⭐︎ほしまほ2展示作品⭐︎シースクネロ晶♂海軍に攫われた晶くんの巻
「あ、晶がいない!!!」
海の底で起こった世界を救うための大騒動。
その後も晶は死の海賊団の一員として船に乗ることとなった。
ネロもフォルモーント・ネービーへは戻らずブラッドリーの元で海賊になると決め、晶とネロは互いに向け合っている感情に名前をつけられないまま、海の上でのんびりとした日が過ぎていた。
そんなある日のことだ。
ムルの乗る船がブラッドリーの海賊船へと近づいてきたのだ。
ブラッドリーのギフトで敵意がないことがわかったので梯子を下しムルを船に乗せたのだが、ウンディーネの遺跡について事後報告という名の暇つぶしに来たようだ。
ブラッドリーがムルと難しい話をするのをネロも晶も半分寝こけながら聞いていたのだが、ムルが帰った後、目の覚めたネロが気づいた。
晶がいない。
ネロの、ブラッドリーの、そして船員たちのかわいい晶が見つからない。
それから船の中は上から下への大騒ぎ、あちこちを駆け回ったがとうとう晶は見つからなかった。
「ん…」
晶は髪を撫でられている感覚に目を覚ます。
揺籠の中にいるような微睡に、まだもうちょっと…と溢せば機嫌の良さそうな聞き慣れない小さな笑い声が聞こえる。
はて、誰だろう。
ブラッドリーとも、ネロとも違う指先の感覚に心の中で首を傾げる。
「おはよう、晶」
「ぇ…?ん、あ、あれ…?俺…」
寝起きで少し熱った身体をのろのろと起こせば、そこにいたのはフォルモーント・ネービーの大将であるムル・ハートだった。
シャワーを浴びたばかりなのだろうか、しっとりと濡れた紫の髪は丸い窓から差し込む太陽光で明るい紫に輝いている。
長い脚を組んで晶を見つめているその人は、将校の制服を脱ぎ、シンプルな白いシャツに生地の厚い白のズボンを身につけている。
華奢な人だと思っていたが、海軍というだけあって身体の線は晶よりもずっとしっかりとしているし、折り曲げた袖から見える腕は肌が白いせいで目立つ血管も男性らしくてセクシーだった。
「あなたは、ムル…?」
「そうだよ」
「あの、こ、ここは?」
「ふふ、どこだと思う?」
「も、もしかして、海軍の船?」
「うん、そう。俺が攫ってきた!」
にかりと笑って誘拐犯宣言をしたムルに晶は、混乱する。
誘拐にしては手足を縛られてるわけでも、口枷をされているわけでもない。
ここは海の上なのだ。
身体を拘束したところで逃げるところなどあるわけない。
「あの…どうして俺を攫ってきてしまったんですか?」
「それはねぇ、君に恋をしたから」
「…んえっ!?」
「っていうのは冗談で、改めて話をしてみたかった。ブラッドリーの船の上はどう?」
「えぇっと、すごく楽しいです。みんないろんな海を旅してきたから面白い話もたくさん聞けるし、毎日釣りをしたり、ラスティカと歌を歌ったり…時々危ないこともあるし俺はそういうとき全然役に立たなくて申し訳ないと思うけど、それでもみんなといるのがすごく楽しいです」
晶がそう言うとムルは「ふ〜ん」残念そうなトーンだけれど顔は笑っていて、心の内のわからない顔をしている。
「そっか、今日はさ、俺の船に勧誘しようと思って連れてきたんだ。船の中を見て船員たちと仲良く慣ればもしかしたら君がこっちの方がいいって思ってくれるかもしれないでしょ?」
「うぅんと…どうでしょうか、俺はブラッドリーの手下だから…」
「とりあえず甲板へ行こう!みんな君を待ってるんだ」
「へ…」
あ、ちょっと待ってね、とムルが制服を羽織ると些かだらしなくはあるが大将の風格を身に纏い、目を細めてにんまりと笑った。
猫の様な笑みを晶に向けて膝に置いていた手が繋がれて、くん、と優しい力で引っ張られる。
「よし、それじゃあ行こう!」
甲板に出るとヒースクリフ・ブランシェット中尉にホワイト少佐もおり、机の上に所狭しと置かれた豪華な食事に晶は思わず目が惹かれ、くぅとお腹が鳴ってしまった。
恥ずかしさに咄嗟にお腹を抑えて、促されるまま席に着く。
「おはようございます、晶さん」
「おはようございます…、えと、ヒースクリフさん!」
「ヒースとお呼びください、晶さん。あ、ハート大将またそのような格好で…」
