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    #ろ〜こらAC企画 現パロ

    DAY1 12/1 ハート型のチョコレート多分、顔が好みなのだと思う。とてつもなく。
    そうでもないと説明が付けられない。おれがどうしてあんなにあのひとが好きなのか、なんでこんなにあのひとの全部にめちゃくちゃにされてるのか、まったく論理が通らない。なにせ生まれてこの方二十数年、他の人間には一度たりとも感じたことがない感覚なので、そう思うことしかできなかった。
    おれが小さいころから好きで好きでしょうがなくて、いまは国一番の医学部を持つ大学に通うために下宿させてもらっている家主、同居人という立ち位置に収まっている男、ロシナンテは、ほんとうに、なんというか、さまざまな美点を吹き飛ばしちまうくらいにはあまりにドジな男なのだ。潔癖の気があるおれがしょっちゅう吹き出した熱い茶を顔面に掛けられ転んで泥だらけになるのに巻き込まれたって仕方ねえなで済ませてしまうのは、本当に、理屈ではありえないことなのだ。
    だけどロシナンテが相手だからなんだって許してしまう。おれが一生そばで世話焼いてやりたいとすら思う。あばたもえくぼなんてよく言ったものだ。
    ロシナンテは、たしかに顔はいい。目つきが悪く、少し不機嫌そうに眇め見るように目を細めたときなんかにはぞわりと背骨が震えるような色気がある。これは理屈通り越して好いてしまった好みの顔への欲目かも知れねェが。背も高く足も呆れるほど長い。黙っていればモデルだって出来そうな男だ。少なくともおれにはそう見えている。周りの人間からすれば怖いだの迫力があるだのが先に来るらしいのだが。だから多分、顔がもうあまりにも好みなんだろう。ほかの欠点を全部まるっと覆い隠すぐらい。何があったって揺らがないくらいに。
    顔の好みってのはすこぶる判断を狂わせるらしい。なにせおれはほかのやつらと並べたときに、あのひとと他人を同じ人間だとは思えないくらいに特別に思ってしまうので。
    たぶん、あのひとはおれを面食いのガキだと思っている。おれの父様がやっている医院を頻繁に訪れるドジな患者と医院で父様の仕事を遠くから見るのが大好きだったガキとして出会ったころにはロシーにいさま、なんて呼んで懐いていたらしい(おれには記憶がない、断じて)おれのことを未だにあのひとの膝くらいの背丈しかねェガキだと思って甘やかすあのひと。
    だけど実際のところ、あのひとのことを面倒みてるのはおれだ。そういう自負がおれにはある。ロシー、と家族があのひとを呼ぶ愛称から卒業したのは高校を卒業して同居にこぎつけてからだ。いつかまた呼べればいいと思っているが、それはあのひとをおれのものにしてからだと考えていた。これから世話になる、と頭を下げたその日、ロシナンテ、と噛み締めるみたいにその本名を呼んだおれにあのひとは驚いたみたいにそのきれいな赤いろの目を瞠って、おまえにそう呼ばれるのなんか照れるなァ、と笑ったものだ。ロシナンテ兄様、じゃないのかァ、なんて、茶化すように付け加えて。
    こちらとしては一大決心だったというのに、ロシナンテが眦を下げてなんだか悲しむみたいに寂し気に、見たことない顔で笑うものだから、こいつガキが背伸びしてるくらいにしか感じてねェな反抗期だとでも思ってんじゃねェだろうなと勘付いてめちゃくちゃにむかついて、ほとんど恨めし気に睨みつける羽目になったのは忘れがたい屈辱である。
    もう少しだ。もう少しでおれは医学部を卒業して、医者の卵になる。
    そうしたらいい加減ガキは卒業だ。あんたが大事なんだとおれにしてはめちゃくちゃに頑張って素直に表現しているつもりの精いっぱいの好意と本気をまったくもって理解しない、家族愛だの年上への憧憬だのの延長に置こうとするあのドジっ子を口説き落としてものにする。そうでもしないとこの理不尽の埋め合わせにならない。顔が好みだったばっかりに一生離れられないで、追いかけて足掻いて手を伸ばして、おればっかりこんな目に遭っている。おかしいだろうと思う。
    「ただいまァ!」
    その晩は、やけにロシナンテの帰りの遅い夜だった。おれは奴が見たがっていたからてっきり間に合う時間に帰ってくるだろうと思っていた映画の再放送のエンドロールをイライラしながら睨みつけ、いつまで経っても鳴らない電話を片手にリビングでロシナンテの帰りを待っていた。
