いてみましょう!」
    この調査に熱が入ってしまったようでルークを強引に引きずりまわしながらエステリーゼはその足を食堂へと向かわせていた。
    しかし、食堂にパニールはおらず、ファラがそこにいた。
    「あれ、二人ともどうしたの?パニールならお買い物に行ったよ?」
    「そうだったんです?どうしましょうルーク」
    「ファラにも聞けば?全員まだ聞いてないし」
    「は、そうしましょう!ファラお時間あります?実はですね・・・」
    これまでの状況を説明すると、ファラはうーんと腕を組んだ。
    「ユーリさんの知らないお菓子と飲み物・・・それでみんなのこと聞いてるんだ。そうだなぁ・・・リッドはよくベアの干し肉とか好きだから食べてたけど・・・お菓子で・・・」
    「ファラの出身場所での有名な木の実とか果物とかなんでもいいんですよ」
    「うーん、あ、キールはよく勉強の合間に飲んでる飲み物があっよ。何だっけえーと・・・かーふい・・・とかなんとか・・・」
    「かーふいですか?初めて聞きますどんなものなんです?」
    「確か黒い飲み物だったような・・・」
    「何だよソレうまいの・・・?」
    苦そうとルークがぼやくと噂のキールが食堂にやって来た。
    「パニール、すまないがコーヒーを・・・ってなんだいないのか」
    「あ、おーいキールー。キールの好きな飲み物何だっけ」
    キールが来たやいなやすぐさまエステリーゼが詰め寄った。その後ろにルークがひょこりと付いた。
    「何だ?」
    「キール、かーふいって黒い飲み物なんかうまいのか?」
    「は?かーふいって何のことだ?」
    「勉強の合間に飲まれているものです。ファラからお聞きしたんですよ」
    「・・・・・それコーヒーのことだと思うが」
    「コーヒー・・・ですか?」
    「ふーん、で、それうまいの?」
    「美味いというのではなくだな、ただ僕が飲むのはコーヒーの成分に含まれているカフェインという成分が・・・」
    うんたらかんたらコーヒーのうんちくが始まったのでとりあえずルークは必至でメモを取るエステリーゼを逆に連れて食堂を出た。
    「とりあえず、コーヒーっていうのは聞く限りだと砂糖とミルクで甘くも出来るっぽいな。ユーリ、甘いの好きだしお菓子にも合うんならソレでいいんじゃないか?」
    「まだコーヒーのお話聞きたかったんですけど・・・でもいいと思います。パニールが戻ってきたら作れるか聞いてみましょう」
    と、パタパタとファラが追いかけてきた。
    「どうした?」
    「お菓子のこと話してなかったなと思って。キールの話止まんないし」
    「誰もいねぇのにまだしゃべってんのかよ・・・」
    そういうとこ、機械のこと聞いたら止まらないガイと一緒だとルークはぼんやり思った。
    「あ、それでわたしが言いたいのは、お菓子作るために色々探すのもいいと思うけど、結局は作る人の愛情だと思うな。おいしくなーれーって思いが籠っていればどんなお菓子に限らず料理だっておいしくなると思うの。うん、イケルイケル!」
    「そうですね、ユーリも料理は愛情、だと以前出会った頃にお話ししてましたし、やはりそれが究極のお菓子に繋がるのですね」
    だが、料理がヘタなヤツが作ったものはどんな愛情が籠っても無理なものは無理だと、自国に残っているとある幼馴染みの姫の手料理を思い出し身震いをした。
    ここに彼女がいなくてよかった、と。
    「死人が増えたらたまったもんじゃないしな」
    「なんです?」
    「あ、いやいやこっちの話。とにかく愛情を入れて作れってヤツなら、もういっそユーリの一番好きな菓子の方がよくないか?」
    「そうなると・・・クレープ、でしょうか」
    「クレープ?あぁ、随分前に屋敷で食ったことあるような・・・ペラペラの生地に色々入れて巻くんだろ?なんか知ってる」
    「はい、ユーリがごちそうして下さったクレープが甘くて美味しかったんです。ソレとコーヒーの組み合わせた誕生日プレゼントにしましょう!」
    ラッピングはどうしますとエステリーゼはウキウキの様子だったが、問題は残る。
    「でも悪いけど、わたしそのくれーぷ?の作り方は知らないよ?パニールは分かると思うけど・・・」
    「料理レシピにクレープなんて確かないぞ?」
    「えぇ~・・・困りました・・・それではクレープは作れませんね」
    悩む3人の前に、買い物から戻ったパニールが現れた。
    「あらまぁどうしましたか?小腹が空いていらっしゃるならすぐに何かご用意を・・・」
    「パニール、クレープの作り方って知ってる?」
    「え?えぇ、存じてますよ。ここ数年はお出ししてませんけれど・・・」
    「おれ達今すぐクレープ作り覚えなきゃいけなんだよ。教えてくれないか?」
    「わたくしめでよければ・・・3人ともですか?」
    その問に3人が顔を見合わせるが、わたしは違うよとファラが首を振る。
    エステリーゼがルークに向き合い、
    「ルーク、わたしはとっても素敵なラッピングとコーヒーの用意をしますので、ルークがクレープ作り、お願いしていいです?」
    「おれぇ!?」
    と、クレープ担当を指名した。
    「わたしお料理はちょっと自信がないです」
    「い、いやいやおれだって料理どころか菓子なんて」
    全力で断ろうとしたルークだったが、一緒に頑張りましょうねと手をギュっと握られて丸め込まれた。
    「・・・マジかよ・・・」
    そもそもおれこのプレゼント企画関係ないじゃんと崩れ落ちたが、ここまで来たらやるしかないと、その手にエプロンとバンダナを纏って食堂に立ったのだった。
    「ではルークさん。まずは・・・」
    食堂のキッチン台に、クレープ作りに必要なものがズラリと並ぶ。綺麗な果物に様々な粉類。しかしながら、パニールの指示の元とは言え、キッチンに立つ生活なぞ無縁だったルークは非常に不安だった。
    「・・・無理じゃねこれ」
    「ルークさん。あまり不安がると、お料理にその思いが入ってしまってせっかく上手にできても美味しくなくなりますよ?」
    自信持ってやってみましょうと意気込まれた。
    不慣れな手つきだが、パニールの指示でなんとか生地は整った。
    「果物はそうですね・・・一口サイズに切るとよろしいですよ」
    「パニール悪い。その・・・おれ包丁とか持ったことなくて・・・」
    どう持って切るのか不明な所を問うてみようとすると、甘い匂いに誘われたのか、
    「いい匂いすんな。まさかのヤツが作ってる訳だが・・・こりゃどういう風の吹き回しですかね、ルークお坊ちゃん」
    「ゲッ・・・」
    おれ全然全く関係ないのに近々のアンタの誕生日プレゼントのためにエステリーゼにいやいやながらも協力せざる得ない羽目になってクレープ作りをしています!とは言えるはずもないが、ユーリと鉢合わせしてしまった。
    「お、おれだってたまにはこういうことにもチャレンジしてみようかと思っただけ」
    「ほう・・・庶民の味に作る所からチャレンジしてみようって訳か」
    いい心がけだ、とユーリはその隣に立った。
    「何で!?」
    「今からホールケーキ作るんだよ。小腹減っちまったもんでね」
    小腹でホールケーキ!?とルークは動揺したが、慣れた手付きで調理前の身支度として髪をまとめ始めるユーリ。その仕草は大人の色気を感じてしまって何故かドキっとした。
    (何でドキっとしてんのおれ!!)
    「お前はどこの下準備?」
    「あらまぁ大変。火の調子がよろしくないようですね・・・ルークさん。わたしチャットさんとガイさんにお話ししてきますのでお待ちいただいてよろしいですか?あ、ユーリさん、申し訳ないんですけどルークさん包丁の扱いが怖いらしくて・・・」
    「ちょ、余計なこと!」
    「教えてやってくれって?」
    「お願いしてもよろしいですか?」
    そのままいそいそと食堂を後にしたため、ルークは硬直した。
    (ちょっと待って下さいパニールさん?
    コイツがおれに包丁のご指導してくれると思う!?

    1.包丁も使えねぇのによく料理しようとしたもんだなクックック
    2.剣が出来ても包丁使えないとか流石お坊ちゃん
    3.お坊ちゃんは黙って剣だけやってればいいじゃねぇか

    のどれかに決まっています!ってどれも嫌味だちくしょう!)
    約1秒間ほどで次のユーリの答えをまとめてみたルークだったが彼の返答は意外なもので、
    「いいか、包丁ってのは剣と全然違ってちゃんと持たないと手ごとすっぱり行くからな?持ち方はこう・・・切るものも手を添えねーといけねぇ。それはこう猫みてぇにグーで・・・」
    指導も兼ねながら、ルークの背後に回るユーリ。
    そして、包丁を持つルークの手の上から手を添えるユーリ。そのままルークに手を添えて、ルークが持っていたバナナを少しずつ切っていく。
    急に密着度が上昇し、ルークは頭の中の情報量がパニックになりそうだった。
    (ナニコレナニコレコレどんな状況!?
    綺麗な手が添えられて・・・果物切ってるおれコレどんな状態!?密着が近いし、声がすぐ聞こえるし・・・あわわわわ!!)
    「とまぁこんな感じで。あとはちゃんと作る間は美味くなれって愛情込めろよ?分かったか坊ちゃん」
    「は・・・・・・はひ・・・・・」
    「おうおう大変素直でよろしいこと。で、今教えてやったけどちゃんと理解したか?固まってんぞ?」
    アンタのせいだろアンタの!!と叫びたくなるのを我慢しているとようやくパニールが戻って来た。
    見られなくてよかったとルークは安堵した。
    「ガイさんに火の調子戻していただきましたからもう大丈夫そうです。ルークさんどこまでできました?」
    「コイツまだバナナようやく1本終わったぞ?この調子で大丈夫か?」
    「だ、大丈夫だっての。本領発揮して、ぜってーうめぇって言わせてやるって決めたんだからな」
    「ほう、誰にだ?」
    「そりゃーユーリに!・・・ってやば・・・」
    「オレ?」
    「い、いいいい今のなし!なしで!」
    うっかり零して冷汗をかくルーク。
    見逃してくれそうにないと思うので次の誤魔化しを考えていたが、そのままユーリからの追求はなく、ルークは頭に?を浮かべる。
    「き・・・聞かねぇの?」
    「何が」
    「おれが・・・何でユーリに作ろうとしてるの」
    「あぁ、マジなのか?冗談だと思ったから」
    あっけらかんとした表情だった。
    (は、ハメられた!!この野郎!!)
    「へー・・・マジなんだ。まさかのルーク様がオレにねぇ・・・一服盛られなきゃいいけど」
    「誰が盛るかバカ!!アホ!!」
    ***
    さらに数時間経って、なんとか試作品?にあたるクレープっぽいものが完成した。
    これが出来上がるまで、クリームをひっくり返したり、危うく指を切断しかけたり時間もかかって正直散々なものになった。
    「パニール・・・おれやっぱセンスない・・・」
    「一回目ですし、誰だって最初はこのようなものですよ。それより味です!たっぷり愛情入っておりますし、美味しいと思いますよ!お食べになってくださいまし」
    自分で作ったのに毒見しろと言ってるようなもんだと、ルークはひっそり思いながら、とりあえず見た目焼けているのかも怪しい生地と少し緩いクリームを食べてみようとした。
    と、
    「あむ」
    「ちょ、ユーリ!?」
    自分のケーキが焼きあがるまで暇だったのか、さっきまで座って料理本を見ていたユーリが突然その不細工なクレープっぽいものを食べたのだ。むぐむぐと味わっているのかはさておきだが、ユーリは無言でそれを飲み込んだ。
    「・・・生地は多少クレープにしては分厚いが申し分ねぇな。果物も食べやすいカットだし。後はクリームか?もう少しもったりさせるのとオレはもうちょい甘い味の方が好みだぜお坊ちゃん」
    「悪くねぇよ、美味かったごちそーさん」と言って、再び席に戻り料理本に目を通す。
    「・・・あ・・・そう・・・」
    ルークはそれしか言葉が出て来なかった。
    皿に残っている不細工なクレープっぽい先の方はユーリに食べられて欠けているのを見つめる。
    「・・・ユーリが、美味いって・・・食った」
    なぜか、嬉しかった。
    自然と笑みが浮かんでいた。
    ***
    「ユーリ、もうすぐ誕生日ですね」
    「あ?何でエステルが知ってんだ?」
    「フレンから聞いています。あ、それでわたし、ユーリに素敵な贈り物を考えているんです!ルークも協力してもらいましてですね」
    「あぁ・・・それでクレープか」
    ユーリの口からそれを聞いてエステリーゼは驚く。
    「えぇ?ご存じだったのです?」
    「極上のスイーツを貰ったから、誕生日プレゼントはソレでいいぜ?」
    「え?え?ま、待って下さい飲み物も考えてあるんですよ?ソレとセットで貰っていただきたいです!」
    「じゃあ、それとクレープともう一つ+究極の物がいいかな」
    なんですそれはとユーリに問うエステリーゼ。
    「夕暮れみたいに真っ赤な、スイーツだ、な」
    よく見たら美味そうだもんなアレ、とユーリはクスクスと笑っていた。
    「ユーリのおっしゃることが全然わかりません」
    とエステリーゼが眉間に皺を寄せたのだった。
    一方、部屋のベッドでルークはぼんやりしていた。
    あの、密着した体温を急に思い出して熱くなる。
    「・・・うわわっ・・・妙に意識しちまう・・・でも・・・食べてくれたのは嬉しかった・・・なー・・・・・うし、もっかい気を取り直してやってみるか」
    意気込んで、もう一度キッチンに立つべくベッドから意気揚々に飛び降りた。
    美味くなーれと愛情を込めて。
    end
    [迷子から離脱]
    ※この話はマイソロ2のルークがマイソロ3の世界に飛んじゃった話ですので、苦手な方お逃げください。