「んー?まぁ、積もる話しはさておき、ひとまず食事にしよう!なかなか美味しいと思うから食べてみて!」
「こんな豪華な食事…、良いんでしょうか…どれもほんとに美味しそうです!」
「そう言っていただけてみんなと用意した甲斐がありました、シーフードカレーは人気があるんです、良かったらお召し上がりください」
「ヒースも作ったんですか…!カレー美味しそう…、是非いただきます!」
ヒースクリフがこれもどうぞ、とお皿に乗せてくれるのでどんどん箸が進む。
シーフードカレー以外にもロブスターを蒸し焼きにしたものや、チキンにハーブなどを詰めて丸ごと焼いたもの、魚のダシの聞いたスープ、どれもが絶品ですごく美味しい。
ムルやヒースとおしゃべりをして船上の潮風を感じながら食事をしていれば、あっという間に日がてっぺんを過ぎ、日が傾き始める。
突き抜けるような晴天はオレンジ色になりつつある。
海面が空と同じ色に変わって、銀波桜の花びらは今はもう陽の色に染まっていた。
「ふぅ、もうお腹いっぱいです!どれもすごく美味しくて…今度ネロに作ってもらおうかな、レシピを聞いてもいいですか?」
「よいぞ!けれどそうじゃのぉ、晶ちゃん、我らのふたりの船に乗る気はない?三人の旅もなかなか楽しいと思うんだけどなぁ」
「いいえ、俺はやっぱり…って、あれっ!?ホワイト…!?」
「旅の途中でちょっと寄ってみたんだよね〜!久しぶり、晶」
「あっ!スノウまで!お久しぶりです…!」
自由気ままにふたりで旅をしているスノウとホワイトだが、時折り海の上で出会う事もある。
こうして会うのは久しぶりだが、表情を見る限り相変わらず仲良くやっているようだ。
「おふたりともどうしたんですか、フォルモーント・ネービーの船にいるなんて…!?」
「それはこっちの台詞じゃ!まさかブラッドリーの船に飽きちゃったの?」
「違いますっ、目が覚めて…気がついたらここに…」
「なーんだ、もしブラッドリーの船が嫌になったのなら我らの船に誘おうと思ったのに」
「それに残念。もう居場所がバレちゃったみたい」
こっくりとした色の赤ワインが入ったグラスを持ったムルが双眼鏡を晶に差し出す。
ムルの視線の先を、手元のそれで覗き込めば髑髏が染め抜かれた真っ黒の海賊旗をはためかせ波を掻き分けるようにどっしりとした船がこちらへ向かって来ている。
「ブラッドリーの船です!」
「もうお迎えが来ちゃったね、ざ〜んねん」
椅子の背もたれに片肘を乗せ行儀悪く脚を組んだムルがつまらなそうにチキンに齧り付いた。
しぶしぶ食事をとる猫ちゃんのような可愛らしさのなかに、どこか幼い少年のような素直な一面が見えて晶はきょとんとしてしまう。
「ムル、本当に俺をネービーの船に乗せようと思ってたんですか?」
「そりゃそうさ、俺の天使様。冗談だと思われていたなんて切ないなぁ」
「…嘘くさいのぉ」
「でも、俺も…、晶さんが船に乗ってくれたら嬉しいな、って思ってました。友達になれた気がしたから」
「…俺もです、ヒース。一緒にご飯を食べたり、海軍学校の話もすごく楽しかったです」
「そう言っていただけてとても嬉しいです!良かった…」
「あれぇ、なんでヒースといい雰囲気になってるの?」
小さく肩をすくめたホワイトが呆れたようにムルのワイングラスを取り上げた。
「全く、大将殿ははやく晶を海賊船に帰すために小型船を出して来たらどうじゃ?」
「えぇ〜、つまんない!砲撃よ〜う、む!」
「ハート大将…!」
「ちょ、ちょっと待ってください…!」
大慌てでヒースクリフがムルの口を塞ぐ。
上官に対してそれは大丈夫なのだろうかと焦るが日常茶飯事なのだろう。
他の部下たちはすでに下に降りて船の用意をしているようだ。
「晶さん、こちらへ!」
ヒースに小型船へと案内をされ、甲板から下された梯子に脚をかける。
「またいつでもおいで、俺の天使」
オレンジに染まった空を背景に、ムルの紫の髪が潮風に揺れる。
夕焼け色のムルの笑顔は寂しそうに見えて、胸が締め付けられるように感じた。
どうしてか切ない。
「ムル…」
「ほら、君の帰る船がそこまで来てる」
ムルが視線を向ける、晶の背後には思ったより近くに海賊船がやってきている。
