小話[全身砂糖]※事後的
目を開けた。気怠いが身体を動かすと、腕の中にあったはずの温度が居なくなっていた。
(ん?どこ行った?)
時計はまだ深夜2時。シャツを羽織って少し寒い廊下。台所の明かりが付いている。そっと覗くと、マグカップが置かれた音。注がれる温めた牛乳。カカオの甘い匂い。
(ココアか?)
「はー…温まるー…こんな時間帯に飲んじゃうと太りそうだけど美味しいし、ほっとしちゃうな」
「なんだよ抜け出て、んなもん飲んで」
「わっ」
「でっかいカイロが急に居なくなって寒いんだけど」
「わたしは彷徨のカイロじゃありませーん」
「寒いんだけどー」
椅子に座っている彼女を後ろから抱きしめる。
「もー!ちょっとくらい飲ませてよー」
ココアの匂いが彼女に付いて、全身砂糖に見える。砂糖は好まない方だが、
────ベロッ
「きゃあああ」
彼女の甘さに飽きる事は一生ない。首元を抑えた彼女は体を震わせて怒りを表しているようだが、ただ可愛いだけだ。
「な、ななっ、何してんのよ…さ、散々……した……の、に…」
「早く戻って来てくれないと寒くて眠れないんだけど?」
「だからわたしはカイロじゃない!」
END
[タイミング]
「おーっす、彷徨ぁ!暇だからちょっとつきあ────…」
突然開け放たれた襖。部屋の主と開けた人物、そしてもう1人の少女は呆然としてしまった。親友の部屋をアポなしで訪れてしまったがゆえのタイミングの悪さ。3人の目線がかち合った。
完全に甘ったるい雰囲気の時に来てしまったのだ。彷徨は未夢を後ろから彼女を抱き込み、衣服の下から手を差し入れ、まさに『いただきます』直前を醸すような光景。
「は?…────バッ……三太お前ふざけんなよ!来るなら連絡しろ!何のための携帯なんだよ、ガキじゃねーんだからいい加減アポなし訪問は勘弁してくれっ」
流石に御立腹な親友の姿に三太は頭をかいた。とは言え、心底見ちゃいけない現場の度合いではないから安心した。親友の彼女は完全に顔を真っ赤にして蹲ってしまったが。
「あ、ははわりぃ~ガキの時のクセがつい抜けなくて!み、未夢ちゃんもゴメン!俺の事気にしないでイチャイチャしてていいから!」
「できるかアホ!はー…年齢考えろよおれらもう17なんだからさ」
「そうだよな~お前ら中2からだもんな~いいよなイチャイチャ出来てさぁ」
「で?何の用?」
遮るように放たれた。相当彷徨の機嫌を損ねさせてしまったらしい。
「だから、ちょっと暇だからさ」
「おれは暇じゃない。2週間に渡って山のような書類を乗り越えたから彼女サンを堪能したいんで。じゃあな」
────ピシャッ
「……はは、タイミングまずった」
これからはきちんと連絡する事を誓ったのだった。
END
[感謝]
運動も、勉強も、なんでも出来る人。ただ、無愛想で意地悪な所もある。でも、本当はカッコよくて、優しい。わたしには釣り合わなさ過ぎて、時々わたしでいいのかなぁって思っているくらい。
高校生になって一気に身長差が出て、頭ひとつ分以上。隣に並んで見上げると、綺麗な横顔が見える。見てる事に気付かれて、すっとこちらを見てくる。まるで、「何見てんだ」と言ってるくらいのジト目。でも、綺麗だなぁって思う。
中学2年からの付き合いで、ずっと一緒にいた。感謝したい事はいっぱいある。だから伝えたい。
西遠寺で夕飯を食べて、お隣に帰る時間ギリギリまで彷徨の部屋で過ごす。
「「…」」
彷徨は黙って本を見てる。わたしはお茶を飲んでいる。伝えるなら、今、かな?
「…か、彷徨」
「んー?」
「あの……えっとー…」
どうしていざって時言えなくなるんだろう。
「何?」
「その…」
「何だか、告白される気分だな」
「こっ…」
告白。
ある意味、そうなのかも。あの時は、結局わたしは言えなくて先に言われちゃったけど。今なら、今なら。
「えっと…彷徨…いつも、ありがと」
「えっ」
「ずっと言いたかったの。今までずっと横にいて、いつも助けてくれて。感謝してるの」
「なんだよ急に…どっか具合悪いのか?」
「何よ失礼ね!正直な気持ちなんだからね」
「また何の影響受けたのやら…」
「何も受けてないですぅ!」
本当に失礼なヤツ!でも、好きな気持ちと感謝の気持ちは膨れるだけ。
END