本音とある金曜日の、午後19時。生徒会の書類を片付けて帰路を歩いていた。
高二の秋真っ只中、進学科では進路について話が進むようになって来た。大学には入っておきたい念頭は既にある。どこに入るかは固まってないが、この町には大学が1つしかない。そこへの志望理由がなければ町を離れるか、ここから電車で通うかの選択肢になる。離れるとすれば、"彼女"は引き留めようとするのだろうか。
そう言えば最近は、
「ちゃんと会って喋ってねぇな…」
と思った。
同じ高校とは言え、既に生活リズムが違って、帰る時間帯が変わった。先の通りこちらは進学、向こうは普通科だ。授業1限こちらが多い日もあるし、生徒会にも入ってるから去年朝は一緒でも、最近はそれすらもしていない。勿論帰りは違う生活がずっと続いている。故に高校で会う頻度は極端に少ない。アイツは「頑張ってるよね、応援してるから!」なんて言ってたけど、土日も何かしらに追われてしまい、せっかく来てても「悪い、手が離せない」って帰した事もある。その時一瞬、寂し気な顔していたのは多分気のせいではない。正直、こちらにも余裕がなかった。
「はぁ…」
内心では悪いと思いつつだが、この先は更に余裕が消えるだろう。
⋆。˚☆✩˚。⋆
帰宅早々、居間から聞こえる声が賑やかだった。
「あら、彷徨くん久しぶりね!」
「どうも、ご無沙汰してます」
酔っ払っているのかさて置き、出迎えたのは未夢の両親。今日は家で食う話だったか?それすらの記憶も曖昧だった。パタパタと足音がし、出て来た未夢。最後にちゃんと会った日は多分一緒に課題した時だったが、それはいつだったかその記憶もない。隣にいるのに、それくらいちゃんと会ってない。それこそ「久しぶり」って言葉が当てはまるくらいかも知れない。
忙しくてほったからかしていたのはこちらなのに、久しぶりに彼女を見て、思わず胸が高鳴る。それこそ触れたい衝動が湧き上がってしまう程。
「み…」
「彷徨だぁ~♡」
「ちょっ…!」
未夢にいきなり飛びつかれ、受け止めの体勢が出来なくてその場で崩れ落ちた。しかし、先程スイッチが入っていたせいで、思考が益々触れたい欲求へとグラグラ傾く。
(…ん?)
危うい思考が一瞬冷静になる。それはその時微かに掠めたのはアルコールの匂いのせいだった。まさか…
「え、コイツ酒飲んだんですか?」
「そう、オレンジジュースと間違えちゃったみたいなのよ~」
何故そうなる。
「飲んだ量はそうでもないんだけど、雰囲気にも負けちゃったのかしら。もうこの子ったらフワフワなのよね~」
「は、はぁ…」
「彷徨………」
見上げて来た顔に再び冷静を失いかける。このままじゃこちらがマズイ。
「ちょっとコイツ借ります、話したいことあるんで」
「あらなあに?結婚式について?」
「え、そうなのかい」
顔面蒼白の彼女の父とウキウキしている彼女の母。いやまだ早いとか、まだおれの年齢足りないんだけどとか、ツッコミたい所満載になるが、まずはコイツが先だ。無理に引っペがさずに、不本意だが彼女の両親の前で姫抱きにしながら自分の部屋へ連れて行った。
「おい、未夢…何酒飲んでんの未成年だろ」
「…」
制服のジャケットだけはなんとか脱いだが、未夢はなかなか離れようとはしなかった。これ以上くっつかれるとやはり危ない衝動が走る。ダメだやっぱり1回剥がした方がいい。
「未夢、とりあえず離せ…」
「…だ…って…寂しかった、から…」
「えっ」
背に腕が回される。
やや潤んでいる瞳はこちらを見ては来ないけれど、紡がれる言葉は嫌に刺さる。
「…彷徨…ずっと忙しい、から……彷徨のすること、応援したい。けど……わたし、ホントは………寂しかった…一緒に、帰りたい時も、あった、よ?」
「…未夢…」
「…彷徨に……会いたかった」
