救い主のお茶会 幻妖界、堺ノ國。とある建物の前に立つ黒髪の人間がいた。中に入ると目の前には右目を細めて微笑む白髪の人間が1人。
「蒼空さん、お待ちしていました」
「今日はお誘いありがとうございます、紫奏さん」
初対面時、共通の話をし最後にお茶会をしないかと紫奏に誘われた蒼空。
「まさか同じ救い主とお茶会できるなんて…でもここって一反木綿の店ですよね?」
「はい。一反木綿は猫又と出掛けてるのでその間部屋をお借りすることにしました」
そう話しながらとぽとぽ、とお茶を注ぐ紫奏。そのお茶はよく見る緑色ではなく綺麗な桜色をしていた。それに花のような甘い香りが広がる。
「これは花魁ノ國で作られた花のお茶です。私達で言う紅茶ですね」
「ほぇ〜…このお茶は見たことないです」
「そうなんですか?別の幻妖界だからでしょうか」
「あ、それならこれ…朱の盆と食べて貰えたらと思って多めに持ってきたんですが」
蒼空は風呂敷を広げると底にザラメが散りばめられたかすてら2本が。
「これは…こちらでは見たことないです。やはりそれぞれ違うところがあるみたいですね。」
「みたいですね。これこっちの朱の盆が好きでよく食べてるからもしかしてと思って持ってきたんです」
「ありがとうございます。実は…私も…」
そう言って紫奏が出したかすてらは匂いが甘い香りで見た目もふわふわではなく、黒いものと白いものを纏っている。
「こちらチョコをかけたかすてらです。食感も面白いんですよ」
「これ…絶対美味しいやつじゃないですか!」
「実は私も朱の盆と皆さんで召し上がっていただけたらと…」
「もしかして朱の盆にはまるまる一本?」
「はい」
「てことは紫奏さんも2本用意して…」
「はい」
場所は違えどお互いの考えが綺麗に一致しくすくすと笑い合う。
そこからはお互いの幻妖界のこと、安倍晴明の動きの考察など真剣な話もあればお互いの知らない幻妖界に興味津々で会話していった。
「成程、そういう戦法を…こっちの鬼童丸に話してもいいですか?」
「是非参考にどうぞ。もし宜しければ蒼空さんとこの鬼ノ國での戦法、こちらの鬼童丸にお話しても?」
「勿論!」
そして、紫奏が用意したという手作りの焼き菓子を一口。ほろほろとほどけて…でも舌触りは滑らかだ。
「これ紫奏さんの手作りなんですよね〜美味しいです!」
「お口にあって良かったです。蒼空さんは料理するんですか?」
「僕は簡単なのしか…凝ってるものは一反木綿や牛頭に教わりながら一緒に作ってます」
「もし出来たらあの方にも食べてもらうんですか?」
「あの方?」
「ぬらりひょん様です」
その名前に思わずお茶を噴き出すところだった。以前話していた共通の話、それはお互いそれぞれの幻妖界にいるぬらりひょんに好意を持っているということだった。
「っ、げほっ、あ、あの人にですか…いやぁ…それは…」
「隠さなくてもいいのですよ?実はお誘いしたのもこの話もう一度したくて…違う世界でも同じ方が好きというこんな不思議なことないじゃないですか」
「そ、そうですかねぇ…」
「それで?どうなんですか?」
なんだか紫奏の目が輝いてるような気が…そう思いつつも何か言おうと頭の中でまとめていく。
「そ、う…ですね…御館様は甘いものが好きなので…頑張ってみよう…とは思ってるんです」
「あら!それなら2人の時だけの方がいいですよ」
「確かに…雪女のまろうずねの時、あまり知られて欲しくなさそうだったなぁ」
「でしょう?」
「…あの、それぞれの幻妖界の話と似たこと聞くんですが、そっちの御館様…わかりにくいですね、ぬらりひょん様も厳しくて怖かったりします?」
「え?…ん〜…そうですね、確かにそういう面も見ることはありますが、私を救い主としてではなく紫奏として見てくださり傍にいてくれる…優しく強いお方です」
