0918展示小説 アシュビリ「ねえDJ……オイラって魅力ない?」
「……は?なにそれ……まさか俺のこと口説いてる?やめてよ」
「NO!NO!!なんでもモテに繋げないでヨ!!!」
エリオスの談話室でげんなりした顔をしているDJは、ものすごーく面倒そうな雰囲気を出していた。すんでのところでめんどうくさ……という言葉を出さずに済んだと言わんばかりの顔である。時刻は夕方。パトロールやトレーニングが終わってひと段落したヒーローたちが帰ってくる時間だ。
そんなDJに泣きついている俺っちは割と本気で相談していた。DJもその辺りは分かっているようで、普段ならすぐスマホを弄り出しそうなのに今日は頬杖をついて俺っちが話し始めるのを待ってくれている。持つべきものは恋愛相談ができるモテモテなベスティ!けっしてタワー帰りのDJの腰に縋り付いて引き留めたからじゃないハズ。
「で?なんだっけ、魅力?あるんじゃない?」
「……今適当に流してるデショ……」
「アハ。ほら、もったいぶってないで、相談したいことがあるならさっさと言ってよ。部屋に戻ったらおチビちゃんからのお叱りが待ってるんだから」
ここに来る途中でカミナリボーイに会ったけど確かにプリプリ怒ってDJを探していた。肩をすくめる仕草から見ても何かやらかしたらしい。
話すのを促すような視線を受けて、オイラは口を開く。
「……アッシュパイセンと付き合い始めたって言ったデショ?」
「ちょっと前だよね。聞いたけど」
「そう!!もう二週間も経つのに、アッシュパイセンが全然、ぜーんぜん手を出してくれない!!」
ウワーンと鳴き声を上げてみたケド、DJはしら~っとした顔のままだった。
「ビリーのこと大切にしてるんじゃない?」
「アッシュパイセンはそんなDJみたいなこと言って誤魔化さないモン!!」
「うわ、めんどくさ……」
今度は全く言葉を飲み込む気がなかったDJのストレートな言葉が俺っちに刺さる。でもこれはボクちんにとってものすごく大切なことなのだ。
アッシュパイセンが好きだから、もっと深いお付き合いをしたい。十代最後の歳、甘酸っぱいことをするなら今!そう、例えば……
「そろそろチューくらいしたい!!!」
初エッチどころか初チューもまだ。オイラに至ってはファーストキスさえまだ。お金を稼ぐことに必死で、恋愛どころじゃなかった。だから初めて出来たボーイフレンドに浮かれている自覚はあるしそれを客観視している冷静な自分もいるケド、折角だからハイな気持ちで付き合いたてホヤホヤを謳歌したい!
ゴーグルの上から目を拭うバレバレの泣き真似をしたら、テーブルの向こうから大きな溜息が聞こえてきた。
「だったら尚更本人に言いなよ。ビリーで分からないのに俺が分かるわけないでしょ」
「ソウデスネ……」
正論がグッサリと刺さってクリティカル。というか本人に聞けないから相談したのにこの仕打ち。でもちょっぴりそんな気はしていたし、そんな気がしていたのに相談したのは俺っちである。そもそもDJ以外には、アッシュパイセンと付き合っていることはまだ秘密にしているのだ。だから気軽に相談できる相手は限られている。
ずーん……と落ち込んでいたら、「あのさ」と少し呆れた調子の声が聞こえてきた。ゴーグル越しに視線を向ければ声よりもいくらか柔らかい表情をしたDJがちょうど席を立つところで、いつもより少しだけ真剣そうな視線を受け止めている間に形のいい手が首元のヘッドフォンに伸びる。無意識の所作か、指先で弄びながらDJは軽く首を傾けて見せた。
「ディノとかオスカーに聞いてみたら?」
「へ?」
「ふたりとも11期だしアッシュとも仲が良いっぽいでしょ。俺よりよっぽど頼りになりそう」
そうか、その手があった!つい目が輝いてしまうのを感じながら、考えが及ばなかった自分に若干不安を覚えつつ椅子を蹴飛ばすように立ち上がってDJの片手を握りブンブン振る。
「サンキューベスティ!さっそく行ってきマース!」
結論。なーーんにも分からなかった。
いや、これはオイラも良くない。流石に「アッシュパイセンと清く正しいお付き合いをしてマス」なんて言えるはずもなく、すごーく遠回しな聞き方になってしまった自覚がある。
