噂の副会長愛夢(あいゆ)えに(16)、普通科の2-Dの女生徒。新聞部の編集担当である。
見た目こそ茶髪ギャルと言ってもいいが、可愛い物が好きなのに、好物は焼肉丼やスタミナ丼という勇ましいギャップを持つ少女である。ちなみに、今一番可愛いと思っているものは、友人の光月未夢だ。
えには放課後、クラスメイトの中でお気に入りである未夢に呼び止められた。ガコンと自販機からパックジュースを取り出した。
「えにちゃん、今日時間ある?」
「んーあるよ?バイトないし。どーかしたのー?」
ここでは、とひとまず高校から歩いて近いカフェに移動した。
「あ、あの…相談、と言うか。あ、ただこれは友達の話だからね」
(つまり未夢ちゃんの話ね~)
もうお決まりとしか思えない話の流れ。とりあえずえには、黙って話を聞くことにした。
「と、友達と彼氏さんはもう3年付き合いがあるの。で、でも彼氏さんは全然、その…」
「あぁ、抱いてくれないってヤツ?」
未夢の様子は顔を真っ赤にして吃っている。
(あらまぁ…ウブすぎるってのもねぇ…この子の彼氏って確かウチの進学科で、2学年首席の副会長のあの人でしょ?つまり、未夢ちゃん待ちってヤツ~?って奥手じゃなくてヘタレか…)
容姿端麗、眉目秀麗、加えて成績優秀の校内一のハイスペック男。でも実はヘタレなんですってかなり笑えないと、えにはかの人物の株が急激に急降下したのを感じた。
「ヘタレって言ってやればいいのに。後はちゃんと言う」
「と、言うと…?」
「抱いてって」
「ひ、ひょあっ」
未夢は明らかに挙動不審になっていた。
「向こうは多分、腹括ってくれたらいつでも君を抱きます系の男ってやつだよ。いや男なら寧ろ喰いに来いやっつーの!」
「あ、い、いや、で、でも…」
「で、ウブすぎるのもダメっつーことよ。待ってんじゃなくてガツンとここは自分からも積極的になれって事!納得した?」
「せ、積極的…」
「とりあえず下着は可愛いの選んどきな?」
「し、下着ー」
えにはとどめに「じゃ、頑張って♡」と言いその場を離れていった。
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「えにはさ~作んないの?彼氏!」
「ん~今はいらなーい」
「え?真っ先に作ると思ってた」
えにが話をしているのは中学からの友人の1人で、高校になっても一緒になれた。彼女が話す話題は大体恋愛ものだ。
「彼氏いるいないってまぁ色々変わるもん変わるケド~…あ…」
廊下の方で、学食の広間を通り過ぎて行った校内一の超有名人西遠寺彷徨をえには見掛けた。未夢もいるかと思ったが彼女はいなかった。
「ちょ、ごめん先行ってる~」
友人に断りを入れ、彼の後をつけた。可愛いお気に入りの未夢を悩まさせている張本人。一発文句を噛ましてやろうかと思っての事だ。
「ん?この先って…あ、やばっ」
彷徨が向かっている先は進学科でも普通科でもない。階段を上がったすぐ右の角には生徒会室。生徒会室のドアノブに手を掛けた彷徨が一瞬だけえにのいる階段に振り向いた。
(マジ?…勘も鋭いって女より怖い男かもー)
ガチャっとドアが開いてすぐ締まる音。流石彼は用意周到で鍵まで廻したようだ。
入れないので、聞き耳をこっそり立てれば中から会話が小さいが聞こえる。間違いなくそれは彷徨と未夢の声だった。かと言って喧嘩しているような声ではなく、楽しそうな、そんな声だった。
(あり?なんだかんだで、結局仲良いんじゃん)
昨日のしおらしさのある相談は何だったのかと、えには頭にハテナを浮かべる。
(案外抱いてってマジで言った?いやいやあのウブっ娘にそんな度胸あるとは思えないんだけど…)
しかし中から聞こえる会話は段々甘さを仄めかし始めていた。
(え、生徒会室で?)
