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    kouzaka_consome

    @kouzaka_consome

    めんだこです。

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    kouzaka_consome

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    *にじ甲2022に影響を受けて栄冠ナインを始めた俄か野球好き&パワプロ初心者が、自分で育成したチームで、レオス監督の通称『裏栄冠チーム』に挑むまでの記録を書いただけのものです。試合は実際のパワプロプレイ記録をそのまま使い、自分のチームの設定とか色々考え過ぎてとんでもなく長くなりました。全3回の1話目です。

    群像残夏-とあるバーチャル甲子園出場高校の夏-(1)*このお話は、にじさんじ甲子園2022に影響を受けて栄冠ナインを始めた俄か野球好き&パワプロ初心者が、自分で育成したチーム(転生2名+3年目に春夏甲子園出場)で、レオス・ヴィンセント監督が8/21にアップした通称『裏栄冠チーム』に挑むまでの記録を書いただけのものです。にじ甲に絡めた話題もちょっとだけ出てきますが、そんなに多くないです。その舞台や設定を借りたオリジナル小話崩れ、みたいなものと思っていただけると幸いです。本家にじさんじ甲子園2022の(あくまでゲーム中)数年後、という設定。

    要は栄冠ナインでチームを育成していくうちに、自分のチームが好きになりすぎて色々妄想がたぎった成れの果て。ここまで熱くさせてくれたにじ甲2022(特にまめねこ高校とチョモランマ高校)に大感謝です。

    *そんなわけで、このお話は全てフィクションであり、実在するライバーさん、人物、場所、出来事などとは一切関係ありません。

    **ただ、作中に出てきた試合の対戦スコアや戦績、自チームのステータスなどは、実際に私がパワプロで作成し経験してきたチームのデータや戦績をそのまま使用しています。(パワプロ歴1ヶ月なので、しょぼくても許してね。)

    上記にご納得いただけた方のみ、以下どうぞ。


    =====


    0. 夏、甲子園

    「明日のスタメンと打順はこれで決まりね。明日は今まで以上に厳しい戦いが予想されるから、各自しっかり睡眠を取って、万全のコンディションで明日に備えましょう。それじゃ、今日はここまでにしましょう。お疲れ様でした。」
    監督の一声で、その日のミーティングが散会となる。テーブルを囲んでいた学生たちはめいめい席を立ってそれぞれの部屋へと戻っていった。

    「監督、オーダーシート書き込みましたのでチェックお願いします。」
    「ありがとう。南ちゃん、仕事早くて助かるわ。」
    「ふふ、なんか気合い入りますね。——私にとっても、最初で最後の夏の甲子園ですから。」
    選手たちが部屋を後にして、静かになったミーティングルーム用の大部屋に、後片付けをしていた監督の香月(こうづき)と、マネージャーを務める3年生・南(みなみ)のやりとりが穏やかに漂う。
    「そうね、今の3年生が入ってきた時が、本当にスタート地点だったからね。」
    「はい・・・それまでの野球部を思うと、今ここにいることが奇跡みたいです。本当に、甲子園に来てるんだなって。」
    「今更何言ってるの。1回戦で負けたとはいえ春だってここに来てるんだし、その前の秋だって全国大会で戦ったでしょ。最初こそゼロからのスタートだったけど、毎回公式戦に出るたびに戦績を更新できてる。奇跡かもしれないけど、それはみんながここまで繋いできた結果。それは南ちゃんが一番近くで見てきたでしょ?」
    「はい。私、鷹坂の野球部に入れてよかったです。」
    南は満面の笑みを浮かべた。

    VR甲子園大会・本年の東東京代表校である鷹坂(たかさか)学院。野球における知名度は数年前までは皆無に等しい弱小私立校だったが、3年前から着実に実績と経験を積み重ねた結果、本年は春夏甲子園連続出場というところまで達している。

    近年VR高校野球では男女混合のチームが当たり前になり、女性の監督だって少なくない。現に鷹坂の野球部を引っ張ってきている現監督の香月も、子供の頃から野球に親しんできた女性教師だ。就任早々『鷹坂の野球部を甲子園で通用するチームにしてみせます』と宣言し、手探りながらも僅か3年で有言実行を果たした。その実績と熱意に、今では部員や保護者たちも確かな信頼を寄せている。


    **


    「明日はいよいよパワ高と当たるのか・・・。」
    「なー・・・。エデンの学校ってだけでもまだまだ未知数なのによ、もう前評判だけで強豪感あって超格上って感じするのな。監督も言ってたけど、今までみたいには行かねぇってか。」
    一方、3年生の選手たちはミーティング後、宿舎フロアにある共有ラウンジに集まっていた。自ら持ち込んだ小型PCを動かしながら生田秀和(いくたひでかず)が呟く隣で、モニターを一緒に見ていた八代海都(やつしろかいと)が口を挟む。

    パワフル高校。通称・パワ高。八代の言う通り、バーチャル都市エデンにある隠れた野球名門校ともっぱらの噂だ。
    未だ謎の多いバーチャル都市、エデン。その地設立の学校が正式にVR高校野球への参入が認められたのは、ここ数年のことだ。その背景には間違いなく、3年前にVR愛知から甲子園出場を果たした『楽園村立まめねこ高校』の活躍が大きい。エデンから招聘された監督レオス・ヴィンセント率いるまめねこ高校の野球部が、紆余曲折の末に県大会優勝という初の栄冠を掴んだのを皮切りに、エデン出身の選手や学校が年々順調に頭角を表している。

    パワ高もまた前年秋大会優勝校であり、ここ1,2年は春夏甲子園や県大会決勝にも名を連ねている。とはいえ、エデンからの参入は歴史が浅いこともあってまだまだデータが少ない。詳細な対策が立てにくいのも事実だった。

    「確かに、1回戦、2回戦で当たった佐呂間や神奈川東とはわけが違うでしょうね。監督たちが集めてくれた戦績やデータだけを見ても、あの神速や王立ヘルエスタにも引けを取らない選りすぐりの選手が揃っているのがわかります。」
    まとめられた公式戦の記録を見ながら落ち着いた声で言葉を続けるのは、副キャプテンを務める大塚啓(おおつかひらく)だ。細い黒フレームの眼鏡越しに送る視線の先には、ちょうど昨年の公式戦記録が記されている。