    穏やかな波が、停泊しているバンエルティア号に寄り添う。甲板の上から、海風に当たっていたルークはぼんやりしていた。というのも、つい最近想い人であったユーリとより深い関係になったことがあり、彼と今後どう向き合うかルークには悩み所なのだ。なにせ自分と彼では置かれている身分の違いがある。もちろんお互いそれは覚悟の上でのことでよくわかってることだがいずれ自分は王位を継ぎ、彼と離れ離れになるのは目に見えている。
    その時自分は向き合えるか果てしなくどうしようもない不安にかられてしまうのだ。
    今それを考えてもしょうがないことであってもいずれ訪れる運命。
    心配性であるがゆえにルークは頭を抱えた。
    (・・・いっそ、俺がこの世界の人間じゃなくって、別世界のユーリに会えたらいいのにー・・・)
    なんてことまで考えだす始末であり、気分は落ち込む一方。ティアがいたら、「そんな浮ついた気持ちじゃなにをしてもだめになるわよ。しゃんとして」ときっと言うだろう。幼馴染み兼親友のガイもきっと「おいおいしっかりしろ。今考えたって仕方ないだろう」とか言うに決まってる。
    (だめだだめだしっかり!今は前向きに考えないと!すぐ王位を継ぐ訳じゃないんだし!)
    頬を2、3回パシパシと叩いて、船内へ戻ろうとした時だった。
    「ん、なんだ?」
    海の奥の方でチカッ、チカッと何かが光る。ルークは覗き込んだが、薄暗い海の底はよく、見えない。
    さらによく見ようとしながら、知らず知らずルークは吸い込まれるかのように身を乗り出したために海へ身が投げられた。光が増したような気がしながらもその意識は深い深い深淵へと入って行ったのだった。
    その時ウィン・・・と、甲板へ繋がる戸が開かれた。
    「ルーク、ここにいたのかチャットが呼んでー・・・ルーク!?」
    ガイがルークを探しに甲板へ訪れた時は既に遅く、ルークは海へ身を放り出してしまい、ひらりと白い衣服の裾だけが見えた。慌てて後を追うように飛び込んだが一瞬の間のことで、もうルークの姿はどこにもなかった。
    ━━━━━━━━━━━━━━━
    「・・・・・・・・う・・・?」
    「あーよかった、気が付いた?」
    ひゅうっと息を吸い込むと息が出来る。自分が生きていることが確認出来た。
    「もう~・・・ルークってばクエストにいったきり戻って来なかったから心配したんだよ?討伐の依頼失敗したの?髪、あんなに綺麗だったのになぁ」
    ルークは訳が分からなかった。目の前の少女は何者か?
    よく似た少女は知っているが、彼女は少し違うように見える為混乱する。そしてこの少女は自分を知っている。それに髪のことは・・・ルークは頭が余計混乱していた。あの時自分は引き寄せられるように船から落ちたのだ。
    その後の記憶はなく、気が付いたらここにいたのだ。
    「おれー・・・」
    「ロックスー!ルーク目を覚ましたよー!びっくりしたんだよ?船の傍で倒れてたんだから。幸いけがもないみたいだし。髪は残念だけど・・・」
    「え、えっと・・・」
    周りを見ると、薬の箱や瓶のようなものが置いてある。
    自分が寝ていた場所もベッドだったこともあり、ここは医務室だというのが想定出来た。しかし、自分の知るバンエルティア号ではない。
    ここはどこだ!?
    ルークはベッドから飛び降り部屋を飛び出した。
    「ま、待ってルーク!!」
    「うわわっ!?ルーク様どちらへ!?」
    飛び出した時、パニールのようなナツナッツ族によく似た生き物がいたがそれどころじゃない。ここはどこなんだ!?ルークはホールに繋がるであろう戸を潜り抜けた。ホールにいたのはよく知った者、初めて見る知らない者・・・ここは一体どこのバンエルティア号なのかと頭の中がぐわんぐわんしている気がしてならないと、ルークは顔を歪ませる。
    (わからないわからないわからないわからない)
    最後にふっと頭に愛しい想い人が浮かんで消え、ルークは力尽きたようにその場へ倒れ込んだ。
    ━━━━━━━━━━━━━━━
    「・・・・・・色々聞いた。お前この世界のぼっちゃんじゃないんだってな」
    「・・・・・・・・・・!?」
    がばっと飛び起きた時、ルークの目の前に飛び込んできた通りのいい声の持ち主。
    自分がよく知るあの人・・・。
    「俺はユーリ。本物のこちらのおぼっちゃんと行った依頼から戻って来てな。科学者共の話だと、お前はこの世界の人間じゃないらしい。ま、同じ世界に同じ人間は2人もいないのは当然だしな」
    漆黒の流れる髪。
    アメジストの綺麗な瞳。
    ああ・・・この人は・・・。
    「・・・・・・ゆーり・・・」
    「ん?何だよ」
    「あ・・・」
    知ってるこの人はホントに自分の知ってる人じゃない。
    本人じゃないのはわかっているが、心細さだけがルークを締め付けた。
    すがりたい。
    同じ顔の、彼に。大好きな彼に。
    「うわあああああ!!」
    「うおっと!」
    勢いよく飛び込んで、服にしがみつく。ユーリは一瞬バランスを崩しかけたが、しっかりこの別世界から舞い込んだ迷子のルークを支えた。この世界で生きている訳じゃないこの少年が、今どんな気持ちでいるのか・・・
    震えるルークから見て取れる。ユーリは宥めるように語りかける。
    「ここはギルド・アドリビトム。依頼なら何でも引き受ける。討伐?発掘?採取?それとも迷子のお預かり?まぁ、色々訳ありな連中がここには大勢いる。見た目はガラの悪いやつもいるが、思いやる心のある連中ばっかだ。こちらのリーダーの聖女様が、お前が元の世界戻るまでお前を預かるそうだ。ま、あの聖女様のことだからばっちりこき使われるだろうがな。」
    ぽんっ、頭を撫でられる。
    「元気出せよ?」
    どうして彼は、人をここまで安心させる力を持っているのだろうかとルークはぼんやりする頭で思いながらも彼にしがみ付いたまま離れなかった。
    きっと色々な別世界にいる彼も同じなのだろう。
    溢れる涙を抑えて、ルークはユーリに感謝を述べる。
    「・・・ありがとう」
    カツン
    廊下の方で、音がする。誰かがここにいた。ユーリは医務室から顔を出すが。誰もいない。
    あったのは・・・
    「・・・・・・」
    戸の横置かれていた料理が湯気を立てているだけだった。ルークがこちらに流れ着く少し前のこと。
    「ルーク、今日は討伐の依頼に行ってもらってもいいかしら?今はとーっても暇でしょう?」
    そう、船のリーダーであるアンジュに言われてしまえば行くしかない。
    しかし、ルークとて腕のたつ剣士の一人。行きたくないのはもちろんあるが討伐の依頼は外で思い切り剣を振れるので、唯一の趣味を捨てるのはあまりにも面白くない。まず第一にこの聖女様を敵に回すのは非常に怖い。
    我慢したいところが本音だ。
    「わぁーったよ行けばいいんだろ行けば!!で!?誰と行けばいいんだ」
    「そうね~・・・ユーリお願いしてもいい?」
    「はぁ!?何であんな大罪人なんかと!!」
    「俺だって、今うめーパフェ食ってたのにこーんなお坊ちゃまの子守かよ」
    「ああ!?てめーなんかに言われたかねーっつーの!!さくっと終わらせるぞ」
    「いや俺行くっていってねぇけど」
    「お願いねユーリ~」
    「・・・。」
    有無を言わさぬ圧力をかけられたために仕方なく依頼をこなすことに専念する。依頼のモンスター20体を討伐のため、依頼の場所へ赴く。
    彼といると喧嘩しかないがルークの中でユーリの印象は変わりつつある。彼の隣が何故か心地よくなってくる。しかし実際は口喧嘩ばかりだ。
    (んだよ、そんなに俺が嫌かよ・・・)
    ホントはもっと彼を知りたいのに。
    「うし・・・これで全部か」
    目的の魔物討伐が終了したため、切り上げるべく船に戻る準備をする。
    「あー・・・かったりぃ早く帰ろうぜ・・・「おいっ!!後ろ!!」
    留めをし損ねたのか先程の魔物が最後の余力でルークを牙を向けた。
    ユーリは走るがこれでは間に合わない。
    「うおわっ!!」
    「チィッ・・・!ルークしゃがんでろ!!」
    蒼い衝撃波が空を切り、留めを刺した。ルークはぽかんと座り込んでいた。ユーリがそばへ駆け寄る。
    「怪我はねーかよお坊ちゃま」
    「あっ、あぁ・・・」
    「帰るぞ。あんたに何かあったら俺がライマの連中にぐちぐち言われッからな」
    「あっ・・・」
    鞘にニバンボシを収めたユーリがくるりと背を向け歩き出す。本当なら今は礼を言わなければならないが、ルークは言葉に出す事が出来なかった。なぜこうも簡単な言葉が出て来ないのだろうか。握りしめた拳の想いは届かないのだ。船に到着後もルークは中に入らず船の手前で座り込んでいた。見兼ねたユーリは声をかけようとしたがいらぬおせっかいだと轟々されそうなので先に船に戻ることにした。
    再び彼に礼を言うことは叶わず、ルークはため息を吐いた。
    同じバンエルティア号で生活を共にする以上仲間達と絆を深めておきたいが、人と関わるのはこんなにも難しい。師であるヴァンや親友であるガイには平気なのにどうして他の仲間や、特にユーリにはうまく会話が出来ないのだろう。
    ぼやっと考えていると、船の方から仲間の一人が駆け寄ってきた。先日異世界より来た、こちらのカノンノにもよく似ているが、彼女はイアハートだ。
    「イアハート・・・なんか用かよ」
    「ホールに集合ってアンジュが呼んでるの。あのね、すごいことになって」
    「すごいこと・・・?」
    ホールに行くと、集まっていたメンバーが何事かと口々に呟く。その最中、入り口の傍で佇むユーリをちらりと見やったが、彼は静かにしていたので話そうにもタイミングが合わない。アンジュがホールに到着し、静かにと呼びかける。
    「みんな揃ったかな?実はものすごーく複雑な事がこのアドリビトムで起こっています。実は先程、異世界のルークがこのルミナシアに落ちてきました」
    「はああああああああ!?」
    ざわつくホールにいるこの80人以上をアンジュはすぱりと取り仕切った。
    「静かにしてちょうだい、まだ終わってないわよ?本人もだいぶ混乱してるみたいでさっき一度こちらに来たけどすぐ倒れちゃってるの。ロクに食事も取れてないようだから後でルーク届けてもらえる?」
    「なんで俺!?」
    別世界の自分なんかあったらごちゃごちゃすっから面倒だと切り捨てたかったが、話すタイミングをまた失ってしまう。
    「で、彼は今後元の世界に戻れるまでここで保護したいと思うわ。異論はあるかしら?」
    「私が話してもいいかしら」
    ティアがアンジュに問う。
    異世界とはいえルークであることに変わりはない。
    自分を含めて皆混乱しないことにならないかというもの。なにせ名前が同じであるし、本人もこちらのルークも混乱するのは目に見える。
    「彼の安全を保障してあげるのは第一だけれど、ここにはこの世界のルークはちゃんといるのよ?大丈夫なの?も、もちろん間違えることはないでしょうけど・・・」
    「大丈夫よ同じ顔が2人いようが3人いようが戦力として加えるのは十分可能だもの。」
    「アンジュ!?その彼をここの戦力加えるのは正気!?」
    「もちろん。まぁ戦力はもちろんだけど保護の意味でちゃんと彼の安全は保障させましょう。そして、彼が怪しい者ではないことを証明するために、一人彼に付き添いをつければいいわ。やましい行動を取ろうとするなら全力で応戦して。というのをユーリにもう頼んだから心配ないでしょう」
    あっさりそう言われてしまえば、従わざるを得ない。なにせこのリーダーを敵には回すのは恐ろしい。
    「それじゃユーリ、医務室に行ってね?」
    「はいはい・・・」
    ユーリも黙って従う。ルークは黙ってそれを見つめた。
    「他に異論は?・・・・・・ないわね?じゃルーク。ユーリは倒れている彼の看病をしにいったの。まだ食事を取ってないから今ロックスに食事をお願いしてるから後で届けてあげてね」
    「・・・・・・わーったよ・・・」
    暫く後、ロックスがおぼんに2人分の食事を乗せて、ルークの前に差し出した。
    「それではルーク様、ユーリ様とあちらのルーク様のお食事です。よろしくお願いします」
    ロックスから食事が乗る盆を持たされ、ゆっくりとした足取りで、そして重たい気持ちで医務室に向かう。異世界の自分のことは気になるが、本当に気になるのはユーリの方だ。
    「はー・・・」
    医務室の前まで来た。
    気が重い。ノックを一応しようと手を近づけた時だった。少し、戸が開いて会話が流れてくる。いけないと思いつつも覗き込んだ。
    「!?」
    ルークは思わず叫びそうになった口を押えた。同じ顔の全く違う世界の自分が、今一番気にしていた彼の腕の中に飛び込んだところを凝視した。
    「うわあああああ!!」
    「うおっと!」
    しっかり支えてあげているユーリの目は非常に穏やかで、腕の中のルークを宥めるトーンの声も普段ユーリにはあまり見られない光景だ。ぽんっ、頭を撫でられるもう一人のルーク。これ以上は見たくない。あんなユーリは自分は知らない。見たことない。ユーリは自分の隣にいてもあんな顔しない、あんな声で話さない、もう嫌だ。ルークはそっと盆を戸の前に置いた。カツンと音を立ててしまったけどもうそれも気にすることも出来なくてただ早くあの場を離れたかった。
    「お、ルーク戻って来たか。ルーク?どうした?大丈夫か?」