ほんのり頬が赤く染めて微笑む紫奏に思わず蒼空は綺麗だな、と直感した。本人に言ったら失礼になるが蒼空が紫奏を見ての第一印象は「綺麗な方」。言葉遣いや佇まいは丁寧で容姿も最初は女性と思っていた。今は自分と同じ男性でもその印象は変わらない。
「紫奏さん、本当にぬらりひょん様のことが好きなんですね」
「えぇ…とても」
「ぬらりひょん様と紫奏さん…美男美女ってこういうことを言うんだろうなぁ」
「私は男性ですよ?」
「す、すみません!つい思ったことが口に…!!それを言うなら美男美男ですね!」
「美男美男…ふふ、蒼空さんは本当に面白い方ですね。訂正しても美しいと褒めてくれるなんて、ありがとうございます」
「いえそんな…!」
「でも蒼空さんも可愛らしいですよ?外見もですが恋愛になると緊張していつも見ない一面が見れて…」
「あぅ…あの人は確かに厳しくて怖いです…けど、言葉に出さないですが心配してくれて女にもなる僕のことを蒼空として見てくれて…それが嬉しくて…」
「なんだか私達、似たもの同士ですね一人の人間として見てくれて傍に居てくれるなんて」
「そうですね、はははっ」
「ふふっ」
似た一面に思わず笑い合う2人。世界は違えど御館様はやはり優しい方だった。
その時、店の入口に誰か入ってきた足音が。紫奏と蒼空は何事かと入口に向かうと、そこには蛇の鱗がある男と犬の耳が生えてる男がいた。
「すみません、本日は休業でして…」
「いや、あんたに用があるんだ」
そう言って蛇男は紫奏に近付き蒼空は紫奏の隣で身構えた。
「休業中の店から笑い声が聞こえて来たと思ったら女2人で茶を飲んでるのを見てな。良かったら俺らも入っていいか?」
「そうだったのですね。ですが申し訳ございません。友人と約束していたお茶会でして…それに私達は女性ではないです」
「えっ!男なの!?うっそだー!」
「本当本当、胸ないし生えてるよ」
「とにかく、お引き取り下さい」
「でもよぉ…あんた、俺好みなんだよなぁ」
蛇男は去ることなく、寧ろ紫奏に近付き、チロチロ、と舌を出す。一方の犬男は尻尾を振って蒼空をじっと見る。
「俺も好みなんだよなぁ〜…それに…お前変な匂いがする」
「え!?臭い!?」
「いや…男なのに…女みたいな匂いがする…本当はまな板女じゃないのか?」
「そりゃ女じゃないし…てか首元嗅ぐな擽ったい!」
「本当怪しい…この首飾り取ったら女になったりして」
「はははは!お前な、そんな訳…」
「待ってちょ…!」
犬男が首飾りを怪しんで無理やり引きちぎると…みるみるうちに蒼空は縮んで髪は白く長くなり、目も白くなった。その光景にその場にいた誰もが驚く。
「蒼空さん!」
「嘘だろ?」
「おいマジかよ。凸凹がない断崖絶壁女じゃなくて本物の女が男に化けてたのか!?」
「今幻妖界の女の子敵に回したの気付いてる!?てか返して!」
首飾りを取り戻そうとするが男の時より差が出た身長差で取り戻ることが出来ない。
「蒼空さんに返しなさい!」
「いーやっ、こんなべっぴんさん捕まえないなんて男が廃るだろ!」
「なんだよそういうことなら…お前も女に戻るのあるんじゃねぇか?それか嘘ついてるか」
「っ…舌を這わないで下さい…!」
「紫奏さんに触るな!」
蒼空は紫奏の頬を舌で這い体を手でまさぐる蛇男に怒号し思いっきり脛を蹴った。弁慶の泣き所、とも言えるそこを蹴られで蛇男は痛がる。
「紫奏さん大丈夫ですか!?」
「…え、えぇ…大丈夫、です…」
そういう紫奏の顔は青ざめていて、体が小刻みに震えている。更に心配した蒼空が声をかけようとする前に蒼空は拳で殴られその場に倒れた。
「蒼空さん…っ!血が! 」
「大丈夫…口の中切っただけです…!」
「てめぇ!ダチになにしやがる!」
「友達なら止めろよバカ犬!!」
「んだとこのアマ…!…もういい、絶対にお前を連れていく。言うこと聞くように躾てやる。お前もだ。ダチが傷付いたんだから奉仕してくれよ」
