【過去編】神功・九鬼VS薬師河・イロハ①九鬼と神功はクロコッタの能力である空間の歪から吐き出された。
神功は完全に戦意喪失をしており膝を付いたまま立ち上がる事が出来ず、その前へと敵から神功を隔てるように九鬼は立ちはだかりグローブを嵌め直す。
位置的には旧校舎の屋上近くになる筈だが辺りは四角く切り取られた空間になっているだけで地形が凸凹としているほかは何も無かった。
九鬼と神功の他に二人の人影が佇む。
奥でにこやかな笑みを浮かべて佇んでいる黒髪のショートヘアの青年が薬師河悠都。絶有主高校の副会長である。そしてその少し前には前髪が真ん中で分かれた長身で整った顔立ちの男が立っていた。その容姿を見た瞬間九鬼の表情が歪んだ。
「マ、ジ…ッ!?……ヤバイちょータイプなコが居るんだケド!ね!左千夫クン!ちょっとしっかりしなヨ!見て!ほら、アソコに左千夫クンが居るヨ!?」
自失している神功などお構い無しに九鬼は神功とポニーテールに結われた淡い水色の髪の男を交互に見詰めた。
頬を紅潮させるほどその男の容姿に心が踊り、ゆさゆさと神功を揺らす。
そのお陰と言っていいのか分からないが神功はハッとしたように槍を握り直して立ち上がった。
「無様じゃな、神功。なぜ妾を、差し置いてコヤツが政府のお気に入りなのだ?解せぬ」
「……イロハさん、ですかね?」
「え?なに!?左千夫クンの知り合い?もしかして、生き別れた兄弟!?もしかして、感動の再会……ッあ…!ちょ、ウソ、ウソだって!ソレ、ホンモノの槍だからネ!?刺さったら死ぬカラ!」
高揚した九鬼が収まることを知らず言葉を捲し立てるが神功が今にも殺すと言わんばかりの表情で槍を突き付けた為に静かになった。その様子に神功は溜息を吐くと槍の柄を地面へと付けた。
「試験管人間、認識番号0000168、コードネームはイロハ。優良遺伝子を組み合わせて作られたプロトタイプ。能力は人の能力・容姿のコピー。プロトタイプの中では成功例とされており、能力は申し分ないが社会適応性が皆無」
「妾が悪いのではない。他の下民が悪いのじゃ……誰も妾の気持ちを理解できぬ」
イロハと呼ばれた、神功にそっくりの容姿を持った人物は大袈裟に前髪を掻き揚げた。その動作の一つ一つが九鬼の目に止まり、胸元の服を握り締めながらはぁ………と、艶かしく息を吐いた。
「能力か……。能力でもイイかな……すっごく好み」
「………………………………………九鬼」
神功が呆れたと言わんばかりに名前を呼ぶが既に九鬼は聞こえてない様子で真っ直ぐにイロハを見詰めていた。
しかしその甘い視線が一気に凍てつく。
神功までが畏怖するように、鋭く尖った視線の先には薬師河悠都が相変わらずの笑みを湛えながら歩いてきていた。
「気持ちを理解してもらう為には、相手の気持ちも理解してあげないといけないよ、イロハ」
「悠都の言う事は哲学的過ぎじゃ、妾にはわからん」
邪気のない笑みを湛えながら薬師河はイロハの肩を柔らかく叩く。九鬼が冷たい視線を向けている横で神功は矢張り信じられないモノを見ているかのように瞳を大きく揺らし声を溢した。
「〝サチオ〟……いえ、今は薬師河悠都と呼ぶのが正しいですかね……」
「久しぶりだね、7913-34-333-6。あ、今は神功左千夫だったね。この空間は外と遮断されているから情報が漏れることはないから安心してね」
「どうして……貴方が生きている」
「実は死んでなかったんだ。……伝えようかとも思ったんだけど」
薬師河は驚きを隠せない神功とは対象的に柔らかな笑みを浮かべたまま今にも殺すと言いたげで殺気を撒き散らしている九鬼を一瞥した。そしてまた神功を見つめ直すと更に笑みを深める。
「なら……」
「言う必要はないかな……って思って」
「───────ッ!!」
薬師河の一言一言に神功は動揺が隠せない。
目に見える程取り乱し、抉られたように痛む心に呼吸が弾んだ。戦意喪失に近いその状態の最中、イロハから無数に伸びた植物が神功を串刺しに掛かる。しかし、神功が微動だに出来ずとも横にいる九鬼が床をタッチして壁のようにして植物の進行を塞ぐ。そしてその壁が手のように形を変えてイロハを後方へと押しやる。
「ちっ。便利な能力じゃのっ!」
「イロハちゃんはボクと遊ぼっか〜★積もる話もあるみたいだし。すっっっっごく気に食わないケド……………、今だけ、譲ってやるヨ」
ズザァァァァァァと床が波のようにイロハを別場所に押しやっていく。九鬼は神功の顔を見つめてから薬師河へと殺気を込めた戒めのような言葉を放った。しかし薬師河は静かに微笑んだまま微動だにせず、九鬼は更に面白く無さそうに眉を顰めてからイロハを追った。