sg先生と読書ときどき食の秋 秋といえば、何を思い浮かべるだろうか。食欲、芸術、紅葉、実り……浮かべるものは人それぞれだ。一部では食欲の秋だ!と毎日食堂で料理を作るグループもいれば、芸術の秋だとして図書館内のスペースを使って彫刻や絵画教室を行うグループも見受けられる。
そんな中、司書である彼女は一人、司書室で読書の秋を実行していた。特段、仲が悪いわけではない。仕事にゆとりが出てきた分、むしろ前より親密になっている。話す機会も増えて催しに誘われることも多くなった。だがその分、彼らが司書に読んでほしいと推薦してくる本が増えていった。余裕がある今なら、ということで皆がそれぞれ好きな本を司書室に置いていく。自薦だったり、他薦だったり様々だ。中にはわざわざカバーを付けて本を開くまで分からないように工夫をしてくる文豪もいた。
「……この秋の時間になるべく読んでおかないと」
感想を求められることが多いので、時間をかけてじっくり読むには秋の夜長が一番だ。少し窓を開けて、暑さの残る温い風を入れる。これもまた秋。そして机の上には暖かいココア。これからようやく彼女の読書時間が始まるのだ。
詰みあがった本を前に彼女は一番上に置かれている本を手に取る。
「志賀さんの本……ということは」
推薦者の名前を見れば武者小路実篤と書いてある。本当に仲の良い二人だなと思いながら彼女は本を開いた。
読み始めてどれくらいの時間が経ったか、彼女はきりのよいところで本から目をあげる。彼女が読書をし始めてからきっかり一周、時計の針が回っていた。そんなに経っていただろうかと首を傾げつつ、外を見ればすっかり秋の虫の合唱と空に丸い月が浮かんでいた。読書時間はいつもこうだ。彼らが綴って来た文章というのはやはり引き込まれるものがある。
だからいつも時間を忘れてしまう。そして、顔をあげるころというのは彼女のおなかの虫が鳴る頃でもある。
「……食堂に何かあるといいのだけど」
しおりを挟んで、席を立つと、丁度ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
「よう、充実した時間は送れたか?」
彼女が図書館内で聞く頼もしい兄のような声、そして深い青の髪に明るい黄緑の瞳を持つ彼こそ、先程彼女が読んでいた本の著者である志賀直哉だった。
「志賀さんじゃないですか、今日は食堂で白樺派の皆さんと色々作るって……」
「ああ、沢山作ったからあんたも誘いに来たんだ。いつも通り読書してるんなら、そろそろ食堂に来る時間だし丁度いいと思ってな」
「……よく分かってますね」
自らの行動パターンを知られていることに彼女は思わず顔を伏せて、気恥ずかしさを隠した。
「皆知ってるぞ」
「何故⁉」
「なんでって……毎日同じことやってたら皆気づくだろ」
ここ数日のことを思い出すと、必ず誰かが食堂に居て何かを出してくれた記憶がある。昨日は檀一雄がおにぎりを、一昨日は川端康成がたこ焼きを軽食として出してくれていた。そして夏目漱石や尾崎紅葉からは饅頭や羊羹といった甘いものを分けてもらった。
「……もしかして読書したらおなかがやたらすいてる人って思われてたり?」
「真剣に読めば気力も体力も使うから、俺はそう思わないぜ」
志賀の言い方から察するに一部には思われているのだろうかと彼女は少し気落ちする。
「ところで、今日は誰の本を読んでたんだ?」
「志賀さんの本ですよ。武者さんからの推薦で。お二人は本当に仲がいいんですね。志賀さんは武者さんの本を推薦してましたし……」
「へえ、武者のやつ、俺の推薦してくれたんだな」
「……といいますと?」
彼女の問いにこっちの話だ、と志賀ははぐらかして答えた。
「で、どうだった?」
「ああ、ええと。すみません。まだ途中までしか読んでなくて。それに感想とかはちゃんとしたものをお出ししたいので」
「それじゃあ、気長に待つとするか……」
あまりにもきっぱりと彼女が言うので志賀は引き下がる。噂によると、彼女から数枚の原稿用紙と共に返却されるらしい。まるで読書感想文だ。
「あんたも大変だな」
「歴史に名前を残すような方々とお話しするのも大変なんですよ……」
「そんなに気負うなよ、あんたのこと気に入ってるやつばっかりだから」
ちらりと彼女が志賀の方を見る。そして彼女の腹の虫がぐう、となった。
「はは、そろそろ行くか。皆待ってるぞ」
志賀の言葉にうなずいて彼女はその後を追って歩いた。読書の秋は、食欲の秋も兼ねるかもしれない、そんな秋のある一日。