彼女の腕に、力が少し入った気がした。未夢は普段「寂しい」とははっきり言わないで抱え込む癖がある。それは昔から。酒のせい(間違って呑んだ)、だとしても、これは彼女の本心による"本音"なんだろう。あの時の一瞬見せた寂し気な表情がフラッシュバックした。
こんな抱き着かれた状態でストレートに言われてしまい、戸惑ったが参ったと白旗を上げざるを得なかった。その気持ちは、こちらも同じだ。後頭部に手を回して抱き締め返していた。
「あー…悪い、悪かったごめん…落ち着いたら、埋め合わせするから…だから…」
未夢は反応しないし答えない。
「未夢?」
もしかして泣いている?と思ってしまったが、寝息が聞こえるので、寝付いているようだった。
「なんだよ……ったく…」
ふと顔を覗けば、目尻が薄らだが湿りを確認した。泣かす限界まで待たせているのかも知れない。
「あー…………最悪…」
正直、泣いた未夢が今でも一番扱い難くて苦手だ。時間に余裕持てるくらいになるまでもう少しだけ待って欲しいだなんて、余計言いづらくなった。この土日もやる事は山積みなのだ。
「はぁ…どうするか…」
悲しませているこの事実。疲れ切った今の思考じゃ纏まらない。
「未夢…ごめんな」
寝ている彼女には聞こえてないだろうが、情けない事にそれしか今は言えなくて。額に1つだけ口付けた。
未夢の両親に、話している間に寝てしまったと伝え、彼女を引き渡した。目尻は勿論軽く拭き取ってからだが。
「彷徨くん最近かなり忙しいみたいね。未夢が話していたの」
未夢が何処まで話しているかは知らないが嘘を言うつもりは毛頭ないので、今の現状を軽く伝えた。
「あ、えぇ…まぁ…そうですね。おれ今そんな余裕、なくて」
「私たちもこの子には小さい時からずっと1人にさせてた期間長い方だから、もう慣れたでしょ?なんて心の何処かで思ってたけど、待つ方には結局不安にさせてるのよね。…アメリカに行った時、痛い程そう思えてしまったの。明るく振る舞うけれど、本当は違うのよねって」
「…」
「あぁ~だからって彷徨くんのことをどうこうじゃないのよ、違うのよ!」
「はは、大丈夫です分かってますよ。おれにも本音は言わないんですよコイツ。その癖、おれがする事は応援してる、なんて言うから…おれもどっか甘えさせて貰ってた節なんですよね…」
それが結局未夢を苦しめてるなら、本末転倒だけれど。今の生活リズムをなかなか変えられないのはもどかしい。
「埋め合わせはしたいです。ただ、それにはまだかかりそうで…」
「彷徨くん、この子はちゃんと分かってるはずだから大丈夫だと思うわ。私たちが言える立場でもないけれどね」
「いえ、おれも明確に言えれば良いんですけど、見通しが立てられなくてすみません…」
そんなやり取りをして、会釈し彼女を連れた夫妻は隣の邸宅へ引っ込んだ。
自室に戻り、脱げきれなかった制服から普段着に着替える。居間の皿を片付けていれば、今まで1回も出て来なかったオヤジ。
「おぉ、彷徨帰っておったか。はて…未来さん達は戻ったか…?」
「オヤジ今まで何処に…」
「酔いつぶれての…隣の和室で寝ておった」
「情けねえ…オヤジがあっち呼んだんならちゃんと最後までもてなせよな…」
結局片付けはおれかよと文句を言いたいが、オヤジの事だから言った所で無駄だ。
「そうじゃ…未夢さんがイマイチ元気無いように見えたのう。お前の交際相手なんじゃからもっと見てやりなさい」
「はぁオヤジには関係ねぇだろ、とっとと寝ろ!」
「やれやれ…我が息子ながら情けないのう…」
私室に引っ込んで行ったオヤジに怒りしか出て来ないが、実際図星は図星。未夢に元気がないのは十中八九おれのせいではある。
「クソっ…」
痛い所を一番突いて欲しくないオヤジに言われ、腸が煮えくり返りそうなる。でも、今の状況はやはり良くない。下手をすればこのまま…最悪の結果を予想し、皿洗いの手が止まる。