特に「アッシュパイセンって手が早そうに見えて全然早くない…ああえっと、早くなさそうだよネ!」とか「淡泊そうだけどどうしたらその気になってくれるのカナ?」とか、とんでもない悪手を出しまくってしまった。仕方ないジャン、アッシュパイセンは言いふらしたりすると不機嫌になりそうだし。
ディノパイセンは絶妙に察しが良いから気付かれちゃった気もするケド、赤くなったり慌てたりしてたのを見るに、お付き合いしてる人がいる気がする。というか十中八九、いる。察しもついてるからゲットしてはいけない情報もゲットしてしまったような……?これは俺っちの胸の内にしまっておかなきゃ。
オスカーパイセンは「手は早いだろうな、すぐスパーリングを挑んでくるあたりからも察する」とか「淡泊…?味か…?」とか、年上とは思えない発言が出てきて逆に心配になっちゃったヨ。
そんなこんなで収穫はゼロ。どうしよう、解決の糸口が掴めない。むむむ……と考えながら歩いていたら、目の前を歩いていた誰かとぶつかってしまった。
「っとと」
「おや、すみません」
「ウウン、オイラも考え事してて全然前見てなかったヨ。ごめんネ、ヴィクターパイセン」
振り返ったヴィクターパイセンを見上げながら首を振る。どこか冷たく感じる顔に笑みがあるだけで、ヴィクターパイセンは一気に印象が柔らかくなるからちょっと不思議な感じ。見下ろしてくるエメラルドグリーンの目が少しだけ意外そうに見開かれた。
「いえ、立ち止まっていたのは私ですから。それにしても珍しいですね、いつも目を光らせて情報収集をしている貴方が周囲も見えなくなるとは」
「あ、はは……ちょっと……、……アッ!!」
ピーンと閃いてしまった。たとえ魅力がなくてもアッシュパイセンを無理やりその気にさせれば良いのでは……?それがダメでも解決のキッカケになることが起きてほしい。いざ魅力がないとか言われたらそれはそれでかなり落ち込んじゃうけど、何もわからない現状よりはマシなハズ。
そして目の前には運よくサブスタンス研究の第一人者。聞かない手はないよネ!!
「ヴィクターパイセン……エッチな気分になっちゃうサブスタンスとか本音が分かるサブスタンスとかない?」
「おや、随分と乖離した二択ですね。そういったサブスタンスが存在していることは確認されていますが、あいにく私が管理している中にはありませんし仮にあったとしても簡単に貸し出すことはできません」
「うう……ソウデスヨネ……」
本日二度目の撃沈。肩を落としたところで、微かにヴィクターパイセンの笑う声が聞こえてきた。
「ふふ、そう落ち込むのは尚早ですよ。本音が分かるサブスタンスに近しい代替品でしたら、用意することは可能です」
静かなイーストセクターのリビングでひとりソファーの上に座っていると、シャワールームのほうから微かに水音が聞こえてきた。時刻は夜6時。トレーニングを終えたアッシュパイセンがシャワーを浴びているのだが、俺っちは人知れず緊張していた。
じっと、テーブルの上のペットボトルを見つめる。ラベルも何もない、ぱっと見はラベルレスのただの水だ。……いや、ただの水だった。ヴィクターパイセンがミネラルウォーターのボトルを開栓して無味無臭の透明な液体を混ぜてから渡してきた、ちょーっと特別な水である。
これを今からアッシュパイセンに飲ませる必要があるのだ。
『自白剤を応用して作った、決して嘘がつけなくなる薬を混ぜました。副作用はありません。効果は1時間程度かと。あくまでも嘘がつけなくなるだけですので、黙秘やごまかしはできてしまう代物です。使用するのなら不意打ちの方が良いでしょう』
使用後は所感を教えてくださいね、とにっこり笑ったヴィクターパイセンは薬に対する好奇心か、それとも何かを察しているのか、詳細は聞いてこなかったから正直助かった。
ジェイは仕事の後で10期の飲み会があるから帰りが遅くなるって本人から聞いたし、グレイはオフで実家に帰っている。……ふたりっきりになるチャンスなんてめったにない。今日やらなかったらこんな悶々とした気持ちを抱えたまま、また数週間過ごす羽目になっちゃう!
