鞠の転がる先は楓が紅葉し、地面を紅く染める頃。
稲妻の中で大きな騒ぎを起こし風のように去って行った異邦の旅人がこの地を去ってから数ヶ月経とうとしていた。
旅人がいた時はあれほど金髪の異邦人はどこかと探していた下町の人々も今では全く話題にも出さず自分達の商いで一杯になっている様子を見ながら小豆色の髪の少年はため息をついた。
「全く、流行りものに飛びつくみたいにすぐ囃し立てたかと思えば忘れるなんてね」
周囲の人々に聞こえるか聞こえないかの声で呟き城下町の店の間を通り過ぎていく。
少年の様子に気づいた一部の人が店の中から覗いていくるがそんなのは気にも留めず真っ直ぐ少年が向かうのは隠れたところに建てられている茶屋。
少年の姿を見るなり店番をしていた店員が警戒した様子で少年を見る。
「そんなに警戒しないで?僕は確かに天領奉行の人間だけど別にここを取り締まる為にきた訳じゃないから」
「ならば、なぜ天領奉行の方がこんな辺鄙な所にある茶屋へいらしたのですか」
腕を組み、うーんと少し返事を考え込むその姿を見てさらに店員は眉間に皺を寄せた。
そんな店員の様子は全く気にせず何か閃いたように指を鳴らすと地面をじっと見つめ始める。
突拍子もない行動に店員は眉間に皺を寄せていた事も忘れて今度は唖然としていた。
「稲妻の靴ではない足跡が一人」
「え?」
少年の呟きに店員も釣られて地面を覗き込む。確かに稲妻の下駄や草履ではつかない独特な足跡が茶屋へと向かっている。
「恐らくこの痕跡を見るからになんの躊躇いもなくこの中へ入ったんだろうね。でもこの国の出身ではないのにどうして入ったんだろう」
その呟きに店員は今度は真顔になり口を開けて驚いていた。
店員の様子を満足そうに少年は微笑むとそういえばと切り出した。
「店員さんとは初めまして。だよね?僕は鹿野院平蔵、知ってるかもしれないけど天領奉行で最も事件を迅速に解決する探偵さ。よろしくね」
「たん…てい?」
平蔵は飄々としながら店員の横をそのまま通りすぎると入り口へ手をかけ、再び思いついたように声をかけた。
「ちなみにこの中にいるのは…金髪、身長は僕より下駄一つ分小さいくらいで隣に浮遊する少女を連れた子だよね?」
「…え…あ…はい」
店員は目を瞬かせ、もう平蔵を追い払う気力もなくなりただただ中へ入っていくのを見るだけだった。
稲妻の国を巻き込んだ騒ぎからしばらくぶりに再びその地に足を踏み入れた蛍はまた特産の食べ物を食べられると浮き足立っているパイモンと共に城下町を歩いていた。
ふと歩いていると以前稲妻に滞在していた時にはなかった茶屋が新しくできていた。
見るからに建物は新しいが外は見晴らしがいいとはお世辞にも言えないところに建っている。
「なぁ、蛍ぅ…」
「入りたいの?パイモン」
いつもより一際大きく開かれた瞳が蛍に訴えかける。
こうなってしまえばパイモンはここで食べ物にありつけるかなき崩しするまでは変わらない事は知っていた。
大きくため息をつくと1回だけだよと蛍はパイモンに言い聞かせて茶屋の門をくぐった。
茶屋に着くなり案内された食席にはパイモンが注文した品が次々の乗せられていった。
頬一杯に詰め込んだ隣の相棒は次いつ来れるかわからないから食べ貯めておくんだと頬張りながら話している。その様子を久方ぶりに訪れた平穏だと思い蛍も頼んだ小豆ぜんざいを口に入れた時だった。
視界に小豆ぜんざいに同化した人物が立っている。
驚いて口に入れた小豆を味合わずにそのまま飲み込んでしまった。
匙を口から出すのも忘れ、咥えたまま呆然としていると目の前の人物が肩を震わせ笑い出す。
「て…おい!!お前いつからいたんだよっ」
口に詰め込んだ食べ物を飲み込み終わったパイモンが驚きながら叫んだ。
「君にそれを言って僕は何か得でもあるのかい?」
「んなっ!!相変わらずお前は!!」
憤慨するパイモンを気にも留めずその姿は蛍へと近づいた。
そして近くにあったもう一匙を掴むと上に乗っているぜんざいを一掬いして口へと放り込む。
「うーん。甘さはそこまで強くなくて食べやすいけど僕は苦手かな」
「へ…平蔵??」
蛍が名前を呼ぶと平蔵は少し嬉しそうに目を輝かせた。
「やーと相棒の口から僕の名前を聞けた。てっきり忘れてしまったのかと思ったよ。でも僕は知ってる。君はそこまで記憶力は悪くないってね」
使った匙を紙の布巾に包むと隅へよけ、そのまま蛍の真向かいへと腰掛けた。
蛍のぜんざいは平蔵に食べられたとはいえまだかなり残っている。食べ終わるまでまだしばらくかかるというのに彼はその間こうして待っているつもりなのだろうか。
「うん?どうしたの?僕のことは気にせずそれを食べなよ。ぜんざいは特に作ってから時間が経ち、温度、湿度の影響を受けると味が劣化するんだ。今食べないと勿体無いよ」
「お前がそれをいうか!!」
好きな食べ物を食べているはずなのにパイモンはかなり憤慨している。出会ってからこの二人はずっとこの調子だと蛍は思いながら平蔵の話に相槌を打ってぜんざいを口に頬張った。
蛍が食べ終わるまで平蔵はそのまま席に座り頬杖をついてその様子を眺めている。段々とこの状況が恥ずかしくなった蛍は残りわずかになったぜんざいをかき込むと咳払いをする。
「もしかして、相棒って早食いなの?」
「ちっ違うよ…」
「ふーん?そうなんだ」
飄々とした返事にしばらく考えて蛍ははっとする。
気づいた時には既に遅く策に嵌ったのを確信した平蔵が微笑んでいた。
「じゃあ、僕が当ててあげよう。どうして相棒が早くそれを食べようと思ったのか」
「いっ…いいです…」
「君は僕が突然知らせもしていないのにここへ訪れたのには何か大事な用があると考えた。だからできるだけ早く要件を聞こうとしたが僕の口からは何も明かされない。それどころか食べているところをずーと見ている。段々と」
「待って!!分かったからっ止まって!!止まってってば!!」
淡々と考察のように自分の心情を語られるのを耐えられなくなった蛍は全力で静止にかかる。
平蔵は不思議そうに首を傾げると残念そうにため息をついた。
完全に彼のペースにされていると思いつつ横目でパイモンを見るとパイモンも唖然として蛍を見ていた。
続く