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    96i_110107

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    96i_110107

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    控えめな性格の女審神者と新人の山姥切長義が仲良くなるまでの話。

    私の刀 かの刀を譲り受けたのは夏の始まりの頃だった。
     日中の焼けるような暑さに、例年の事を思っては先をうんざりするような時分である。本丸中央にある広場の硬い土はフライパンのように熱されて、底の薄い靴で歩き回っていた刀剣たちが余りの暑さに軽快なステップを踏んで、それを見た畑当番のものがホースの先を潰して頭から水をかけてやるのを、私はなんとなく物珍しい気持ちで眺めていた。あの刀が現れた夏は、私がこの本丸に来てから初めての夏でもあった。
     手で銃の形を作りながら、もう少しすると戦場で水鉄砲を撃てるんだぜと楽しそうに教えてくれたのは愛染で、ラムネの中身を空にかざしながら、楽しみだなぁとぼやいたのは蛍丸だった。そう言えば最近届いた通達にはそのように書かれていた。夏合宿、海の戦場。どことなく浮かれた文字列に酷く困惑したのを覚えている。だって最近まではずっと、時の政府から送られてくる文書はどこかピリピリとしたものを纏っていたから。
     つい最近までの時の政府は特命調査の命を発していた。
     長く勤める審神者の間ではもうすっかり馴染みつつある作戦ではあるが、未だに特命調査で優の評価を得ていない本丸は常に存在している。戦の要である本丸が、絶えず増え続けている為である。第3回目の今回は過去に評価を得られなかった本丸への名誉挽回の場であり、また新しい本丸が実力を示す場でもあった。
     同期達の間では盛んに情報交換がなされていたようで、インターネットには連日様々な筋からの情報が溢れて、最後には都市伝説じみた信憑性の低いものがあちこちから現れては消えるようになった。そうなってくると誰も文面での情報を信用しなくなるので、演練会場では如何にもな体育会系の新人をちらほら見かけるようになった。政府に媚を売り成り上がりたいと考える野心的な人間もまた、常に存在しているようだった。
     此度の調査先は聚楽弟であった為、監査官には山姥切長義が重苦しい布を纏った姿で現れた。近侍には極の山姥切国広がついていたがお互いそういった場で争う気はないようで、度々鋭い視線が近侍に向かう事以外は特に滞りなく進んだ。
     監査官は出された茶も菓子も一切口をつけることは無かったが、最後にその事を丁寧に詫びてから出ていった。彼の声色は本当に申し訳なさそうに思えたので、役所仕事とは窮屈そうだと感想を抱いた。
    「なあ、主」
     彼が案内の短刀に連れられて去ってから、ずっと頷くか首を捻るかばかりをしていた山姥切国広が徐に口を開いた。表情が変わらないからあまり気にしていないのかと思っていたが、矢張り思うところあったのかもしれないと、私は不安混じりに彼を見上げた。彼はパチリパチリと瞬きをしながら閉じた襖を眺めていたが、やがて視線を下げて呟いた。
    「あいつの分、俺が貰っても良いか?」
     釣られるようにして下を向くとそこには綺麗に切り分けられたままの羊羹があった。三つ出した羊羹のうち、山姥切国広の前にあったものだけが綺麗に食べ尽くされている。残ったのなら食べてもいいかと、そう言うことだろう。山姥切国広はどこか期待するような目で私のことを見つめるので、私はなんだか疲れてしまって、黙って自分の分も差し出した。山姥切国広はにっこり笑って礼を言い、羊羹の乗った皿をいそいそと寄せた。




    「あの水鉄砲をもっと勢いよくしたら良い驚きが産まれるんじゃないか?なあ、主」
     内番用の着物のえり口をパタパタと仰ぐ鶴丸国永がなんでもない世間話を始めるみたいにそんなことを言った。視線の先では短刀たちが水鉄砲を使った模擬戦をしていて、決して安物ではなさそうな水鉄砲を巧みに扱い一進一退の攻防戦を繰り広げている。そんなに暑いのなら混ざってくればいいのにと思ったが、少し前に同じようなことを聞いて、アレには付き合いきれないとげっそりした顔で言っていたのを思い出して口を閉ざした。
    「例えば、水鉄砲で水をビュン!と遠くに飛ばせたら、あの長谷部の顔を濡らすこともできるかもしれん」
    そう言って手で拳銃の形を作ると、畑の方にいる長谷部に銃口を向ける。畑当番の長谷部は自分が狙われているとはまるで気が付いていない様子でせっせと雑草抜きをしていた。
    「それなら、朝尊式水鉄砲四号極はいかがかな」
    「お、先生じゃないか!今年も新作があるのかい?」
    「勿論だとも。水砲兵が扱う武器のレプリカだけどもね」



    ・・・・・・・・・

     山姥切長義は陽当たりの悪い西側の中庭で小難しそうな文庫本を読んでいた。私がこっそり近づくと彼は分かりきっていた顔で、さも今気がつきましたという仕草をしながらこちらを向いた。
    「やあ、主」
    「こんにちは、山姥切長義さん」
     私がそう返すと、彼はにっこり笑って文庫本に栞を挟んだ。どうやら気を使わせてしまったようだ。私は少し困って、結局何もせずにそれを見守っていた。
    「何か用事かな」
    「いいえ、その」
     まごまごと私が言い淀んでいると山姥切長義は気まずそうに文庫本の背表紙を撫でて視線を逸らす。宝石みたいな青い瞳が陰って見えなくなるのが少しもったいないと思った。
    「では、不安分子の監察にでもきたのかな」
     皮肉っぽい声だった。私は慌てて首を振った。
    「そんなことは考えていません」
    「それもどうかと思うけれど」
     今度は拗ねたような声だった。それは背筋を伸ばして堂々と立ち振る舞う普段の姿からはあまり想像のできない風合いだった。山姥切長義は執拗に文庫本を眺めては表紙の角にできた捲れ上がりを撫でていて、そこで初めて彼は緊張しているのだと思い当たった。
    「私の刀と仲良くしたいと思ったんです」
     勇気を出してやっと言ったのに、山姥切長義は怪訝そうな顔をしてこちらを見た。しかし私の顔を見て緊張しているのだと気がついたのか気まずそうに口を尖らせて、やはり文庫本に視線を戻してしまった。
    「他にもたくさんいるだろうに」
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