アッシュパイセンごめんネ!と心の中で謝ると同時にアッシュパイセンがシャワールームから出てきた。ミッションスタートだ。
「アッシュパイセン、お疲れサマ♪」
オイラはボトルを手に取って、パイセンのほうに投げ渡す。放物線を描いて飛んで行ったボトルはアッシュパイセンがしっかりキャッチ。
「気が利くじゃねぇか、クソガキ」
言いながら蓋を回したアッシュパイセンが一瞬怪訝そうに手元を見つめたことで、オイラの心臓がドキッと跳ねる。すでに開栓してあるから、ひねったときの違和感はあるハズ……。バレたか?と思ったのも一瞬で、パイセンは気のせいだと判断したのか口をつけて中身を半分近くまで飲んでくれた。内心でガッツポーズをする。
薬の効果は即効性らしい。蓋を締めつつ部屋のほうへと体を向けたアッシュパイセンに、俺っちはソファーから立ち上がって大きく息を吸い込み元気よく……一番気になっていることを聞いてみた。
「アッシュパイセン!エッチしたいくらいオイラのこと好き!?」
「あぁ?抱きてぇくらい好きに決まってんだろ、ふざけんな。……!?!?」
サラッと言われた本心に俺っちも言った本人のパイセンもフリーズした。フリーズした理由は全く違うんだろうナ。
でも……どうしよう……自分の顔面がものすごーく緩んでるヨ……。混乱しながら耳を真っ赤にしたアッシュパイセンを見て、えへぇ……と変な声が出ちゃうくらいゆるゆるだ。ものすごく嬉しい。パイセンは面と向かってこういうこと言ってくれることがほとんどなかったし、素直に言ってくれるとも思えないし。しまった、この最高な一言を録音しておけばよかった。でも聞けただけでとってもハッピー。ヴィクターパイセン、ありが……――
「何かしやがったな!?これか!!」
バコーンとペットボトルが床に叩き付けられる音で俺っちは我に返った。耳を真っ赤にしてうろたえているアッシュパイセンは顔こそ怒っているが、どちらかというと羞恥心を隠しているっぽい。
その証拠に部屋に逃げようとするアッシュパイセンだが、逃がすわけにはいかない。
「パイセン!!ちょっと待ったァ!」
「うおっ!?クソガキ……っ、ブン殴るつもりはねぇ!…!?あぁクソ!!」
薬のせいで嘘がつけないパイセンの言語が怪しいことになっているケド、そんなことは気にしてられナイ。能力で糸を出しパイセンの体に巻き付けて引っ張るものの、体格もパワーも全然違うから引き摺られてしまう。このままじゃ逃げられちゃう。
「んぐぐ~~……!ヤダヤダ~!!もっと聞きたい!アッシュパイセンが全然手を出してくれない理由も聞ーきーたーいー!!ねぇ何で何で!!」
「んなもん、テメェの潔癖、っ!うるせぇ!!黙れ!」
「うるさいのはアッシュパイセンもじゃん!!」
「俺は良いんだよ!!」
「暴君!!!」
「うおっ!」
動揺した隙をついて足をすくい上げ、バランスを崩したアッシュパイセンをそのまま一気に引き寄せた後、無理やりソファーの座面に転がす。座面と背もたれごとパイセンをぐるぐる巻きにしてみた。暴れているけどさすがのパワーファイターでも抜け出せないみたい。アッシュパイセン捕獲大作戦、大成功♪
「ふざけんなクソガキ!!」
ガッタンガッタンとソファーを揺らして抵抗するパイセンの頭に青筋が浮いててとっても怖い……怒鳴り声もだけど。
