無題目が綺麗と言われたのは初めてだった。世辞を抜けば、家族以外からだと吸い込まれそうな目、淀んだ目と散々な言われようだったこの目を綺麗と言われるのは珍しくて目を丸くすると、きょとんとした顔で言われた。
─何度見ても色が濁らないから
それを何と返したかは忘れてしまったが、おちびちゃんですら絶句していたその発言は当然ながら、俺の記憶に色濃く残っている。
反対にお嬢ちゃんの目は誰が見ても美しい。一部の狂った好事家が欲しがるだろうと邪推してしまうくらいに透明度が高いのに色も濃い。それがもっとも色を濃くするのは感情が表に出てきてしまっているときでわかりやすく、とても好ましい。臨時収入があった時、予定外の出費が重なった時、美味しい料理を目にして食べている時、そして闘ってる時─特にこのときは透明度も上がっていて宝石のようだ、と内心思うくらい、俺にとっては珍しく物欲も込みで手が伸びてしまう。当然お嬢ちゃんが生きていて、闘える状態である事が条件ではあるけども。何度もみたいしその状況に飛び込みたいが、そう上手く行くのは少しだけ。宝石のような煌めきが手からすり抜けていくのは、寂しくもあるが誰もお嬢ちゃんを捕まえれないのだ。この子は旅人なのだから。
「タルタリヤ」
声が聴こえた。
「……すまない、ぼおっとしていたよ」
「熱射病かな、顔も真っ赤だよ」
「そうかも、俺が言ったのにすまないね」
「体調は万全じゃないと駄目だって言ってたのにね、まあこの日光は苦しいよね」
ぽつぽつと記憶に残らない会話を続けていく。多分こんなことを言っていただろう記憶。幼い頃母と父に手を引かれたように、だけどもとても小さくて華奢な手が身体を支えて日陰へと連れていってくれた。柔らかい光の色、雪国の、故郷を思わせる光に、疲れていた身体が休むようにと命令してくる。
「ーーーーーーーー!!」
何も聞き取れなかったけど、少しだけ焦ったような素振りと目の色に瞼に力を入れた。違う色、温度の違う美しい色。携帯していた彼女のボトルを口に突っ込まれて噎せたがなるほど、身体は水を必要としていたらしい。その間なにかをしているようだったが思い出せない。気づけば北国銀行で服を寛がされて、息のかかった医師から一週間の休養を告げられて、霜氷花の花蕊を入れられた袋が身体のあちこちにつけられていて、初動がよかったとその口から聞けて、まず思ったのがあの子が倒れなくてよかった、ということだった。
好奇心が強いのだろうと、それなりに長く共に旅をして悟った。小さい子供がよくするなぜなに期に近いようで、何にでも興味を示す姿は旅をしていると面倒に巻き込まれることが大半だったが、どれも色褪せることもなく残っている。あの無垢と言うには些かイビツで歪んでいるけども何処までも純粋な生き方で、旅することが羨ましいと彼は言ったけど、彼のあり方は何よりも自由で旅人のようだったと思う。終わりに着くまでにどれだけ彼は楽しんだのだろう、きっとその目は濁らなかった筈だ。見上げるしかなかったが、彼の目はいつも生きるための力があったから。
たらりと汗が首筋を流れていく。些細なことなのに反応してしまう。憎たらしいほど青い空、私に日陰になるように立つ貴方はもういない。
─夜空に輝くひとつの星、例えそれは太陽が輝きを消して隠したとしてもあれはいつだってそこにある。人は昔も今もあの星を目印に歩いてく。私の旧友が掲げた武器と重ねて、あの目に好奇と希望をのせて、貴方はいつだって楽しそうに空を泳ぐのでしょう。
大切なものは大切なままでいいとあたり前のことを言うように難しい事をする貴方へ、
私の終わりまでの道のりが貴方が楽しめるような冒険譚になればいいなと、切に願う。