唸る犬男は紫奏と蒼空を脇に抱えて店から出た。その後を痛がる蛇男がついて行き、目が合った紫奏の頬を掴む。
「覚えてろよ…優しくしようと思ったが絶対に泣かせてやる…!女みたいな男なんていないんだからな…!」
「…っ!」
「貴様ら…誰を捕まえてるのか分かっているのか…?」
突然聞き覚えのある声に目を見開く紫奏と蒼空。次の瞬間、蛇男と犬男のくぐもった唸り声をあげて倒れたことで脇に抱えられてた2人の足が地面についた。
その声がする方を見ると、煙管を吹かし男二人を冷たく見下ろすぬらりひょんの姿が。
「ぬらりひょん、様…」
「あの人がここの御館様…」
「紫奏とその連れを捕まえそれから躾けるなんざ…覚悟はできてるんだろうなぁ?」
「ひぃ!」
「も、申し訳ございません!!」
「直ぐに朱の盆が来る。大人しくしていろ」
怒りを含めたぬらりひょんの言葉に蛇男は腰を抜かしたが、犬男は恐れなしてその場から逃げた。
「あ!待てバカ犬!」
「……放っておけ。それよりも大丈夫か」
「僕は大丈夫です、でも紫奏さんが!」
蒼空の言葉にぬらりひょんは紫奏に近付いて様子を見ると羽織っている上着をそのまま被せた。すると足音が聞こえてきて…
「ぬらりひょん様!あの蛇男ですか!」
「あぁ、もう1人いるが直に捕まる」
「って…紫奏か?大丈夫か!?お前…は見た事ない顔だが殴られたのか!?」
「この場は朱の盆に任せる。2人は城で治療するから後で一反木綿の店から荷物一式持って帰ってこい」
「はい!」
朱の盆はすぐに蛇男を捕まえると、ぬらりひょんは2人を連れて城へと向かった。その時、ぬらりひょんの腕をそっと握っている紫奏に蒼空は気付いた。
「蒼空さん、助けてくれてありがとうございました。でも怪我…それに首飾りも奪われて…ごめんなさい…」
「紫奏さんが無事ならいいんです。殴られた跡も少しの間腫れてるだけですし首飾りは作ってもらいますので」
治療後紫奏が心配で蒼空は城で一晩泊まり、2人は無事回復した。
「今回は来訪中にこんなことになって悪かった」
「ぬらりひょん様も謝らないで下さい!?僕だって必死でしたので!僕の方こそ助けてくれてありがとうございました!…あの、犬男は」
「あの後顔が変形した状態で見つかりそのまま捕縛した。首飾りも無事だ。これは返そう」
「ありがとうございます!良かったけどそれはまた…」
「蒼空さんのお茶会…台無しになりましたね…」
「いいえ紫奏さん、僕は楽しかったですよ。それに泊まって一緒に寝る時も沢山お話出来ましたし。今度はこちらの幻妖界にも遊びに来て下さい!」
「えぇ、勿論!」
昨日の出来事を忘れるように約束し笑い合う救い主2人に目元が緩むぬらりひょん。
そして…帰途の時間。
「もう少しゆっくりしても良かったのに…」
「そうしたいんですが向こうも心配してるだろうし…それに…沢山ぬらりひょん様と2人っきりでいたいし安心したいと顔に書いてますよ?」
「…っ!?」
「ははっ!図星でしたか」
最後の言葉を小声で耳打ちすると紫奏はバレたのか顔を赤らめる。頑張っていつものように微笑むようにするも口元が緩んでいる。そんな紫奏を可愛らしく感じた蒼空は次回の約束をしその場を後にした。
「はぁ、楽しかったなぁ」
「…来たか」
「あれ?ぬらりひょん様?見送りに来てくれたんですか?」
「帰るぞ、『蒼空』」
「…え?御館様?」
「こっちの俺だと勘違いしたか?呼び方も戻って…名前で呼べばいいだろう」
「これは分かりにくいし、それに同じ御館様でも、僕は貴方の方が…好き、なので……」
顔を赤くしてそう呟く蒼空の腫れた頬を撫でる。
「あの…御館様…この後2人っきりになるなんて…」
「誘ってるのか?」
「ちがっ!?違いますよ!その…僕も甘えたくなって…」
「…執務が終わるまで傍で待ってろ」
その言葉が嬉しくて蒼空はぬらりひょんの手を握った。
「あの馬鹿犬、もっと殴るべきだった…」
と呟いたが、それは煙のように消えていった。