「コラーーーーー!!騒いでいるのは誰デスカ!!」
「「!!」」
言い合いみたいになってきたところで、オイラの後ろから大きな声が聞こえた。この声は間違いなく大統領だ。振り返ると怒り顔になっている大統領がイーストセクターのリビングに入ってくるところで、独特の足音を立てながら俺っちのすぐ近くまでやってくる。
「声が廊下まで聞こえてきていマシタ。もう少し静かにしてクダサイ」
「えへへ、ごめんネ大統領。ちょっとハッスルしちゃって☆」
「主にアッシュの声デシタ。アッシュ、お静かニ」
「おい、それより先にコイツに言うことがあるだろうが!」
「ビリーにデスカ……?ハテ……?」
「この状況を見て何も思わねぇのか、アホ!」
アッシュパイセンはぐるぐる巻きにされてご立腹である。大統領がアッシュパイセンを解放するようにオイラに言うことを期待しているみたいだ。ちょっぴりハラハラしながら待つも、大統領は軽く体を斜めにして……首?を傾げてみせた。
「家族のコミュニケーションデショウ?」
「……は?」
「ジェイが言っていマシタ。イーストセクターの研修チームは家族ナノダト」
思い出した。前にオイラがそんな話をしたことがあった気がする。確かジェイがお父さんで、グレイとアッシュパイセンがお兄ちゃん……というヤツ。ジェイがその話を大統領にしたということらしい。
「アッシュとビリーは家族のようなモノ。であれば、ジャックが家族のコミュニケーションを邪魔するのは良くありマセン。ヴィクターとマリオンが喧嘩をしてるのも仲がいい証拠だと教わりマシタ」
「仲がいいヤツはこんな風に縛ったりしねぇだろうが」
アッシュパイセンの発言はごもっとも。でも大統領は上半身を左右に振って否定した。
「マリオンは仲良しでも鞭で叩いてイマス」
「一緒にすんじゃねぇ!!!」
「アッシュ、これ以上騒ぐようならお仕置きデスヨ」
ゴゴゴ……と音が聞こえてきそうなジャックの怒り顔にアッシュパイセンは言い返せなくてぐぬぬってなってる。ドンマイ、アッシュパイセン。……オイラのせいだけど。
「引き続き、声の大きさには気を付けてクダサイ。デハ、ジャックは戻りマス」
引き返した大統領がイーストセクターのリビングからいなくなって、部屋には何とも言えない静寂が満ちている……オイラは能力を解除してアッシュパイセンを解放した。ペットボトルを拾い上げて、脱力したようにソファーに腰かけ直すアッシュパイセンの足の上に向かい合う形で腰を下ろす。じろ、と睨むように見上げてくるアッシュパイセンの言いたいことがよーくわかる……ような気がする。
だからまずゴーグルを外した。オレンジだった視界がクリアになって、不機嫌そうな視線が絡んでくる。これでオイラも表情が隠せないおあいこだ。
「ンフフ、パイセンちょっと待ってて」
ペットボトルの栓を開ける。口をつけて、常温より少し冷たい水を飲み込んでいく。味は本当に無味、匂いも無臭。パイセンと同じくらいの量を飲み込んで、驚いている顔を見ながらペットボトルの蓋を閉めてソファーに転がした。
アッシュパイセンが恥ずかしい思いをして伝えてくれたんだモン。オイラもしっかりお返ししたい。