    神速高校は、3年前のVR甲子園の覇者となった名門校だ。そのシーズンの秋春夏全国優勝を1年で成し遂げるという前人未到の記録を打ち立てたことは、時が経った今でもVR高校野球ファンの間では語り種だ。そして、そんな勢いに乗った神速に、昨年公式戦で唯一土をつけたことでも大きな話題となったのが、VR静岡代表だった王立ヘルエスタ高校。2校の試合中継は連日数十万を越える視聴者が画面越しに見守っていたという。

    「でもでも、そんな強い相手と甲子園で野球出来るってだけで、私はワクワクするなぁ。後はもうやるっきゃないでしょ!」
    ね?ね?とチームメイトたちを見回すのは3年生選手の紅一点・松澤光希(まつざわみつき)。真っ直ぐに視線を送るその目は、夏の太陽を映すようにキラキラしている。
    「俺もそう思う。1年の頃には想像もしてなかったところに俺たちはいる。ここから先はどうやったって未知の世界なんだし、相手がどこだろうが、全力で勝ちに行くだけだ。」
    現キャプテンの真島孝明(まじまたかあき)も、松澤を後押しするように力強く言う。
    「まったく、うちの主将とエースは向こう見ずというか、なんというか・・・」
    「もー!失礼な!ポジティブ思考って言ってよね!」
    苦笑する大塚に、漫画の如く反論する松澤。それを見て他の3人も笑い出す。
    3年弱の間、喜びも悔しさも分かち合ってきた仲間だ。キャプテンの真島やムードメーカー松澤を中心にまとまっていくこの感覚も、今ではもうごく自然なことだった。

    「そういえば、齊藤は?」
    「ああ・・・誘ったんだが、ちょっと出てくるって言って出てったきりだな。」

    3年生の部員は6人いる。ここにいない1人のことが気がかりになった生田が尋ねると、宿舎で同室の真島が答える。少しだけ訪れる沈黙に、松澤が勢いよく立ち上がった。
    「多分あの場所じゃないかな。もうだいぶ遅いし、私呼んでくるよ。」
    「気をつけてくださいよ、敷地内とはいえ暗いですし。」
    大塚の声にはーい、と手をひらひら振って、松澤はラウンジを後にした。
    「・・・ったくあいつも水臭えな。みんなわかってるっての。」
    「だね。あんまり思い詰めてないといいけど・・・。」
    「今は松澤に任せよう。多分、あの2人にしか分かり合えないこともあるだろうし。」
    八代と生田に応えるように言葉を返しながら、真島は松澤が出て行った先の廊下に無意識に視線を向けていた。

    **

    「こうしええぇぇん!!!やってきたぞぉぉぉっ!!!」
    「・・・幡野五月蝿い。耳元で叫ぶな。だいたい、一昨日も試合で来たでしょうが。」
    翌朝。
    VR甲子園球場を前にして、気合を入れるかのように叫ぶのは2年生の幡野雄介(はたのゆうすけ)。隣で集合時間を待つ小野寺莉奈(おのでらりな)は、ため息をつきつつ同級生の幡野をはたいた。
    「ねえねえ莉奈、パワ高の監督のこと、聞いた?」
    「何が?」
    2人と共に早めに集合していた、同じく2年生の本橋芽美(もとはしめいみ)が続いて声をかける。
    「パワ高の監督って、3年前のにじ甲に出てたまめねこ高校の監督なんだって!うちの監督が言ってた。」
    「まめねこ高校?・・・あそこもエデンの学校だっけ。」
    「うん、あの年にじ甲でめっちゃ話題になったよね。エデンからやってきた、VR愛知屈指の進学校、奇跡の甲子園出場!って。」
    「そうそう!にじ甲ドキュメンタリーのまめねこ高校のところ、昨日もアーカイブで見たけどすっごい感動だったもん。あたし何回見ても泣いちゃう!」
    小野寺と中村が思い出したように言えば、本橋もうんうんと頷いて応える。

    VR高校野球がひときわ大きな盛り上がりを見せてきたのは、ここ数年VR甲子園大会と同時期に開催されている、『にじさんじ甲子園』がきっかけのひとつと言われている。お祭り要素が強い大会ではあるが、本家VR甲子園への出場経験や、ひいては優勝経験のある強豪校たちが毎年、しのぎを削っている大会だ。野球をやっている身としても大きな刺激になるし、何より性別や種族関係なく個性豊かな学生たちの活躍と、それに輪をかけて個性的な監督たちが巻き起こすドラマの数々を画面越しで眺める度に、皆毎年笑って泣いて、何度も心が熱くなった。

    「でもまめねこ高校はさ、あの年にじ甲本戦じゃボロ負けだったって話じゃん。」
    そんなとこの監督ならビビることでもねぇだろ、と幡野が強がるように笑い飛ばすが、ねえあれ、そうじゃない?という本橋の声が聞こえたきり女子たちが一斉に息を呑む。それにつられて幡野も同じ方向に視線を向けた。

    学生用の送迎バスから降りてきたのは、白地に黒線の入ったユニフォームに身を包んだ、屈強な選手たち。明らかに強者の風格が漂う一団に、幡野も言葉を失った。
    一団の中心には、一際強烈なオーラを放っている屈強な生徒がいた。体格の良さもその身に纏う威圧感も、同じ高校生とは思えないほど完成されている。おそらく彼がエースなのだろう。
    「て、テメェら何ビビってんだよ!!き、気持ちで負けたらそこでアウトだぞ?!」
    「・・・人のこと言えないでしょ。」
    「そうそう、声が上ずってる。」
    幡野が思いの外動揺したことで平常心を取り戻したのか、小野寺と本橋が冷静にツッコミを入れた。
    「でも、私たちがビビってちゃいけないのは確かだよね。ここで負けたら、3年生が甲子園に立てる、最後のチャンスになっちゃう・・・。」
    中村が呟く。いつの間にか彼女の視線は、球場入り口付近に集まっていた1学年上の先輩たちの集団に向いていた。
    「ったりめーだろ、次勝ったらベスト8だ!ここまで来たらもう行けるとこまで行って、優勝!だろ?」
    「だね。」
    幡野に小野寺が言葉を返すより早く、2年生の4人は大好きな先輩たちのもとへと駆け出していた。

