それはプロポーズのように レイジングエンターテインメントを選んだのは、アイドルに興味のない大和でも聞いたことがあるほど有名だったからだ。そして何より、兄の龍也と別のアイドル事務所だということが重要だった。
右も左も分からないままオーディションを受けた。周りは必死そうな奴らばかりだったが、大和は歌もダンスも勝っていると思った。オーディションに向けて特別な練習をしたわけではないが、体育と音楽は小学生の時から成績が良いのだ。当然のように最終審査に残った。
最終審査は一人ずつ審査員の前でもう一度歌とダンス、そして特技を披露する。大和は空手の形をやった。本当は組手の方が得意だが、相手がいないのだから仕方がない。ところどころ大胆にアレンジを加えた。長い手足から繰り出される数々の技は大きく美しく、審査員たちも揃って感嘆の声を漏らす。そうだ、上段回し蹴りだって大和は龍也より早く蹴り出せるのだ。
演舞を終えた大和は、自信たっぷりに前を向いた。
「お前の兄は日向龍也だったな」
ずらりと居並ぶ審査員たちの真ん中に座った、尖ったサングラスの男が言った。
「それが何か?」
たぶん偉い奴なんだろうが構わず睨みつけた。男が嗜虐的に口角を上げる。
「ハイキックがそっくりだ」
龍也の得意なハイキック。アイドルになった龍也が繰り出すハイキックダンスは今や伝説となったが、龍也のハイキックなど子どものころから見慣れている。大好きで大嫌いだ。
大和が今にも噛みつきそうな顔をしたので、レイジング鳳は「以上だ」と大和の審査を締め括った。さすがに社長に食ってかかったとあっては合格に反対する声が上がるだろう。
全員の審査が終わると合否が発表された。合格したのは大和だけだった。控室にもどる途中、同じく最終審査を受けたメンバーの中からボソッと言が落ちた。
「コネがあるやつはいいよな」
「……んだと」
過敏に反応した大和が発言をした青年の胸ぐらを掴んだ。
「もう一回言ってみろよっ!」
大和の迫力に圧倒された青年は黙って目を逸らす。周りの者も誰も何も言わなかったが、日向龍也の弟だから審査に受かったのだと非難がましい目が訴えていた。苛々する。龍也の影響力を誰よりも思い知っているのは大和なのだ。このまま殴って何もかもめちゃくちゃにしてやろうか。どす黒い感情に心が染まっていく。
「荒れているな」
唐突に声がした。細身のスーツをラフに着こなした眼鏡の男が廊下の向こうから近づいて来る。まるで作り物のように整った顔に張りついた傲慢なまでに完璧な笑み。随分と見栄えの良い男だった。
「誰だてめぇ、オーディションにはいなかったよな」
突き飛ばすようにして大和から解放された青年が、よろけながら動向を見守る群れに混ざる。
「俺にオーディションは必要ない。すでにこの事務所に所属しているからな」
臆することなく歩んで来た芸術品のような男が大和に対峙する。随分と堂々としている。年は近いようだが、それなりに偉いやつなのだろう。
「まだなんか話があんのか?」
「まず一つ、仕事の関係者には敬語を使った方が良い」
「なんでおまえにそんなこと言われなきゃならねぇ」
憤る大和に男は艶然と告げる。
「お前は俺のグループに入ってもらう」
「なんだと!?」
眼鏡を指で押し上げる完璧なまでの仕草が反論を封じた。
「たった今、俺が決めた」
まるで神の如き傲慢さで、この美しい男が大和の前に立つ。
「……おまえ何もんだ」
「俺は鳳瑛一」
「鳳って、レイジング鳳の息子かよ」
「日向龍也の弟が俺をそう呼ぶか」
大和がぎゅっと唇を噛む。
ふ、と瑛一が微笑んだ。
「それより、話を戻そう」
そして大和に近づいて、他の者から遠ざけるように肩に手を回す。
「最終審査は俺も見させてもらった。歌もダンスもお前が圧倒的だった。空手の動きも実にイイッ! 見るものを惹きつけて止まない魅力がある。そしてそれこそはアイドルとして最も必要な素質の内の一つだ」
そこまで一気に言った瑛一が、崇高な眼差しを情熱的に燃やす。
「日向大和、どうか俺と一緒に夢を追い求めてはくれまいか?」
◆
目を閉じ、耳を澄ます。場内のざわめき、期待、感涙、熱意、恋心、情景、細波立つ感情が今にもも噴き上がりそうな熱気を孕んだ空気を肌に感じた。もう時期、HE★VENSのライブが始まる。
「おまえでも緊張することはあるんだな」
振り向くと大和がいた。あれから共に七人で走ってきた。
「高揚している、と言った方が正確かもしれんな。ついにここまで来たと感慨深い」
瑛一が自身を抱く。
「こんなにデケェ会場は初めてだからな。……だけどよ、」
大和が後ろから瑛一の肩に触れた。
「はじめて会ったとき、おまえが見せてくれた夢はここがゴールか?」
瑛一が大和と同じ方向を見つめる。
「もっとだ。俺たちはもっと高みへと上り詰める」
情熱的な瑛一の眼差しが隣に立つ大和に向けられる。
「ついて来てくれるか?」
「聞くなよ、リーダー」
大和が瑛一の背を柔らかく押し出した。
二度目のプロポーズは今日もお預けだ。
いつか向かい合って、お互いを見つめ合うそのときまで。