「……き?……なら…わたし…」
「…で…いいのか?」
「………に……て、ほし…」
「…あ……今日、……でな?」
(あららら)
甘さ漂うリップ音まで聞こえ、これ以上聞き耳を立てるのはマズイ雰囲気に、えにはスタコラサッサとその場から退散。
えにが教室に逃げ帰り、その15分後、息を切らして未夢が弁当箱片手に戻って来た。予鈴が鳴る5分前だ。
その様子は、束ねていたポニーテールが少しだけ乱れた髪、赤みのある頬、少しシワのよった制服。
(あれ、アウトじゃないマジでやったんかしかも生徒会室で)
えにの席の前が未夢の席。えには見付けてしまった、後ろの首の下。襟元に隠れるか隠れないかギリギリの位置の赤み。
「ちょ、未夢ちゃん!」
「…へっ」
「ヘタレだと思ってたけどそんなんじゃなかった…いや、ほんとに言ったの?」
「はい??えにちゃん?」
「だって喰われちゃったんでしょ西遠寺彷徨に」
「え、ええええにちゃん」
2人の女子のそんな会話に予鈴直前の2-Dは大騒ぎになっていた。
翌日、校内新聞には"2学年副会長、生徒会室で彼女と…♡"なんて書かれた張り紙が進学科の2-A、彷徨のクラスの黒板にデカデカ印刷されたものが付けられていた。写真ではないが、文章がひたすら打ち込まれたもの。彷徨は朝から嫌な冷や汗がダラダラと流れ、周りは、"あのクールな西遠寺"のイメージはガラガラと瞬く間に壊れ始めていた。誰もが思った、やっぱり彼も男だなと。
「…………何コレ」
彷徨より早めに登校している生徒や、朝練を終わらせ教室にいたクラスメイトの男子から早速集中冷やかしを浴びる。女子達はきゃあきゃあと大騒ぎだ。
「おいおい彷徨ちゃんよ~。愛する彼女を生徒会室に呼び混んでナニしちゃったの??ねーねーナニをしたの~?」
「あー、つまりドーテー卒業おめでとうございます?クッソ幸せ寄越せこのモテ男」
「だ、誰だよこんなの貼ったヤツ」
実際にハジメテを致したのは昨夜であって、昨日の昼は生徒会室でただ昼食を共に(軽いキスくらい含めて)しただけなのにと顔を真っ赤にその貼り紙を破り捨てた。ジロリと絶対零度な視線を送り、
「何も見てなかった。いいな?」
とすれば、その場にいた全員凍り付いた如く「はい」と頷かせた。とりあえずクラスメイトの新聞部部長を今すぐ呼び付けて締め上げてやるしかないとターゲットを決めた。
一方普通科で、登校して来た未夢にえにが弁当を渡した。
「未夢ちゃん、おめでとう。今日赤飯作ったから一緒に昼食べない?」
「?おめでとうって…何が?」
「だって昨日シタでしょ?」
「…ちょ…あの…」
未夢は何故バレているのか分からなかった。
「どーだった?優しかった?激しかった?」
「え、えええにちゃああ…待って止めてぇ…」
「おおおい愛夢ー」
新聞部部長が、えにまで走り込んで来た。
「あー?どしたん部長~」
「お前何とかアイツに説明してくれ!俺には何の事かさっぱりなんだよ!」
「はい?」
「新聞部部長…オイ、まだ話済んでねぇんだけど…」
氷点下な視線を向けた彷徨が、バインダーをバシバシ叩きながら歩いて普通科に来た。一気に日常がホラー映画のような絵面である。
「だ、だから俺知らねえんだって!ちょ、光月さんも彷徨止めてくんない君の彼氏ヤバいんだけどアレ超怖いんだけど」
未夢は彷徨が怒り狂っている原因が分からないので、頭にハテナを並べた。
「よっ、おはよう副会長!朝から超話題だな!校内SNSで大バズりしてるぞ?」
「いやーエリートもやっぱ性欲には勝てないヤツか~」
彷徨の肩を叩きながら横をすれ違って行く男子生徒達から、そんなセリフが飛び交うので彷徨の氷点下は益々マイナスの一途を辿っていた。
「新聞部部長…早く、説明」
バチンとバインダー。
「ひぃだーかーらー」
えには被害蒙っている新聞部部長に申し訳ないと思いつつも、ニヤっと口角を上げた。
「えにちゃん?」
「ふふ、なんでもなーい」
その時校内放送が流れた。
『あー、2-Aの西遠寺彷徨ちゃん、及び新聞部部長日貝咲菜ちゃん(ひがいさいな)、校内SNSと貼り紙についてお話があるから生徒会長まできてねー』
生徒会長直々のお呼び出しである。
「っく…マジで…お前のせいだぞ。会長からだなんて…」
「俺は無実だー」
名指しで呼ばれた両名は逃げられないと判断。その際えにが彷徨に近付いた。未夢には聞こえぬようにサラッと耳打ち。
「うちのお気に入り泣かせるなよなー副会長」
「……は?」
「えにちゃん?」
「ほら、お怒り会長の機嫌直して来てね~」
ヒラヒラとハンカチ靡かせ、見送りしたえには未夢に向き合った。
「さ、一限の準備しよ未夢ちゃん♡」
「え?う、うん…」
生徒会室の事で、(噛み合ってないハズなのに)結果故に、こーってりと会長に絞られた彷徨。日貝は完全に無実だが、校内SNS管理は新聞部管轄なので、校内にそぐわない内容がバズったためそれで絞られたのである。
「う…犯人は俺じゃないのに…」
「クッソ誰だよあの貼り紙…」
その後、副会長に関する話題は消える事はなく、件の事で神聖な生徒会室が、恋愛成就なるパワースポットとして君臨していたのは、また別の話である。
end
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後書き
ネタがないなぁ…
えにちゃんの由来はあいゆ えに。愛故に
日貝咲菜くんはひがいさいな、被害災難から。だぁっぽいよねダジャレは。