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    smzkせんせいと新しい靴でワルツを少し踊る話。

    ザクースカ よく晴れた日のお昼前。島崎は食堂へと歩いていた。自室で書き物をしていた島崎の腹の虫が昼前にぐうとなって空腹を訴えた。誰かしらは食堂にいるだろう、息抜きも兼ねて少し早めの食事に向かっていた。
     自分以外の足音が聞こえてふと顔をあげると、軽やかなスキップをしながらこちらに向かってくる人がいた。こういうことをしそうな人間は大体、一人に絞られる。
    「なんだかいつもより元気だね、司書さん」
    「よかった! 島崎先生見つかった! ねえ、島崎先生、なにか気が付きませんか?」
     いきなり問われた島崎は司書の姿を上から下を見る。女性に聞かれて最も困る質問と言っても過言ではない。しかし、島崎にとってこの質問は簡単だった。
    「靴。新調したんだね」
    「そうなんです、新しい靴です! 流石、島崎先生なら分かってくれると信じてました!」
     くるりと司書が一回転してみせる。島崎は司書が一回転回るのを待ってから首を傾げた。
    「どうして僕に?」
    「なんとなく、島崎先生に見てほしくて。だから探したんですよ! お部屋に伺ったらいなかったから……」
     そこまで、と島崎は少し驚いた。
    「わざわざありがとう。会えてよかったよ」
     司書は嬉しそうに頷く。そんな司書の姿を見て、島崎は少しの微笑みがこぼれた。
    「これからどうするの?」
    「折角だから街に出かけようと思って」
    「いいね、いってらっしゃい。また話を聞かせてよ」
     はーい、という返事と軽やかな足音がすぐ遠くなった。

     司書は頬がこぼれてしまうのではないかというくらいにこやかな表情で帰って来た。
    「今日一日、満足できた?」
    「ええ、まあ。でももう少し何かしていたい気がして」
    「じゃあ踊ってみる?」
     島崎は司書に手を差し伸べた。司書は島崎の表情と手を二往復して、再び島崎へ視線を戻した。
    「ダンスは徳田先生の専売特許だと思っていました」
    「ダンスは秋声だけのものじゃない。誰にでも開かれているはずだよ。それにダンスと言っても種類があるよ」
     どうするの、と島崎の視線が物語る。目は口ほどにものをいうなんて上手い言葉だ。司書はかねてからそう思っていたが、島崎と出会ってからより、そう思うようになっていた。
    「フォークダンスなら」
     司書の返答に島崎は少し驚いた。彼女が何かを踊れるのは意外だった。
    「それじゃあ、何にしよう。君が好きに選んでよ」
    「それならオスロー・ワルツを」
     差し出された島崎の手に司書の手が重ねられる。
    「うん、じゃあそうしよう」
     こつり、こつりと靴の音が静かに響く。静かな三拍子だ。
    「そういえば、何処で習ったの?」
     くるりと一周回ったところで島崎は司書に聞く。
    「学校で、少しだけ」
    「……ふうん、そう」
     司書の手を握る力が強くなる。
    「……あの、男性とは島崎先生が初めてですからね?」
    「まだ何も言ってないけど」
    「先生は案外分かりやすいですよ」
     からかうように司書は言った。分かりやすい、その表現に島崎は首を傾げる。
    「そうかもしれないね、今度皆にも聞いてみるよ」
    「少なくとも、興味があるかないかは分かりやすいですよ」
     そう言われるとそうかもしれない。島崎はこくりと一つ頷いた。
    「でしょう?」
     司書はいたずらっぽく微笑んでみせた。
    「話すのはいいんだけどね、」
    「なんでしょう?」
    「足が疎かになっているよ、そろそろ休もう」
     そっと司書の動きを制止する。靴擦れしているわけではないが、足に疲労はたまっているようだ。静かな夜だから、よく足音が響く。先程まで軽やかに響いていた足音が静かになっている。
    「靴擦れ、してない?」
    「あ、それは大丈夫ですよ! お気遣いありがとうございます!」
    「それならよかった」
    「……そろそろ帰りましょうか」
     少しの沈黙のあと、司書はそう言うと歩き出そうとする。しかし、くい、と袖を引っ張られる感覚を覚えて振り向く。島崎がいつものように司書をじっと見つめている。
    「まだ帰りたくないんじゃない?」
    「そんなことは、」
    「帰りたくないんだ、君、今僕から目を逸らした」
     君の悪い癖だ、と島崎は続ける。
    「なんでそう思うんですか?」
     意地の悪い会話だ、と思いながら司書は島崎に言葉を返す。すると島崎のいつもの眠たそうな目が少し開かれている。
    「驚いた、君の方がよっぽど分かりやすいよ」
    「え?」
    「君は僕のこと分かりやすいって言ったけど、君の方が分かりやすいよ。君、本音を隠している時に視線を逸らすし、何より顔に出るんだ」
     そこまで分析を本人に言うのかと司書は面食らった。だが相手があの島崎だ。それを今指摘したところで司書の思うように会話が好転するわけでもなさそうだ。
    「君がまだ話したいことがあるなら僕は付き合うよ、君が僕に話したいことに興味があるんだ」
    「なんだかずるいです」
    「そう?」
    「全部お見通しみたい。どこまで分かってるんですか」
    「少なくとも全部分かっているわけじゃないよ」
     ドアに手を掛けたまま、島崎が司書の方に視線を向けた。司書はなんとなく、島崎が照れくさくなったのではないかと思う。
     島崎先生、と真偽を確かめようとして口を開いた。が、すぐにやめた。
     まだ話す時間があるのだから、その時でいい。むしろ明るい室内でゆっくり話せばいいだけだ。
    「まだ何かある?」
    「なんでも!」
     弾むような司書の声と共にドアはゆっくり閉められた。
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