「アッシュパイセン、大好き♡いっつもコワ~イ顔してるけどけっこう優しいし、今回はオイラが潔癖気味だって知ってたから様子見してくれてたんだよネ?俺っち愛されてる~♡」
「……っ、黙ってろ……!」
「パイセン照れてる?可愛い~~♡♡」
「チッ、テメェはソレ飲んでてもいつもと言ってることが変わらねぇな……」
「ボクちん、パイセンに対してはほとんど本音しか言わないからネ♪」
「フン……なら尚更、んなモン飲む必要ねぇだろうが」
アッシュパイセンは吐き捨てるように言いながら、オイラの腰に両腕を回してくる。確かにそうかもしれないケド、オイラの言葉に説得力がないのは自分でもよく分かってるから、アッシュパイセンが俺の言葉を信じてくれるならお安い御用だ。
それに……
「オイラにも時と場合によっては言えないことがあるモン。面と向かってパイセンに聞けないから、ヴィクターパイセンにお願いしてコレを用意してもらったわけだし……」
「あの野郎……」
ヴィクターパイセンの名前を出してペットボトルに視線を向けるとアッシュパイセンが苦々しく呟いた声が聞こえてきた。怒られそうなのを承知で、片手でアッシュパイセンの頭をよしよしと撫でる。すぐに避けられたケド、アッシュパイセンは睨んでくるだけで何も言わない。
「ヴィクターパイセンを怒らないでヨ、オイラがお願いしたんだから。それにパイセンの本音が聞けて、オイラ大満足♡……正直、シラフで聞いてパイセンから面と向かって拒否されたらどうしようとか、やっぱりいらないとか言われたらどうしようとか不安でいっぱいだったし」
『俺、拾われっ子だから捨てられるのが怖いよ』……その一言は飲み込めた。
どんなにお父さんが愛してくれていても、小さい頃から抱えてきた不安は未だに心の中で小さく巣食ってる。食べるものにも困るような生活の中で小さい子供を抱えながら生きることは本当に難しかったと思うし、血の繋がりだってない。一番お荷物なオイラはいつか捨てられるかもしれない……そう思うのは仕方ないことだし捨てられたくなくて良い子にしてた時期もあった。大きくなっても深い付き合いをしてこられなかったのは、お金が必要だったって状況もあったとはいえ、やっぱりいらないもの扱いされる不安があったからだと思う。
でもヒーローになってイーストセクターの研修チームに入って、アッシュパイセンを好きになって……そういう不安と付き合いながら生きていっても良いのかなって思えたんだ。だってアッシュパイセンはどんな本音をぶつけても受け止めてくれそうだから。オイラが叩いた軽口に怒りながら追いかけてくれる人なんて今までいなかったもん。
いつも本気を返してくれるアッシュパイセンが好き。分かりにくくて分かりやすい言葉で、取り繕わずに言ってくれるから俺も自分を変に繕わなくていいって思える。傷つかなくていいようにガードしてる殻を少しだけ緩めて、自分を出すことができる気がしてるんだ。
「…………」
クっと眉を寄せたアッシュパイセンの両手が腰から移動して俺っちの耳に強く押し当てられる。耳をふさがれた状態で、パイセンの口が動き始めた。言いたいことは言うのに、聞かせる気はないみたい。……でも、途切れがちに薄~く聞こえるし……なによりオイラ、口の動きである程度のことは読めちゃうヨ?
