死神ワノ国でのできごとだった
「アジャ…ラカモ…クレンテ……ケレッツ……のパー……」
「あ?」
アラマキの足元で蹲った海賊がしきりにそう唱えている
「おいなんだその呪文みてぇなのは」
「アジャ…ラカモ…クレ…ンテケレッ……ツのパー……」
「おい」
結局その海賊は海軍の船に連れていかれるまでそれを唱えていた
海軍本部の食堂、たまたま席が同じになったイッショウに、気味の悪いワノ国での出来事を話した
「あれは気味悪かったぜ…」
静かに聞いていたイッショウがくつくつと笑って、蕎麦を食べる手を止めて箸を置く
「そいつぁ…死神を追い払う呪文だ……まぁ落語の中に出てくる作られたもんですがね」
「落語?」
「話芸の一つでございやす」
「ふーん……その落語に呪文が出てくんのか?」
「ええ…死神と言う話に……まぁ話し手ごとに呪文は変わりやすが……」
「死神……」
「あんたあんまり暴れたから、間違われたんですかい?」
「俺が死神にか」
「話を聞く限りは、そんな感じがしやす」
「らはは、そいつは気の毒だったな…俺は死神よりタチが悪ぃのによ」
「そりゃぁ恐ろしい」
「まぁそう言う事ならスッキリしたぜ、引っ掛かりが取れた」
「力になれたなら何よりでございやす」
どうしようもない男がいました
借金を抱え借りる先もなくなった男、いよいよ妻にも見放される始末、男は自分の命をいっそ手放してしまおうとしたが…その時死神が現れた、男はこうなったのは死神のせいと、怒り難癖つけまくった死神は男に金儲けの方法を教えた
病を患う人には死神が着いている枕元にいれば助からず、しかし足元に入れば追い払えると言う
この追い払う呪文を教える、だから医者にでもなるがいい、医者になり呪文を使って治して金を稼ぐといい
「あジャラカ……モクレン…テケレッツの……パー……」
「なんだァ?その呪文」
「うおっ!」
執務室で机に足を上げてぼんやりかんがえていると、目の前にいつの間にかボルサリーノが書類を持って立っていた
「ノックくらいしてくれよ」
「したけどねェ、誰かさんはぼーっとして返事がないもんだからァ」
「……う……」
「分かったら早く書類に目を通してハンコ押してくれる?」
「はいはい……おっかねぇおっかねぇ」
「サカズキよりマシでしょうが〜」
「サカズキさんは、あんたみたいにネチネチしてねぇ」
「ネチネチしてなかったら君からの評価が上がるのかい?」
「そりゃあ上がるだろ」
「じゃあネチネチするのはやめるかねェ」
「あんた俺の機嫌でも取りてぇのか?」
「若くて生意気なのは扱いやすくしたいだろォ?」
ボルサリーノはニコリと笑いハンコを押した書類をアラマキの手から取る
「やっぱ俺あんたの事苦手だ」
「わっしは気に入ってるけどねェ」
「面白がってんだろ?」
「賢いねェ」
ヒラヒラと書類を振って執務室からボルサリーノが出ていった、アラマキは深く息を吐く
「また憎まれ口叩いちまった……」
どうにも口から出てしまう、いや出てもいい別に良い、俺はあの人の事好きじゃねぇし
全然好きじゃねぇし、嫌われて良いし
心臓が早いのは、変な呪文の事考えすぎたせいだし、顔が熱いのは知恵熱だし汗もそのせいだし
「………はーーーーー」
全然好きじゃねぇし!!!!!!