    ガイの語りかけにも耳は流していた。
    普段あの隣にいるのは自分が多くても、彼はあんな顔見せない。なんだこの気持ちは。痛い、辛い、寂しい、全部あてはまる気がする。とてももやもやする。この感情は・・・。
    「あ、ルーク。ライマ国から近況報告書が届いてるんだ。目を通しておいてくれよ?」
    ガイはルーク報告書と渡したがルークは見ようとしない。
    「ルーク?」
    「・・・・・・アイツ・・・ムカツクー・・・」
    それはユーリに対してなのか、異世界の自分に対してなのか、何もしない自分に対してなのか。ルークは報告書を握りつぶした。迷子になっている感情をどこへ吐き出せばいいのかルーク自身には分からないことだった。ただ、胸の奥に何故か痛みだけがルークに渦巻くだけだった。迷い込んで来た異世界のルークは、どうやらイアハートと同じ世界から来た事が暫く後に証明されて以来、ここのギルド内でも興味を持った面々が話しかけることが増えた。
    ルーク自身も、見知った同じ世界のイアハートに会った事もあって、落ち着きをさらに取り戻すことが出来ていた。ギルド内のメンバーも手厚く歓迎してくれたことで、ルークも安心して過ごせている。
    ただ、こちらのルークとどうしても比べがちになってしまうと口々に漏らす言葉が聞こえてはこっちに彼に何だか申し訳ないなとルークは思う。
    「出来るなら早く帰らないとなーって思うんだけど・・・」
    「私の方からニアタに繋がらないか試してみるね」
    「さんきゅカノンノ。まさかこっちにいたなんて思わなかったけど」
    「今はまだこっちで頑張りたいの。あっちは彼がいてくれてるから大丈夫だって思ってるし」
    向こうでのディセンダーがいるなら、確かに心配ないなと世界の勇者を思い出す。至って穏やかな波音を聞きながら、甲板で久々のイアハートと雑談を交わしていると、ワラワラと若手のメンバーが集い始める。カイル、シング、カイウス、ルカ、エミルの面々だ。
    「本当にルークさんと同じ顔」
    「いや当たり前だよ異世界にも同じ人はいるって言うし!」
    「印象が違うから・・・ドキドキしちゃったよ」
    「こっちのルークさんもさ、もっと明るく振る舞ってくれた方が話やすいんだけどさー」
    「やっぱり俺達とは違う所の人って感じあるよな」
    彼らは決してルークとは仲が悪い訳ではないのだが、遠巻きに見ることの方が多いと言うのだ。
    こちらの自分はあまり仲間と上手くいってないように感じ取ってしまうので、イアハートに問う。
    「こっちの俺は、他の仲間と話出来ないのか?」
    「ううん、誤解しないでね。そうじゃないけど・・・ただ、こっちのルークもあなたと同じ王位継承者の1人で、お国問題とか色々難しい事情を抱えてるの。私は勿論悪い人じゃないって思う。ルークのように、優しい所はちゃんとあるけど、表に出すのが苦手なように見えるの」
    「そっか・・・昔の俺と一緒だ」
    「ルークも前はそうだったの?」
    「そっ。あの頃を思い出すと最低だよなーとか今でも思っちまうよ」
    「色々あるから、人は変われるんだよねきっと。あの人を近くで見てて私そう思ったから」
    常にディセンダーの傍にいたイアハートは、彼の影響をよく受けていたなとルークは思う。
    勿論他の仲間もそうだったと思うが。
    「あ、そうだルークさん!今もし手が空いてるなら俺達と特訓しない?」
    「特訓?」
    「そうそう!もうすぐ闘技場に俺達出場するんだ!そのために色んな人と試しておきたくて!」
    「へぇ~、そういう事なら俺も手伝うよ」
    「今船の中、皆出払っていてなかなか捕まらなくて!ありがとうルークさん」
    甲板で討ちあいが始まる一方で、出入り口付近でそれを見やる影。ルークが壁に凭れてその様子を伺う。傍にはガイが付き添っていた。
    「・・・。」
    「・・・気になるなら話しかけてくればいいじゃないか?」
    「別に・・・」
    「異世界の自分と会って話すとか・・・なかなか出来る経験じゃないぞ?」
    「じゃあガイもアイツと話してくればいいじゃねぇか。随分こっちのヤツらにも慕われ始めてるみたいだし?お前も話しやすんじゃねーの?」
    「おい、ルーク」
    ガイが呼び止める間もなく、ルークは踵を返して部屋に戻ろうとした。ガッ、と何かに足が引っかかり躓きそうになる。どうやらそれは誰かの足で、わざとそうされたようだ。勿論怒りをルークは覚える。
    が、
    「ってぇ・・・おいコラ何しやがる・・・ゲッ・・・」
    そこにいたのは、腕を組んで凭れかかるユーリ。ルークの中で先刻のことがフラッシュバックする。穏やかな表情で、異世界の自分と親しそうにしていたのは、目にも頭にも焼き付いてしまったほど。正直言って今一番顔を見たいと思わない。
    「あの言い方はよろしくねーんじゃねぇの?ガイは何も言わねーけどよ」
    「うっせぇ。俺がどう言おうかなんて俺の勝手だろが。つーか俺は今お前の顔が一番見たくねぇんだよ」
    「俺お前の機嫌損ねることしたか?あぁ、足のひっかけはわざとだが」
    「諸々てめぇとは話したくねぇのとっとと失せろバーカ!」
    「ガキか・・・」
    ぶすりと不機嫌オーラを醸し出しながらユーリの元からとっとと去ろうとすると、
    「異世界の自分にも何か言いたげなようにも見えるが、違うか?」
    振り返る。細くなったアメジストが見つめる。
    「・・・知るかよ!」
    あの顔も、瞳も今はやっぱり見たいとルークは思わなかった。痛い所を突かれれば突かれるほど、言い返してもボロが出て来るだけだとルークは駆け出した。
    「・・・どうしたもんかね」
    「イアハートから聞いたのよ。向こうのあなたと彼、かなり仲がいいらしいの」
    「ジュディ」
    妖艶な女性、ジュディスがユーリの隣に立つ。
    「依頼帰りか」
    「えぇ。あまりこっちの彼のこと苛めちゃだめよ?」
    「苛めたつもりねぇけど」
    「彼もその時聞いたのよ。向こうのあの子とあなたのこと」
    「へー・・・向こうの俺はお貴族のお坊ちゃまに堕ちるような気がある変なヤツなのか」
    「人柄、に惚れたそうよ。私は偏見なんてないし、寧ろ美しい関係だと思うわよ。だからこそこっちのあの子今複雑な気持ちが強いのではないの?あなたこの間、会ったばかりのあの子と親しくしたそうじゃない」
    気が動転していたのか、抱き着かれた時に朱色は酷く震わせていた。あぁ、その時かユーリは思い出す。
    「貴方達の食事を持って行ったのこっちのあの子なの」
    「おいジュディ・・・」
    「見てしまったのではないのかしら?それにイアハートのお話まで聞いたら、余計に複雑な感情になるんじゃないの?だからあまりあの子を刺激しない方がいいわよ」
    「・・・ったく分かりにくい」
    「あの子なりにあなたのこと気に入ってるんじゃないかしら」
    「さてね・・・言ってくれねぇと伝わらないことなんか世の中山ほど有るだろ。言葉がねぇんだよお坊ちゃまは」
    クスクスと微笑むジュディス。
    頭をガシガシと掻きながら、ユーリはライマ国の面々がいる部屋に足を運びだした。
    夕刻になり、食堂に依頼からそれぞれ戻った面々が集まって楽しく食事を交わす中にルークの姿はなかった。
    ユーリも先程尋ねた時点で既に部屋にはおらず、部屋にいたアニスに聞けば「ルーク様なら戻って来てないですよぅ」と言うことだけ。
    (アンジュも依頼に行ったなんて話聞いてねぇって言うし・・・まさか1人で船から降りやがったのか?)
    だとするなら、現在停泊してる近くは森が近くなので随分危険になる。只でさえ、陽が落ちるのが早いのに単独行動なんて厳禁極まりない。
    「ごっそさん!」
    「あらユーリ。おかわりいらないの?」
    クレアに止められたが、「いらない」と一言言い残し食堂を飛び出した。
    「どうしたんだユーリは」
    「みんなと食事中にバタバタ出て行くなんて全くユーリは」
    「はぁ!」と深い溜め息を吐くフレンを余所に、隣にいたルークが立ち上がる。
    「ご馳走さま!」
    「あら・・・ルークももういいの?」
    「うんごめんクレア。ユーリ多分慌ててたから何かあったんだと思う。その・・・こっちの俺がここにいないし」
    その一言で食堂内がざわついた。
    「え?依頼で出ていたものかと・・・ガイっ、気付かなかったの」
    ティアにキッと睨まれたガイは慌てて抗議した。
    「俺かよ!俺はそんな話聞いてないからいるもんだと思って」
    「・・・やれやれ・・・主人が主人なら従者も従者ですねぇ」
    「酷い言われようだな・・・」
    「ルークったらどこに行かれましたの?」
    「・・・チッ。あの屑野郎が・・・」
    駆け出したライマ国勢の後を追って、ルークも駆け出す。アンジュの指示でライマ勢を第一班とし、三班に分かれて、ルークを捜索することになった。
    ***
    「誘拐は考えられないわ。勝手に1人で出歩いていったのよ・・・何て勝手な事を・・・バカね・・・」
    「だとすれば下手に動くとこちらも危険になりますね。バラバラにはならず陣形を保ちましょう。部屋に戻って来ることも考えられるので、ヴァンには残って頂くことにしましたし。」
    ルーク自身の動向を追うことが出来ないために、簡単な作戦を立てる中、アニスとナタリアが仲間内の行動の様子を知らせに戻る。
    「大佐ぁ~今、すずとしいなが上から捜索してくれてるみたいです」
    「第二班が山側、第三班が海側から捜索なさるという事ですわ」
    「なら私たちはこのまま進んだ方がいいわ」
    「その意見には同意しますね。ただ、彼と彼がどこに行ったのか分かりかねますが」
    先に飛び出したユーリと、後から追ったルークは現在どの班にもいない。従って作戦からは外れて行動していることになるため、彼らの後を追うのは不味い。
    「今は放っておけ。まずあの屑を見つけることが先決だろうが」
    駆け出したアッシュを追い、ナタリアも駆け出す。
    「陣形は崩さないことが重点ですよ」
    「ルークー・・・頼むから無事でいてくれよ~」
    同じ頃、近く山林でユーリとルークがいた。
    「ユーリ!やっと追いついた!」
    「っお前!」
    短い朱色が息を切らして来たのを見て駆け寄る。
    「こっちの土地勘ねぇのによく来たな」
    「俺まだアイツと話したこと一回もないからさ。それに・・・同じ境遇だから力にもなりたいし」
    「へぇ・・・お前、あの坊ちゃんがどんなヤツか話してもねぇのに分かるのか?」
    「アイツも王位継承者なんだろ?アッシュとも揉めることが多いって聞いた。俺もそうなんだよ。ただ、俺とアッシュの場合、ガキの時にすぐに離されて俺は育っていたから、アッシュとは色々あったんだ。今は大分和解出来たんだけどな・・・。それに、昔の俺にそっくりらしくて」
    「なんでだ?」
    「カノ・・・イアハートに聞いたんだ。そしたらアイツ、昔の俺にそっくりなことたくさんあるんだよ。俺と同じだと思うんだ。だから」
    「力になりてぇってか。広い心をお持ちだな」
    「ユーリもきっと、ルークと協力できると思う」
    「それは向こうの俺と仲がいいからか?」
    「そこまで断言してる訳じゃないけど・・・って知ってたのか?」
    「ジュディから色々聞いてな」
    「ユーリとは俺も最初から仲がいい訳じゃないし。ユーリも色々助けてくれるようになったから。」
    昔の自分と似てるから、あの頃は苦痛だけだったから乗り越えてきた道だから、とルークは続ける。
    ルークとルーク。同じ境遇が多い2人、なら、とユーリは尋ねる。
    「ルーク。同じ境遇のアイツが今どんな所にいるかお前なら分かるか?」
    「えっ・・・俺の、行きそうな所?」
    前の自分だったら、どんな所に行くのか。
    「・・・多分・・・1人で勝手にどっかには行かなくて・・・あの時の俺はあの大きな屋敷から出る事が出来なかった。だから動けるそこの中で1人になれる場所に行くと思う」
    ルークの答えにユーリは絶句する。
    「おいおい・・・つまり最初っから一択だけか」
    青ざめるルーク。
    「多分・・・船にいるよ・・・船の1人になれそうな所に・・・」
    ***
    「・・・・・・やーべぇ・・・俺がいねぇって大事になってやがる・・・」
    ユーリと別れた後、ルークは使用頻度が少ない倉庫に身を潜めていたが、そのままそこで眠ってしまっていた。夕刻頃、胃袋も泣き始めたために食堂に向かおうとしたが、既にそこは蛻の殻。部屋に戻ろうとしたが、通信機で誰かと話すヴァンの話に耳を傾け驚愕する。そして今に至るほどの大事になってしまっていたのだった。
    「まじぃなー・・・今部屋に戻っても説教くらうし、かと言って外に行っても見つかれば説教くらうし・・・あぁぁぁぁ面倒くせぇぇぇぇ!」
    結局倉庫から出ること叶わず使うことのない頭をフル回転させるものの、いい答えは出て来ない。
    誇り塗れの簡易ベッドに凭れる。
    (俺がもうちょい言葉を吐きゃいいだけの事なんだろうけど・・・)
    答えは自分の中にある、素直になればいいだけのことなのに。自分と彼が違うことはそういうことなんだろうかと、最初から引っかかっていた。
    (結局は全部俺が・・・)
    自分から殻を破らなければいけないことなのだ。
    「・・・」
    そっと倉庫の戸に手を掻けた瞬間、大きな声が響き渡る。

