愛を感じる器官君が好きだと伝えてから、どれほどになっただろうか。
そうか、とだけ言って小さく笑むのを何度見ただろうか。
苗字ではない名前を訊く俺に、その理由は何故かと君が尋ねてきた時だとか。
好みの食べ物を訊く俺に、その理由は何故かと君が尋ねてきた時だとか。
日々の過ごし方や休日の予定を訊く俺に、その理由は何故かと君が尋ねてきた時だとか。
恋人になってはくれないかと告げた俺に、その理由は何故かと君が尋ねてきた時だとか。
都度真心から、君が好きだからだ、と答えてきた。
都度笑って、そうか、と答えられた。
拒絶されているわけではない、受け入れられている。
むしろ俺のことは須く許容し肯定するとでも言わんばかりの受け入れように、優越や嬉しさなど感じてもおかしくはないものだが、
そこにはいつも、胸の内側に湿った砂土を塗りこむような妙な不快感と焦燥感がある。
胸がじゃりじゃりと塗りつぶされないように強く抱きしめると、抱きしめ返しこそしてくれはしないものの体をぴっとりと寄せてくる様が愛おしい。
詰まりそうだった息と胸がこのときは楽になる。
今日もそのはずであった。
「離れがたいな」
思わずだろう、君が漏らしたあと
「離れればお前は追ってこない」
そう、苦笑して続けながらするりと体が離れていくのに、べじゃ、じゃりり、
胸の内側に一際大きく音を立てて、砂粒やら石やら泥やら腐敗した藁草やらが、叩きつけられ塗り込まれる。
「…何故そう思うのか、きいてもいいか?」
「何故も何もない。俺が離れるなり、お前が俺を手放す時にはそうなるだろう」
目の裏一面が白くなったようだ。ただただわけがわからない。
「待ってくれ。まず俺が君を、手放す?君の口ぶりではまるでそれが確定している未来の話をしているように聞こえる。決まったスケジュールのように、君と俺が、別離することを見ているような言い方だ。」
「そうだが?俺とお前はいずれ離れるだろうし、その時お前は俺を追ってはこない。俺もまあ、つらいが、今度はしつこくしない。安心しろ」
混乱から困惑へ、そして苛々が募っていく。
だから、何故、俺が君を手放すのか。
何故君と俺はいずれ離れるというのか。君が俺に何かしつこくしたことなど、ただの一度もないではないか。
「猗窩座。俺は君に、好きだと言ったぞ。」
「そうだな。」
「何度もだ。」
「そうか。」
「そ、………」
言葉が、思考が詰まる。
相違というのは、大なり小なり誰とでも生じる。
俺と君との決定的な違いはどこだろう。
「前も追ってはこなかった。するべきことをしたと言って、潔くお前は行った。今のお前なら尚更、俺を見ている必要はない。今の俺なら尚更、追ってはこない。ああ、そうだ、杏寿郎。俺もお前が好きだぞ。」
ああそうか。
彼は、この生き物は、俺とは愛を感じる器官が違うのか。