洋平が花道のお尻を好きすぎるのをやめさせたい。
花道からそう相談を受けた大楠は、静かに一度深いため息をついて、こう言った。
「スマン、花道。オレの力じゃムリだ」
「ふぬ……」
唇を突き出して情けない顔をする花道の力になってやりたい気持ちは山々だったが、大楠にも出来ることとできないことがある。
犬にお座りやお手を躾けることはできるだろうが、犬の尻尾が揺れるのを止めることはできない。洋平の花道を愛する気持ちを止めることは誰にもできないし、洋平の花道のお尻を愛する気持ちを止めることも出来ない。そう告げると、花道はハッとした顔をして、
「そうだよな……スキって気持ちは止められるもんじゃねーよな」
と頷いた。いつまで経っても素直な男である。せめて話を聞いてやろうと、大楠はなぜ洋平が花道のお尻を好きすぎるのをやめさせたいと思ったのか聞いてやった。
前、洋平がオレの乳首が好きすぎて困ってたことあったろ?あれから、乳首に触っていーのはエッチなことしてる最中だけ、それも前みたいにずーーーっと一時間も擦り続けるのはナシって決まったんだよ。そんで、洋平は変わりにオレの尻を触り始めた。それも、なんか尻の全体も触るんだけど、特に尻と背中の境目……っていうんかな、もし人間に尻尾が生えてんならそこからかなってトコをスゲー……ずっと触ってた。初めのうちは良かったんだよな。まあくすぐってーけど、オレもくっつくのはスキだし、洋平の大好きなオレの乳首に普段触れなくなっちまったんだから、まあ変わりにケツ触るくらいいーかって思ってた。
でもなんか……二ヶ月くらい触られてたら、なんかゾワゾワするようになってきて……全然違う場所なのに、乳首触られてた時に似た感じで、頭がぼーっとしてきて、じっとしてられねー感じで……。
この前ちゅーしてる間にそこをずっと触られてたら、ついにその……まあ、ウン……イ……っちゃって……なんかヤベー脳内麻薬出てる感じで……だから、やめさせたい……このままじゃ全身えっちな身体になっちまう……。
大楠は焼酎を煽った。飲まなければ聞いていられなかったからだ。
具体的な改善策はほとんど出なかった。花道のお尻を触ったら電気が流れるようになったら触らないようになるのでは……?という案がでたが、実現が難しい。大楠は、なんか萎えるような柄のパンツでも履いたらと言った。言いながら、たとえどんなパンツでも洋平の花道のお尻への愛を萎えさせることはできないだろうなとは思った。花道は、パンツは脱がされたらそこでオワリだろ、と真っ当なツッコミを入れた。大楠もそりゃそーだと頷いたが、花道はその案に少し思うところがある様子だった。
翌日、自宅に帰ったら大楠のアパートの玄関先で水戸洋平が座り込んでいた。タバコを吸っているのは別にいい。大楠も喫煙者だから。勝手に入ってるのも、まあ別にいい。まあまあ近隣に住んでいる旧友に、念の為合鍵を預けたのは大楠本人だから。
問題は、座り込んだ体勢のまま下から上目遣いに大楠を見上げるその視線が、人を5、6人殺した後のように冷たいことだった。
ドッ……と冷や汗が出て、大楠は無意識に両手をあげていた。それを見て、洋平は口元だけで笑う。
「別にさあ。花道が浮気なんかするわけねーし、お前もオレ達をそんな形で裏切るわけねーのもわかってんだよ」
「なん……なに言ってっかわかんねーんだけど」
「それでもさあ。いざヤろうってなった時に恋人のかわいいかわいいお尻に他の男の名前が油性ペンで書かれてたオレの気持ちがわかるか?」
花道ーーーーー!!!
話を聞くと、花道は洋平のお尻いじり癖を改善するために、油性ペンで「おーくす」とお尻の上の方に書いたらしい。鏡を見て無理して書いたから、「す」の字の丸が逆についていたし、字もかなり下手くそだった。それでも、洋平は多大なショックを受けたと言う。
流石にこれは花道が無神経すぎると思ったが、大楠にも言い分はあった。
「オレはそんなん書けなんて一言も言ってねー!だいたい、元はと言えばおめーが花道の尻を触りすぎるからわりーんだろ!結局それで萎えて止まったなら、やり方は悪かったとは言え花道の作戦も間違ってなかったじゃねーか」
「萎えなかったけど?」
「…………ン?」
「二重線ひいて、ちゃんとオレの名前書き直したし。なんか……逆に盛り上がった」
大楠は両手で耳を塞いだ。もはや既に入ってきた情報を遮断することはできず、無駄な抵抗でしかなかったが、耳を塞いで涙目で叫んだ。
「もーヤダお前ら!!」
なのに大楠はなぜか、その後洋平からの弁明?を聞くことになってしまった。
花道のお尻が好きだ。
大好きだ。
すべらかな触り心地。腰から繋がって、太ももへまで流れるしっかりした筋肉はギリシャの彫刻めいて完成されている。筋肉はしっかりついているが、力が入っていない時は驚くくらい柔らかい。両手で掴んだ時のフィット感は言葉では言い尽くせないほど心が満たされる。乳首に制限がかかる前から、洋平は隙あらばお尻も触っていた。
ただ、乳首が制限されてから妙に気になるようになった箇所がある。それが、背中とお尻の境目の部分とでも言おうか、お尻の割れ目が始まるまさにその原点の部分である。
洋平は語った。
男の上半身裸は、性的なものとは見做されない傾向にある。背中が見えていても問題がない。でもケツが出ていたら問題だ。ではケツとはどこからかというと、あの割れ目の始まり、あそこが見えていたらもうケツが見えていると見做されるように思う。
つまりあの割れ目こそが、お尻の性的部分の始まりなのだ。
「なんもわからん」
大楠はそう言ったが、洋平は語り続ける。
一度気になると、もう意識しないことは出来なかった。花道のお尻の始まりが愛しくて愛しくてたまらなくなった。腰に近く、触りやすい位置にあるのも良かった。洋平は隙あらば花道のお尻の始まりに指を滑らせ、すりすりと撫でるのが癖になった。キスする間も、セックスの最中も、ただイチャイチャしてくっついてる時も。
段々感じ始めているのも気づいていて、調べると仙骨といって性感帯になり得る場所らしい。最近、入れながらそこを擦ってやると、反応が本当にかわいい。とろとろで、ふにゃふにゃになる。このまま全身性感帯にして、オレ以外じゃ満足できない身体にしてやりたい。
弁明ではなかった。
むしろ犯行声明に近かった。
大楠は無言で忠に電話した。携帯なんだから忠が出るに決まってるのに、「ボクは弟の忠二郎ダヨ!」と言って切りやがった。大楠は泣きながら、洋平に言った。
「花道もおめーも、互いに好きあってんだから、そういうのは直接言え。花道、自分の身体が変わってくの不安なんじゃねーのか。そういうの話しあってこその恋人だろーが」
洋平は、静かにタバコの煙を吐き出して、「大楠って時々スゲー真っ当なこと言うよな」と言って帰って行った。
数日後、何故か桜木花道と背中に油性ペンで大きく書かれた洋平が、幸せそうな笑顔で写っている写真がメールされてきた。大楠はふーっと大きく息を吐き、このクソ傍迷惑なバカップルが末長く幸せでいるように願った。