「ボルサリーノ」
「ン〜?」
「最近妙な呪文が海兵の間で流行っちょるが知っとるか」
「……あ〜アラマキも言ってたよォ、確かァ……あじゃ………らもく…エ〜」
「アジャラカモクレンテケレッツのパーじゃろうが」
「わかってるんじゃねぇかァ〜、どっから広がったんだろうねェ」
「ワノ国での任務帰りの海兵がワノ国の書物を持っとった様じゃ……死なんようにする呪文じゃなんじゃと……くだらん!」
ドンッと机を叩くサカズキを気にせずボルサリーノは考え事をするように顎を触る
「ふーん、そんな迷信でも信じる奴ァ居るんだねぇ」
「そがぁな事信じるヤツは軟弱者じゃ…覚悟の決まっとらんやつは……」
グツグツと煮えるサカズキをボルサリーノは手で扇ぐ
「はいはいはい、わっしは別におめぇの説教を海兵の代わりに聞きに来てんじゃねぇんだからァ……はい書類」
「……おう」
「そんな落ち込むなってぇ、説教ならアラマキが喜んで聞くだろォ、呪文に夢中みたいだから、喝でも入れてやればァ?それともテンセイにするかい?世間話ィ」
「わしが気兼ねのう話せるんは、もうお前かテンセイくらいじゃな」
「話したいなら、わっしらの仕事減らしておくれよ元帥ィ」
「やめぇ、気が滅入る」
「ははは」
笑っていたボルサリーノとは反対にサカズキは真剣な顔になった
「今の話で思い出したが…アラマキのヤツは」
「オ〜?」
「おどれに当たりが強い様じゃな、仲がようないと噂がたっとる」
「はははぁ〜」
特に気にせずヘラヘラとしたボルサリーノを見てサカズキはため息をついた
「からかいよるんか、おどれの悪い所じゃ」
「からかってねぇよォ?仲良くなろうってやってるだけじゃねぇかァ」
「もうわかっとるんじゃろ」
「なにがァ?」
「アラマキの奴は、おどれが……」
「17も下のやつに惚れられてもねェ」
「やっぱりわかっとんか」
「まぁ58年も生きてりゃ多少はねェ?」
「どがいする気じゃ」
「まぁ様子見」
「本音は」
「おもしれぇから放置」
「ボルサリーノ!おどれは昔っからそうじゃ!面白いのなんのと人で遊びまくりよって!そのうち酷い目に会うぞ」
「懐かしい〜何回かあったよねェ」
「後ろから刺されたり、付け回されたり、変な贈りもんやら手紙やら……家に入られた事もあったじゃろうが!ロギアだったから助かっただけじゃぞ!?」
「アラマキはそう言うタイプじゃないよォ」
「どこからその自信が来るんじゃ!おどれがおかしくしよるんじゃろが」
「はははぁ〜」
「ヘラヘラすな!!」
「でも本当にアラマキはそんなタイプじゃねぇって〜、あの子も遊ぶタイプでしょォ?本気になったりしないってェ」
「本気になっとったらどうするんじゃ」
「面白いねェ」
「面白くない」
噂は大きく大きく尾ひれを動かし泳ぎ始めていた、皆作り話を信じ口々に呪文を唱えた
「そんなに死にたくないかねェ」
海軍本部の中庭の隅でボルサリーノはベンチに座り久々に煙草に火とつけていた、そこに足音が近づく
「げ、もう先客が居たのかよ」
アラマキがお化けでも見たような顔で言う
「ここ良いよねェ、日差しも丁度よく当たるしィ」
「そうかよ」
そう言って踵を返すアラマキをボルサリーノは呼び止めた
「休むんじゃ無かったのかい?」
「先客がいるんじゃ気が休まらねぇよ」
「単にわっしが嫌いなだけだろォ?」
アラマキが嫌そうに振り返る、ヘラりと笑うボルサリーノの顔を見て更に眉間にシワが寄った
「あんた性格悪いな」
「よく言われるよォ、まぁ座りなってェ〜ここ」
ベンチの空いた方をぺしぺしと叩くとアラマキは嫌々という風に腰掛けた
「わざわざ座らせて何のつもりなんだよ」
「君とゆっくり話がしてみたいと思ってねェ」
「嫌いだって言ってる奴と話したがるのか、あんた変わってるぜ」
「はははぁ〜」
気の抜けるような笑い声、アラマキはボルサリーノが真剣に怒ったり真面目な顔をしている所を見たことがない、いつもこの調子だ
微妙にはにかんでいて、目尻が下がる…だが戦い方は苛烈だ何もかも吹き飛ばせる瞬く間に移動して海賊を消し飛ばす
だがふわりと重力もなく空に身を預けている所を見た事がある別に特別な事があった訳でもない、ただ気ままにふわりとしていた…そんなボルサリーノを見た時に
「アラマキ?」
「うおっ」
「人の顔みてぼーっとすんなよォ」
「見てねぇよ、あんたの向こうに美人が居た」