    『くおらぁぁぁぁ意気地なしの親善大使とっとと出て来い馬鹿野郎』

    自分と同じ声が木霊した。ルークが海で消息してから数時間が経っていた。グラニデででの現在のアドリビトム内は、ルークが海へ姿消した所から一番近い場所に停泊しつつ懸命な捜索が続けられているが、以前行方知らずだ。迅速な判断でグランマニエ皇国にもジェイドの方から通達が行った際、国を上げて軍も捜索をしているという。しかし、有力な情報は全く得られていないのが事実だった。街でもルークを見かけたという話は全くないのだ。船に戻って来ることを考えて残っていたユーリはただ、待っていた。食事も取らずにいたユーリに、夜食を持ちながらエステルは近寄る。
    「未だにいい情報は得られていないです。ユーリ・・・心配なのも分かりますが少し口に何か入れた方が」
    「あぁ・・・。ただ、黙っていなくなるようなヤツじゃねぇよアイツは。俺が知ってる」
    「でも海に身を投げたってお話もありましたよ?ユーリがルークを追い詰めるようなケンカでもしたんです?」
    「んな訳あるか!そもそも身を投げるほど精神的にヤバイ状態には見えなかった。つーかアイツそんくらいで死ぬような魂もねぇよ」
    「それは・・・そうですけど」
    「呼ばれた、とか」
    「何にです?」
    「さぁ・・・?仮にもしそうなら、俺は待つさ。アイツがちゃんと納得して戻って来るのをな」
    「・・・今のユーリはよく分からないです」
    「俺もわかんねーよ」
    ただなんとなくそう思えてしまったとユーリは夜食の握り飯に1つだけ口を付けた。
    -----------------------------
    「黙ってたってわかんねーことなんかいくらでもあるんだぞ!?出てきて自分の気持ちを吐いてすっきりしたいと思わないのかよこんの意気地なし」
    アドリビトムにいるのではないか。
    そんな疑問がルークから上がり、急遽アドリビトムに大所帯が戻ることになった。ティア達は、一応外のこともあるからと野外の捜索も念頭に入れて行動するということで外に残っている。慌ただしく船の戻ったルークはユーリと共に船の中で大声を上げながら彼が出て来るのを待った。いかにもルークが反応しそうな痛い所を突きながら。
    「・・・すげーなお前。よくもまぁそんな風に言える」
    「昔の俺はそうだった。自分の気持ちに正直になれなくて意地を張ってたんだ。だからこうやって1人になれる所によく篭ってたんだよ。それこそ国を上げて捜索する大事になるくらい」
    マジかよとユーリは絶句した。
    「自分から結局殻を破らなきゃ意味がないことにちゃんと気付いたんだ。だから初めて公務をする時の前に、自分を偽るのは止めようと思って髪もばっさり切ったんだ」
    自分の髪をルークは指を差す。かつてはここの彼のように、ルークにも美しい朱色が伸びていたのかと思い巡らす。
    「変わりたい。そう思って・・・他の人とも平行線ばかりはいけないことだと思ったから」
    「アイツも・・・そう思うことがあるかもしれねぇのか」
    「それは・・・まだわかんないけど、俺だから多分そう。みんなと・・・ユーリとちゃんと話をしたいって思ってると思う。だから・・・
    いい加減出て来いこんの根性なしの親善た「誰が根性なしだ」
    ガーッと角の自動ドアが開いたそこから飛び出したのは、まさしく探していた朱色。口では勢いがあったが、心なしか震えているような気がした。
    「・・・ちゃんと出てきたじゃん」
    「うるせぇ!てめぇ俺と同じ声と姿して俺のこと知ってるように言うんじゃねぇよ」
    同じ声が響くのが船中に広がり、何だ何だと船の中心に捜索をしていた面々は「本当にいた」と驚きの声を上げる。ルークはルークに問う。
    怒号が響いては目の前の朱色に言葉で攻撃をするが、そこには静かな冷戦が広がっている。
    「お前に何が分かんだよ俺の!何を知ってて俺のことをそう言うんだよ!俺はてめぇじゃねぇ!知ったように言うんじゃねェ!」
    「自分を偽って殻に篭るのはもう止めたら?気が付いてるだろいい加減」
    「・・・っ」
    「俺もそうだったから。本当は素直な気持ちでいたいけど、意地を張って嘘の自分を作ってる。俺はそれが嫌だったから、殻を脱いだ。変わりたいと思ったから。『ルーク』もそうだろ?」
    ルークはルークに詰め寄る。
    「ちゃんと話せばみんなは分かってくれる。ユーリも分かってくれる。自分の答えは最初からあっただろ?もう、殻を捨てて素直になろうぜ?怖がって嘘の自分を作らなくていいから」
    両手を広げたルークはそのまま同じ彼を閉じ込める。
    「・・・安心して吐いていいんだから、な?」
    「・・・・・・っ」
    暫くして湿ってきた肩口は、彼の本当の気持ちが流れ出した証だ。ルークは知らせを聞いて船に戻って来たライマ国の面々に「怒鳴らないであげて欲しい」と懇願する。
    そのままルークの中で疲れたのか眠ってしまった彼を、彼らに引き渡す。
    「・・・今回は大目に見ましょうか。ルーク自身が何か私達に話たいことがあったのでしょうし。この通知は、ライマには知らせないでおきます。見つかったので結果オーライですし」
    「あぁぁぁ・・・肝が座ったぜぇ・・・」
    腰を抜かしたガイがその場に座り込んだ。
    「ガイにはキツーイお仕置きを受けてもらいましょうか」
    「はっ」
    「子守ミスで、私の忙しい時間を大分削ったのですからね」
    「さーさガイこちらに来てくださいねーアニスちゃんごあんなーい!」
    「ぎゃあちょっ、ちかづ、近付かないで下さい!?あっ、やめっ!ぎゃあー」
    アニスにいいように誘導されたガイは、眼鏡を光らせて不気味に微笑むジェイドと共に、科学部屋に入っていた。恐ろしくてその先は誰も見に行こうとしなかったが。
    「それにしても、何でルークが中にいるって分かったんだい?」
    「ほんとおれも吃驚したぜー」
    クレスとロイドが感心する中ルークは微笑む。
    「俺だからね。どこの世界の俺もきっとそう・・・だからだよ」
    「は?」
    「ルークにしか、分からない件だったようだね」
    「あ、ユーリ!はいこれ」
    ルークはユーリに救急箱を渡す。
    「何だ?」
    「さっき触った時に「ルークさんが熱なんです!どなたか救急箱持ってきていただいてもいいですか??」
    パタパタとアニーが駆け寄る。
    「あ、ユーリさん!その救急箱持っていってもらえませんか?私、医務室の薬の在庫がないので街に行かなくてはならなくて」
    「じゃ、アニーの護衛にあたしも行くよ」
    「ありがとうございますナナリーさん」
    「つーことで医務室がルークだけになるからユーリ頼んだよ」
    と、アニーとナナリーがその場を後にする。
    「という訳だからユーリはアイツのことよろしくな!」
    「・・・俺も視点を変えなきゃだめだなこれは」
    意味深なユーリの呟きだったが、それはすぐに新たな展開で遮断された。
    「え?」
    「ん?お前の全身光ってないか?」
    吃驚したユーリの指差すルークの全身は異様に光っている。
    「え?え?」
    「な、何だこりゃ」
    「・・・もしかして・・・俺戻れる?」
    「は?戻るって・・・」
    「じゃあユーリ。アイツのことお願い。もし今度会えたら・・・俺のユーリも連れてくるからルークと4人で特訓でもしような!」
    の言葉を最後にルークの姿真っ白い光に包まれて輝く。
    収まった頃にはもうそこにあった朱色の姿は消えて無くなっていた。
    唖然としたユーリだったが、手元の救急箱を見てすぐ医務室へと足を運ぶのだった。
    -----------------------------
    ぼんやり、部屋でひたすらルークを待つユーリ。
    すると、眩い光が徐々に大きくなってユーリの前に現れる。
    「っ、何だ?」
    光は姿を変え、それは人型になっていく。さらに色を変えてよく知る朱色に変化をする。
    「っ・・・ルーク?」
    色が完全に戻った後、ひとしきり宙に浮いていたルークをユーリは抱きとめた。それはきちんとした呼吸をしている。
    「ルーク、おい」
    「・・・う、ん?あ、れ・・・ここ」
    「よう、無事に帰って来たな」
    きちんと目を開くと映ったのはアメジスト。
    「・・・ゆーり?俺・・・もしかして戻ってる?グラニデに・・・アドリビトムに」
    「おう。戻って来てる。お前の場所だ」
    「ユーリ、だ。ユーリだ・・・」
    ぼふんとユーリが倒れ込んで、ルークも久方ぶりの温もりに酔いしれる。ユーリも安堵し、柔らかい朱色を撫で上げた。居なくなっていたのは経ったの数時間だったのに、まるで長年会えてなかったような感覚だった。しかしそれはすぐになくなり、ようやく愛しい体温に触れ合えることが出来た2人だった。一方、ルークが元の場所に戻ってすぐ医務室に足を運んだユーリは、ベッドに横たわるルークを見やる。
    「なぁお坊ちゃん。あれがお前の素直なら・・・お前俺のこと気に入ってたりすんの?これはジュディが勝手に言ってたことだけど・・・」
    瞳を閉ざして眠るルークからは答えはない。
    「・・・まぁ、起きたらちゃんと話せよ?」
    そう言って温くなったタライの水を取り換えに行こうとした際、くんっと裾が引っ張られた感覚がした。
    振り向けばゆっくりと、熱のせいで潤む目を開けているルークが見つめている。
    「・・・い、くなよ・・・俺に・・・何か言いたいことあったんじゃねぇの・・・?聞こえないんだよ・・・なんて言ったんだよ・・・」
    「あぁ・・・・・・それはな。早く治してくれねーと俺がお前の尻拭いをしなきゃならなくて面倒だって言ったんだ。これ以上他の奴らにも心配させんなよ?ライマの連中の目ヤバかったんだからな」
    「・・・心配って・・・・・・もしかしてお前も・・・したりした?」
    「アホ。仲間がぶっ倒れて心配しねーやつっている?早く治せよ、『ルーク』」
    タライを持って、水を変えて来ると出て行くユーリ。ルークは布団を握って俯く。
    「・・・バカじゃねーの・・・・・・てか名前・・・呼んでもらった」
    嫌味ったらしい『お坊ちゃん』と言われなかった。
    仲間と、『ルーク』と名前で呼んでもらったことに今までにない感情が湧き起こる。
    「・・・へ、へへっ・・・」
    笑ったのはいつ以来だろうと、ルークはただひたすら微笑んでいた。
    「あ、ユーリさんごめんなさいルークさんをお願いしてしまって。薬の調達が出来たので変わりますね」
    「あぁ・・・頼むわ」
    「ん?アンタもどっか体調悪いのかい?」
    「悪くねぇよ、ついでにこれも頼んだ」
    と、新しい水の入ったタライをナナリーに渡しユーリはその場をさっさと離れる。直ぐの角に曲がれば、誰もいないことを確認して座り込んだ。
    「心臓に悪いわこれ・・・」
    左胸をぎゅっと押さえつける。
    「あんな顔もあんのな」
    彼に歩み寄っていくのも悪くないかもしれないと、ユーリの中でルークへの見方が大きく変わっていたのを内側から感じている。ドドっと煩く心臓が唸ることに気付いた。
    「いつ以来だ・・・誰かを気になるなんて・・・」
    そっと目を閉じる。
    少し前にここにいた明るい朱色に、彼も同じように変われるかもしれないことが楽しみでならない。
    「ルーク」
    見てる、とユーリは思いながら部屋に戻るのだった。
    end

    [異世界を旅して得たもの]
    ※ご注意※
    マイソロ2の世界と3の世界は平行世界だと思って下さい。2と3のルークの中身が入れ替わります。
    3のユーリとルークは仲良くないですが、2のユーリとルークはお付き合い始めくらい。