    二次会、下手すりゃ三次会まで行きやがったな。おれと気まずくなるといつもは断るか一次会で帰ってくる職場の飲み会で深酒をするのがロシナンテの悪癖だった。終電逃したというメッセージを送りつけてきた挙句電話にも出ず既読もつけずに酔っ払って道端で寝こけてるあのひとを探しに深夜二時に自転車で乗換駅の隣町までかっ飛ばして汗だくになったこともあれば同僚の家に泊めてもらうというメッセージを見てタクシー飛ばして迎えに行ってでろでろの酔っ払いを回収したこともある。
    あんたといると頭がおかしくなりそうだ、と、酔っ払って甘ったるい声でおれを呼ぶでけェ男を担いでこの家に連れ帰りながらおれは毎回口にする。ろぉ、おまえが迎えにきてくれたんだな、と、いつも駆けずり回って汗だくで精いっぱいのおれを、笑ってあの男が抱きしめるからだ。ぎゅっと強く、背骨が軋むくらいに。いつもおればっかり必死でばかみてェ、と思うのに、好きだと言っても腕を掴んでキスしようとしてもおれの思う通りにはなってくれないひどい男のくせに、おれのことを世界で一番愛しているみたいな顔で笑っておれを抱きしめる、そういうわるい男だった。
    「ロシナンテ」
    まあ今日は自力でおれのところに帰ってきただけまだいい。立ちあがって玄関のほうへ駆け出したのは、あのドジっ子が靴を脱ぐ拍子にすっころぶのが目に見えているからだ。好きで好きでたまらないのに素直になれない哀れなおれが声を怒らせているのに、案の定ドアの内鍵を掛けるのに永遠に手こずっているデカい背中がへらへら笑って振り向く。
    「この酔っ払い! 駅着くまえに連絡寄越せっていつも言ってるだろ! あんたドジなんだから。またどっかですっ転んだんじゃねェだろうな」
    ドジなだけあって、昔から傷の絶えない男だ。それを見るたびおれは胃のあたりがむかむかする。はやく医者になって、その身につくすべての傷を治せるようになっておかなければと思う。小さい頃からずっとそうだった。
    「あはは、心配しすぎだっての~……。それに今日は無傷だぞ、ほら!」
    酔っ払いはへらへら笑いながら、足元に置いていたでかい紙袋を掴んで持ち上げる。珍しいことに破れてもいなければ汚れてもいないそれには、駅前の大きな百貨店の上品なロゴが飾られていた。
    「あ? なんだそれ」
    「アドベントカレンダー。知ってるか? ロー。 ほら、クリスマス近いだろ?」
    上機嫌な酔っ払いはおれの肩に手を乗せて辛うじてバランスを取りながら革靴を脱ぐと、にい、と口角を吊り上げる。そのままおれの肩を抱き、リビングのほうへと大股で歩き出したロシナンテが楽し気な声で言う。今年のクリスマスイブもクリスマスもロシナンテの予定を独占したい、イブはいいレストランを予約しよう遠出をしよう当日は家族らしくふたりで家でゆっくりしようと完璧に練り上げたデートプランを披露したおれにそろそろ彼女作ったらどうだなんてふざけたことを言ってきやがったことにキレて喧嘩をして、という、今朝がた起こったそういうことをすっかり忘れたみたいな顔をして。
    「良いもん入ってるからさ、一個ずつ開くんだぞ。日付書いてあるだろ? イブまでまいにち楽しみだなァ」
    コートも脱がないままもう映画が終わって深夜帯のニュースを流すだけのテレビの前に大きな紙袋を置いたロシナンテが、がさがさと音を立てて中身を取り出し、きっちりと掛けられたクリスマス柄の包装紙を何の感慨もなくびりびりと破いていく。ご機嫌斜めなガキのご機嫌取りのつもりで買ってきたんだろうそれを、おれはなんとなくむずむずした思いで眺めていた。
    こちらを振り向いた鼻の頭から額の端まで赤い酔っ払いが、一抱えはありそうなアドベントカレンダーをおれに見せびらかす。ロシナンテが笑う。やっぱりこの顔が好きだと思う。特に笑った顔が。たまらない気持ちになる。胸が潰れそうな思いを味わう。自分だけに笑っていてほしいと思う。こんなに苦しいのに、こんなにも愛おしい。何にも理屈が通らないくせに、ぜったいに手放してなるものかと思う。
    なのに。
    「……、あのときだってこういうことを、たくさんしてやりたかったんだ」
    なにかを噛み締めるみたいに、眦をさげてどこかくるしげに笑ったロシナンテの表情が、ここにはいない誰かを見つめるそれだった。