「なんだァ、今日遊ぶ相手の品定めかい〜」
「まぁな、よくよく見たら好みじゃなかったからなしだけどな」
「良いねぇ、まだまだ若いねェ〜」
「あんたも若い頃は遊んでただろ?」
「どうしてそう思うんだい?」
「態度でわかるぜ」
ボルサリーノは煙草を深く吸って吐く、吸殻になった煙草をジュッとレーザーで跡形もなく消してしまった
「遊んでないよォ」
「へぇ?」
「ただちょっと人から好かれやすかったみたいだねェ、友達は多かったよォ」
「物は言いようだな」
「君はわっしが嫌いみたいだけど」
「遊ぶやつは遊ぶやつを嫌うもんだぜ、あんたが変わってる」
「……ふふ」
「当たってるだろ?」
「さぁ?……まぁこの先君も変わり者になるよォ」
「あ?」
それまでどこか遠くを見ていた、ボルサリーノがアラマキの方を向く
微笑みで細められた目が柔らかな視線が、アラマキを見つめている
「わっしが嫌いかい?」
「…………き…嫌いだよ…なんだよ」
絞り出した声の頼りなさに自分で驚いた
「大嫌いかい?」
「…………いや…大嫌いではねぇ…よ」
「ははは」
「な…何笑ってんだよ!」
「君の顔がトマトみたいに真っ赤だから」
「!!!!!」
「君はあべこべな事しか言えない様だねェ」
アラマキは勢いよく立ち上がった
「嫌いだよ!あんたなんか!嫌いに決まってんだろ!俺が……真っ赤になる訳ねぇだろ!あんた本当に人が悪ぃな!!!俺があんたなんかに……!こんな…こんな事になるはず…俺は……あんたのせいで色々と台無しなんだよ!もやもやして!仕事も上手くいかねぇ!」
「熱烈な告白ありがとう」
「告白じゃねぇ!!苦情だよ!!!知るかあんたなんか!話に付き合った俺が馬鹿だった!あんた俺にとっちゃ疫病神だ!いいやもっとタチが悪いぜ!そうだ死神だ死神!!遊び好きの俺が殺される!!」
「死神ねェ〜!いい呪文があるよォ!今流行りの!」
「迷信でもあんたが居なくなるなら使ってやるぜ!!アジャラカモクレンテケレッツのパー!!どっか行け!!」
ドスドス歩いていくアラマキの背中に声を投げる
「どっか行ってるのは君じゃないかァ?」
「うるせぇ!!」
すっかり紅葉したアラマキがいかり肩で去っていく、それをボルサリーノは心底可笑しいと笑って見送るのだった
気に入らねぇ、あの態度あの仕草
「くそっ」(計算してんだろどうせ……!)
湧いてくる感情をめちゃくちゃに破って捨てたかった、これを認める訳にはいかない
仕事もそこそこに終わらせて、むしゃくしゃしながら気持ちを振り払うように、遊びに出た
いつものように抱くだけだ、そういつも通りに
昼間の事なんかキッパリ忘れて
「ねぇ?なんか下手になった?」
「は?」
「抱き方よ抱き方……なんかあんまりねぇ…」
セフレの女にそんな事を言われて、アラマキは言葉を失った
「んなわけねぇだろ」
「そう?なんか別の事考えながらやってんでしょ?」
「うるせぇな、考えてねぇよ」
「ふーん…まぁいいけど……もう1回する?」
「もうやらねぇよ、気分悪ぃ」
アラマキは不機嫌に立ち上がり、服を着た後ドアへと向かいドアノブに手をかける
「ねぇ、ちょっと!怒ったの?」
「あぁ怒ったぜ、怒らねぇわけねぇだろ」
制止も聞かず、勢いよくドア開け部屋から出た
どうしてこうなった何を間違った、こんなはずじゃなかった
おれは、おれは別に
「頑固だよねェ」
「またやっとるんか」
「ほうじゃ、こいつは懲りん」
「今度は大真面目だよォ?」
「何度目だ、その言葉」
「もう信じん」
サカズキとボルサリーノとテンセイ揃って久々の飲みの席、酒も進み2人にアラマキをどうするのかと詰められてもボルサリーノは、ヘラヘラとしながら今度は真面目だと言ったが、そんな何度目か分からないほどの真面目を2人が信じる訳もなく
「本当だってェ〜、わっしもそろそろ落ち着かねぇとねェ〜」
「口では何とでもいえるな」
「わしはもう助けんぞ兄弟」
「大丈夫大丈夫、大事になるわけないでしょうに〜……まぁアラマキが好きって言ってくれないと付き合えないんだけどォ……なんであんなに認めたがらないかねェ?」
「お前の態度じゃねぇか?」
「本気に見えんからのう、からかわれちょると思っとるんじゃろ」
「遊びじゃねぇのに〜」
「今までのツケが回ってきたな」
「寓話みたいな事態になりよって」
「はははぁ〜」
「笑い事じゃねぇ」
