キスディノ お題『シガーキス』「キース!お願いがあるんだ!」
「うわっ、なんだよ、急に…」
パトロール中、立ち寄った喫煙スペースで一服中に真横からデカい声がして肩がビクッと跳ねる。
聞きなじんだ声は一緒にパトロールをしているディノのものだ。
なにやら口をモゴモゴとさせて視線を右へ左へ…小動物めいた仕草を見下ろし言葉を待つ。
「えっと…煙草、吸ってみたくて……」
「…は??」
ぽろ…と灰が落ちて慌てて灰皿の上に煙草を持っていく。1ミリも興味が無さそうだったのに何があったんだ。
「ちょーっと待て、なんで吸ってみてぇんだ」
「ええっと……格好良くて……」
「……何が?」
「……キースが……」
「…………」
はーー……なんなんだコイツは。上目遣いで、おずおずと、オレを褒める。街中じゃなかったら確実に襲ってた。デカい男だからって、ディノは油断しすぎてる。今だって周りを見てみろ、喫煙スペースにいるヤツらがディノを盗み見てるくらいだ。…この上目遣いのせいで。しかも口にした内容も絶妙に理由になってない。
ただ、長い付き合いだから言いたいことはわかる。吸ってる時のオレが格好良く見えるから吸ってみたい…ってことだろうな。
襲いたい気持ちを抑えるように己の首裏を撫で、見上げてくる瞳をじっと見返してから目を細める。
「別に格好良く見える必要ねーだろ」
「ちょっと憧れちゃうんだってば…!」
垂れている犬耳と尻尾が見えてきた。しゅんとした様子を見下ろし、大きく息を吐き出す。
「仕方ねぇなぁ…」
ばぁっと輝いた顔に、そんな良いもんでもないとは言えず、手持ちの煙草を差し出そうとして……やめた。代わりにポケットから箱を出し、片手で蓋を開いて差し向ける。
「ん」
「えっ、吸いかけで良いぞ?」
「短くなった煙草は不味いんだよ、新しいのにしろ」
「へえ、そうなんだ」
ディノが一本取り出し指に挟んだまま、興味津々の顔でフィルターの部分を咥える。……似合わねぇなぁ。
「そのままな。先が付いたら、軽く吸ってみ。火が移る」
「んん…?分かった」
分かってない顔のディノに顔を寄せる。煙草の先端が触れ合って、理解したらしいディノがゆっくりと息を吸う。何度か吸って火が移り……吸い込んだディノが咽せた。
「んぐっ、げほっ、げほ…っ」
「はは、無理すんな」
涙目のディノの指から煙草を取り上げ、短くなった方は灰皿の中に放る。吸いごたえのある重い煙草だから尚更キツいはずだ。
「すっごくけむい!はあー…味も良くわからなかったし…」
「な?無理して格好良くなる必要はねぇだろ、そのまんまで十分だって」
「うう……大人の魅力が出るかと思ったのに」
「早かったんじゃねぇの?口の中不味いだろ、水でも飲んでこい」
肩を落としたディノはうん、と頷いて喫煙スペースを出ていく。あの方向はすぐ近くにピザ屋があるから、口直しピザでもするんだろうか。
ディノの吸いかけを口に咥える。やりとりを見守っていた周囲の視線がチラチラ突き刺さるが全部無視した。短い煙草が不味いのは本当とはいえ、あえて見せつけるようにやったんだ、視線なんて何の問題もない。
一口吸い込むが…シガーキスをした煙草は最初から不味い。それも分かっていてやった。始めからディノに美味い煙を吸わせたかったのではなく、周りに見せつけたかっただけ。自分の中にある大人げない感情に自嘲したせいで唇が歪んだが、煙草を持つ手で隠した。
端末が震えてディノから連絡が来る。やっぱりピザ屋に行ったらしい。そっち行くわ、と返して、短くなった吸い殻を灰皿に捨てる。機嫌が良さそうだとディノに言われないよう、表情を繕う時間を稼ぐ為にゆったりとした足取りでピザ屋に向かった。