    「・・・・・・っう・・・?」

    日の光を感じて、ルークはゆっくり瞼を開けた。 海風が窓を通して心地よさを感じさせる。ふと、隣に誰かいる気配を感じた。
    はて?
    昨日自分は誰かと寝ただろうかと昨日のことを思い巡らす。 
    (んー・・・ロイドとクレスと剣の稽古して・・・飯食って・・・風呂行って・・・一人で部屋行って寝たよな?
    そんな記憶が巡る中、膨れ上がっているシーツを少しめくってルークは驚愕した。
    (は!?なんで半裸(せめてそれだけだといいという希望)のコイツがここにいるんだ!?)
    隣にユーリがいて。昨夜何かとんでもない過ちをしてしまったのでは!?とルークは混乱に襲われたが、とにかくとっととベッドから離れてしまおうとした時、腕を引っ張られ再びベッドに戻された。
    ぐっと押さえつけられたかと思うとぐるんと体を反転させられる。
    「はよーさん。急に出ていくなんてひでーじゃん。あんだけ昨日仲良ししたのに」
    「き、昨日!?なんだよてめぇ半裸なんかで近付くんじゃねぇよ!!触んな!」
    「なんだよつれねーの。擦り寄ってあんなに甘えてきたのに今日はツンデレか?」
    ルークは顔を真っ赤にして激怒した。
    「デレてねーよ!!なんでお前がここにいんだよ!」
    「はぁ?ここは俺の部屋。お前が一緒に寝たいって言うから一緒に寝たんだよ覚えてねーの?」
    「覚えてるも何も昨日は一人で寝た!間違っても大罪人と寝るとかありえねーし!!あーマジありえねー!!」
    「・・・大罪人・・・?」
    自分をそのようにルークは呼ばない。ユーリは、先ほどから会話がかみ合わないルークを見つめる。照れるにしても元々ここまで気性の荒い性格だったろうか。
    普段は至って温和で、誰とでも話が出来る、自分のことにはかなり不器用な青年だったとユーリは思っている。が、一夜にしてここまでなるものなのか?
    昨日の彼は、剣の稽古、採取のクエストを一緒にやった後、自分の部屋から枕を背負って一緒に寝たはず。そしてそれが記念すべき初めて彼を存分に愛することが出来た日でだったのに、その結果がこれなのかと、ユーリは何かおかしいと頭を捻る。
    「おい大罪人。まぁ何でもいいからタオル寄こせ。顔洗う」
    「・・・ん?あぁ・・・そこの引き出し」
    「あー・・・かったりぃ・・・何でか腰いてーし・・・」
    ブツブツ言いながら部屋の奥に簡単な洗面台があるのでそこへ向かったルークを見つめる。鏡の前で立ち尽くしたルークが、すぐに悲鳴をあげた。
    「なっなんだよこれ!?」
    「なんだよでかい声出しやがって・・・」
    「おれ髪なんか切ってねーし!!なんなんだよ一体半裸の大罪人といいこの髪といい!」
    ユーリは、ここでようやく事のマズさが大きいことになっていると、無理やりルークを連れ出し、研究室へ向かった。
    ━━━━━━━━━━━━━━━
    「・・・・・・・・・・あれ・・・」
    がらんとした殺風景な部屋に、ルークは目を覚ました。 むくっと体を起こしたが、すぐに違和感があった。昨日深夜を共にした、愛しい彼が隣にいない。
    そして・・・自分の髪が異様にもっさりのばさばさに伸び放題なことに。
    「おれ・・・一日でこんなに髪伸びたのか?」
    訳が分からないと、とりあえず洗面台へ向かった。
    「・・・・・・この部屋・・・こんなだったっけ?」
    ルークがうーんと考え込みながらそばにあったタオルで顔を擦ると、コンコンとドアのノック音がした。扉が開くと、騎士のような人物が立っていた。
    「おはようございますルーク様。朝食が出来ているとのことで起こしに参りました」
    にこやかな青年にルークは持っていたタオルを落とした。
    「あ、あの・・・ど、どちら様でしょうか・・・?や、屋敷の新しい人・・・?あれ・・・ここ船、だよ、な?」
    「はい?」
    ルークは記憶にない部屋、記憶にない騎士の登場に急激なパニック状態に陥った。自分は今、とんでもない状態なのかも知れないとその騎士の胸ぐらを掴んで助けを乞う。
    騎士はルークに揺すぶられて落ち着いて下さいルーク様と叫ぶが、パニックを起こしたルークはその声も届いていない。騎士とルークの声に駆け付けたピンクの髪の女性が慌てて入ってきた。
    「キャー落ち着いて下さいルーク!!フレンを離してあげてください、フレンが苦しがってます!」
    「あ、え・・・・・・エステルぅぅぅぅぅぅ!」
    「一体ど、どうしたんですルーク!?」
    「おれ記憶ないぃぃぃ!!どうしようぅぅぅぅぅぅ!!」
    「え!?そ、それは大変です!!由々しき事態です!すぐに研究室のみんなに助けてもらいましょう!」
    ルークとエステルの会話は、非常にツッコミたいことは満載だったが、騎士はひとまずダッシュで部屋を飛び出した朱とピンクの姫君を追いかけたのだった。研究室のぶち破る勢いで入ってきた船でお馴染みの青年たちに研究室にいたメンバーは目を丸くした。
    ***
    ユーリはジェイドにルークを突き出した。
    「おい大佐さんよ!やべーことになった!」
    「おや・・・ルーク・・・ローブ一枚ではしたないですよ」
    「おい!いい加減話しやがれこの野郎!!」
    ルークの違和感をすぐさま感じ取ったジェイドは、鋭い目付きになった。
    「ユーリ、彼の中身がわたしの知る以前の彼に戻っていますね。屋敷にいた頃とそっくりです。屋敷いた頃の彼は口調も性格も荒くまさにこんな手の付けられない猿でしたねぇ」
    「サルじゃねーよ鬼畜眼鏡ジェイド!!」
    「普段の温厚さがまるでねーから、アンタなら何か知ってんじゃねぇかと思ってな」
    「ふむ・・・昨日まであなたにベッタリだったルークが一夜で手のかかるお坊ちゃまに戻ってしまったと・・・これは興味深いですね」
    「おいおい・・・アンタ楽しんでねーか?」
    「ええ、とても」
    相変わらず性格悪っ!とユーリは心の中でツッこんだがここは言わぬが吉である。
    「まず・・・ルーク本人に質問しましょうか。昨日あなたはどうしていましたか?」
    それはさっき自分からも聞いたとユーリは説明した。噛み合わない会話、記憶・・・そしてこの性格、俺じゃお手上げだとユーリは降参と両手を上げた。
    「ふむ・・・あなたは知っていますかユーリ。平行世界の存在を」
    「平行世界?」
    「この世界グラニデには、平行世界ルミナシアという世界が存在していると言われています。簡単に言えばパラレルワールドとも呼びましょうか」
    ルミナシアにも自分達と同じ顔、でも全く違う自分達が存在しているということ。
    見た目は同じでも、似て非なる性格の自分達。
    「・・・まさか大佐さんよ・・・このルークの中身がその、平行世界だかのルークと中身ごっそり入れ替わってるなんてふざけたこと言ってんじゃないだろうな?」
    「おや察しのいい」
    「マジかよ・・・そんなことありえんの?」
    「あったら面白いですね♪」
    「アンタな・・・」
    「ですが、記憶が屋敷当時のものに還ってるとは言えませんね。実際に今のルークはこの場所が何か理解しているようなのでね。ですが有力な説はそうなんじゃないかと思います」
    「確証もねーのに確信すんのかよ?」
    「とりあえずこのまま様子を見ましょう。入れ替わってるのは案外一日だけかも知れませんし、しばらくこのルークをたのし・・・皆さんで見ていきましょうか」
    聞き捨てならない単語を拾いかけたが、ツッコむのも面倒だとユーリは頭を抱えた。不貞腐れているルークを余所に、ユーリはこれからどうすりゃいいんだと天を仰いだ。
    ***
    「戻れなかったらどうしよう・・・」
    平行世界の話をリタという少女から聞いたルークはううっと唸った。この世界のルークと中身が入れ替わっているのかも知れないと聞いた瞬間に、ルークは不安を抱えるしかなかった。隣でエステルが必死に自分を説得しようとしてくれているが、気分は滅入るばかりだ。
    「だ、大丈夫ですよルーク!きっと元に戻れるはずですよ。リタが言ったじゃないですか!入れ替わっているのは一時的だと」
    「確証もないじゃん・・・」
    「ルーク様・・・」
    ルークはパッと顔をあげると、先程の騎士が心配そうにこちらを見つめていた。
    「あ・・・」
    「入れ替わってしまったいうことは・・・ルーク様と僕は初めてお会いしたということですね。僕はフレン・シーフォといいます」
    「あ、あのっ!さっきはすみませんでした。おれ、パニクっちゃって」
    「いえ、気にしてませんから。それにしてもあの場にユーリがいなくてよかったですねエステリーゼ様」
    「ユーリがいたら混乱しますね」
    ルークはハッとした。この世界にはあの人もいるのだと。どう向き合えばいいのかと。
    「ああぁぁぁぁ・・・」
    「ルーク?」
    「ユーリに会ったらおれ・・・」
    「ルークの世界のユーリはどんな人なんです?」
    「え?」
    「平行世界なんて、にわかには信じがたく途方もないお話ですけど、同じ姿で違う自分と言いましたが根本的な部分はあまり変わらないような気がします。普段通りお話すれば、ユーリもきっと分かってくれますよ」
    「あぁ見えて面倒見がいいですからね」
    「大丈夫ですよルーク。私たちが付いてますから」
    彼の世界のユーリと彼がどんな関係であろうと関係ない。
    ありのままの自分を見てもらえばこそ分かり合えるというもの。そっと背を押したエステルはぎゅっと拳を作ってルークに見せた。
    「明日から頑張りましょうねルーク!」
    「あ、・・・ありがとうエステル」
    コツンとエステル拳を合わせたルークはようやく微笑んだ。フレンはただ祈った。ユーリがこの彼と問題を起こさねばいいのだがと。
    ***
    翌日、平行世界ルミナシアのアドリビトムで、ルークは事情を研究メンバーおよび、リーダーのアンジュからしてもらい、ギルドのみんなから歓迎を受けた。
    元の世界へ中身が戻るまでサポートをしてもらう代わりに、船の仕事は手伝うことを快くルークは引き受けた。そのことに何故かかなり驚かれたが。聞けばこの世界のルークはかなりの傲慢さと高飛車、自意識過剰ととにかく数えきれない欠点の多さが目立つ故に『王族そのもの』ということらしい。それを聞き、当時屋敷で荒れていた生活を送っていた自分を思い出して嫌な気持ちになった。だが、ここではルミナシアのルークとして振る舞うのではなく、いつも通りの自分らしく振る舞うようにルークは落ち着いていこうと自分に言い聞かせるようにしたのだった。
    そんな中、何も知らないルミナシアのユーリが、依頼を終えて船へと戻ってきたのだった。
    「あら、ユーリ。おかえりなさいご苦労様」
    「おう。アンジュさんよ。マジでおれにやっかいな依頼寄こしてくんのやめてくんね?一週間かかったぞ今回」
    「それだけ頼りにしてるのよいいでしょう?あ!そうだユーリ、あなたがいない間にルークが面白いことになってるわよ」
    「は?お坊ちゃんが何だって?」
    「会えば分かるわ」
    にっこりと微笑む顔の裏には、きっと何か恐ろしい意味があると感じ取ったユーリは冷や汗をかいた。
    あのルークが面白いことになっているなど一体何がどうなっているのやら。船の甲板にいることを聞き、そっと見にいき、そして驚いた。楽しそうに他のメンバーと掃除をしている彼の姿だった。
    掃除なのか言われようもんなら、なんでおれがやるんだやってらんねぇ!と怒号が飛び交うのが当たり前のはずなのに。
    「おいおい・・・何がどうなってんだよあれは・・・」
    「お帰りユーリ」
    幼馴染みに声をかけられたユーリは目の前の現状に頭を抱えながら言葉にした。
    「おいフレン、あのお坊ちゃん頭でも打っちまったのか?丸ごと性格変わってるじゃねぇか。掃除頼めばうぜーだのかったりぃだのしか言わねえあのお坊ちゃんが、みんなと仲良しこよしに掃除とか・・・いや、おれが疲れててそう見えるだけか・・・?」
    「勿論ルーク様は頭を打っているわけではないよ。ただ、不思議な出来事があってね」
    フレンからこうなった原因の説明を聞いたユーリは目をぱちくりさせた。
    「途方もない話だけど本当なんだ。僕らのいるこの世界と平行世界グラニデのルーク様の意識が、ルーク様の意識と入れ替わってしまってるらしい。確証はないけどそれが一番有力説だと」
    「ますます疲れた・・・てことは・・・あのお坊ちゃんはそのグラニデのお坊ちゃんてことか」
    「見た目はよくいつも見てるルーク様だけどね」
    「・・・あのお坊ちゃん向こうの世界で迷惑かけてんじゃねーの?」
    「そ、それははっきり僕からは答えられないけど・・・で、でもルーク様だって現状を理解し、向こうのために何かを尽くそうとしてくれるはずだよ」
    「・・・どーだかね・・・」
    メンバーと笑いながら話している、いつもと違うルークを見ながらユーリは溜め息を吐いたのだった。
    と、
    「おぉ、ユーリー!掃除しよーぜー」
    ロイドがぶんぶんと手を振る。
    「おーい、今戻ってきた人間に掃除しろってかよ」
    怪訝な表情を浮かべると、トコトコとルークが傍に来る。
    「えーと・・・この世界のユーリ・・・だよな?」
    「信じらんねぇなお坊ちゃんの中身違うとか」
    いくらか冷たく感じる言葉にルークはびくっとさせたが、エステルの言葉を思い出し深呼吸をした。
    「は、初めましてユーリ!おれルーク・フォン・ファブレです!」
    「知ってる」
    そう言って寄るユーリ。
    顔が近くなり、心臓が煩くなっているのを感じたルークは顔を真っ赤にした。
    「うわああああああああああ!」
    「は?なんだありゃ!」
    逃げ出したルークを余所に、ユーリはニヤっと笑みを浮かべたのだった。
    「確かに面白いことになったな」
    ***
    「はいはいルークさまー、今日は俺とホール掃除だぞー」
    「うっせぇ、お前が勝手にやれよ」
    「やれやれ・・・」
    一方グラニデでは、ルークの事情を全員知ったものの、突然入れ替わった性格の変わりようについていけないメンバーが続出していた。そしてその面倒見ることをユーリは言いつけられた。
    で、今に至る。
    掃除1つにしろやりたくない、うざい、お前やれなどユーリは溜め息をついた。正直、やりづらい。
    「なぁルーク様よ・・・ご自分で掃除出来る所ねぇの?」
    「おれがなんで掃除なんかしなきゃなんねーんだよかったりぃ」
    「働かざる者食うべからずっていうだろ。ここのメンツも、向こうもメンツも同じことだと思うが?・・・ったく、俺の知ってる坊ちゃんはこうじゃねーんだけどな」
    「・・・っ、うっせえよ大罪人が!」
    ルークは部屋を出て行った。怒ってる、というより少し寂しそうな顔を浮かべていたのをユーリは見逃さなかったが、追いかけることはしなかった。
    「まぁ・・・受け入れがたい事実ってもんはいつでもどこでも誰にでもあるけどな」
    変わってしまった環境というのには、慣れるまでは時間がかかるのは誰にでも言えること。
    例え一時的なものだとしても、あのルークにはそれが通用しないのである。でもあのような顔をしたのには、向こうでどのような生活しているのが僅かだが見えたような気がした。
    「・・・・・・ちょっと聞いてみるか」
    その後を、ゆっくり追うことにした。
    甲板にいたルークを見つけ近寄る。後ろ姿はやはりどこか寂しさが滲んでいるようにユーリは感じた。
    「・・・お前はこのおれを見てどう思うんだよ・・・お前、この世界のおれと仲いいんだって?」
    「なんだ、いるって気付いてたのかよ。あぁ、よろしくしてるぜ?意外に素直なんだよこっちの坊ちゃんは」
    「おれは・・・仲間とか友達とか・・・全然・・・屋敷出るまでいなかったし欲しいとも思わなかった。でも・・・自由は欲しかった。」
    大きな屋敷なのに、部屋から出られないのはまるで籠。その中に放られている自分には自由なんてない。船に来て、ようやくこの場所なら自分の居場所になりえると気付き始めていた自分がいた。
    「けど、現実はそうじゃねぇ。俺の親父、敵多くてさ。その息子にだって刃向けるヤツもいんだよ。船に来たとこでどこが自由なんだ。外に出ればファブレの人間だって襲い掛かってくる」
    「そりゃ・・・敵の息子が外にいりゃ狙うヤツも多いだろ。けど、お前にゃそのために護衛がいるじゃねぇか」
    「護衛って言ったって、あいつらだって味方だってはっきり言えねぇじゃんか。おれは・・・ただ・・・おれを見てくれる人が居ればいいのにって・・・師匠だけが見てくれればいいって思ったけど・・・それはあくまで弟子なだけだから・・・」
    愛し子の平行世界の彼は、思う以上に闇を抱えているようだった。ルークも以前そんな話をしていたような気がすると、ユーリは思い出した。
    王族には、庶民に分からない出来事が存在する。
    出された料理に毒が混ざってたり、通り様に刃を向けられたり、暗殺を目論む人間が近くにいたりと、外も中も居心地が悪いと。彼のいたグランマニエでクーデターが起きたのも、表向きには世界のために使われるエネルギーを手に入れるためと言いながらも、王族関係者を邪魔に思う賛同者がいたことで大きく事が発展したのだと。
    でも彼は負けなかった。生きて例え王族の肩書きを捨ててまでも自分に出来ることをしたいと、ルークは泥に塗れて汚れようが気にせず努力を続けた。
    ギルドのために、人のためにたくさん貢献した。
    だから彼の周りには味方が多かった。だが、こちらの彼はどうだろう。
    彼とは正反対。
    それ以上に、彼は人に甘えようとしない。だからこそ一人なのだ。きっと、寂しさを持った青年。
    「師匠に言われたんだ。お前は王の器にはなり得るには足りないって。あれから色々考えたけどわかんねぇ。師匠の言いたいこと・・・全然分からないんだ」
    王になるためには何が必要か?
    知識?力量?統率力?いやそれだけじゃない。
    王になる以前に、彼にはルークのような心がないのでは?
    「自分を見て欲しいなら、逃げることをするな」
    「え・・・?」
    「ただ頑張るだけじゃ、お前には何も残らない。例えどん底に落ちていても這い上がれるくらいの気持ちを持て。這い上がって足掻いて、人を惹きつけろ。お前、師匠とやら王になれねぇとそう言われて、実は逃げてんじゃねぇの?」
    「逃げてなんかっ・・・!!お前におれの何が分かるんだよ!」
    「なら本気で考えたか?自分だけが一人ぼっちの可哀想なヤツって思ってねぇか?」
    「・・・・・っ!!」
    人が見てくれているってのはただの頑張りなどではなく、誠意を持った心からのもの。
    人のためにただ尽くすのでは意味がない。心の強さが人を変える。ユーリはルークにそう伝えた。
    「自分で考えても出てこねぇ。かと言って人を頼る訳じゃない。・・・いや人への頼り方がわからねぇんだよ。それはお前が人と関わろうとしないから。努力をしようとしねぇ人間が、自分が可哀想とか思うんじゃねぇ!!甘ったれるな!だったら人から見られるように動いてみせろ」
    「・・・・・そんなの・・・どうやって・・・」
    「それは自分で見つけねーと。おれの知る王族のお坊ちゃんは、心が強い。折れることを知らない。折れても這い上がってくる。そんなんだからおれも、周りの人間も惹かれたんだよ。お前が心から王になりたいと思っているなら、国のため、国民のためばかり考えるんじゃなく人を惹きつけて、味方を付けて、強い心を持つんだな」
    「・・・」
    「けど、お前の周りは本当に敵ばかりだったか?お前を見て、一緒にいてくれる仲間がいない訳じゃないんじゃねぇの?」

    『ルーク!クレスとおれと剣の稽古しようぜ!』
    『うんいいよその腕の振り!その感覚覚えておいた方がいいよ』
    『うし!ルーク、明日もまた3人で練習しような』

    「あ・・・・・・」
    ルークの中で、自分の理解者になれそうな人達がいることを思い出させた。
    「いるなら・・・そいつらをちゃんと捕まえておけよ。お前っていう自分を出して、誠意を持って繋がっていけ」
    ユーリはそう言って船内へ戻ろうとした時だった。
    ぐんと腕を引っ張られる。
    「・・・・・大罪人のクセに・・・このおれに説教なんかすんじゃねぇよ・・・」
    「バカ・・・そういう時はありがとうだろ。お礼も言えないのかルークお坊ちゃんよ。挨拶から勉強した方がいいじゃねぇ?」
    「うっせーよ!」
    ふっと笑ったルークの顔に、もう寂しさは感じられなかった。
    ***
    「お、思いっきり逃げちゃった・・・」
    部屋に閉じこもったルークはベッドに伏せて自問自答をした。
    「だ、だってさ・・・あんな・・・」
    あの人は自分の世界のあの人じゃないと分かっていても、同じ顔で、同じ声で・・・愛しい彼を想わない訳などない。
    「おれらしく、おれらしくって思ってんのに、あれじゃおれがおれで無くなっていく気がする・・・」
    窓を開けると、夜の海風が入り込む。
    少し肌寒い。
    漆黒の闇の中にぼんやり浮かぶ金色の月がとても綺麗だった。この漆黒が彼を余計思い出せる。目を閉じれば、大好きなあの優しい声が響いた気がした。
    「ユーリー・・・・・・・・・・・・会いたいよー・・・・・・・・・・・」
    「こんばんわ」
    「は!?」
    飛び起きた先に見た部屋の扉の前に立つ人。
    紛れもなく先程思い出した人で。
    「ぎゃああああああああああああああ!!」
    「今夜中だから大きき声を出さない方がいいぞ」
    「はうっ!」
    そう言われて慌ててルークは口を押えた。それを見たユーリがケラケラと笑う。
    「か、からかいに来たのか!?」
    「わりぃわりぃ。扉開いてたし締めてやろうと思ったら俺に会いたいって声が聞こえたからよ」
    ルークはそれを聞き、自分が呟いてしまった言葉を思い出した。ボンッと一気に顔が熱くなった。