    そして、試合が始まる。


    =====


    1. 夢の続き 【背番号1 ピッチャー 松澤光希(3年) 】

    試合開始を告げる審判の掛け声に、両チーム向き合って一礼する。それと同時に、球場全体に試合開始を告げるサイレンが響き渡った。

    1回表:パワ高の攻撃

    「みんな、しまってこー!!!」
    松澤光希はそのサイレンに負けないように声を張り上げ、それぞれの守備位置に散るチームメイトに向けて届くように、気合を送る。応える皆の声が、背中を押すように温かく包み込んだ。

    「ストライーク!!!」
    大きく振りかぶって全力ストレート。投げた第1球が勢いよくキャッチャーミットに収まる。
    『いきなり146km/h!!鷹坂学院を初めてVR甲子園に導いたヒロイン松澤、本日も伸びのあるストレートです!!』

    都大会決勝、甲子園での一回戦に続いて今回も先発投手を任された。監督から直接手渡された背番号『1』。あの時は確かな重みに押しつぶされそうだったそのエースナンバーも、今では自分を支えてくれる力だと感じられる。

    最初のバッターである千葉を三振でアウトにし、まずはひとつ確かな手応えを得た。
    まだ、このVR甲子園球場で野球ができる。それも、この3年間一緒に頑張ってきた皆と一緒に。その事実が投げる球に更なる力を加えているのだと、松澤は確信していた。



    『鷹坂のエースピッチャーになってくれませんか?あなたと一緒に、甲子園に行きたい。』
    3年前の夏、その人は市民グラウンドの隅で黙々と投げ込みの練習をしていた松澤に、そう声をかけた。

    その日から、全てが始まったのだ。


    **


    松澤が初めてグローブを持ったのは、小学校に上がってすぐの頃だった。
    その翌年に入ったリトルリーグで友達と野球をすることが楽しくて、どんどん野球にのめり込み、打ち込むようになった。
    『一緒に甲子園に行こう。』
    そう約束を交わした幼馴染もいた。
    だから、もっと上手くなりたいと思った。でも、そう思えば思うほど、道が狭くなっていくと感じることもあった。

    小学校卒業の年、VR東京でも野球で有名な中学校を受験したが、合格出来なかった。今では男女混合が当たり前とはいえど、当時は女子選手の合格枠自体が少なく、そもそもが狭き門だったのだ。
    結局入った地元の公立中には野球部そのものがなく、松澤はリトルリーグ時代の監督がコーチをしている市民チームで野球を続けることにした。適度に本気とのんびりが混ざった試合は勿論楽しかった。それでも、学校という今しかいられないような場所で仲間たちと本気で夢を追いかけられる、そんな学生野球への憧れは、消えることはなかった。

    憧れのその先を目指すきっかけは、3年前のにじさんじ甲子園に出場していた楽園村立まめねこ高校の存在だった。当時本戦では厳しい戦いも多かったものの、大会出場までの軌跡をまとめたドキュメンタリーの内容に、松澤は大いに心を動かされた。

    中でも目を惹いたのが、エースピッチャーとしてまめねこナインを引っ張ってきた『壱百満天原サロメ』の活躍だ。入部直後のインタビューでは、投手の素質に恵まれながらも球技やチームスポーツへの苦手意識を正直に吐露していた。そんなサロメが仲間や監督に恵まれ、幾多の困難を乗り越えてその才能を開花させ、遂には甲子園出場の立役者となったのだ。
    マウンドに咲く大輪の薔薇。そんなサロメの姿に松澤は自分自身の理想を重ね、二重に憧れを抱き続けた。
    『私もあんな風に活躍したい。仲間と野球がしたい。』
    松澤、中学3年生の夏。ただ好きなだけ、で終わらせることも考えた野球を、もう一度本気でやってみようと思えたきっかけだった。

    それに、
    『一緒に甲子園に行こう。』
    幼い頃交わしたあの約束を果たせる可能性に、なんとしても手をのばしたい。届きたい。その気持ちも、よりいっそう強くなった。

    鷹坂学院高校野球部の監督だという女性に声をかけられたのは、あの年のにじさんじ甲子園が閉幕して数日後のことだった。
    これがスカウト、という類のものだと知ったのは、香月と名乗ったその監督と話してしばらく経ってからのことだ。
    鷹坂学院は特に野球の名門というわけではなかったし、松澤の当時の学力ではギリギリ届くかどうかという、所謂進学校に数えられるような学校だ。当然、スカウトの話を聞いた両親は、はじめは難しい顔をしていた。しかし香月監督が直々に両親を説得し、最終的には『甲子園に行く』という夢を諦められなかった松澤自身が強く望んだことで、晴れて彼女の鷹坂学院進学が決まったのだった。


    **


    2番バッターの酒井が打席に立つ。松澤は、ギリギリまで調整を重ねた投球フォームを冷静に構えた。持ち前の直球ストレートだって、サロメに憧れて習得したナックルカーブだって、調整はバッチリだ。
    だが、相手の強さも投球を続けるごとにわかってくる。酒井には結局フルカウントまで粘られ、最終的には外野へ届くようなギリギリのヒットを打たれた。1アウト1塁。
    いきなり安打を奪われる格好となったが、松澤の心は落ち着いていた。ひとつ深呼吸をし、チラリと周りを見回す。
    たとえ自らの投げる球が相手のバットに当たったとしても、後ろには全幅の信頼を寄せる仲間たちがいる。
    その思い通り、続いて3番、4番バッターは共にファーストゴロに討ち取り、3アウトチェンジ。一塁では後輩の小野寺が、今日もしっかりと守りを固めてくれている。
    立ち上がりは上々だ。

