左千夫誕生日 2ー④▲▲ sachio side ▲▲
ゆっくりと意識が覚醒していく。久々に深く眠ったので指の先まで感覚が研ぎ澄まされているが原因は其れだけではないようだ。九鬼が僕の体に何かした。具体的には分からなかったが細胞が新しいものへと入れ替わっている。痛くはないがヘタにやれば全ての神経への信号を破壊されそうだと思った。そうなるならば仕方が無いので彼からの好意として受け取る事にする。服も着せてくれていたし、髪も既に結われていたのでパーティの集合時間よりも早く準備が終わってしまった。それならと、携帯のメッセージを確認してから外へと跳び出した。
「井上さん、お疲れ様です」
「神功さん、お疲れッス」
「すいません、この前はお恥ずかしい所を見せてしまって……」
「いえ、アレは完全にうちの若頭悪いッス。折角体を売ってまで取ってきた情報を!うちの若い奴らも神功さんを見習ってほしいッス……!九鬼さんは神功さんが大切なのでああなる気持ちは分からなくは無いですけど……」
「……九鬼が気に食わなかったのなら、僕が悪いんです」
「ハァァァ……神功さん……なんて健気な…ッ!九鬼さんには勿体無いッス!!考え直すなら今のうちですからね!」
井上竜司 は九鬼のお目付け役である。僕の誕生日前後に九鬼を狙った事件があった。その情報を僕は自分の体と引き換えに掴んできたので賞賛されている訳だが本当なら見返り無く情報を得れるのが一番いい。考え直すの言葉に少し笑ってしまったが、そこからは井上さんが持っている情報と僕が持っている情報を交換した。あれだけ不様な僕の姿を見ても変わらず接してくれているのは助かる。九鬼の周りのことは彼に聞くのが一番いいからだ。
「あ!そういえば神功さん誕生日だったんッスよね!」
「そうですが……」
「すいません、俺、そういうの疎くって……お店の方にお客さんの茶請けになりそうなもん送っといたんでふるまいに使ってくだせぇ!」
「其れは……逆に、気を使わせてしまって申し訳なかったですね、有難うございます」
「いえ、そんな大層なモンじゃないっス!あ、あとコレ」
大層なものではないといったが九鬼の派閥がすることは派手なので結構な額が動いたと思う。そしてその後に渡された小さな紙袋の中にはラッピングされたクッキーが沢山入っていた。しかも分かりにくいが多分モチーフは九鬼だ。
「九鬼さん相手にしてるとかなーりストレス貯まると思うんでその時は憂さ晴らしに、ガリッとやっちゃってくだせぇ!」
「……え、あ、はい、ありがとう、ございます」
「あ、変なものは入ってないから安心してください。……あ、後、アイツ浮気してますからね!こっ酷く叱ってやって下さい!」
「…………普通なのでは?」
「へ?」
「マフィアの次期頭領なのですから」
「そうなんッスけど、……そいつがイケ好かねぇ奴なんです!」
井上竜司 がグッと距離を詰めてきたので一歩下がった。九鬼が他の相手と何処で何をしようが関与するつもりは無いが、矢張り僕以外に相手がいるのだと分かってしまうとすんなりと受け入れる事ができた。筈、だったのだが……………。
「金髪で、キツイ顔立ちのやつなんですけどね、まぁ、美人ナンッスヨ!男ですが!!ウィステリアって名前で……名前まで洒落てて……ムカつくんですよ!」
ん………………?
ウィステリアは僕が違法な組織に潜入するときの裏の名前だが……。このウィステリアとしても井上さんとは面識があった為、前に彼とセックスしたときに全てバレたと思っていたがこれはもしや……。
「そういえばアイツも神功さんと同じ三つ編みですね……武器も長物が得意ですし……、やっぱ要らないッスよ!同じとこばっかじゃないですか!!アイツと神功さんなら俺は絶対神功さん推しッス!!」
クッキーの袋を持った僕の両手をギュッと握り締めながら井上竜司は力説する。似てる……のは当たり前だ、ウィステリアも僕なのだから。しかし普通なら〝似てる〟まで辿り着くことも僕の能力のせいで難しいし、逆に〝似てる〟まで辿り着くと同一人物だと気付くはずなのに目の前の相手はその結論には至らないようで、酷くウィステリアの事だけを嫌っていた。井上さんに僕まで嫌われて情報収集に影響が出てもいけないため「精進します」とだけ返答しておいた。
最後に少し会話をしてから井上さんとは別れて喫茶【シロフクロウ】へと戻る。途中、九鬼のような形をした可愛らしいクッキーを一枚取り出すとまじまじと見つめてしまった。結局、井上さんの話では九鬼の側に居るのは今は僕だけということになってしまう訳で……。
自分の中の複雑な感情を持て余さないようにバリッと小気味良い音を立ててクッキーと一緒に飲み込んだ。