    「前はできなかったから。……嬉しいぜ、ロー」

    まるで雪のなかに放り投げられたと錯覚するくらいに、全身を冷たい厳しさが突き刺した。心臓のまんなかを氷の槍に射抜かれたような、そういう感覚だった。わけがわからないことを言われた。先に理性が言葉の意味を的確に読み取っているというのに心が理解を拒んでいる。訳の分からない言葉だ。理解してしまったあとにそう思う。
    前。前はできなかったから。誰に。おれじゃない誰かにだ。
    このひとは、おれを通じて誰かを見ている。そう言われたようなものだった。
    おれではない誰かを?
    その愛を、おれのものを、まるで他の誰かに渡したかったみたいな言いぐさだ。
    違う。―――あの言い方はまるで、おれが、おれがだれかの、そいつの代わりみたいな。
    「は?」
    どれだけそうしていただろう。おれが憤りと疑問と怒りとそれから言葉に出来ない激情のすべてを込めて零せたのは、たったその一文字だけだった。
    凍り付いたはずの心臓が、嫌な音をたててばくんと跳ねる。こめかみのあたりで血管が千切れたんじゃないかと思うほど頭の奥がきんと痛む。一呼吸おいて全身の血が沸騰する。理解を拒む脳みそを理性でねじ伏せ正当に怒りを表現するまでに、上機嫌な酔っ払いは立ち上がり、硬直したおれの頭をぐしゃぐしゃ撫でてコートをもぞもぞと脱ぎ、そこで力尽きてすぐ転ぶロシナンテ対策に敷いてある毛足の長いラグの上にごろりと横になり、瞼を閉じている。それだけの長い時間微動だにせず目の前が真っ赤になってるおれのことなんてちっとも気にかけず、抱きしめもせず弁解もせず、酔っ払いが寝息を立て始めている。
    「おい起きろ」
    立ちあがってその傍に歩み寄った。タイを緩めただけの姿で赤ら顔の酔っ払いがそこに転がっている。大の字に倒れ込むロシナンテの上体を跨ぐ。怒りが過ぎると目の前がちかちかと白むのだ。新鮮な感覚だった。
    「起きろって言ってんだろうが、ロシナンテ」
    頭のなかがめちゃくちゃだ。まるでおれの愛のことばを相手にしない大人。酔っ払ったときにだけおれの知らない甘ったるい声でおれを呼ぶ男。抱きしめて頬ずりをしてくるそのときに、迎えにきてくれたんだな、と、いつも眦を蕩かせるすがた。
    「起きろ犯すぞ」
    自分の声とは思えないくらい冷たい声が出た。いつだってこのひとを想ってきた。だいじにしてきた。理屈が通らないくらいに好きだった。好かれていると思っていた。耳の奥でリフレインするあの甘ったるい声が、おれの心をいつだってめちゃくちゃに揺さぶってきたそれが、まったく違う意味に思える。
    ―――迎えにきてくれたんだな。
    ああそうだ。おれはいつだってあんたを迎えに行く。深夜の二時だろうが三駅むこうの知らねえ男の家だろうが地球の果てだってあんたがいるなら迎えに行く。あたりまえのことだろうが。
    なのになんで毎回、あんな奇蹟を目の前にしたみたいに嬉しそうに笑うんだ。
    ばかなおれはそれをおれが愛されているからだと思っていた。いまのいままで。愚かすぎるおれをあざ笑うみたいに、ていねいに答え合わせをされた気分だった。あんたを迎えに来なかっただれかを、あんたを置いて立ち去っただれかを、あんたに背を向けて戻らなかっただれかを、おれに重ねていただけだったのか。
    それは、おれの理性をぐちゃぐちゃにするには十分すぎる現実だった。
    呑気に寝息を零す赤らんだほおをてのひらでべちべちと叩く。こんなときだって強く打てない自分に泣きたい気分になる。本気で許さねェと思っているのに泣いて暴れて慰めて欲しがっている。
    は? 誰かの代わり? いつから? ずっと?
    頭の中に疑問符が飛び交い、気が狂いそうになる。人生のうつくしかった記憶のすべてがめちゃくちゃに叩き壊されたみたいな気分になる。
    「―――おれを愛していると言ったくせに」
    すきだというと、いつもそう返されてきた。おれは愛してるぜ、と、慈しみの声音がいって、おれを撫でて、微笑んで。
    おれにとってはそれが、この理性のまるで作用しない思いを抱き続けるための拠り所だったというのに。