    相手がどんなに強かろうと、仲間とやる野球を最後までやり切って、楽しむ。
    その先にある勝利を、今までもこうやって、沢山皆と掴み取ってきた。
    だから今回も。
    憧れていたドラマの続きを自らの手で紡ぐために、松澤はマウンドを降りながら一歩一歩、このVR甲子園の土を踏み締めるのだ。


    =====


    2. 私は私 【背番号7 レフト 中村理香子(2年)】

    1回裏:鷹坂の攻撃

    『1番 レフト 中村理香子さん』
    自らの名前が球場に響き渡る。愛用のバットを手に、中村が打席に立った。

    相手校の投手・稲尾は試合前に見かけた時よりも、更に威圧感のあるオーラを放っているように見えた。監督が事前に教えてくれた情報によれば、パワ高に縁のある大分が誇る往年の名投手・稲尾和久選手の系譜を継ぐ逸材中の逸材なのだという。

    「(関係ないわ。どんな人が相手でも、打ってみせる。)」
    何故ならそれが、自分がここにいる理由だから。


    **


    現在のVRプロ野球球団で期待の若手エースピッチャーのひとり、と言われる選手を兄にもつ中村は、野球をやっているといえば当然兄の名前を持ち出されては比較される、そんな日々を送り続けてきた。

    実際小さい頃から野球は好きだったし、今でも兄は憧れの存在だ。でも、彼と同じ轍を踏もうとすればするほど違和感と焦燥感がないまぜになって、このままでいいのか、と思い続ける日々が重なるばかりだった。
    中学までは兄と同じくピッチャーをしていたが、そこまで目立った活躍ができたわけではなかった。最後の1年だけ、半ばお情けでベンチ入りを許された。
    『中村の妹ってのも、大したことないな。』
    そう陰で言われることにも、いつしか慣れっこだった。

    進学校にしてはスポーツが盛んではあるが、野球に関しては特に目立った活躍のない鷹坂を進学先に選んだのは、半ば諦めに近いような曖昧な感情が整理できなかったからだと、後になって思う。有名選手の妹、ということで曖昧に出されたようなスポーツ推薦で進学する気にはとてもなれず、自身が目指せるギリギリの学力で入れたのがここだった。
    それでも鷹坂に野球部があると知ると、せめてどんなところかだけは見ておこうか、くらいの気持ちが残っていたのが、今では救いだったのだと思えるのだ。

    『あなた、中村理香子さんでしょ。久賀中の。』
    『え・・・?』
    新入生勧誘が盛んな入学式直後のこと。声をかけてきたその女性は、兄と同じ歳くらいの若い英語教師で、鷹坂野球部監督の香月と名乗った。
    『野球、まだ興味ある?よかったら今体験練習会兼入部テストやってるから、一緒にどうかな?』
    尋ねられていることに応える間もなく、半ば強引に体育着へ着替える場所を指定され、グラウンドに案内された。

    『打撃テスト、ですか・・・?』
    他の体験入部者に混ざってストレッチとウォームアップを済ませると、いきなりバットを持たされた。
    『ええ、久賀の公式試合や練習試合の映像やデータは何度か見させてもらったけど、中村さんは投手力を鍛えるよりも別のところに伸び代があると思うの。それに、非公式試合の記録まで見たって打率もまだまだ伸ばせる。あなたの力がもっと活かせるはずよ。』
    何を言っているのだ、この監督は。そう反論する間も無く、あれよあれよという間にバッターボックスに立たされる。

    『監督ー!本気で行きますよー!いいんですよね?』
    『当たり前。しっかりストライクを狙ってよ?中村さんも本気でね!』
    先輩であろう女子選手が監督と言葉を交わし、マウンドに立った。
    『2年の松澤です!よろしくー!!』
    最初は朗らかに手をブンブン振っていた松澤は、いざ投球フォームを構えると、スッと顔つきが変わった。その姿に、一瞬兄の姿が重なって見えた。
    「(嘘?!速い・・・!!)」
    第1球は鋭いストレート。中学時代にベンチから眺めていた久賀中エースたちとも比にならない速さに、バットを振るタイミングがワンテンポ遅れてあえなく空振った。2球目も空振り。鋭いストレートに続いて、緩急をつけた変化球だ。
    正直、同年代の女子選手でここまで投げられる人に出会ったことはなかった。これが1年という学年の差なのか、それとも、投手としての自分との実力の差なのだろうか。

    そう思うと無性に悔しくなった。自分はどこに力を向けていけば、誰とも比べられなくなるのだろうか。
    行き場のない悔しさが、中村に3回目のバットを振らせた。
    カキーン!!!
    バットが爽快な音を立ててボールが宙を舞う。外野に大きく伸びていく長打に、部員たちが次々に歓声を上げた。
    思い切り力を出せたのはどのくらいぶりだっただろう。何だかすごく、スカッとしたような、そんな気分だった。

    その後中村は、自ら野球部への正式入部を願い出た。迷う理由なんて、もうなかった。


    **


    パワ高のエースピッチャー・稲尾の投げる球は速く、重い。1ストライク、2ストライク、と球を見て空振るたびに、それがいかに味方にとって頼もしく、相手にとって脅威の球であるかがわかる。
    それでも、中村は怯まない。
    「(私は私。誰であっても攻めていく。)」
    その気持ちが中村に3回目のバットを振らせ、あの打撃テストの時と同じように爽快な音を立てた。弾かれたように塁に向かって走り出す。
    166cmという、女性選手の平均からすると高い身長と長いストライドを活かし、一塁ベースに到達すると、迷わず二塁へと駆け出す。あの距離を抜けた球ならば、自分の足なら二塁に間に合う。鷹坂に入ってから打撃と走力を鍛え続けた中村には、確かな自信があった。

    『打ったー!!いい当たり!右中間に伸びる大きな2ベースヒット!中村、先頭打者からいきなり出塁成功です!!』

    二塁ベースに立ちながらチラリと相手チーム側のベンチを見遣ると、選手と同じ白衣風のユニフォームに身を包んだ長身の男性が身を乗り出して、何かを大声で叫んでいる。間違いない、あの人が、楽園村立まめねこ高校野球部の元監督で、パワ高の現監督。彼の姿はにじさんじ甲子園関連で多くのメディアに取り上げられていることもあって、強く印象に残っていた。

