アシュビリグリーンイーストにはミスターが沢山いる。ミスタースーパーヒーローはジェイ。ミスターゲームマスターはグレイ。そして──
「おい、俺のベッドで何してやがる!」
寝ているオイラに怒鳴っている、ミスター暴君ことアッシュパイセンである。
「まぁまぁ、アッシュパイセン。怒っても仕方ないデショ?俺っちとグレイの部屋は空調が壊れちゃったんだカラ。ここならあったかいし」
「リビングで寝ろよ、クソガキ」
「リビングはグレイが使うし、オイラ広すぎると落ち着かなくて♡」
「ならどっか泊まりに行け」
「ううっ……アッシュパイセン酷いっ!ボクちんが綺麗なところじゃないと無理って知ってるのに泊まれだなんて!オイラは綺麗であったかいフカフカのベッドでのんびり寝たいだけなのに!鬼畜!」
「オルブライト家が持ってるホテルのスイートを紹介してやるよ」
「それってブルーノースにあるでっっっかいホテルデショ!えーん!明日の朝パトロールで早いのに!パイセンのいじわる〜っ!」
広くて良い匂いがするベッドに部屋着&ゴーグルを外したのんびりスタイルで寝転がったまましくしくと鳴き真似をしたら、頭上から怒りを孕んだ盛大なため息が聞こえてきた。
今は雪が積りに積もった、寒さ真っ盛りの1月。数年ぶりの寒波に襲われたニューミリオンは北極のように寒くてイヤになっちゃう。
そんな中、グリーンイーストのルーキー部屋だけが空調の不具合を起こして、真冬なのに冷たい風が強で吹き込んでくる極寒部屋になっちゃった。明日には直るみたいだけど寝るところに困ったから、メンター部屋のアッシュパイセンのベットで一晩過ごそうと思っただけなのである。
「ここは俺の城なんだよ、俺の言うことに従えねぇなら出てけ」
追い出そうとするパイセンだが、ここで素直に出て行くようなタマじゃない。
「えー!ヤダ!」
「クソガキ……」
眉間にシワを寄せたパイセンから睨みつけられたケド怖い顔をしても無駄なのだ。なにせ今、この部屋にいるのはオイラたち2人だけ。ジェイとグレイは夜のパトロールに出かけていてパイセンに助けは来ないし、仮に居たとしてもオイラの味方になってくれるに違いない。アッシュパイセンは舌打ちをしてどかりとベッドの縁に腰掛けた。盛大なため息と長ーい沈黙の後で、再度舌打ちが響く。
「チッ………仕方ねぇ……。おい、さっさと寝ろ」
「…へ?」
意外な反応にオイラは思わず目を丸くした。いつもだったら絶対に追い出されるところなのに。明日は雪でも降る?いや、もう既に大量積雪、道にはこんもり20cm超えの雪だ。都心部のニューミリオンは降ってもほとんど積もらないが今日は違う。…アッシュパイセンも、今日は違うのかな?
「ウソぉ……俺っち、許可もらえちゃった?」
「あぁ?なんか文句があんならホテルだ」
「ナイナイ!文句なんて埃のひとつもないヨ!」
嬉しさのあまり飛び起きてパイセンの隣に座ると、「うるせぇ」と悪態が返ってきた。
「本当は床で寝かせてぇところだが、ンなことしたら明日のパトロールに響くのは分かりきってんだよ。万全の状態で挑まねぇのはクソのすることだ」
「んふふ、アッシュパイセン、了解しました☆」
「フン……それとテメェ、何度も言うがパイセンじゃなくてセンパイだろうが」
ゴン、と頭にゲンコツが落ちてきたけど力加減されていてほとんど痛みはない。アッシュパイセン……先輩なりの照れなのか、誤魔化し方も横暴だけど意図はちゃんと理解した。真面目にヒーローをしている男、それがアッシュ・オルブライトなのだ。
「うん、わかった、アッシュパイセン♪」
「だからパイセンじゃねぇ!」
「あっはは!怒られちゃった♡」
「……チッ、本当にクソ生意気なガキだぜ」
オイラがふざけても本気で怒ったりしない。それだけで嫌がられてないことはよく分かる。そんな不器用なところも好きだヨ。
揶揄うようにがはっと抱きつく。引き剥がそうと押される。俺っちが手を離さなかったからそのまま一緒に後ろに倒れて、見下ろされる形になった。
「ねえねえ、おやすみのキスは?」
にまっと笑えば眉間にふかーい皺が寄る。多分、照れてるネ。
オイラは答えを待たずに、形の良い頭の後ろに手を回して引き寄せた。
「…………ン」
触れるだけの軽いキス。それでも唇の温かさを感じられて胸が高鳴る。
「おやすみ、アッシュパイセン」
「……さっさと寝ろ、クソガキ」
ぶっきらぼうに吐き捨てるパイセンだけど、オイラにはわかる。
不意打ちのキスが、アッシュパイセンの耳をほんのり赤く染めたことに。
ミスター暴君ことアッシュパイセン。でもオイラはそれの裏に隠されたものを知ってる。努力家で、他人以上に自分に厳しい……ただそれだけなのだ。口は悪くても優しい一面を持っている。そして恋人への接し方はイマイチよく分かっていない、不器用なオイラの恋人。
…でもそんな一面は、俺だけが知っていれば良い。アッシュパイセンを独り占めしたいんだから。なによりライバルが増えても困る。コミュ力が高くて疑り深いオイラと違って、恋愛経験ほぼゼロのパイセンはコロッと悪い人に引っかかりそうだし。
「アッシュパイセン、だーいすき」
パイセンの頬を左右から挟み、逃げられないようにしてから今度は深く口付けた。少しの打算と沢山の好きをぶつける。
「────!?」
驚いた顔がどこか可愛い。オイラは少し上目になって、首を傾けた。
「ジェイたちが返ってくるまで、2時間くらいはあるヨ。ダメ?」
「……テメェは本当に、タチが悪いな……」
呆れたような声音だけど僅かにパイセンの目の奥がギラついてる。その気になってくれたみたい。
「だって、寒いんだもん」
「この部屋は暖けぇからここで寝るっつったのはどいつだ?」
「んふふ。……ン」
がぷ、と唇が重なってくる。鍛え抜かれた重さが心地良い。片腕が腰下に入ってきて、手のひら全体で撫でられたところから甘くて熱い多幸感が押し寄せてくる。もっと撫でてほしくて両腕をアッシュパイセンの首裏に回した。嗅ぎ慣れたパイセンの匂いと、パイセンが普段使いしてる寝香水の落ち着く匂いがする。オイラは頬が緩むのを感じながら目を閉じた。