    (うおわあああああああああああ!!ちょ、聞かれてた!?)
    「大丈夫大丈夫俺のことじゃないってわかってっから」
    「そ、それって・・・」
    「あっちの俺と仲良ししてんだろ?エステルから聞いてる。つか、おれ王族苦手だし、あっちのおれもそうなんだろ?どうやって仲良くなったんだかね」
    「お、おれは何もしてないよ。最初は名前だって呼ばれることまずなかったし」
    お人好しと言われてるユーリのことを聞き、じゃあ片付けの苦手な自分を手伝ってと言ったこともあったが、そこまでお人好しじゃないと簡単に断られたことだってあったと。
    彼は自分、王族の人達をあまりよく思ってないことを仲間から聞き、このまま彼と自分とはギルドでやっていけないのではと思ったとルークはその時思っていた。
    「そう思って裏で、船のために何かしたくて無我夢中で出来ること色々やったら色んな人が助けてくれたし、ユーリも少しずつ見てくれてたと言うか・・・・・そ、そんでその内おれも好きになっちゃったと言うか・・・」
    俯いて顔を赤くするルークにユーリはふっと溜め息を吐きながら、ぼそりと呟く。
    「それくらいあのお坊ちゃんも素直に自分を言ってくれればな」
    「え?」
    「いーやこっちの話」
    「ユーリ、はさ・・・こっちのおれのこと・・・どう思う?」
    「一言で言えばガキ」
    高飛車で傲慢で生意気で救いようのない子供。そう話されたルークは自分のことではないが、ユーリに言われて言葉が刺さったような感覚を覚えた。
    「けど、本当の自分を隠してる」
    人との関わりを持とうとせず塞ぎ込む。
    「人へ甘えたことがないってか、人への甘え方がわからずに孤立してる。もっと素直に自分を出せばそれを見かねて助けようとするヤツだっているのに。損な生き方してるよここのお坊ちゃんは」
    見上げるとユーリは再び溜め息を吐いた。
    「ユーリは嫌い?ここのおれのこと・・・」
    「お坊ちゃんのことはまぁ嫌いじゃねぇよ?見てて飽きないし面白い」
    ルークは遊ばれているのでは?とこちらのルークを思い冷や汗をかいた。でも、彼ならこちらのルークに対して理解者となりえるのでは?だったら、そうなって欲しいとルークは願う。
    「このギルドの人達は見ず知らずの世界のおれに対してすごい優しくしてくれた。いい人達なのに自分を出せなくて孤立してるなら、そういう所もルークなんだって認めてくれてるユーリがルークの理解者になってくれたらって」
    「それはお坊ちゃんの努力次第かな。アイツが俺たち一人一人と向き合えるのならそれに答えるさ。お前はそういう努力をしたからあっちの俺も惹かれたんだろうな。あっちの俺がお前に惹かれるなら、俺もアイツに惹かれることだってあんのかもな・・・」
    「ある、と思う。それがユーリの言う努力次第なんだろ?」
    「そういうこと」
    「そうなればいいな」
    微笑むルークにユーリは手を伸ばす。それに気付いたルークは目を丸くした。
    「な、に?」
    「あ、いや・・・悪い」
    「・・・あのさ・・・どうしてこっちのおれとおれが入れ替わったんだと思う?」
    「俺研究者じゃねぇからそういうのは専門外なんだけど」
    「いいから!なんでだと思う?」
    「あー・・・・・・んー・・・」
    考えたユーリは今までの会話を思い出してルークを見つめる。
    そして1つ思いついたこと。
    「人が繋がっていく人間関係を、見つめ直す記憶の旅・・・」
    「おおっ・・・すげーロマンチック・・・っ!」
    「恥ずかしいからやめろ」
    人との関わりを持つか持たないか。それは持つか持たないかで大きく生きる道が変わってくると思う。
    こちらのルークにある繋がりと今いるルークにある繋がり。
    その差は歴然。でも、人は心の持ちようによっては繋がりも変えていくことができる。今回入れ替わったのはそういうことをもう一度知ればいいと、どこの誰かがそうさせたのかは結局原因不明のまま。だが、繋がりの大切さを深く考えることはルーク自身も出来たと思った。
    「あっちに戻ったらどうすんだ?」
    「こんな繋がりを勉強したってことみんなに話そうかな」
    「こっちのおれが戻ってきたらユーリはどうするの?」
    「んー・・・殻をぶち破らせるきっかけでも与えてやろうかな」
    「うん。そしたらルークもきっとみんなと仲良くなれるな。あと、ユーリとも」
    「ルーク」
    「え?」
    ぼふっとルークは抱きすくめられた。
    「ほ、ほわあああ!?」
    「俺も・・・殻を破る必要があるな」
    「え・・・?」
    「寝るか一緒に」
    「えええええええええええ!?」
    「冗談だ。おやすみ」
    部屋から出て行ったユーリを見つめルークもベッドに潜り込んだ。
    「ユーリ・・・ホントは・・・ルークを・・・?」
    そのままゆっくり目を閉じた。
    日の光を感じた頃、目を開けたその光景はルークの見慣れた部屋だった。
    ***
    目を開けたその場所は見慣れた部屋だった。
    はて・・・ここはルミナシアではないのだろうかとルークはがらんとしたそこを見渡す。ベッドから出て、鏡に映る自分は・・・
    「あ・・・戻ってる・・・?」
    長くない朱色の髪。
    随分前に切ったままの長さ。
    「・・・戻って・・・来たんだ・・・」
    では、この体にいたもう一人の自分は、元の自分の体へその意識は戻っていったのだろうか。それを願い、ルークはかけてあったいつもの上着を羽織ってゆっくり部屋を出た。
    ホールに行くと、人影はない。
    時間も時間だった。まだ、夜の明けてない深夜。
    「まさかこんな時間に元に戻るなんて・・・」
    元に戻ったと、喜びをわかち合うためとは言え、さすがに仲間たちを起こすことは出来ず。
    朝日が昇った時に皆に会えばいいとルークは部屋に戻ろうとした時だった。
    「・・・・・・・お坊ちゃん何してんの?」
    「・・・・・ゆー・・・り?」
    壁に寄りかかってマグを持つその人。
    大好きなあの人。
    「ん?今・・・ユーリって言ったか?」
    なりふり構ってなどいられない。
    床を蹴って走り出した。走る度に、がこんがこんと床から響く音で、仲間が起きてしまうかもということまで考えてられず。そのまま長身の彼に飛びついた。突然の彼の行動にびっくりしたユーリの手からマグが滑り落ちた。
    「あっぶねぇこの馬鹿!」
    「ユーリ!ユーリ!!ユーリだ・・・ユーリだ・・・・・・会いたかったよ・・・」
    「会いたかったって・・・・・・・・・っ!?・・・お前・・・戻ったのか・・・?」
    ぐりぐりと額を胸にすり寄ってくるルークを見たユーリは、あぁと零してその体を抱きしめた。
    「・・・よっ、おかえり」
    「ただいま・・・」
    部屋に戻った後、ユーリは2つのマグにホットミルクを入れた。ルークに手渡すと、お礼を言ったルークはルミナシアで感じた世界情勢の話を続ける。
    「どの世界も大変なんだよな結局。ここばっか酷いなんてもう考えてられないよ。向こうにいた間あんま手伝いとか出来なかったけどさ」
    ルミナシアで経験したことは、決してこの世界では考えられないこと。だがどんな異世界であろうと、どんな場所でも平和そのものは長く続くものなのではないということをルークは感じていた。
    「グラニデだって、今負の問題とかいっぱいあんじゃん?世界情勢って色んな国の人が知ってないと、世界なんてとても護っていけないよな」
    「ま、誰かが言わなきゃ周りには伝わるものじゃないしな。けど、だからこそ出来ることからやるんだろ?お前は」
    「当然っ!」
    たった一人の人間から出来ることは少ないけれど、それでも進むことで周りがそれを理解し、広がっていく。どんなに辛くても、悩んでも、苦しくなっても立ち止まることだけはしたくない。ルークの瞳は輝いていた。だから惚れたんだよな俺は、とユーリは笑みを浮かべて瞳を閉じた。
    「あっちの坊ちゃんに、ここのルーク精神叩き込んでやった。そしたら、『おれに説教なんかすんじゃねぇ』だとさ」
    「うーわー・・・それおれ最悪じゃん・・・ホント昔の自分みたいでホント忘れたいよ」
    「でも、それもひっくるめて『ルーク』なんだ。それを周りもだんだん理解していくし、きっとあの坊ちゃんはこれから変わっていくと思う」
    「ユーリは、そういう風に見えた?」
    「・・・ま、それはあの坊ちゃん次第だけどな」
    「あはは、向こうのユーリもそんなこと言ってた」
    だから・・・とルークは続ける。
    「あっちのおれも・・・ユーリとも繋がっていく人との関係に結びついたらいいなって思ったんだ」
    飲み干したホットミルクのマグを置いて、ユーリは言葉にする。
    「どうせ向こうのおれもお前を気に入るよ」
    「それなんだけど・・・あっちのユーリ・・・既に・・・」
    「なぁ」
    ルークに詰め寄ったユーリはコツ、と自分の額をルークに重ねる。急に距離が狭まったルークは顔を赤くして慌てだす。
    「目の前で他の男の名前出すなよ」
    「他の・・・・って・・・で、でもそれあっちのユーリのことでっ」
    「それ俺だけど俺じゃねぇよ?お前の知ってる俺は、今目の前にいる俺だろ・・・?」
    つまんねぇとユーリは零す。
    「・・・・・も・・・もしかして・・・嫉妬・・・」
    「はっ、嫉妬もするさ。好きなヤツの口から別の名前が出て来るなんて」
    「・・・ば、バカ・・・」
    「それに久しぶりに会ったんだ。ちゃんと甘えさせてくれよ」
    「それ、おれにも言えることなんだけど」
    ふふっと2人は笑った後、どちらからともなく瞼が降りて距離がさらに縮んだ。
    ***
    「おーい・・・おーいルークお坊ちゃーん。しっかりしろー」
    「あー・・・?」
    目を開けたルークは目の前にユーリの顔があったことに吃驚し、平手を繰り出したがかわされた。
    「おいおい。こんなとこで倒れてるから起こそうとしただけなのにヒデーじゃん」
    「る、るせぇ!好きでここで寝てたんじゃねっつの!」
    口調が覚えのある口調になっていたことに気付いたユーリはあぁ、と一人納得した。
    「戻ってきたんだな」
    「・・・よ、よくわかんねぇけど・・・多分」
    「ま、おかえり」
    「お、おう」
    ばしばしと頭を叩くと、触るなとルークが怒号する。
    「あっちは楽しかったかよ」
    「は?こっちもあっちもかわんねーし、大罪人もウザかったし・・・」
    「ウザかった・・・ねぇ」
    「な、あんだよ」
    ユーリはニヤニヤするとルークに言う。
    「あっちのおれに説教でもされたんじゃねぇ?」
    「・・・は、はぁ!?」
    慌てるルークを見て、ユーリはますます笑みを浮かべる。黙るルークにユーリは距離を縮めていく。
    「ホントにウザかったか?」
    「・・・」
    「言ってもらって気付いたものもあったんじゃないか?」
    人との繋がりを、見えなかった部分を向こうの自分と入れ替わったことでようやく気付けたものがあった。間違いではない。だってあの時感じたのは確かに寂しさが飛んだ瞬間だったから。
    「俺から言わなくても、得たものがあったんなら、坊ちゃんはちゃんとそれを意識してねーと」
    「お、お前は最初から知ってて・・・」
    「さあな。でもこっからは坊ちゃん次第なことには変わりないんだから、頑張れよ、王位継承者殿?」
    ふんっとルークは踵を返す。でも立ち止まって、
    「・・・あ、あ・・・り・・・がとよ」
    そっぽ向いてそっけなかった彼だけど、小さく呟かれたその一言を、ユーリの耳は確かに拾った。
    「・・・へぇ・・・」
    「な、なんだよ!」
    「なぁ、坊ちゃん。俺さ、お前を・・・」
    また少ししてから、人との繋がりの扉が開いたことをルークはまたすぐ感じることとなった。人は出会い、別れ、そしてまた出会いを繰り返す。人は、たった一人では小さく、力も弱い存在。一人で出来ることはとても少ない。それが心からの誠意であれば、人はそれに応え、人は人を助けていく繋がりになる。繋がりが自分にとって大きな希望となる。
    人が人と出会ったことは思い出となり、後に残る。
    ずっと続いていく。決して忘れることなど出来ないものになるのだ。この出会いの旅は絶望か希望か。
    彼らは再び、歩みを始めた。
    「ん・・・朝・・・?」
    瞼に温かな日の光を感じてルークは目を覚ました。
    昨晩は溜まってしまった書類整理のために、久々に徹夜をしたのだ。と、言うのも目前と迫った式典の準備のためなのである。仲間が夜食にと持って来てくれたものは空にしてたが、器はそのまま残ってしまった状態でいる。部屋に閉じ籠って何かをするのはもうかなり手慣れてしまったが、自分の時間が取れずにいたので重たい体がさらに重たく感じている。と思っていたが、自分の様で自分じゃないこの違和感。さて一体それは何故かとルークは自分の髪を引っ張った。
    「痛い!!」
    も、そうだがやはりと言う感じで。
    横から見えたソレは流れる赤くて長い髪だった。
    「・・・あぁ・・・やっぱりね・・・またこっちの意識に来てたのか」
    以前も体験した、平行世界の自分との入れ替わり。
    今回もなぜ突然入れ替わった原因はやはり不明だが、今の自分の意識は元の世界の自分のもの。体は動くが自分ではないような気がしてならないのは慣れてはいないからだ。
    「・・・うーん・・・どうするかな・・・式典の準備・・・間に合うかな」
    不安が過る中、ノック音が聞こえた。
    「ちょっと、いい加減とっとと起きなさいよ。アンタ今日討伐依頼メンバーでしょ?アンタ待ちであたしもイライライライラしてんだけど!早く来なさいよ!!」
    茶髪の天才少女がノックと同時に怒鳴りながら部屋に雪崩れ込んできた。慌てて上着に着替えたものの、彼女は今の自分の状態を知らない。
    「あのさ、リタ・・・」
    「何よ!?早くしなさいよ!!って・・・アンタ今あたしのこと呼んだ?」
    「リタっちぃ~?ルーク少年は?」
    「何よおっさん!来んじゃないわよ!」
    「あら冷たいのね~おっさんかなしー。ねールーク少年、リタっちのイライラ今日ヒドイから早く来なさいね?って、その雰囲気はこっちのルーク少年じゃなくてあっちの少年の方?」
    リタはあんぐりとしていたが、レイヴンは説明不要と言わんばかりで今のルークを見抜いた。そんなレイヴンにルークも唖然としたが、説明不要で案外楽だと思っていた。
    「どうも・・・お久しぶりです」
    「あーもー、何でまた入れ替わってんのよ・・・面倒臭いわね」
    「いいじゃんいいじゃん!久々のあっちの少年が見れておっさん気分舞い上がってきたわ」
    「えーと、討伐依頼?」
    先程のリタの話だと、どうやらこちらの自分は本日討伐依頼のメンバーの一人として参加しているようだ。
    「は!?その状態で行く気なの!?」
    「アンジュさんにおれ言っておくし。実は依頼とか久々だしワクワクし始めてるんだ」
    「アンタのそういうとこ、バカっぽい」
    「そういや、青年はさっき戻って来てたわね。向こうの少年が来た話したらメンバーに入るんじゃない?」
    「ユーリいるの!?よーし!」
    「ちょ、ちょっと!」
    止めを聞かずに走り出したルークを見やり、リタは溜め息を吐いた。
    「あーもう・・・どいつもこいつも・・・」
    「あらら、少年燃えちゃってるわねー」
    「アンタのせいでしょ!?」
    詠唱し放つ火の魔法。躊躇いもなくレイヴンへ飛ばす。彼女のイライラも限界を超えたようだった。
    「止めて!!こんなとこでファイヤーボールとか止めて!」
    かんかんと走り、ホールへ一直線。
    「あらルークさん、遅かったですね。リタさんにはお会いになりましたか?」「待ちくたびれたっちゅーの!ルーク様はルーズすぎるしー」

    討伐参加メンバーの残りの仲間だろう。杖を携えたミントはにこやかに。対象的にアニスは頬を膨らませていた。
    「ごめん!寝坊して」
    ペコリと頭を下げて詫びるルークの様子に、ミントは慌てて否定する。
    「ルーク様頭でも打ってんの?最近急に素直な言葉が出る事あってまだ慣れてないんですけど~?」
    入れ替わって戻ったあの後、こちらの自分がどのように過ごしていたのかなんとなく察した。
    少しずつ、素直になっているのだろうか。