    甲子園出場校とはいえ無名に近い鷹坂が、いきなり先頭打者から安打を決めてきた。その事実は、強豪との呼び声高いパワ高に、少しは動揺を与えられただろうか。
    この勢いを、このまま掻っ攫っていければ或いは。
    中村は期待に胸を膨らませ、次に打席に立つ同輩の姿を視界に映した。



    しかしその数分後、中村をはじめ鷹坂ナインは、この隠れた名門校はそう甘くない、ということを思い知ることになる。

    パワ高のエースピッチャー稲尾は、続く2番の小野寺からあっさり3球で三振を奪い取ると、続く3番幡野からも簡単に2ストライクをもぎ取る。
    幡野も負けずとバットを振るい当てていくが、あろうことか打った球は道半ばで失速して三塁方面へと落下していく。
    「(間に合わない・・・!)」
    全速力で三塁に滑り込むも間に合わず、一塁に向かった幡野も相手サードの冷静な送球で、あえなくダブルプレーに討ち取られることとなった。

    「ナイスファイト、中村さん、幡野くん。」
    ベンチに向かった中村たちを、監督と先輩たちが迎えてくれる。
    「さすがパワ高ですね。稲尾投手の脅威的なピッチングは前評判以上ですし、周りを固める守備にも隙がない。」
    副キャプテンの大塚が、冷静に感想を口にする。
    「でも、全く敵わない相手じゃない、ってのはもう中村さんが証明してくれた。格上だと思おうが、私たちは全力でぶつかっていくだけだよ。」
    「「「「「「「「はい!!!!!」」」」」」」
    いつにも増して気合の入った監督の言葉に皆が応え、鷹坂ナインは2回表の守備へと動き出した。


    2回表:パワ高の攻撃

    そう、鷹坂だって負けてはいない。
    中村は、レフト方向からピッチャーマウンドに立つ先輩・松澤の姿を見つめた。
    グラウンドを降りれば誰よりも騒がしく、いつもチームのムードメーカーでいてくれる明るい先輩だが、いざグローブを持った瞬間、とても凛々しい顔つきになる。
    ずっと背中を追いかけていて、それでも近づけずにもどかしかった兄と同じくらい、ひいてはそれ以上に、今では中村の憧れの人だ。

    その松澤は今、パワ高の打者を相手に堂々と投球を重ねている。先ほどの稲尾投手には及ばないかもしれないものの、140km/h越えの速球が次々と打者たちを捕らえていく。
    最初の打者・5番の加藤を三振に抑えたのち、6番の小倉が放ったレフト方向へのフライは中村がしっかりとキャッチした。7番小高による一塁側への打球も、ファースト小野寺が難なくキャッチして自らベースを踏む。
    きっちりと打者3人で抑え切り、攻守交代となった。

    ベンチに戻ってくる際、小野寺と目が合い頷き合う。互いに口数はさほど多くないが、同じ女子選手として、友人として、この1年半、共に切磋琢磨し信頼し合ってきた仲だ。多くを言わずとも労いを交わせた。
    「(うん、鷹坂の守備だって負けてない。)」



    =====



    3. 選択の肯定 【背番号3 ファースト 小野寺莉奈(2年)】

    2回裏:鷹坂の攻撃

    相手校の稲尾投手は強い。おそらく、ここ数年のにじさんじ甲子園で話題になった誰と比べても遜色なく、いやそれ以上に強いんじゃないかと思う。

    名前もその160km/hに届くであろう豪速球も、往年の伝説的投手である、鉄腕・稲尾和久選手を思い出させる。そしてその経験と実力から感じられる気迫は、ともすれば鷹坂のチーム全体を呑み込んでいってしまいそうだった。
    監督や先輩たちが集めたデータでも、実際に打席で相対した時にも、それがよくわかった。

    小野寺自身も先のイニングでは空振り三振に終わっている。折角中村が突破口を開いてくれたのにも関わらず、自分は全くバットに当てられないまま打席を降りることとなった。

    「かーっ、強ぇな・・・」
    自らの横に待機している幡野が素直な感嘆の声をあげる。重ねて、4番の真島、5番の生田、6番の大塚、と頼れる3年の先輩たちがあっさり三者凡退に終わってしまうのを目の当たりにすると、やはりその強さは伊達じゃないのだ、と嫌でも思い知らされた。

    「莉奈、テメェビビってんじゃねぇだろうな?」
    攻守交代の態勢を整え直す隣で幡野から声がかかる。
    「そんなわけないでしょ、てか自分じゃんビビってるのは。」
    負けずに気丈に返す。あまり口数が多い方ではない小野寺がこうして強気になれるのは、幡野との付き合いの長さがあるからだ。
    「まっ、あんな威圧感バリバリで投げられたらなあ。でもよ、松澤先輩じゃねぇけど、あんなすげぇとこに爪痕でも残せたら、って思ったら、やっぱわくわくしねぇか?」
    「・・・かもね。負けてらんない。」
    幡野に引っ張られるように、小野寺の口角も自然と上がった。


    **


    小野寺家には、何十年も前から生活の一部に野球があった。
    父も兄も姉も野球が好きで、学生野球を退いても未だ地元の草野球を賑わせている。そんな家に生まれたからには、末娘だろうが野球をやることが当たり前になるのは、もはや当然といえば当然のことだった。

    兄や姉も所属していたリトルリーグのチームは、今なお地元では有名な強豪だ。小野寺も当然の如く、小学校に上がった年からジュニアチームに加わり、兄姉と一緒に野球に打ち込んだ。
    もともと同年代に女子選手が少なかったこともあり、自然と歳の近い男子選手との交流が多かった。学校は違えど同学年である幡野との交流が増えたのも、幡野と一緒に1学年上の真島に野球を教えてもらうようになったのも、言うならば自然な流れだったのだと思う。