─────未夢…
彼女を想えば、出て来るのは今はやはり謝罪だけだった。
☆。.:*・゜
翌日、光月家に来客が見えた。
普通科の事はよく分かってないが、確か未夢のクラスメイトの女子だ。席が前後で仲良くしており、気さくで相談相手になるとか言っていた未夢本人が言っていたハズだ。なら、今日は自分の事に専念する他ない。とは言え、朝から西遠寺は静まり返っており、住職は当に居なかった。食卓に置かれたメモには明日戻る、とだけ。
「クソオヤジ…」
まずは溜まりに溜まった家事からするしかない。メモをぐしゃりと握り潰してごみ箱に捨てた。大きなため息しか出て来なかった。
洗濯と各場所の掃除で見事午前中は潰れ、昼を簡単にしようと冷蔵庫を開けようとした時だ。
携帯に着信があり、表示された画面には"未夢"の文字。
一瞬昨日の事もあってか緊張してしまったが、3コール目に入って直ぐに通話に切り替えた。
「もしもし」
『か、彷徨…ご、ごめんね今忙しい…?』
非常に遠慮がちな声だった。それすらにも申し訳ない。
「いや、いいよ大丈夫だから。どうした?」
『えっと……来週も忙しい、よね?』
「あぁ…うん、まぁ…朝くらいは多分一緒に行けるケド?」
『う、ううんそれじゃなくて…あ、あのね、ずっと帰り遅いでしょ?オジサンも居たり居なかったりで家の事、わたしで良ければ手伝いたいなーって…』
思ってもみなかった。
『進学科ってやっぱり普通科と違うし、わたしの方が融通効くでしょ?彷徨生徒会もあるし…それで家に帰ってまた家の事や課題とか生徒会のことやるって身体壊しそうだから…だからせめて西遠寺の家事くらいなら手伝えるかなーって…そしたら彷徨も自分の事に専念出来るでしょ?』
「有難いけどそれは…」
『それくらいはさせて?彷徨今凄い頑張ってるから応援したいし!』
「未夢…」
それで、と未夢は続ける。
『わたし昨日間違ってお酒呑んじゃって何か余計な事言ってなかった?何言ったかちょっと覚えてないの』
「余計?」
『彷徨を、困らせなかったかなって…か、確認というか…例えば…"寂しかった"とか"会いたかった"とか言っちゃってなかったかなぁ…って』
おれはそれには直ぐには言えなかった。実際どちらも言われたが、泣かせてるのはこちらなのだ。ただ、困っていた訳じゃない、寧ろ両立が出来てない自分への苛立ちだ。
『あ、やっぱり…言った、よね?』
「それは…」
『ご、ごめん…その…そ、そりゃちょっと…時間あればいいのになぁって思う時もあるけど…で、でもね、応援したい気持ちなのは嘘じゃないからね本当だからね』
「未夢、夜ちょっといいか?」
『えっ』
「ちょっと夜話そう。20時頃に顔出すから。じゃあな」
『ちょ、か、かなっ…』
無理矢理紛いだが電話を切った。
今は、2人で話す時間をちゃんと作る事が必要だ。少し、少しでいい。何でそれに行きつかなかったか。
兎に角これ以上泣かせる訳には行かない。昼を簡単に済ませ、おれはとある場所へ出掛けた。
⋆。˚☆✩˚。⋆
予告通り20時頃、光月家のインターホンを鳴らす。夫妻は夜勤か夕方出掛けたのを確認したので、恐らく居ない。インターホンを鳴らして数秒、カチャリと鍵が外れた音とドアチェーンが外された音がした。ゆっくり開いたドアからそっと顔出した未夢。
「か、彷徨…ど、うぞ?」
「お邪魔します」
光月家のリビングはとにかくゆったりと広い。座ってと言われ、未夢がお茶を出す。と同時におれは持って来た小さい箱をテーブルに置いた。
「後で食えば?」
未夢は箱を凝視した。
「嘘っ、駅裏のプリン専門店のえっ、これ!」
出来たばかりのその店は、平日でも女性客の行列が出来る。実際、おれも今日そこに並んだのだから今考えるとゾッとした。とにかく女性客の視線が痛すぎた。中には直接声掛けてくる他校生も居たし、正直もう並びたくない。