    (そうだといいな・・・)

    「お?よう坊ちゃん!寝坊してちゃんと謝るたぁいいことだぜ?」
    ニバンボシを握って、バシバシとルークの背を叩く。
    「痛いよユーリ」
    「・・・お?お前・・・」
    ルークの様子にふと、と腕組みをしてそして思いついたかのようにその距離を詰める。
    「あ・・・な、に?」
    「あっちのルーク坊ちゃん?」
    耳元でボソリと尋ねられてルークはこくりと頷いた。しかし同時に熱くなる。違う世界とはいえ大好きな彼だ。耳どころか顔も火を噴きそうになる。
    (ひいぃっ!耳元で止めて欲しい)
    「ユーリご機嫌だね?」
    「ん?そうだな割と楽しめるし」
    「どういうことですか?」
    「コイツ、あっちの坊ちゃん」
    さり気なく暴露しつつ、ルークの髪をわしゃわしゃと撫で回しながら彼は鼻歌なんか歌い甲板の方へ向かったのだった。そんなユーリを見やりアニスは顔を顰める。
    「何あのユーリ。キモいんですけどー。ま、アニスちゃん的にはどうでもいいけど」
    「あちらのルークさんだったんですね」
    「隠す必要なんの?もう初対面じゃないのに」
    「べ、別に隠してた訳じゃないけど・・・ただ、こっちのおれがみんなと今どう変わっていたのか見たくなって」
    それは本音だ。せっかくこちらへ意識があるのならじっくり見てみたい所だ。こちらの自分の努力。垣間見れるのだろうか。
    「まー変わらずと言えば変わらず?」
    「でも、この頃のルークさんは笑って下さるようにはなってると思います。クレスさんやロイドさんとは前よりも仲がよろしいですし」
    「ユーリはユーリでおちょくってるよね?」
    「それは青年なりの愛情よね?」
    そんなレイヴンの登場ではあったが、
    「おっさんキモイこと言ってんじゃないわよ」
    「レイヴン何で焦げてるの?」
    目くじらを立てるリタに視線を送ったが、彼女はそっぽを向いて知らん顔をした。ルークは密かに嬉しくなった。こちらの自分はそれなりに心を開いているようだった。
    「・・・あ!」
    「何よ」
    「式典の事思い出した」
    呑気にルークの努力を感じている暇などなかったことを今思い出したのだった。
    ***
    「ルーク。悪いけど早いが今日急遽皇国に・・・」
    「あ?」
    ガイが慌ただしく部屋に来ると、我が国の大使様の様子がおかしい。この感じは以前屋敷にまだいた頃と少し前に平行世界の向こうのルークがこちらのルークと入れ替わっていた時だ。今前者と後者を比べるならばそれは勿論後者である。
    「こ、この忙しい時に入れ替わってしまったのかルーク!」
    「な、何だよやっぱ入れ替わっちまってんのか!?ああああ面倒くせぇぇぇ!」
    「いいかルークよく聞け!!」
    ガシリと両肩をガイに捕まれ、「ヒッ」と声を漏らす。しかしガイは真剣だった。近い内にこちらのルークの国であるグランマニエ皇国にて式典があるらしく、こちらのルークはそれの準備で書類に追われていたのだ。ああ、それでこの大量の紙切れがあるのかとルークは見回した。そして明後日にでも式典のリハーサルを控えており、一度本国へ行くことになっているのだがリハーサルの予定が明日と早まり、今日急遽本国へ戻ることとなったようなのだ。
    「マジかよ・・・」
    「マジだ大マジだ!こっちのルークの代わりに、お前が明日のリハーサルに出ろ!そして次の日の式典に参加だ」
    「マジかよ!!」
    王族のしきたりは覚えているが、屋敷にいた時から王族としての公務は殆どしたことなどないルークにとってこれは非常にまずいことになった。ましてや今のルーク自身はこちらのルークではなくルミナシアのルークである。自分のせいで失敗してしまうことなどあったら、こちらのルークの王族としての信頼は瞬く間に消え失せるであろう。そんなの自分には関係ないと以前の自分なら思っただろうが、今は自分の姿と向き合いつつある。
    何せ彼と約束しているのだから。裏切ったら、負けだ。
    「・・・わ、かった。お、おれが代わりにやってやる」
    「書類についてはもうルークが全て終わらせているから大丈夫だ。後お前がするのは、リハーサルは立ってるだけだから心配するな。式典はこの装束を着て、これに書かれたスピーチを一字一句間違えずに言えばいいだけだ。あっちだろうがこっちだろうが関係ないさ。信じているからなルーク?」
    そう言い、ガイは部屋を後にした。スピーチ文として渡された紙は3枚。記憶することは不得意な方ではない。気になったのは装束の方だ。正当な王位継承者の証である子爵服。見たことはあったが、着たことはない。何せ認められていないのだから。ヴァンに器として欠けてしまっていることを言われている。そんな自分がこれを着て式典に参加する。
    勢いで出ると言ったものの、足がすくんでいるのを感じた。
    (やっべ、震えてきやがる・・・)
    「ルーク。ガイから聞いた、今日出発だって?」
    現れたユーリ。彼はこちらのユーリだ。
    こちらのユーリと自分は性別と身分を超えた繋がりがあるのを前聞いている。自分から見れば、入れ替わってる時の約束した相手だ。
    「で、そんな大事な時に向こうの坊ちゃんになってるとはね」
    「ガ、ガイのヤツそれしゃべったのかよ」
    「まぁ一大事には変わりないだろ?大佐殿の耳にもさっき入ったろうし」
    最悪、とルークは呟く。ふとユーリはルークの顔色が悪いのを見やる。それと足と手先も小刻みに震えているのが分かった。
    「なっ・・・何だよ!情けねぇとでも思ってんのかよ。俺だっていずれ王位を受け継ぐ!だからお前と話したこと忘れたこと何かなかった。それなりに向こうでも努力、してるつもりだ」
    悔しそうに顔を歪ませ俯くルーク。彼は今、式典がどうというより、「孤独」と「不安」を感じているのだ。ましてやここは自分のよく知る世界ではないのだから。泣いてはいないが、身体の震えがさっきより激しくなっている気がした。
    「ここは・・・おれの知ってる場所じゃない。おれの場所じゃない。居場所じゃない・・・」
    「なら怖いって言えよ素直に」
    ユーリはそっと小さく震えている体を抱き締める。
    「子供扱いすんな・・・」
    「子供だなんて言ってねぇよ。てか抵抗しないのか」
    「・・・知らねぇ・・・わ、分かんねぇけど・・・落ち着くんだよ」
    この体はユーリの温もりを知っている。だからこそだろうとルークはそう伝えたがユーリは否定する。
    「人ってのは面倒な生き物だ。大人になっても縋りたくなる時だってあんだよ。前言ったけど人に甘えてもいいんだよ。お前は甘え上手にならないとな」
    「何だよソレ・・・」
    「とりあえず落ち着いたならいいじゃねぇか。俺のお蔭?」
    「うっせぇよ、だ・い・ざ・い・に・ん!!」
    「お。それでこそ坊ちゃんらしい」
    ふん!と顰めつつ、ドカドカと足を鳴らしながら子爵服をやや乱暴に持ちつつ部屋を出ていく。
    でもその表情が穏やかに見えたのは多分気のせいではないように見えた。
    「さて・・・俺もひと肌もう一枚脱ぎますか」
    それはこちらの彼のために。いざ式典へと向かったルーク達を送った後のアドリビトムの面々は心底心配でならなかった。何せ現在の我が船の親善大使様は平行世界のルークだ。以前垣間見た時よりはなんとなく落ち着いているようにも見えたが果たして本当に大丈夫なのだろうかと言う心配と、失敗した際にこちらへ戻って来た本当のこちらのルークが惨状を見てしまったらショックのあまり立ち直ることなど皆無になるのではと言う心配で持ちきりだった。
    一方とある一室では、一人の青年が出発の準備中であった。
    傍らのエステリーゼは何事かと首を傾げる。
    「急にその衣装を取り寄せてどうしたんです?」
    エステリーゼが疑問を浮かべる先には、髪を一つにまとめたユーリ。その手にはいつだったかヨーデルからもらった聖騎士とやらの衣装だった。
    本人曰く「ひと肌脱ぐ」という意味で着るようだが、誰に対してだろうかとエステリーゼは考え込んでいた。
    「ま、この恰好じゃないと塔上とやらは出来ないだろ?何て言ったってルークからゲストで呼ばれちまってるし。アドリビトムの代表ってことで」
    彼がピラリと懐から取り出したその封筒とその言葉であぁ、と理解した。
    「ですがユーリ。今のルークは向こうの・・・」
    「心配です」と呟くと共にふうとエステリーゼはため息を一つ吐く。
    「だーからそんなルークお坊ちゃまのために俺がひと肌脱ぐんじゃねぇの」
    「もっと心配です」
    「おいおい・・・」
    代表で行くのならば礼儀はきちんとお願いしますと念を押されたユーリは、衣装に着替え「よし」と気合を入れる。ホールにいた仲間たちに軽く挨拶して、船長のチャットに出発の準備を促した。
    ***
    カチコチと大きな古時計が時を刻むがそんな音など当に耳に入る事はない。大きなお屋敷は、こちらのルークの屋敷だ。出迎えたルークの両親は心配そうに我が子を見つめつつも、「あなたなら式典の心配はいらないわ」と母親に慰められる。こちらの両親はなんと大らかなんだろうか、密かに羨ましく感じつつも疲れた体を一先ず横たえるべくルークの自室へ足を進める。ぼふっとやわらかいベッドに身を投げた。
    (あー・・・・帰りてぇ・・・)
    それは船のことなのか本当の我が家のことか、どちらのことを言いたいのか本人も曖昧だった。明日のリハーサルはガイの話では立ち位置の確認だけのようなので問題はないが、式典当日は失敗は許されない。
    (あー・・・落ち着かねぇ・・・)
    ごろりと寝返っても、眠気なんか来そうにない。そんな中昨日のユーリとのやり取りを思い出した。温かな彼の温もりが何だか欲しくなってしまって、慌ててルークは首を横に振った。
    (ば、バカじゃねぇのオレ・・・)
    向こうの彼も、こんな弱った自分を見たらほんの少しでも温もりをくれるだろうか。
    (・・・ないな・・・あんなクソ大罪人なんて)
    重苦しい気持ちを抱えて、眠れない夜を過ごした。
    ***
    「ルークさん落ち着いて?早くあっちに戻してあげたいのは山々だけど・・・」
    「あー!!落ち着けるかー!!」
    ルミナシアのアドリビトムでは、ルークが珍しく駄々を捏ねていた。向こうの式典の心配と向こうの自分のことだ。何故こんな時に限って元の意識に戻るのが遅いのかと苛立ちも帯びている。
    傍らにいたリアラにおろおろさせてしまいルークはハッとする。
    「ご、ごめんな?今回の式典は、おれにも関係することでもあるから気が気じゃないんだ」
    「そうね・・・ルークさんは王位継承者なのよね」
    「まだおれは親善大使だよ?だから民のために今の内に出来ることをしたんだけど、皇帝陛下の言葉次第ではおれの王位継承もあっさり通る可能性もあるからさ」
    王位を継げばもう船の中にも直にいられなくなる不安もあるが、今は式典直前の向こうの自分が気になってしょうがない。見兼ねたティアが宥める様に背に手を添える。
    「焦るのも分かるけれど向こうを信じてみましょう?ルークならきっと大丈夫よ。あなたの大切な人がきっと助けてくれてるはず」
    「ユーリ・・・」
    浮かんでいる月が水面に映り揺れ、ルークの不安を煽るようにしか見えなかった。
    ***
    迎えた式典当日。
    グランマニエでは盛大なファンファーレと共に、街中では人がごった返していた。この日は全ての商店が店を閉めて、城付近では一般民が列を作りその時を今か今かと待ち構えていた。ルークはと言えば、スピーチをするだけなので登場するタイミングを待っていたのだが、心中は勿論穏やかとは言えない。