    その流れが止まったように感じられたのは、幡野が両親の都合で京都に引っ越すことになった、小学5年生の頃だった。
    互いに特別な好意など持ちようがない関係だったけれど、今まで当たり前だったことがそうで無くなる、というのは大なり小なり、子供心に焦りと隙間を生むものだった。
    一足先に学区外の中学校に行くことになった真島も進学と同時にチームに顔を出さなくなり、小野寺もいつの間にかチームから足が遠のいていた。

    そこから徐々に野球そのものから離れていったことに対して、家族は何も言わなかった。野球以外のことをやってみるのも経験だ、と母や姉は言ったが、運動神経を買われて中学校で入部した他の部活動でも、特に夢中になれるものには出会えなかった。

    転機が訪れたのは、中学3年生の夏のことだった。
    それまで数年間噂に聞くことのなかったリトルリーグ時代の先輩・真島がVR東京の高校野球界で頭角を表し始めたのだ。
    さして野球が有名というわけではなかった鷹坂学院に何故彼が入学したのかは今も知らないままだが、鷹坂学院や真島の活躍は、季節が過ぎるごとに小野寺の耳にも大きく入ってくるようになった。

    それまで公式戦で1勝も出来なかったという進学校の弱小野球部が、新しい監督を迎え再立ち上げをすると、その年の夏大会でいきなり東東京ベスト8まで勝ち上がった。更には秋の都大会で優勝し、関東大会でもベスト4に勝ち残ったのだ。真島も入部後夏の都大会から即スタメン入りし、先輩たちに混ざって早くも活躍を見せているのだという。
    再び野球への興味が沸々と湧き始めたのも、ごく自然な流れだった。
    そしてそこに後押しをするかのように、数年連絡を取っていなかった幡野からメッセージが来た。
    『俺、高校から東京に戻る。鷹坂受けることにした。』
    それは、進路を決めかねていた小野寺もまた、志望高校を鷹坂にすると決めた瞬間だった。

    そして翌年の入学式翌日。晴れて鷹坂の制服に袖を通すこととなったにもかかわらず、小野寺は悩んでいた。
    真島がいる、そして恐らく幡野も入部するであろう野球部。そこに惹かれて受験し入ったにもかかわらず、敷居をまたぐ寸前でのためらいが小野寺の足を止めた。
    数年野球から離れていれば、一定量のブランクはどうしても発生する。
    曖昧な理由で野球から距離を置いていたこんな自分が、果たして部の役に立てるのだろうか。
    野球部が練習しているグラウンドの前までやってきたにもかかわらず、ちょっと覗いて今日は帰ろうなんて、そんな後ろ向きな気持ちにさえなった。

    「おせーよ莉奈!こっちこっち!」
    唐突に懐かしい声がした。
    同時に、遠慮なく腕を掴まれてグラウンドへと引っ張られる。
    3年ぶりに会う幡野は背が伸びていて、顔つきも精悍になっていた。リトルリーグ時代は2人とも比較的小柄で同じくらいの背丈だった上、中学時代さほど背が伸びなかった小野寺は、少し悔しくなった。
    「監督!こいつも!入部希望!」
    「ちょっ、幡野!!」
    「小野寺莉奈っていってさ、俺と真島がリトルリーグの時一緒だったやつ。ファースト。ちっせぇけど打ち筋いいし、めっちゃ球捕れるからぜってー戦力になる。」
    まだ何も言ってないだろ、とか、ちっせぇは余計だ、とか、反論したい小野寺を無視して捲し立てる幡野の勢いに、更に口を挟みにくくなる。どうしたらいいのか半ばパニックになりかけた時、
    「おい幡野、小野寺が困ってるだろ。」
    助け舟を出してくれたのは、リトルリーグの時から変わらない、頼れる先輩だった。
    「真島、くん・・・」
    「久しぶり。お前も鷹坂に来てたんだな。」
    「・・・うん。」

    そんなやりとりをしているところに、監督だという女性教師が現れ、小野寺と2つ3つ質問のやりとりをする。
    『ブランクは気にしなくていい。既に気の知れた仲間もいるみたいだし、小野寺さんがここで野球を思いっきりやれそう、って思えるなら、うちは大歓迎よ。』
    また野球を思いっきり。自然な流れに任せるのではなく、踏み出したきっかけをちゃんと自分で肯定したい。
    そう思った小野寺は、ここでもう一度野球をやることを決めたのだった。


    **



    3回表:パワ高の攻撃

    この回のパワ高は8番、9番のいわゆる下位打線から始まる。
    ここまで0-0に抑え少しずつ肩の力が取れてきたのか、相手の打球が飛んできてもショートの幡野とセンターの真島が余裕で捕らえ、確実に守備の役割を果たしていた。

    そして相手側の打順が1周し、1番の千葉に再び回ってきた。
    最初は松澤がしっかりと三振を獲ったが、前情報では打率も高く足も速い、理想的な1番打者だと聞いている。自分達がそうであるように、そろそろあちらも緊張が解けてきているだろうから、ここからの相手の攻撃を防げるかにかかっている。
    ベンチで監督が言っていたことを思い出した。

    案の定、千葉の打球は鷹坂の守備範囲の絶妙な穴を突いて安打となる。
    続いて2番酒井の打席だが、一塁に立つ千葉は早くも走り出す構えを見せていた。
    「(まずい!これは・・・)」
    小野寺が思うより先にキャッチャーの大塚が気づいて二塁へ送球するも、あと一歩のところで相手に盗塁を許してしまった。

    これで2アウト2塁。ここで酒井が長打を決めれば、相手に先制点を許しかねない状況だ。
    「(チャンスを掴ませてたまるか!!)」
    そして予測は当たる。酒井の大きな打球がこちら側に飛んでくるのが見えた瞬間、小野寺はワンテンポ早く後方へ走り出した。
    通常ファーストは大柄な強打者がなることが多いというが、小野寺はいわばその真逆だ。それでも、『うちのファーストは小野寺さんだよ』と監督に言われた意味を噛み締め、ずっとここまできた。
    「捕れる!」
    小野寺は叫んで、球の落下地点へ滑るように駆け込む。言葉通り、球はグラウンドに落ちることなく小野寺のグローブにしっかりと収まっていた。

