窒息「大丈夫。できなくていいよ」
その言葉はいつも、俺から緩慢に自由を奪っていく。
例えるなら、指のひとつひとつを捥がれていくような無力感。
例えるなら、水の中を泳ぐような閉塞感。
例えるなら、幾筋も伸びる枝葉を剪定していくような気安さで。
貴方のためにと、心からの善意と愛情を向けながら。
なにも気に留めなかったそれが、異常であることを知った時、俺はその言葉の裏に、本人たちすら気付いていない真意に、気付いてしまった。
「大丈夫よ、朔(はじめ)。できなくていいからね」
何かひとつ、上手くいかないことがあると、母は優しく笑ってくれた。
──貴方にできると思っていない。
「こんなこと、知らなくていいんだよ」
わからない言葉の意味を父に聞いた。父は笑顔で頭を撫でる。
──貴方に理解できると思っていない。
「朔はそんな思いしなくていいんだよ」
ブランコから落ちて泣いていたら、駆け寄ってきた両親は痛かったねとさすってくれた。
──貴方に何も期待などしていない。
「私たちの朔。大切な朔。貴方が怖いものはぜんぶ、私たちが無くしてあげる」
友だちに避けられたのが悲しくて泣いていたら、両親はあたたかく抱きしめてくれた。
──だから、空っぽのままでいて。
優しくて、あたたかくて、大好きだったものが、どうしてこんなに怖いんだろうか。
慰めてくれているのに。愛されているのに。言われる度に、自分を否定されているような気がするだなんて。俺はひどい人間なんだろうか。
どうすればいいのか、わからない。わからない。わからない。
目の前からどんどん、道が閉ざされていくことだけが理解できる。
できなかったから、ここはダメ。
わからなかったから、ここはダメ。
怪我をしたから、ここはダメ。
ふさわしくないから、ここはダメ。
貴方のためだから、ここはダメ。
ここはダメ。ここはダメ。ここはダメ。ここはダメ。ここはダメ。ここはダメ。
それって、俺には何もいらないってことじゃないのかな。
じゃあ別に、俺じゃなくてもよくないかな。
手も要らない。目も要らない。耳も要らない。足も要らない。声も要らない。脳も要らない。何も要らない。
なんだ、俺は人形と何も変わらないじゃないか。
ただ両親が望むままに、与えられた役割だけを演じる人形。人形に、自由などあるはずがないのだ。
嫌だ。
窒息しそうな頭の中に浮かんだのはそれだけで、僅かな酸素を求めて手足をばたつかせた。
全てを完璧にこなせば、しなくていいなんて言われない。きっと、そうに違いない。
「すごいね」
「さすが、私たちの朔」
「でも」
「そんなに頑張らなくていいんだよ」
あぁ。そう簡単に、いかないか。
じゃあいいや。もういいや。望み通りの俺でいいよ。
このまま目を閉じて、じっとしてるから。
朝なんて来なくていいのにな。