何を言われるのか気になって余計に耳を澄ませてしまう。自分の早い鼓動に邪魔されながらパイセンの口の動きを追う。
――テメェを捨てるつもりなんざ、1ミリもねぇよ。
――アホみてぇに好き好き言ってきやがるくせに、勝手に不安になってんじゃねぇ。俺に許可を取ってから不安になりやがれ。
――それでもウダウダ言ってんなら、ビルだろうが宝石だろうが望むもんをくれてやる。不安に思うヒマがねぇくらい、アッシュ・オルブライトに貢がれてろ。
「ンフフ……っ」
随分な告白を聞いて、思わず笑っちゃった。嘘がつけなくても横暴な言葉がアッシュパイセンらしくてほわほわと胸の辺りが熱くなる。……ううん、ちょっと痛いくらい。
言いたいことが言えた様子のパイセンはオイラの耳から手を退けてフンと横を向いた。さっきよりはマシになっているケド……ちょっぴり耳の辺りが赤い。
「パイセン、ビルとか宝石とか、モノじゃなくても良いんだよ、オイラ。前はパイセンからのお金が欲しい~♡って思ってたけどネ。今一番欲しいのは、パイセンからのハグ♡」
「聞いてんじゃねぇよ。……チッ」
にっこり笑ってオネダリしたら、でっかい舌打ちからのでっかい溜息の後で背中に両腕が回される。アッシュパイセンが使っている香水と体臭が混じりあった匂いが一気に近くなって幸せいっぱいだ。
「ペラペラの体しやがって……もっと肉をつけろや」
何かを誤魔化すような言い方に、オイラの勘がピーンと働く。
「にひひ、理由は?」
「折れそうなんだよ、クソガキ」
「……何してるときに?」
黙秘したパイセンに至近距離から無言で睨まれて、俺っちは察してしまった。つい顔が緩んで、余計に向けられる視線が鋭くなる。両手を太さのある首に回して耳に口を寄せると、何かを警戒したのかアッシュパイセンの体に少しだけ力が入った。
好きだから怒らせて興味を引きたい。でも今はたくさん動揺して、言葉でも表情でも気持ちを教えてくれる恋人を……もっと困らせて煽りたい。だってこの二週間、オイラは無駄に不安になってたんだモン、ちょっとくらい仕返ししたって良いじゃん。
聞きかじっただけの知識を総動員し、息を多めにした小さな声でそっと『お誘い』を吹き込んだ。
「折れないから、腰掴んでいっぱいぱんぱんして良いヨ……♡」
「ばっ…!?テメ……っ!」
慌てて離れたパイセンは首から上が真っ赤だ。今日一番じゃないかってほど狼狽えてて、噴き出すように声を出して笑っちゃった。すっごく恥ずかしいけど、素直な反応を返してくれるのが嬉しい。なんだか気を許してくれている気がする。
貴重な顔を眺めてニヤニヤしてたら、真っ赤なまま怒り顔になったアッシュパイセンがグッと腰を掴んでくる。布越しでも分かる掌の熱さが伝わって触れられた場所がムズムズと落ち着かない。しかもパイセン側に引き寄せるような力が加えられた。
……もしかしてこれって、そういうコト……?ぶわっと頬が熱くなる。
「今度覚悟しろよ、クソガキ……」
あああやっぱり……!オイラの想像を裏付けるように低い声で脅されて、手加減してもらえなさそうとか、俺っちの体大丈夫カナ?とか色々考えちゃった……ケド、それ以上に幸せな気分。えへへ……ボクちん、とっても愛されてた。
「うん♡……アッシュパイセン、ちゃんと覚悟するから今日はチューしてほしいナ♡」
最後にもうひとつオネダリしたら、やけくそになったみたいな顔で顎を掴まれる。瞼を下ろしながら、後で「ファーストキスだったヨ」って伝えたいな、なんて考えていた。
「ビリー?どうしたの、おじいちゃんみたいなポーズして」
DJとばったり出会ったのは外泊した次の日のオフだった。ちょっとよろよろ歩いていたら、怪訝そうな顔で声をかけてくれたのだ。少し心配そうな声音にありがたいような恥ずかしいような気持ち……になったけど、今言えば報告も兼ねられるのでは……!オイラはニヤけ気味な笑顔でDJを見上げる。
「パイセンに愛されすぎちゃって……♪」
「はぁ……いきなり惚気ないでよ。声かけなきゃ良かった」
流石ベスティ、一言で察してくれたようで眉を寄せながら返された。でもどこか楽しそうな雰囲気になっていて、その証拠に口元は笑っている。DJも素直じゃないから分かりにくいけど発展したことを喜んでくれたんだネ。
「ンフフ~♪まさかあんなコトやこんなコトまで!?ってなったケド、ボクちん愛されちゃうタイプだから仕方ないな~♡」
ルンルンで報告したらDJがわざとらしく肩をすくめてみせた。
「何日か前に、俺になんて言ったか覚えてる?」
もちろん、覚えているとも。記憶力はイイんだヨ。
「……♪オイラって魅力いっぱいだと思わない?」
「はいはい、ごちそうさま」
end