    『捕りました!!ファースト小野寺、スーパープレイでチームのピンチを救いました!!』

    「アウト!!」
    同時に審判の声が聞こえ、次いでベンチとスタンドから大きな歓声があがった。



    =====



    4. 主役になる瞬間 【背番号6 ショート 幡野雄介(2年)】

    3回裏:鷹坂の攻撃

    試合は現状、0-0。両校の先発投手に崩れはないし、たとえランナーを出したとしても、守備側がしっかりと守り切る。そんなギリギリの攻防が続いていた。
    こんな均衡はどこかで綻びができた時に、一気に崩される。幼少の頃から野球をやっている幡野も、そんなことは百も承知だった。
    しかし、攻撃側に回っている今、自分に出来ることは打席に立つ先輩や同輩たちを応援し、見守ることだけだ。

    その回最初のバッターとなった3年生の八代は、2球目で三塁側へ打球を飛ばすことに成功した。
    守備側のギリギリのところを攻めていったことで、相手サードが送球時にバランスを崩しかけたのが見えた。サードエラーで出塁成功かと思いきや、しっかり軌道修正した相手ファーストが間一髪でキャッチし、八代が一塁に到達する直前に自らベースを踏んだ。

    「くっそー!いけると思ったのによー!!」
    「八代の足でも間に合わないとはな・・・。」
    幡野の隣で戦況を見守っていたキャプテンの真島も悔しそうに言う。
    「あーあ、俺が走ってたらセーフだったのによー。」
    「負け惜しみ言うなよ。そもそもお前が走りで八代に勝ったことなんてないだろ。」
    「わーってるって、言っただけだっつの。」
    不貞腐れるように言うと、真島はそれも見越していたかのように笑った。



    小さい頃からずっとそうだった。
    越えられそうで越えられない壁がずっと目の前にあるから、がむしゃらに前を向いて上を目指してこられた。そして幡野が直面し続けるその壁を作ってきたのは、1学年上の先輩たち。そして、目の前の真島孝明その人だった。


    **



    幡野が野球を始めた明確なきっかけは、今となってはよく覚えていない。そのくらい小さい頃からボールと戯れ、小学校に上がる頃には地元リトルリーグのジュニアチームでバットを振っていた。

    1学年上の真島と同じチームになったのは、小学3年生の夏。ジュニアからマイナーカテゴリに上がったときのことだ。
    初めて一緒に練習をした時から、真島の実力は群を抜いていた。上級生に混じっても全く引けを取らない体格の良さと、放たれる打撃力は既に小学生離れしており、早くもリーグ内外の注目と評判を一身に集めていた。

    『ちぇっ、なんであいつばっかり・・・』
    『そりゃだって真島くん、私たちよりいっぱい練習してるもん。』
    練習をいくら頑張ったって、注目されて褒められるのは真島ばかり。たまにそこへ不平をこぼしては、いつしか連むようになっていた同学年の小野寺莉奈に一蹴される。それもいつの間にか、いつもの光景になっていた。
    『そういう幡野だって、今日しっかり打ったじゃん。幡野真島ラインは今日も好調だって、コーチも喜んでた。』

    マイナーカテゴリで同じチームになってからは、不思議と打順が近くなることが多かった。特に、幡野がヒットを打って出塁すれば、その直後に真島が長打を打って一気に点数を稼ぐ、という流れで勝ち越しを決める。そんな流れが定番となり、いつしか試合を重ねるごとに、『幡野真島ライン』などと呼ばれるようになっていた。
    結局真島のお膳立てじゃねぇか、などと思うこともあれど、自分も試合で目立てることには変わりなかったから、いつの間にかそんなことは気にならなくなった。


    **


    試合はなおも、ギリギリの攻防が続いていた。八代に続く8番バッターである、松澤の打席は三振。次の9番本橋はヒットで出塁し盗塁にも成功したものの、続く1番中村のフライボールをパワ高のセンターがしっかりと捕らえて攻守交代となった。

    3回が終わって、未だ0-0。

    「幡野。」
    「んあ?」
    4回の守備にベンチから出ようとした時、真島に声をかけられた。
    「そろそろ二遊間や三遊間が狙われやすくなると思う。」
    「・・・莉奈や本橋を警戒してくる頃、ってことだろ?」
    「ああ。」
    真島の言いたいことは長年の付き合いで大体想像がついた。現に、幡野自身もその可能性は感じていたところだ。
    「焦んなよ。」
    「わーってるって。」
    いつものように返してベンチを出る。直後に背後を振り返ると、こちらを見ていた香月監督と目が合う。今のやりとりを見ていてのことだろう。監督がひとつ頷いたのに対し、幡野はグローブを持つ手を軽く上げた。


    4回表:パワ高の攻撃

    真島の言う通りだった。
    この回最初のバッターである3番の山下がいきなり三塁方向に転がしてきたのを皮切りに、続く4番の櫻井もレフト側の絶妙なところを狙って安打を決めてくる。しかも、櫻井の打席中に山下の盗塁も許してしまい、あっという間にノーアウト一塁三塁。ここからは、相手が犠牲フライを取ってくることにも警戒が必要だ。
    しかし、鷹坂にも意地がある、と言わんばかりに次の5番加藤はエース松澤が三球三振に抑えた。

    そして6番小倉の打席で事件は起こった。
    ショート方面に大きく打ち上げるフライボールを幡野がキャッチしたその隙に、三塁から走り出した山下がホームベースを踏んだ。お手本のような犠牲フライだった。
    0-0の均衡を崩した、パワ高の先制点。ロースコアゲームが予想されたこの試合で、両校とも喉から手が出るほど欲しかったその1点を相手に奪われてしまった瞬間だった。

    「(くっそーっ!!!)」
    ボールを捕って確実にアウトをもぎ取ったものの、先制点を許してしまったことは事実。叫びたくなる衝動を抑え、幡野は次打席に備えて守備位置についた。