    酔っ払いは目覚めない。呑気に草刈り機の通信販売を映し出すテレビの前に置かれたテーブルの上に鎮座するアドベントカレンダーを振り向く。誰かのために用意されたそれを、ひっくり返して全部めちゃくちゃにしたいと思った。目の前で幸せそうに口元に笑みを浮かべて眠るその男との間にある大切なはずのすべてを台無しにしてしまうまえに。
    ロシナンテは、おれからすればずいぶんと年上の男だ。おれが知らない過去があるのも、当然といえば当然のことなのかもしれない。おれは案外、このひとのことを何も知らないのかもしれない。
    おれではない誰かを愛していたのかもしれない。
    いや、そもそもおれを愛していたのは、そのかわりだったのか。
    おれを思って選ばれたものではないおれのための贈り物をどうしてやろうかと思いながら、薄く開いた唇から酒臭い寝息を零す男を見下ろした。
    さすがに途中で起きるだろう。暴れるだろうか。ロープの代わりになるものを考える。からだがデカい上に力もつよい男であるから、ベルトや何かでは引きちぎられるかもしれない。こんなに無防備なくせに、甘ったるい声で呼びたかっただれかではなくおれに本気で迫られたらきっとひどく暴れるのだろうと根拠もなく思った。
    少し前まで、きっとおれが本気で願ったらこのひとはぜんぶ許してしまうのだろうと滑稽にも考えていた自分に腹が立った。だから大事にしたかった。だからちゃんと口説き落として、じぶんから頷いてほしかったのに。
    めちゃくちゃに犯してやろうと思った。
    理屈じゃありえねえのにこのひとのことしか頭になかった。想像するのはいつもロシナンテだ。男とのセックスの仕方を調べては想像のなかで熱くなって、冷静になったあとなんでだと茹だった頭を壁に叩きつけた夜もあった。大人になったら告白してキスをして恋人になってからだいじにだいじに抱きたいと思っていた。
    これ以上ないくらいに好条件の男になってから、愛しているからあんたのそばに一生一緒にいてやるし一生面倒みてやると告げて、きっといまさら信じられねェみたいな顔で驚くだろうひとのことを、時間をかけて正攻法で口説き落とそうと思っていたのに。
    おれがそんな思いを込めてじっと見つめるさきで、このひとはおれにどんな相手を重ねていたのだろう。このひとのことを迎えにこなかったようなやつに重ねて、おれになにを見ていたのだろう。
    「はー……」
    獣じみた嘆息が零れる。おれは決してこんな男じゃないはずなのに、全部が全部むちゃくちゃで、自分が何をしようとしているのかも分かっていなかった。
    いつもそうだ。
    このひとといると自分が自分じゃなくなって、頭がおかしくなりそうになる。いい加減に諦めた方がいいと冷静な自分が何度言っても、そのたびに理性を本能が圧倒して理性のおれはあわれ切り刻まれて絶命する。このひとから離れるなんてありえない。一瞬だって目を離していたくない。手を離したくない。傍に居たい。ばかみたいにそればかりを叫ぶ本能に、おれは人生をめちゃくちゃにされてきた。今日この瞬間まで愛おしくてたまらなかったその事実が、いまはまるで冬の海に突き落とされたみたいに冷たく絶望的なものに思える。
    いよいよ深くなったロシナンテの寝息をよそに、おれはゆっくりとその直上から身体をずらす。なによりも愛しかったはずの、いまは世界の誰より憎いその顔からゆっくりと目を反らす。なんにせよ準備が足りない。いつかこのひとを甘やかすために必要だと思っていたものを数え上げながら、おれは少し頭を冷やそうと思って冬の匂いをつれたロシナンテのコートだけが残るソファにのろのろと戻って乱暴に腰かけた。
    大きなアドベントカレンダーが、目の前に鎮座している。二十四個の数字が書かれたそれ。
    冷えて震える手を伸ばした。それでも律儀についさっき今日に変わったばかりの日付の書かれた一日目の引き出しから開いたのは、たぶん、こんな時だってロシナンテを愛しているからで、迎えに出たさきの玄関での笑顔と楽し気な声が脳裏によぎったからだった。おれではないだれかと楽しみたかったとしても、おれに与えるために買ってきたのは事実だ。少なくともそれだけは。こんな時にも与えられるものに縋りつきたくなるくらいに、おれはひどい男を愛しているので。

