動揺の嵐新築着工工事がどんどん進む。作業は半分くらいまで来ているらしく、最短冬前には完成だとか。その様子は、登下校中にも確認している。
その度に感じるのは、転校が無くなる実感である。
工事前は突然訪れた奇跡を本当に信じられず、毎日ビクビクしていた。実は願望が夢として現れただけです、等考えてしまうくらいだった。しかし、やはり現実は確実に家が出来て来ていること。信じられない事だが紛れも無い事実で、感動すら覚える。自然と笑みが浮かび上がる。楽しみな気持ちを抱え、自室から移動してノックした部屋は現在同居人兼彼氏になった彷徨の部屋である。
返事はないが、すっと襖が開いたので"入室可"だろう。
「お邪魔しまーす」
嬉々として入り襖を締める。彷徨は買ったばかりの推理小説に集中モードだ。
「かーなたっ♡」
未夢はそんなのお構い無しと言った様子で彷徨に飛び付いた。
「…ってえ！な、何だよ急に…」
いきなりの未夢の行動に、彷徨の集中モードは一気に遮断させられ、同時に動揺も走った。
「んーだってさぁ、嬉しいから」
「…は？」
「新しい家がどんどん出来上がって、転校がなくなったって言う事をますます実感出来てるから嬉しくて」
「それ…おれ巻き込むの関係ないじゃん」
本当は嬉しい事だが、顔には出さず今は本に集中したいんだけどと訴える。未夢は完全に無視したまま擦り寄る。
「なんだよ…お前今日変だぞ」
「変って何よぉ！だって…今日はそう言う気分なの！これくらいされても彷徨平気でしょ？」
そう言われ、彷徨は固まった。
(平気じゃねぇし。前とは状況が違うのに何を根拠におれが平気って言えるんだか…)
付き合い初めて１ヶ月ちょっと。当初は"家族だった"時のようには普通に振る舞えず、距離感にドキマギしてしまったものだが、調子が戻って来ている。少し変わったのは、手を繋ぐ回数が増えたくらいだろうか。本は諦めようと、テーブルに本を置き、
「急に距離詰めて来て何考えてんの？ここ、おれの部屋なんだよ？」
「うん、知ってるよ？」
「じゃあ、何されても文句言うなよ？」
ニヤリと不敵に笑えば、未夢は一瞬戸惑った。
「ちょ…」
廊下から電話が鳴る音が響く。
「…無視だ無視」
「いやいや電話は出ようよ！」
チッ、っと聞こえぬように舌打ちをし、仕方なく廊下の子機を取る。
「もしもし」
『あ、彷徨か？俺オレ～』
ガチャン。
黙って電話を切り、部屋へ戻る。随分戻りが早いので未夢は驚いた。
「あれ、はやっ」
「イタズラ電話。はぁ…」
電話のせいで気持ちが急速にストンと落ち着いてしまった。さっきまで湧き上がった気持ちを返して欲しいのを望むが、もうそんな気になれず、置いていた本をもう一度開けばピリピリ流れてくる視線に目を向けた。
「…なんだよ」
「なんだよじゃないわよ…何ナチュラルにわたしの事ほったらかしな訳？」
「イタズラ電話のせいで気持ち萎えた」
「はぁ？」
それはそれで納得出来なかった未夢は本を取り上げた。それには今度彷徨がムッとした。
「おい、なにす…」
言い切る前に引っ張られた腕と同時に一瞬だけ唇に触れた体温。パッとすぐに離れた未夢は「彷徨のバカ！」と悪態をつきながら部屋から去って行ったが、顔は明らかに真っ赤だった。
「は………はぁ……？」
今日迄未夢からのキスは一切無かったので、(ももかとのバトルで無理やり頬にされたことはある)再び動揺をした。
時が止まってしまった感覚になり、珍しく彷徨は暫く動けなかった。自身にとって動揺する相手は、この先もずっと彼女だけなんだろうと密かに思ったのだった。