    「あああああああああああああ・・・・」

    昨日も屋敷内仕切る執事を始めとする使用人達は大慌てだった。
    「ルーク様のお元気がない」と、明日に備えスタミナを付けるために料理長は脂の乗った極上の最高級肉を出したり、メイド長はリラックス出来るアロマや湯あみにフレグランスを混ぜたり、メイド達はおまじない何かをしてみてはいたが、そんなので効果があったらこんな気持ちになんぞなるかと叫びたい所だった。
    案の定、朝から溜め息しか出ない。
    着たこともない子爵衣装に着替えさせれた後、髪もきっちり整えられ、自室にて待つだけだったが、待ってる間はこんなに長いものかと落ち着かない。
    「けどここで弱ってなんかいられねーよな・・・」
    アイツと約束した以上、プライドというものが邪魔をする。ここで引き下がるなど自分の性格じゃあり得ないことだ。
    「・・・ふん」
    ふと窓の外を見れば一般市民が目に入る。
    晴天の下、眼を輝かせる国民達はゆっくり足取りを進め、城の中へ入って行くのが分かる。この国がいかに国民から愛されているのかがこんな自分でも感じられるのだ。少し窓を開ければルークのことを話す声も聞こえる。
    「あの方の頑張りが分かる」、「この国も大分平和になっているような気がする」、「あの方のお蔭」と。
    「・・・すげー・・・」
    国民に愛される『ルーク』がやはり羨ましい。
    それは、崩してはならない。
    「・・・」
    ふとノック音と共に、そろそろ塔上するようにと声がかかった。そんな時、城の裏側で不穏な動きが起こっていることを、まだルークは知らなかった。
    「すげー人・・・帝都よかいるんじゃね?」
    「本日は世界中の人がこちらにいるので不思議な光景ではありません」
    一方、城の大ホールにて皇族から招待された者が座る来賓席にアドリビトムの代表一行の中、ユーリは正装し式典開始を待っていた。
    傍で軍が見張りをし、来賓付近にもジェイドを筆頭に兵士がずらりと並ぶ。
    「なぁ、坊ちゃんいつ出んの?」
    「セレモニー開始直ぐ、陛下の挨拶があるのでその後ですね」
    「アイツ、ガチガチなんじゃね?」
    「馬鹿でも向こうの王位継承者候補です。こちらのルークでも出来ることですしこれくらいかるーくやっていただきませんとね?」
    「アンタ相変わらず容赦ねぇな・・・」
    「このクソ忙しい時に入れ替わった馬鹿者にはいいお仕置きになるかと。そうですね、いっそ彼の振る舞いでセレモニーが吹っ飛んで意識が戻った後の絶望感があっても寧ろ面白いんじゃないですか?」
    「オイオイ・・・」
    とんでもない男の発言は聞かなかったことにし、ざわめくホール内にファンファーレが舞い込んだ。同じ頃、城の裏側で不穏な動きがあった。黒ずくめのローブを身にまとった影がうごめいている。
    「準備出来たか」
    「あぁ・・・これで忌々しいファブレの長子を亡き者に出来る」
    「作戦開始だ」
    ***
    ルークの自室で待っていると控えめなノックと共に、メイドが伝言ですと伝えに来た。
    「失礼いたします。ルーク様、陛下のご挨拶がまもなく終わります。塔上後、ホールに移動をお願い致しますと城の使いからの伝言です。」
    「わかった、下がれ」
    約30分ほどの皇帝陛下による挨拶が終わる直前、一つ息を吸って城のホールへと赴いた。ホールの真ん中へ辿る場所まで、赤い質のいい絨毯が敷かれルークはリハーサルの通りその上を歩く。
    「お、来た来た」
    ユーリはようやく垣間見えた人物の様子を見やる。
    「へぇ・・・アイツ・・・」
    以外にも表情は澄んでおり、以前のような様子は見られない。真ん中に立ったルークの声色は、元々のルークとさほど差もなく一定の音で木霊した。
    「本日は、我が皇国のためたくさんの人々、国民、各国の方々を迎え、この良き日を迎えられたことを喜ばしく感じております」
    ユーリはこれなら心配なさそうだと、目を閉じて聞き入る。スピーチの内容というよりも、高飛車で傲慢の彼がここまで成長を見せていたのは、紛れもなく本人の気持ちの問題にある。この数日の間で垣間見た変わりようは、ユーリも自ずと感じていた。
    (想像以上だなこりゃ。あっちのヤツらも驚くだろうよ・・・)
    「・・・におかれましては、今後の我が国の情勢と政治の発展に努めて参りたいという所存であります。そのためには皆様のご協力も必要です」
    スピーチも終盤に差し掛かった頃、ジェイドの傍に一人の兵士が近寄って耳打ちをした。ユーリもそれを目にし、何かあったのかを目配せする。それに気が付いたジェイドは兵士に何か命令し、ユーリに耳打ちをする。
    「外の様子が可笑しいようです。少し気をつけておいて下さい。もしかしたら、何か起こるかも知れません」
    ユーリはホール内を見やる。
    国民はルークのスピーチに耳を傾けて、外の不穏などに気付く様子もない。ルークも自分の成すべきことに集中しているため気付かない。ホール内は静まり返っているので、こちらの方はまだ何もないようだ。
    「・・・オイ、大佐殿。ここってまだ治安はよくねぇんだよな」
    「えぇ、皇族をよく思わない派閥もまだ多いです。ましてや世界のエネルギー事情には敏感な場所ですから」
    そう言えばルークがアドリビトムに世話になったきっかけこそがそれだったとユーリは思い出した。
    親善大使としてあちこちを見て回る際、マナの減少によりエネルギー不足が目立つ中でルーク達はテロに会い、追われる身となっていたのだから。
    「負が度々蔓延する世です。だからこそ国を巻き込むテロも発生することは多いのですから」
    「・・・まぁ、な」
    ここはそんな世界だったとユーリも世界情勢をエステリーゼから聞いている。
    だからルーク自身は負けじと親善大使の任務を果たそうとしている。そんな一生懸命な様子に心惹かれたのは自分だけではないはずなのだ。
    「アイツはまだ守られてる方なんだ。俺達もいるしな」
    「えぇ・・・まだ甘ちゃんですがね」
    だからこそ、支えてあげられる自分達がいるのだとユーリは再確認する。
    さていよいよスピーチはこれで締めとなる。
    「皆様の望む世界を目指すべく、新たな一歩に向けて尽力を尽くして参りたいと掲げ、わたしのスピーチとさせて頂きます」
    ルークが一歩下がり、一つ頭を下げる。惜しみない盛大な拍手が彼に降りかかる。
    その時だった。
    ガシャンと城のステンドグラスが割れる音。黒装束の集団がホール内に紛れ込み始め、悲鳴とと共にホール内がパニックに陥った。
    「これはナディ派か全軍に次ぐ!国民を直ちに避難、ナディ派全員を取り押さえろ!」
    ジェイドの指示で兵士たちが動き始める。
    それとは別に、ユーリは彼を探した。
    「な、何だどうなってんだよ」
    逃げ惑う人の波は止まることなく押し寄せる。そんな中、2、3人の黒装束が飛び上がりルークに切りかかって来た。
    「どうわぁっ!?」
    「ルーク・フォン・ファブレだな、貴様の命、我が君主に捧げるため頂戴に参った」
    「はぁちょ、何だよクソ!」
    戦闘態勢を見せる黒装束に囲まれて、ルークは慌てて腰に手をやるが、普段つけてるものがそこにはない。
    「あ、しくった・・・!」
    セレモニー直前、護身に剣を持つことを忘れていたのだ。
    「抵抗はしない方がいい。楽に死なせてやろう」
    「じょ、冗談じゃねーっつの!」
    しかし丸腰の自分では何ともならない。壁に追いやられ、身動きももう出来ない。すぐさま振り上げられる刀に、覚悟を決めて目を閉じた。しかし、訪れる死への衝撃はそこになく、目を開ければ、一人倒れている。
    「・・・え」
    「戦迅狼破ぁ」
    掛け声と共に衝撃波が走り、また一人倒れる。
    見開いた目には、黒が駆け抜ける。
    キッとその瞳が向けられた。
    「おま、え・・・」
    「何してんだ馬鹿!死にてぇのか」
    「邪魔だあああああああ!!」
    再び装束がユーリに切りかかる。
    それを交わし、三散華で打ち込めば呻きながら気を失う。
    「逃げるぞ!あとは大佐殿がなんとかするだろうからな」
    「お・・・大罪人」
    返事をしようとしたルークだったが、先ほど倒れた中の一人がよろめきながらも立ち上がり、短剣をユーリに突き入れる。
    「ぐあっ」
    深く刺さったそこから、赤がぽたりと雫となり流れ始めた。打ち込みが甘かったとユーリは舌打ちしたが、痛みが強くその場に崩れる。
    「だ、大罪人っ!」
    かけ寄ったルークだったが、ユーリは息も荒い。止まらない血に、ユーリは確信持って呟く。
    「っチ、毒・・・か・・・?」
    「クソ、剣に毒なんて仕込みやがって!ここにいたらてめぇも死んじまう!」
    「っく・・・おまっ・・・」
    酷だったかも知れないが、ふらつくユーリを支え立ち上がらせる。城の奥に医務室があると、ルークは長身の彼を引きずった。1分1秒でも惜しかった。
    「っ・・・はっ・・・くっ・・・」
    城の医務室の柔らかなベッドにユーリを寝かせると、彼の服を破りその傷を見る。傷付近は変色し、えぐられたようになっている。そこからとめどなく血液が溢れ流れる一刻も早い解毒が必要だった。このままでは失血死してしまいかねない。
    「ま、待ってろ!解毒探してやる」
    棚を乱暴に開け放ち、解毒らしきものを探すがルークは思う。剣に塗られていた毒が何なのか知らない。それが分からなければ、何の解毒を使えばいいのか分からない。短剣を調べるべく取りに再びあちらへ戻る時間などない。ユーリの顔色は徐々に悪くなっているため、一刻を争う。ならば答えは決まった。
    「ぜっ・・・・おま・・・えっ・・・・な、に・・・して・・・」
    傷口に口を付けたルークはそれをただ吸い出して吐き出す。口元が真っ赤に染まり鉄臭さが充満する中、ただただそれをルークは繰り返した。時々口を拭って、しかしそれを繰り返すことを止めない。
    「止めろ・・お前も少なからず吸って・・・」
    「うっせぇおめーが死んだらこっちのおれに怒れんだろうが死にてーのかよ」
    「・・・」
    「馬鹿だよお前、集団に一人で突っ込んで、毒盛られて、馬鹿だよ!」
    「はっ、・・・俺坊ちゃん馬鹿なんだよ・・・アイツが生きんなら・・・何だってしてやるくらいの・・・覚悟くらいあんだよ・・・」
    体の状態が悪くとも、ユーリの目は死んでなどいない。
    「それが・・・例え入れ替わったお前でも・・・大事なもんは大事なんだ・・・変わらねぇんだよ・・・」
    「・・・大罪人・・・」
    「お前すげーよ・・・この数日の間で、かなり、変わったじゃねーか・・・その気持ち、忘れんなよ・・・?答えてくれる誰かがいるんだから、な・・・」
    ユーリはルークに手を伸ばす。が、それは頭に触れる前に力尽きた。
    「おい・・・大罪人・・・?」
    揺すってもユーリは動かない。ルークはハッとしてユーリの頬を叩く。
    「おい!冗談止めろよな、おれ言っただろお前死んだらおれが怒られるっておい大罪人」
    血の流れは弱くなっていたが、白いシーツは真っ赤に染まっている。そんなのどうでもよくなったいた。早く彼を起こさなければ。血濡れのベッドに上がり、ユーリを跨ぐともう一度頬を引っ叩く。
    「しっかりしろよおいなぁっなぁってば」
    バシバシと叩く音だけ部屋に響く。
    色白のユーリの頬は、叩かれて赤くなるが彼は目を開けることはない。叩くルークも必死だった。
    死なせる訳にはいかない。自ずと力が篭って叩く。
    でも、起きることがない。叫んで、ひたすら叫んで叩いても何してもユーリの目は開かれない。
    ルークの目から自然と雫が落ちていたが、気付かない。
    「大罪人」
    「んだよ・・・」
    「えっ・・・」
    「悪い、血ィ出過ぎたせいでちょっと気ぃ失ってたわ・・・・・・」
    体こそ起こせないが、ユーリは微かに瞼を開けてルークに答える。が、次の瞬間彼の姿は下に来た。
    軽い衝撃に呻くが、ルークはユーリにしがみ付いたままだった。じわりと温かい何かが敗れた服に染みていく。
    「・・・・・っく・・・」
    「くらくらする・・・けど、お前が多少毒吸い出したおかげで・・・何とか持ってるわ・・・・・さんきゅ」
    固めてあったルークの朱色は解けて、いつものふわりとした柔らかな髪へ。
    それに手を伸ばしたユーリはそっとそれを撫で上げたのだった。その後、救護班が駆けつけ、ユーリとルークは治癒と治療が施されて、ナディ一派による大混乱は終焉したのだった。それから暫くして、式典は再度執り行われることが決まったが日付はまだ未定だった。ユーリや暫く依頼への出入りを禁じられ大人しく安静しろとの船長からの命が下る。
    船でのルークは元気もなく、沈んでいるようだった。
    「まぁ・・・あの状況じゃ無理もないか・・・」
    仲間達も心配した面持ちではいたが、あの日から数日の間彼らにルークは姿を見せていないのだ。
    中で死んでるんじゃないかと零す者もいた。
    「でも心配よね・・・食堂にもこないんですもの・・・」
    せっかくとクレアがルークがいつも食べてくれる自慢のピーチパイを提供したくてもそれが出来ない。
    そんな時、久方ぶりにルークが彼らの前に姿を現した。
    でもそれは、久しぶりの『ルーク』本人だった。
    ルークは医務室でゆっくり安静しているユーリから事情を聴いた。ユーリはあの後眠る日の方が多かったので、当のルークの様子は分からない。どんな気持ちで向こうへ戻って行ったのだろうか知ることが出来ないのだ。
    「アイツ・・・何を思ってたんだろうな・・・」
    「でも、ユーリを助けてくれたんだよな?」
    「・・・まぁ・・・」
    「あっちのおれの話色々聞いたよ?何か色々頑張ってるみたい。おれの代わりに、式典を成功させようとしてたんだろ?」
    「まぁ、ナディの連中のせいで全部パーだけどな」
    ルークの心情は、きっと自分のことだからとルークは話す。
    「ユーリの気持ちは痛いほどルークに染みてると思うよ?前のオレさ、そういうことだって嫌いだったし。ケガにしてる人に近寄るとか助けるとか・・・」
    ユーリは黙ってルークの話を聞く。
    「きっと、ユーリが死ななくてよかったって思ってるよ。勿論痛い経験もしたと思うケド、人が助かってよかったって思ってる気持ちの方が強かったと思う。おれは感謝したいな。ユーリを助けてくれたこと。でなきゃユーリ、死んでたかもしれないんだろ?こっちに戻った時にユーリがもう世からいなくなってるなんて・・・嫌に決まってる・・・だから、もしアイツに会えるなら、ちゃんとありがとうって言いたいよ」
    あの時染みた温かいアレは彼の涙。もしルークがそう思っていたのなら、彼に温かい気持ちがある何よりの証拠だ。
    「・・・じゃ、そうかもな」
    「ユーリ軽くね?」
    「アイツはお前みたいなもんなんだろ?ならお前のようになるのは目に見える」
    「努力次第って言ったのはユーリなんだろ?」
    「元々はお前と同じなんだよアイツも。なら今後の答えも分かる。ちゃんと王位を継げるようになるさ」
    自信を持って言えると、ユーリはそう言う。
    それを聞いたルークは微笑んだ。きっとそうだな、と。
    「さて、ルーク。久しぶりだな」
    「あ、うん久しぶり」
    「楽しかったか?」
    「けど・・・心配だった。式典が気になって・・・」
    「それだけ?」
    熱い視線を向けられて、ルークは顔を赤らめる。
    「・・・あ、会いた・・・かった、よ?」
    「俺もだ」
    久方ぶりの温もりを抱き締めて、お互いに分かち合った。
    ***
    「おーい、坊ちゃん」
    「・・・んだよ・・・」
    「ルークから聞いたんだけど、式典あったんだって?ぶっ壊さなかったか?」
    軽いいつもの冗談だが沈黙するルークに地雷かとユーリは首を傾げる。
    「マジでやらかしたのか?」
    「・・・ちげーよ・・・変なヤツらに邪魔されて・・・向こうのお前が刺されて・・・」
    「マジか。あっちの俺って攻撃甘いのか?」
    「毒で・・・血ぃ止まらなくて・・・」
    たんたんと呟くルークの顔は俯いている。そのままとん、とユーリに凭れる。
    「・・・怖かった・・・人の血の気が引いていくのを・・・・・・」
    目の前で人が死ぬかも知れない恐怖を味わったルーク。カタカタと肩を震わせるルークはとても小さな子供だった。でも、その時彼が何をしたか感じ取れた。以前向こうに行って戻って来てからの彼の様子を見守ってきたからこそ分かる。
    「けど・・・お前はその時逃げずにいたんだろ?なら勲章もんだろう?人を、助けようとしたんだろ?普段なの坊ちゃんからなら絶対有り得ないことをお前はやった。成長した証拠だ。向こうのお前も、お前に感謝してるだろ」
    「・・・大罪人」
    「大変よくできました」
    ぎゅっとユーリに抱きしめられて、ルークは身動ぎするがそれは直ぐに落ち着いた。抵抗のないルークにユーリも内心驚いたが、これも心境の変化がもたらしたことだろう。でもルークはいつまでもそんな様子ではない。手で押し返し文句を言った。
    「・・・こっ、子ども扱いすんな!」
    「お、顔が真っ赤だぞ?」
    「うっせぇ馬鹿!さわんな馬鹿!黙ってろ馬鹿!」
    「馬鹿に馬鹿と言われるなんてな」
    「黙れ誰が馬鹿だ!お前が馬鹿だバーカ!」
    ぎゃあぎゃあ言い合えば煩いとリタが怒鳴り散らす。それを無視して、ルークは一方的に罵声を飛ばす。
    「なぁ坊ちゃん?」
    「んだよ」
    「そろそろ本気出すからな、覚悟しろよ」
    「は・・・・・・?」
    「もうちょい成長したら、な」
    ポンポンとルークの頭を撫でた後、額の髪を掻き上げる。
    「な、に?」
    「こーいうこと」
    額にちゅっと軽い音がして、ルークは固まる。額に触れたものが分かれば、ルークは沸騰したかのごとく顔を赤くした。
    「なっ、にすんだこのクソ大罪人きめぇぇぇぇ」
    「はっはっは、楽しみにしてんぞ坊ちゃん」
    憤慨するルークを余所にユーリは成長したルークに頑張れよと、聞こえないように呟いたのだった。
    end





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