一昨年アメリカから帰国した花道と洋平が付き合っているのは、かつての桜木軍団は皆知っていた。二人の新居に招かれて、久しぶりに酒を飲みながら馬鹿騒ぎをして、その席で花道に言われたのだ。オレたち、付き合うことにした。洋平はオレがしあわせにする、って。
大楠は、はさみを借りた。FAXを兼ねている家電からA4のコピー用紙を一枚とり、じゃぐじゃぐと適当に切った。そして二人の上に降り注いだ。ラッパ持ってくんの忘れたから、洋平のかわりに紙ふぶきをしてやらねばという使命感だった。その時点で、大楠も結構酔っていた。忠がラッパの代わりにヘタクソな口笛をぴゅうぴゅうと鳴らした。高宮は恐るべき速さで、寄せ鍋に蓋をして紙ふぶきから鍋を守っていた。
「もうそんな必死に守るほど具もねーじゃん」
「最後雑炊するだろ」
「あー」
テレテレと赤くなっている花道の横で、洋平が本気で照れていた。
照れている洋平という珍しい生き物を肴に、大楠たちはまた飲んだ。やあメデタイ。二人の未来にカンパイ。
それが去年のことだ。
二人の交際は順調らしい。
まあそうだろう。洋平は世界で一番花道の扱いが上手い男だし、花道は隣にいるだけで洋平を幸せにできる才能を持っている。洋平を幸せにする天才桜木花道が、洋平を幸せにすると決意を持って言ったのだ。花道は有言実行の男である。大楠たちはなーーーんにも心配していなかった。
だから、大楠の言ったその言葉は、社交辞令と言おうか、ちょっとした会話の糸口でしかなかった。
「最近、洋平とはどーよ。うまくいってんの?」
大楠は、花道はワッハッハと笑って、当たり前だろうとでも答えるものと思っていた。
だが、花道はキョロキョロと居間を見回した。
今日はまた、軍団で飲もうと集まる予定なのだ。大楠は今日はシフトをいれなかったので、早めに来てゴロゴロしていた。花道と洋平の家は居心地がいい。洋平はまだ仕事をしているはずの時間だ。
「ちょっと、相談があるんだけどよ……」
モゴモゴと口ごもる花道の様子に、大楠は既に後悔を始めていた。
洋平が、変態かも知れねー。
イヤイヤ待て!待て待て。別にそんなヒドイ変態じゃねーんだ。ちょっとだけ変態なのかも。イヤ、もしかしたら普通なのかも。そこんとこがオレには判断がつかねーから聞きてーんだ。
ん?たとえば?たとえば……この前、旅行に行ったんだよ。旅行行くとき、だいたいは全部洋平が計画立ててくれんだけどさ。楽しかった。ヴィラってゆーの?一戸建てみたいなところを借りてさあ。近くに温泉もあって、最高だったんだけどよ……その、洋平が。外で裸になってほしい……って言うんだよ。外っつっても、ちゃんと塀があって誰にも見えねーんだけど。太陽の下でオレの裸を見てみたいとか言い出して……それってフツーか?……ギリフツーのハンチュー?そうか……そーなのか……いや、まあ別に誰もいねーし、元々上は着てなかったし、洋平が頼みごとするなんて珍しいから、まあ、脱いだんだけど……でも、洋平の奴、別に何するでもなくテラスで座りながら、オレをじーっと見ながら溜め息ついててさ。オレ、どーにもヒマだったからスクワットはじめた。ん?そーだよ、マッパで。まーちょっとブラブラ邪魔だったけど、別に……なあ?でもふと洋平のほう見たら、チンコがちがちに勃たせてて……コレってフツー?……ほーん。ギリギリフツーのハンチューなのか。じゃあ悪いコトしたな。コイビトとして、もっと付き合ってやるべきだったのかな。オレもなんか、洋平の視線で恥ずかしくなってきて、もー終わり!って言ってなかに入ったんだけど……。あと他にもさあ、
「待て!もうやめろ。やめてくれ。全部普通の範疇だ。恋人同士なんだから、互いに同意の上なら全部普通の範疇なんだよ。おめーがイヤダってことをしてきたら、それはヘンタイだ。おめーがイヤじゃねーんなら、それでいーじゃねーか」
大楠は必死だった。
とにかく、もうこれ以上ガキのころからツルんでいるダチのそーいう話を聞きたくなかった。
「おお……大楠、いいこと言うなあ。そーだよな。オレらふたりで決めることだよな。よくワカッタ。ありがとう。……あれ、洋平?もう仕事終わり?いつからいたんだ?」
ぞわっと大楠の背筋に悪寒が走る。洋平がニコっと笑った。
「早上がりして来た。買出し一緒にしようぜ」
「おお!いくつかツマミ作っといたぞ」
「楽しみだな。見せて」
キッチンの方に向かう洋平が、大楠の肩をポンと叩く。
「良いこと言うな、大楠。ありがとう」
大楠は立ち上がった。
今すぐ、アルコールで脳みそから余計な情報を洗い流すために。