紙一重雪がチラつき始めた12月に突入。恐らく今季初雪。
未夢は寒くてベッドから出られず、まだ眠くて身体を起こすのも億劫。しかし、窓の向こうに見えた綿のような白が目に入った。自室のリモコンで、床暖と暖房を付けた。暫くして部屋が暖まった頃、「んー!」と、身体を伸ばして起き上がる。
高校に入ってようやく買ってもらったばかりの携帯が何かの通知を知らせるためにチカチカと光っていた。確認した。
「あ、パパからだ。えーと…」
本日は両親共に仕事で不在。朝食は冷蔵庫にあるが、昼は自分でなんとか…と言う事。何かあればお隣の西遠寺さんに、と。
「んー…彷徨、いるかなぁ…」
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朝食を済ませた後、未夢は着替えてから西遠寺のインターホンを鳴らした。しかし、反応がない。引き戸に手をかけると鍵が掛かってなかったので簡単に開いた。
「…お邪魔しまーす」
何かあれば、なんてそんなのお構い無し。何もなくてもこちらに行くのはほぼルーティンみたいなもの。大切な人がすぐ近くにいるならいつでも行きたいのが女心というものと、未夢は玄関の鍵を掛け直して真っ直ぐ彷徨の部屋へ向かった。
日本家屋そのものの母屋は流石に寒い。廊下は全戸は締め切ってるが底冷えだった。靴下を履いていてもジワリと拡がる冷たさ。
「彷徨ぁ~、いる?」
すーっと襖を開けた。部屋の主はまだぐっすり眠っていたので、部屋も寒いまま。
ふと見た机の上に置かれたいくつかの参考書、ノート、転がったままのシャープペンシル、何かの書類、飲み残しが入ったマグカップ。察するに昨夜はかなり遅くまで予習か何かをしていたのだろう。
「相変わらずストイックだなぁ…」
呟いた一言が聞こえたのか、布団がもぞりと動きを見せる。布団から頭がゆっくり顔を出す。
「んー………?ぁー……だれ……?」
「あ、起こしちゃった?」
舌足らずな一言。当の彼はまだ眠いようだが、なんとか目を開けようとするので、未夢は覗き込む。
「…ぁ、みゆ…?なに…今────……何時?」
「今、9時くらいだよ?」
「あー……さっむ……悪いけど…そこの、ヒーター付けてくんない…?」
布団から伸びた指が指している先の。未夢はそれの電源を入れた。瞬時に暖まるタイプのもの。フワリと暖かみが一気に部屋の中に拡がった気がした。
「おぉ…暖かくなるの速い。ね、彷徨、外雪降ってるの」
「ん…雪……?あー…積もったらそろそろ三太がスキーだのなんだの言いそう………」
まだやや寝ぼけ眼だが、彷徨はぼんやりと未夢を見つめながら話す。そんな綺麗な瞳に未夢は逆に引き込まれた。起こしてしまって申し訳なくて。
────ちゅっ
「お、…おはよ」
ほんのり赤みを帯びた彼女の頬は、決して部屋が暖かいせいじゃないだろう。前より大分、慣れてきたみたいに見えるが。
「…なんだ頬か…」
「な、何よ」
「いつになったら口にしてくれんのかなぁって」
「…ま、まだ無理。そ、それより起きてよ」
「…えー…オレまだ寝たい。昨日寝たの2時なんだけど……」
部屋は暖まっているのに、布団から出る気は全くない彷徨。未夢はムッとした。
「わたし来てるんだよ彼女と睡眠どっちが大事なの」
お決まりなわたしと〇〇どっちが大事、か。返答は早かった。
「…睡眠」
「うっわ信じられないこの人……もう、いいわよ帰る」
「口にしてくれたら起きる」
────は?今なんて言いましたか?
「…なんでそんなベッタベタな展開にしようとするのよ…ま、まだ無理って言ったでしょ恥ずかしい…」
「頬には前から出来るんだから同じだろ…しないならじゃ、寝る」
ばふんと布団を被っていた。本当に二度寝する気だろう。
「~っもう」
完全に布団を剥ぎ取ってやった。
「な、何っ…「起・き・て」
未夢が彷徨の胸ぐらを掴むと、当然スウェットが引っ張られるので珍しく彷徨は狼狽えた。からかい過ぎて未夢を怒らせるのはいつもの事だから、今回もいつもの軽いからかい程度のつもりだった。だが今日は本当にキレたのでは?と思われる。
「彷徨の、バカ!」
「わ、分かったから…オレが悪かったから離してくんない?こっわいから…」
胸ぐらを掴んだままギッと睨む未夢。
「起きる、起きるから」
立ち上がろうとしたが、未夢がしがみついて来たので立ち上がれない。
「ったく…なんだよ起きろっつったのおまえだろ…」
「彷徨はさ……何で…余裕…いつも、必死なのに…」
後半はボソボソとしか聞こえず。
「は?何、聞こえないんだけど…」
言い終わる前に唇に触れた体温。それは一瞬で消えたが。
「……へ?」
しがみついていた未夢も離れた。
「した…から、…ちゃんと、起きてよね…」
俯いてそう言ったが、顔は真っ赤で。襖がしまって彼女は出て行った。
「あー…もう、なんだよアイツ…こっちは不意打ちされて……熱いっつの…」
寒い廊下のはずなのに、彼女の不意打ちには弱い身体と顔は熱くなっていた。スウェットのまま彼女を追いかけて行った。