    ちいさな引き出しのなかに入っていたのは、何ということのないハートだった。
    真っ赤でチープな包装用の銀紙に包まれたそれ。赤いハートのチョコレート。

    おれではない誰かを思って用意されたアドベントカレンダーの、そのひとつめの贈り物。それだけのはずだった。嫌悪感を抱きながら噛み潰して、ふたつめ以降の引き出しだってぜんぶ雑に開けてめちゃくちゃにしてほんのすこしでも溜飲を下げて、こんどこそロシナンテの上に跨って。
    行き場を無くした激情は、もうあのひとを傷つけるほかないと思っていたのに。
    「……は?」
    掌のうちを見下ろして、今日何度目か分からない声が漏れた。思わず立ち上がってラグの真ん中を振り返る。ハート。ところどころにコーヒーや紅茶を零した色が落ちずにこびり付いた毛足の長い白のラグの真ん中に、大の字になって唇の端に笑みを浮かべて眠るひと。心臓。大事そうに抱えて帰ってきたアドベントカレンダー。赤。笑顔。ロシナンテ。雪の日。冬の。心。

    愛。

    ぞわ、と背筋を何かが駆け上った。思わず固く握りしめた手のなかを見下ろす。さっきまできんと冷えていた指先が沸騰しそうなくらいに熱い。全身から汗が噴き出しているのが分かる。てのひらの中にある真っ赤なハート。心。命。なにもかも。
    「……『コラさん』……?」
    考えるより先にその単語が口からこぼれた。
    そこからは、あっという間の出来事だった。

    他ならぬ、ここにいるおれに与えられていたすべて。
    点と点が繋がって、濁流のように脳内に流れてきた記憶によって胸を埋め尽くしていたすべての疑念と怒りと絶望が融解し、たったひとつの真実をおれに知らしめる。おれは足先から力が抜けるような安堵と今まで何にも気づかずにいた罪悪感と不甲斐なさ、喉が詰まるようないとおしさとそれからありとあらゆる激情に押し流された。理屈なんか何も残っていない。だけど知っていた。知っている。ずっと前から。
    「コラさん……! コラさん、コラさん、コラさん……!」
    「ぐえ! うお、な、なに? なんだ? どしたァ、ろぉ」
    大の字で眠るひとに飛びついて跨って胸倉を掴んで引き起こし、渾身の力でその身体を抱きしめる。さすがに起きてうめいたひとの、甘く掠れた声が耳を打った。すぐさま背中に腕が回り、ぜんぶ赦すみたいに抱きしめかえされる。強い力で、この世のぜんぶから守るみたいに閉じ込められる。
    「コラさん……!」
    「うんうん、コラさんはここだぞ。大丈夫、だいじょ……、ア!? コラさん!? ローお前記憶!?!」
    いっそ絞めてやりたいとすら思った首にしがみつく。愛してると震える声で何度も言った。何度も何度もそう叫んで、金糸の髪をぐちゃぐちゃに搔き撫ぜて頬に頬を摺り寄せる。掌の中であわれ握り潰されたとっておきの贈り物はとっくにどろりと溶けて銀紙からはみ出て掌に張り付きいまはコラさんの首筋に擦り付けられている。場違いなチョコの甘い匂いが鼻をくすぐる。あとでちゃんときれいにするから今だけは赦してほしい。だってずっと知らなかった。気づけなかった。何も。いつもそうだ。前もそうだった。
    吼えて叫んで抱きしめた。強い力で抱き返される。
    愛しているひとが、甘ったるく、ちょっと震えて濡れた声で、やっと落ち合えたな、と、笑う。頷いて、ごめんと言った。何回も。謝れなかったぶんも全部。今日までのすべてを込めて全部。だけどコラさんはおれの頬を何度も撫でて、笑って、いつもの通りの言葉をくれる。ほかでもない、おれのまんなかに注がれるそれ。
    「なんだァ、さきにはじめちまったのか? 楽しみすぎて?」
    「コラさん……」
    もうずっとそれしか言えずにいるおれの背中をポンポンと叩き、べっとりとチョコのついたおれの手を掴んで笑ったコラさんが、引き出しごと勢いよく抜き取ったアドベントカレンダーを振り向いて言ったのは、おれの肩がすっかり湿り気を帯びたあとのことだ。
    「明日からさ、いっしょに開けような。ふたりで」
    ぐし、と鼻を啜って目をほそめ、おれの掌のなかのハートのなれのはてに唇を寄せてそう言うので、おれは何度も何度も頷く。このひとがしてやりたかったこと。おれが喜ぶ顔を見たかったということ。そうだ。ずっと前から、ずっとずっと前からおれのすべてを包み込む、大きな愛がかれだった。