「おどれは…ほんまに……」
2人から呆れられヘラヘラとボルサリーノが笑い答えは出ずに終わった飲み会、話が動いたのはそれから数日後の事だった
雨雲が今にも泣き出そうと黒々とぐずっている、海軍本部はざわついていて、皆あれこれ話している尾ひれがあちらこちらでついている、ボルサリーノはつまらなそうにそれらを避けながら歩みを進める
噂話の魚群はボルサリーノの腰あたりを通り過ぎてゆき、その魚たちの上司が大声で怒鳴るとちりじりに逃げていくのだ
やがて医療班の部署へたどり着き扉を開けて顔を出す
「緑牛くんはどこで寝てるのかねェ?」
医療班の1人がパッと顔を上げて、敬礼した後にアラマキがどこで寝ているのか丁寧に教えてくれた
ついこの前だ、遠征に出た先でアラマキは重傷を負った、それでもそこに居た海賊はきっちり捕まえて本部に帰るまで倒れなかったのは、あっぱれとしか言いようがない
聞けば意識はないらしく、眠ったまま動かないと言う具合だ
教えてもらった病室に足を運んで、ドアを開けると鬱々とした重苦しい空気の中に包帯だらけの緑頭が見える、様々な機械に繋がれて点滴のチューブが伸びていたり、コードが伸びていたり…まるで改造でもされるようだ
薄ら暗い中に機械の明かりがポツポツついて、命の音は部屋に小さく反響している
「これっぽっちのアンプル剤で元気になるもんかねェ?君は木だから太陽光とかいるんじゃないかい?」
枕元に椅子を持っていき、よっこらせと座る
当然返事などない、点滴に繋がれていない片手を取ると冷えきっていて血色も悪い
「らしくないねェ、大怪我なんてェ」
青い顔のアラマキは呼吸を繰り返すばかりだ
外で降り始めた雨の音にかき消さそうだった
「うんともすんとも言わないのかい?君の大好きなわっしが見舞いに来てやってんのにィ」
その時指先が動いた、目を閉じたままだがかすかに口元が動く
ボルサリーノは特に驚きもしない
「…………ア…ンタの……おかげで……」
「調子が出なかったって?」
「そ……だよ……さい……あくだ……」
「君がさっさと素直にならないからだよ〜」
「……どうせ……あそばれる……のに……」
「遊ばないよォ」
「うそ……つけ………けど……まぁ……しにそう……だし…いうこと……いっとか…ねぇとな……」
「うん」
「……アンタの……おかげで……俺は……めちゃくちゃ……だ…………おんなにも……にげられる…………ちからは……出ねぇ……四六時中……あんたのかおが……ちらついて…………」
「よっぽど好きなんだねぇ」
「く…そが……そうだよ…………しんだら……あんたの……せいだ…………たたってやる……」
「祟るだってェ?面白いねェ〜、今まで殺すとか呪うとかは言われた事あるけど祟るは無かったねェ〜」
「…………」
「わっし…君の死神になってあげようと思ってねェ、君が言ったように遊び人の君を殺してあげる……わっし以外と遊ぶのがつまんなくなるよォ」
「……いき…てたらな……なんにでも……なれよ……どうと……でも…しろ……あんた…からどうせ……にげられねぇ……ほれたよわみだ……」
やっとの事で少し目を開けたアラマキの、その言葉を聞くとボルサリーノは満足そうに笑顔になった、今まで見た事無い偽りのないものだった
「あんた……そんな……かお……できたのかよ……」
「やっと素直になってくれたからねェ」
「……もっと……はやく……いっときゃ…よかったぜ……」
そう言って力無く目を閉じるアラマキの頭をボルサリーノは優しく撫でる
「おやすみ、早く元気におなりよォ」
ボルサリーノは鬱々とした部屋を見回す
「この子はわっしが貰っちまったよ、誰にもあげやしないよ」
作り話から誠は出るか、もしくは誠が作り話になったのか
尾ひれがつき大魚となれば嘘も誠に勝るのか
「アジャラカモクレンテケレッツノパー」
部屋は相変わらずだがいつ止んだか雨雲は機嫌を治したらしく、窓から日が差し始めた
「さて、あとは君が元気になれば…めでたしめでたしって訳だねェ」
「あんたでも…作り話を信じるんだな……」
アラマキが少し血色の良くなった顔で言った
「起きてたのかい?恋人の為なら藁にもすがるって事だよォ」
「はぁ……そら意地でも元気にならねぇとな………景気づけにキスでもしてくれよ」
ツンケンしていたアラマキの急な可愛らしい要求にボルサリーノは笑うとアラマキにキスを送った