    続く7番バッター小高の打席。再び三遊間に飛んでくる打球に向かって走り出す。
    取られてしまったものは仕方がない。でも、これ以上好きにさせてたまるか。
    その思いで幡野は力強く土を蹴り、ボールに向かって手をのばす。グローブに、しっかりとボールが収まった。
    鷹坂の反撃はここからだ。そう言わんばかりに、幡野はグローブを高く掲げてみせた。


    4回裏:鷹坂の攻撃

    『3番 ショート 幡野雄介くん』

    この回最初のバッターとなった小野寺は、初球でセンターフライに討ち取られ、ベンチに戻っていく。それを見送りながら、入れ替わるように幡野は打席に立った。


    鷹坂の野球部に入って1年半。中学の頃若干のブランクはあったとはいえ、それなりに経験も実力もつけて自信もつけてきた。今年は『期待の新世代選手特集』で雑誌の取材だって受けた。
    このショートというポジションそのものだって、近年はVR高校野球を賑わすスター選手に多いことで注目を集め、競争率も高い。例えば、以前神速高校で活躍していたVRオーストラリア出身のルカ・カネシロや、北の最高峰チョモランマ高校のエーススラッガーだった『王覇山』こと葉山舞鈴。楽園村立まめねこ高校の町田ちまのように、入学早々チャンスメーカーと称されるような印象的なプレーで魅せ、以後活躍を続けた選手だっている。
    走攻守揃ったショートは球児たちの憧れであり、敵からは怖れられる存在だ。彼らのようになれるかもしれないこのポジションを、入部当初からずっと守ってきていること。それもまた、幡野の自信を後押ししているのだ。
    「(そうだ、ここはオレの場所だ!!目の前に壁があったって、譲れねぇ!!)」

    その思いが、幡野にバットを振らせ、カキーンを爽快な音を立てた。
    『打ったー!!いい当たり!!』
    外野方面へ飛んでいく打球を横目に幡野は走り出す。難なく一塁に到達し、まずは最初の仕事を果たした。
    「っしゃ、こっから反撃だぜ!」
    そしてバッターボックスを見遣る。次のバッターは、4番真島。最初の打席はフルスイングがファウルとして重なったこともあって三振に終わっているが、真島がこんなものじゃないということは、鷹坂の仲間たちはもちろんのこと、相手チームにも間違いなく伝わっているはずだ。

    そして期待通り、真島の力いっぱいの打球がレフト方向に大きく伸びていった。
    打ったと同時に走塁する最中、スタンドの歓声がひときわ大きくなる。大きく伸びていった打球は、レフトスタンドの真ん中へと吸い込まれていった。

    『決めました!!関東の大砲・真島孝明!豪快な逆転2ランホームランです!!』

    「(くっそー!!結局あいつなのかよー!!)」
    悔しさと、同じくらいスカッとする気持ちを抱きながら、一足先にホームベースへと辿り着く。程なくして、一塁から二塁、三塁と走り抜けた真島もまた、ホームへと戻ってきた。

    「凄ぇ!!やっぱ幡野真島ラインは伊達じゃねぇな!!」
    ベンチにいた八代が興奮を抑えられず、ホームインした2人を真っ先に迎える。他のチームメイトや監督ともひとしきり喜びを分かち合い、ベンチに戻った。
    「ちぇー、また美味しいとこ持ってきやがって。」
    「何言ってる。お前が出てなかったら逆転にならなかっただろうが。」
    そんな言葉を交わしながら、幡野は真島といつものようにハイタッチを交わした。



    (続く)
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    kouzaka_consome

    DONE*にじ甲2022に影響を受けて栄冠ナインを始めた俄か野球好き&パワプロ初心者が、自分で育成したチームで、レオス監督の通称『裏栄冠チーム』に挑むまでの記録を書いただけのものです。試合は実際のパワプロプレイ記録をそのまま使い、自分のチームの設定とか色々考え過ぎてとんでもなく長くなりました。全3回の2話目です。
    群像残夏-とあるバーチャル甲子園出場高校の夏-(2)*このお話は、にじさんじ甲子園2022に影響を受けて栄冠ナインを始めた俄か野球好き&パワプロ初心者が、自分で育成したチーム(転生2名+3年目に春夏甲子園出場)で、レオス・ヴィンセント監督が8/21にアップした通称『裏栄冠チーム』に挑むまでの記録を書いただけのものです。にじ甲に絡めた話題もちょっとだけ出てきますが、そんなに多くないです。その舞台や設定を借りたオリジナル小話崩れ、みたいなものと思っていただけると幸いです。本家にじさんじ甲子園2022の(あくまでゲーム中)数年後、という設定。

    要は栄冠ナインでチームを育成していくうちに、自分のチームが好きになりすぎて色々妄想がたぎった成れの果て。ここまで熱くさせてくれたにじ甲2022(特にまめねこ高校とチョモランマ高校)に大感謝です。
    20139

    kouzaka_consome

    DONE*にじ甲2022に影響を受けて栄冠ナインを始めた俄か野球好き&パワプロ初心者が、自分で育成したチームで、レオス監督の通称『裏栄冠チーム』に挑むまでの記録を書いただけのものです。試合は実際のパワプロプレイ記録をそのまま使い、自分のチームの設定とか色々考え過ぎてとんでもなく長くなりました。全3回の1話目です。
    群像残夏-とあるバーチャル甲子園出場高校の夏-(1)*このお話は、にじさんじ甲子園2022に影響を受けて栄冠ナインを始めた俄か野球好き&パワプロ初心者が、自分で育成したチーム(転生2名+3年目に春夏甲子園出場)で、レオス・ヴィンセント監督が8/21にアップした通称『裏栄冠チーム』に挑むまでの記録を書いただけのものです。にじ甲に絡めた話題もちょっとだけ出てきますが、そんなに多くないです。その舞台や設定を借りたオリジナル小話崩れ、みたいなものと思っていただけると幸いです。本家にじさんじ甲子園2022の(あくまでゲーム中)数年後、という設定。

    要は栄冠ナインでチームを育成していくうちに、自分のチームが好きになりすぎて色々妄想がたぎった成れの果て。ここまで熱くさせてくれたにじ甲2022(特にまめねこ高校とチョモランマ高校)に大感謝です。
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