    ***

    素敵企画ありがとうございます!!
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    nostalgee_op

    DONEバレンタイン現パローコラ! #ローコラ版マンスリーお題 2月「バレンタイン」をお借りしました。
    バレンタイン雪辱戦大好きなコラさんが願うなら、なんだって叶えてやりたかった。それが星を掴むようなものであっても。ずっと前からそうだった。
    出会った時からずっとずっと会いたくて離したくなくてそばにいたかったひとだとわかっていたから、小さいころからローはコラさんを……、ロシナンテを見失わないようにすることで精一杯だった。いつだってローに特別を与え、大きな愛で包んでくれるひと。かれはローよりずいぶん先に大人になってしまっていたし、折に触れて訳知り顔でローの手を離そうとするものだから、大声で叫んで泣いて暴れる他に彼を引き止める手段のなかったローはもどかしくも悔しい思いをたくさんしてきた。いまでもロシナンテがローを置いて数か月もの間極寒の海の向こうに消えてしまったときのことを時折悪夢に見る。あっさりとローの手を振り払ってごめんなあと眉を下げて笑って列車に乗り込んで遠くに行ってしまうロシナンテに、ローが泣き叫ぶ声は届かないのだ。あのときにあの雪の降る港でかれを迎えにいけていなかったら、きっと悪夢は夜毎ローを苛んでいたに違いない。
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    nostalgee_op

    DONEローコラ

    893パロです
    めちさん(@km_mechi)の作品リスペクトです。※許可済
    美しい夜ロシナンテがシマの隅のほうに構えている『事務所』のひとつにカチコミがあった。そういう知らせを受けたとき、ロシナンテはちょうどその『事務所』からはけっこう離れたところにある古い中華レストランで食後の熱い茶を飲んでいた。
    どうやら予定確認の際についうっかり来月分のスケジュールを見ていたせいで、今日は兄との会食の予定が入っているとばかり思って行きつけのレストランにやってきたのだ。もとは有名なチャイニーズマフィアだった男がやっている、父の古い知り合いのレストランは兄弟水入らずで食事をするときにはよく使う店だった。
    そこで顔見知りの受付が驚いた顔をしたものだから今日は兄と約束していたはずではという話をしたら受付が真っ青になって予定表を大慌てで捲りはじめ、それでいつものドジをやらかしたと気付いて慌てて謝罪をして店を出ようとしたところでロシナンテ様にご足労いただいたのに何もせずにお帰しするわけには、と言いながらキッチンから出てきた老年の料理長に引き止められてしまった。子供のころから偏食のロシナンテのためにいろいろと料理を作ってくれていた彼のチャーハンを食べるのを楽しみにしていたのは事実だったのでカウンター席の端に腰を下ろし、お言葉に甘えてレタスがたっぷり入ったチャーハンを食べて料理長や顔なじみの店員と世間話なんかをして、腹いっぱいになったところでふらりと事務所に戻ろうとしていた。つまりはいつものドジの日だった。
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    出会った時からずっとずっと会いたくて離したくなくてそばにいたかったひとだとわかっていたから、小さいころからローはコラさんを……、ロシナンテを見失わないようにすることで精一杯だった。いつだってローに特別を与え、大きな愛で包んでくれるひと。かれはローよりずいぶん先に大人になってしまっていたし、折に触れて訳知り顔でローの手を離そうとするものだから、大声で叫んで泣いて暴れる他に彼を引き止める手段のなかったローはもどかしくも悔しい思いをたくさんしてきた。いまでもロシナンテがローを置いて数か月もの間極寒の海の向こうに消えてしまったときのことを時折悪夢に見る。あっさりとローの手を振り払ってごめんなあと眉を下げて笑って列車に乗り込んで遠くに行ってしまうロシナンテに、ローが泣き叫ぶ声は届かないのだ。あのときにあの雪の降る港でかれを迎えにいけていなかったら、きっと悪夢は夜毎ローを苛んでいたに違いない。
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