「晶!」
ネロの声だ。
ムルにさよならをしなくてはと思ったけれど、口から出たのは寂しい言葉じゃなかった。
「ムル、また、会いに来てもいいですか?」
「もちろん、君なら大歓迎!でも後ろのこわい番犬たちは置いて来て」
綺麗なウインクをしたムルに手を振って、小型船が動き出す。
最新の技術が搭載された小型船はあっという間に目的地に辿り着き、梯子が降ろされた。
一日会えなかっただけなのに気がはやる。
はやく会いたい。
ネロと、ブラッドリー、ルチルに、ラスティカ、明るくて楽しい、俺の仲間たち。
「晶!」
梯子を登ると、待ち構えていたのは一番にネロだった。
船に降りるなり引き寄せられて、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
ゴツゴツとした上着の装飾が胸にあたって痛いくらいに力を込めて抱きしめられて、自分からもネロの背に腕を回した。
「う、ネロ、苦しいです…」
「ったく、ネロ、晶が潰れちまう」
「あ、ごめ…、ん、あきら…」
「はぁ、心配かけやがって…、おいムル!俺の手下を攫ってみろ!次はねぇぞ!」
ブラッドリーの大きな声にムルは「ごめ〜ん」と大きく両手を振って笑っている。
その隣で控えめにヒースクリフが手を振って、スノウとホワイトは肩を寄せ合ったまま左右の手を振っていた。
「みなさん、ありがとうございました!また!」
離れて行く船に見えるように大きく手を振ると、ネロに腰を掴まれて引き寄せられる。
俺より少し背の高いネロが、猫みたいに頬を頭に擦り付けて来て擽ったい。
「ネロ?」
「………」
フォルモーント・ネービーの船が去ってもネロは晶の側に引っ付いて離れない。
晶の右側にぴたりとくっついて左手で腰をがっしり掴んでいるのだ。
みんな晶の帰りを喜んで抱き締めようと側にきてもネロががっちり掴んでいるせいで「今はネロに譲ってやろうぜ」としょうがなそうに笑って声を掛けては去って行く。
ブラッドリーは「しばらくネロのしたいようにさせてやれ」と、言って晶とネロの頭をぽんぽんと撫でると自室へ引っ込んでしまった。
そして晶はネロと二人きり、甲板の上にいた。
さっきまで橙色だった空はにはまんまるの月がぽっかりと浮かんでいる。
雲間から差し込む月の光で船上は明るいくらいだ。
ネロは晶を向き合った姿勢で膝の上に乗せ、肩に顔を埋めて抱きしめ、じっとしている。
ブラッドリーから譲り受けたトリコーンを脱いでいるのでネロの髪がときどき風に吹かれてきらきらと輝く。
ネロの頭の形をなぞるように手のひらで撫でて、こどもをあやすみたいに背を優しくたたいた。
「ネロ」
寂しいから顔を見せてくれませんか?と尋ねる前にネロが晶の肩から顔を離す。
少し濡れたような金色の眼が月光で輝いて白く煌めくのがきれいだと思ったけれど、彼の表情を見たから言葉が出なかった。
泣くのを堪えるように、眉間に皺を寄せ、ふるえそうな唇は横に惹き結ばれている。
寂しかったのは晶だけではなかった。
船から晶が消えた時、どれほどの喪失感を味わったか。
あの日、砂浜で晶を見つけたとき、晶が微笑んでくれ、手を握ってくれたとき。
ずっと隣で笑っていてくれると思った人とさよならしなくてはならないと思ったとき。
いまやっと一緒にいれると思ったのに、晶はネロの腕をすり抜けて風のように消えてしまう。
自分の知らない、別の場所で笑っているのを心の底から願ってあげることなんてネロにはもうできないのに。
「晶」
とうとう溢れた涙を晶の親指がぬぐった。
「もう、どこかへ行ったりしないで」
海の底に沈むウンディーネの神殿に。
桜の舞う妖たちが集う横丁に。
ホログラムの桜が咲く街に。
多様な生徒の通う学園に。
不思議な力を使う、魔法使いたちの世界に。
「ずっと俺のそばにいて」
晶の顔を両手のひらで包み込む。
夜空よりずっと美しい宝を見つけたのだから。
形の良い額に、髪の上から口付ける。
晶がねだるように、ネロの頬に口付ければ、引き寄せられるようにふたりの唇が重なった。
「いっしょにいます、ネロ。だから俺のこと離さないでくださいね」
「うん、離さない。ずっと」
「好きです、ネロ」
「俺も」