動き出す運命 所属したアイドルグループのレッスンは本格的だった。歌もダンスも専任の講師がついて、基礎からみっちりと教えられた。さすが業界ナンバーワンの事務所やわ、と感嘆する一方で適度にサボることも抜かりないヴァンは、休憩時間も隙あらばトレーニングをしている大和のことを初め訝しく思っていた。聞けば、トレーニングは趣味の一つだという。好きならば、どうぞ自由にやってくれとヴァンは干渉しなかった。
そんなある日、ヴァンは時間を持て余していた。この後ダンスのレッスンなのだが、かなり早くスタジオに着いてしまったのだ。とはいえ、どこかに時間を潰しに行くのも面倒で、たまにはレッスンに一番乗りしてやろうと、着替えを済ませてスタジオに向かった。
スタジオのドアを開けたら大和がいた。予期せぬ遭遇にお互いに数秒間見つめ合った。
「……ワイが一番乗りかと思ったのに、えらい早いな!」
「先に見ときてぇところがあってよ」
「そうなんや」
ヴァンは端っこに寄って、なんとなく柔軟しながら大和の自主練を見ていた。先週から取り組んでいる練習曲のダンスだった。メンバー全員で同じ動きをするのでヴァンも知っている振り付けだが、こうしてみると随分と印象が異なる。大和は難しい顔で、長い手足を窮屈そうに動かしていた。
メンバーの中で一番背の高い大和と一番低いナギとの身長差はぴったり三十センチ。それだけの身長差がありながら、振り付けによってはメンバー全員が同じ幅、同じ角度で動くことを求められる。ナギは最大限に体を大きく使い、逆に大和は動きを抑える必要があった。ちなみにヴァンの身長はメンバー内の丁度真ん中で、そう言った点では動きやすいポジションだ。
見ていると、大和はナギのサイズに合わせて手を広げる幅や膝を曲げる角度は覚えているようだったが、それだけだった。他のメンバーのことが頭に入っていない。もしかしたら、三、四センチの身長差のヴァンとシオン、瑛二の違いなどサイズ感が大きく異なる大和にとっては微細な差で、違いが分からないのかもしれない。
「今のとこ、隣ワイとシーちゃんやろ? 一つ前のえーじちゃん隣におるときより、もう少し動き大きくしてもええんちゃう?」
つい助言が口をついた。大和がチラッとヴァンを見たが、無視された。このまま黙っていても良いのだが、余裕のない表情でぎゅっと口を結んで、同じところを何度も繰り返し練習している姿は見ていて面白くなかった。このまま黙っているのは、もっと面白くない。
「あのな、いっぺん全部忘れて好きに踊ってみたらどや?」
また無視しようとするので、近くまで歩いていったヴァンが曲を止める。
「騙されたと思ってやってみてや」
大和は不服そうな顔をしたが、頭から曲をかけると体を動かし始めた。そして体を動かしていれば楽しくなった。何にも制約されず、腕を広げ、思い切り床を蹴って、大きく跳ぶ。大和の顔から自然と笑みが溢れた。
それは、これまでヴァンが見たどのダンスよりも雄大で美しかった。曲に合わせて体を動かす純粋な楽しさを謳歌する姿に目を奪われて、キラキラと子供のように煌めく瞳に心を奪われた。知ってしまった大和の表情はすっかりヴァンの心を射抜いていて、見なかったことにはできそうにない。これから一体どうなってしまうのかと、ヴァン動き出した己の運命に胸を高鳴らせる。