見守る人たち すぐ傍にある窓から、かつての故郷への道を示しているかのような月光が差し込んでいる。季節としては晩夏の頃であり、風物詩の蝉がそこかしこで己の存在をアピールしている。
こんな光景が見られるようになったのも最近からで、数カ月ほど前は辺り一面に「永遠の魔法」がかけられていた。永遠の魔法は、名の通りかけた場所に永遠を与える。永遠を与えられた場所では、時間が止まったかのように全てのものが変化を拒むようになる。生き物は成長を止めるし、歴史の進行も止まる。割れ物に至っても、場所を移すことこそできるが、落としたってひび一本入らない。永遠は不変も併せ持つからである。未来永劫その姿が変わることはないし、変えることさえできない。
だが、亭の主は、「ある事件」がきっかけでその魔法を解除した。その「ある事件」が「東方永夜抄」の永夜異変。異変の解決者らとの出会いで亭主らの心境が大きく動いたのである。(詳しい内容は省略させていただく) その亭「永遠亭」で主を務める蓬莱山輝夜と、彼女の教育係で私の師でもある八意永琳...に仕えているのが私、鈴仙・U(優曇華院)・イナバ、というわけだ。
そんな私だが、永遠の魔法が消えることを最初は酷く恐れていた。私が育った月では、永遠で不変なことが美とされ、生や死など、寿命を生む存在や概念は忌み嫌われている。生まれたその瞬間からそのことが刷り込まれ、寿命がある地上は血と屍でできた世界で、罪人が流刑にされるような酷く穢れた世界だと幼い頃から言い聞かせられた。勿論、今の私だったらはっきりと「それは違う」と言うことができる。地上は優しさと温もりでできた世界だ。しかし、当時の私はそんなことを知るわけもなく、永遠を失うと想像もできないほど苦しむようになると考えていた。結局、最終的にはお師匠様(八意様)の説得により納得したのであるが―
「ウドンゲ、調合の手伝いをしてくれないかしら?」
二つ返事でそれを了承する。お師匠様は私のことを「ウドンゲ」と呼ぶ。姫様の盆栽と同じ名前だ。それが何を意味するのかは私には分からない。
姫様と言えば...
「お師匠様、最近姫様の様子が可怪しくありませんか?」
「いつものことじゃないかしら?」
元々姫様はとても気分屋だ。様子が可怪しいのはいつものことだと考えたのだろう。だが、それにしても最近のソワソワ具合は異常だ。
「...。確かに、思い返してみるといつもよりも慌てたような行動が多いわね。さすがの観察眼だわ、ウドンゲ。」
お師匠様に褒められるのは久しぶりだ。
「ありがとうございます」
とはいえ、なぜ可怪しいのかは分からない。異変の予兆を感じ取ったのだろうか...
「...妹紅...」
「え?」
「妹紅が原因かもしれないわね」
点と点がまったく繋がらない。殺し合いに負けるのが怖いということならどうにか説明できそうな気はするが...。
「多分...恋心でしょうね」
「は?」
ありえない。反射的に声が出てしまう。二人は互いへの恨みを殺し合いで解消しようとしている。何があっても、それから恋に発展するわけが...
「ん~。じゃあウドンゲ、ひとつ質問してみるわね。」
「はい」
「例え大嫌いな相手だったとしても、その人の優しさなど、プラスの一面を知ったら少し心が動かないかしら?」
「...」
「質問を変えるわね。いつも背中を預けあっている人間を嫌いになる?」
「それは...」
最初こそ殺し合いは数日に一度程度だったが、最近はほぼ毎日になっている。それは二人の会う頻度が上がったということに他ならない。
「それに、二人は殺し合いに力が入らなくなっているわ。音が小さくなっている。」
相変わらず常人離れした五感だ。
「さあね。それにしても、姫が恋をするとはね。妹紅をうちに招く時が楽しみだわ~♪」
ここまで来ると完全にお母さんだ。(実際お母さんみたいなものだけれど)しかしそれでも、抱いている懸念はなくならない。
「でも...それは本当に良いことなのでしょうか
二人の恋は...私たちにデメリットしかない気がするのです」
仲が良いのだとしても、喧嘩ぐらいするだろう。二人の喧嘩は必ずヒートアップするし、必ず大惨事になる。永遠亭の近くで戦われると、そうそうないとは思うが、他のイナバたちにも被害が及ぶ可能性が出てくる。
「対策ならいくらでもできるし、その時はその時だわ。今を楽しむべきよ。」
楽観的すぎる。本当にこの人は幻想郷屈指の天才なのだろうか...
「月の頃の癖が抜けてないわね。地上の民は、変化を追い求めるものよ。勿論私たちは身も心も完全なる地上の民というわけではないわ。でも私たちが変化を追い求めるのは何も悪いことではないし、寧ろ歓迎されるべきことよ。それに、ウドンゲも永遠の魔法を解いてから格段に笑顔が増えたしね。」
自然と頬が赤くなる。
「彼女たちを止めることは私たちにはできないわ。だったらこれを楽しむのが一番よ。」
「それは...そうですね...。」
「そうでしょ?ふふ、進展が楽しみだわ...おっと、もうこんな時間だったわ。調合の時間もないし、とりあえずこれを人里に持っていきなさい。」
「了解しました。そういえば...背中を預けあった...みたいな質問って何だったんですか?やけに具体的でしたけど...。」
「実際に二人がやってるところを見たのよ」
困惑の表情が隠せない。なぜそれを言わなかったのか。
「だったら最初からそう言ってくださいよ~!!」
「ごめんなさいね、貴方の反応がかわいくて。」
思考が停止した。頭が火照りすぎて爆発しそうだ。それを誤魔化すかのように、私は永遠亭から駆け出していった。