「いきなりお邪魔しに来たんだから何かしらないと、な」
「ありがとさっそく食べちゃおうかなー!」
少し口角が上がったように見えた。
「どうしたの?夜話そう、なんて…」
「ん。ただ、最初からこうしとけばよかったって。確かに最近、おれ時間作れなかったからせめて、ちょっとでいいからこうやって話す時間取ればよかったなって…」
1日分の時間作ろうとするから出来もしないのだ。だからこういうちょっとだけ話す時間を取ることは出来たはずだったが、その思考にすら至れなかった程余裕がなかったを悔いた。
「ううん、だって、わたしが…」
おれは待ったをかけた。
「だからちゃんと話したかった。話したかったからこうしたんだ。電話じゃなくてさ」
「……うん」
俯いてしまった未夢の顔を上げさせて、話す前に抱き寄せた。
「確かに未夢は昨日言ったよ。寂しかった、会いたかったって。それは、おれも同じ。結局未夢の事泣かせてたし」
「えっ」
全く覚えがないからこそなのか顔面蒼白。
「ただ、おれは困った訳じゃないぞ?自分にイライラしただけ。冷静に考えられなくなっていたから」
「え、と…」
「で、何が言いたいかって言うと、だ。まずはお前をそういう気持ちにさせてたし、泣かせたのは本当に悪かった。今はちょっとまだバタバタしてるから、落ち着くまでもう少しかかる、と思う。でも埋め合わせはちゃんとやるから。言いづらいとは思ってたけど…やっぱりもう少し時間欲しい、かな…」
「う、ん…」
「後、おれん家の手伝いだけど、それはめちゃめちゃ助かる。オヤジ当てにならねぇから、洗濯畳むってだけでも十分だから、悪いけどそれは頼んでいいか?」
「うん…わたしがそうしたいから」
「そっか」
最後に、一番言いたい事を伝えた。
「おれがする事は応援してるって言うから…おれ、どっか甘えてたんだ…でも、おれがこうやってやりがいあることが出来てんのは、未夢のお陰だ。ありがとな。でも、未夢との時間が両立出来てなくてそれは悪いと思ってる」
心からそれは悪いと思ってる。すると未夢はふふっと微笑んだ。
「何か、ちゃんと会って喋ってるのホント久しぶりだ…忙しいのに、ちょっとでも時間作ってくれたの、嬉しかった…ありがと」
背に回った腕に力が籠り、擦り寄る未夢を見て急速に心臓が跳ねる。
「彷徨…大好き」
やはりコイツには勝てないし、敵わない。
「…好きだよ」
吸い寄せられるように、その唇に自分の体温を重ねる。ちゃんと会ってなかった分を埋めるように、角度を変えて何度も。
どれくらいそうしてたか分からないが、時計が21時になった事を鳴らす音がリビングに拡がって、一気に現実に引き戻された。ちょっとの時間なんて呆気なかった。
「……戻る。まだ片付け途中だった…悪い」
「うん…彷徨明日は家にいる?」
「いるけど…」
多分構ってはやれない。山のような書類と課題を捌かなければならない。
「明日から手伝っていい?」
「日曜日なのにか?」
「やらせて?何かこう元気出たし!午前中から行くね!」
玄関先でもう一度だけキスをして、ドアを開けた。
「おやすみ。ちゃんと戸締まりしろよ」
「…おやすみなさい」
少し赤みで染まっていた頬。でも表情はフワリと笑っていて。最後もう一度、なんて衝動を無理矢理抑えてドアを閉めた。
「…ったく、元気貰ったのはこっちだっての…」
甘ったるさの中で湧き上がった熱は頭をボーッとさせる。きっちり振り払って、頭を切り替えながら、今日終わらせたい事を終えた深夜24時には、ようやく眠りについた。一番、よく眠れた気がした。
end
━━━━━━━━━━━━━━━
後書き
うっぷ、なんちゅーゲロ甘。あ、未成年は酒、ダメですよ?