【過去編】神功・九鬼VS薬師河・イロハ③「…………交渉決裂ですね、仕方がありません。
それでは僕の用事が終わるまで眠っていてください」
「左千夫こそ、ゆっくりしていってよ。悪い様にはしないからさ」
静かだが殺気を含んだ言の葉が交わされた後二人の姿が消える。目にも止まらぬ速さで動いた二人の衝突音が所々で轟き、空間を震わせた。
神功はリーチの長さを活かして槍を何度も突き出す。油断すれば蜂の巣にされそうなほど的確な急所狙いを薬師河は掌と膝から下を使って器用に受け止めた。神功は一際大きく後ろに肘を引くと小細工なく真っ直ぐに槍を突き出した。すると薬師河は槍の柄の部分を掌で滑らせて減速させ、足裏を前に突き出すようにして矛先を真っ向から受け止めた。
〝ガギンッッ〟と鈍い金属音が響きわたって神功が眉を顰める。そのまま、ぐぐぐぐぐッと押し込もうとするが脚力と腕力の違いから押し切る事は出来ず。また、靭やかな優男の割には薬師河のウエイトは重く、ちょっとやそっとでは動く事は無かった。神功が薬師河の瞳から貫通した靴底の更に奥を見つめる。衝突で靴底は無惨にも穴が空いてしまったがその奥の足の指の付け根の辺りに硬い鉱石がプロテクターのようにはめられていた。
「足技が好きな事は知っていましたが……」
「僕も、君が長ものが好きなのは知ってたけど」
お互い知っていた頃よりも格段成長した姿に自然と笑みが浮かんだ。それは尊敬でも、侘しさでもあり、満たされない月日と心を埋めるように互いが全力でぶつかる。再び距離を取ると神功はただ突き刺す動作だけでは無く槍を回転させ、薬師河に防がれた後もグルッと大きく回して柄の攻撃も入れていく。普通の相手なら次に柄先が来るのか矛先が来るのか悩んでしまいそうだが、薬師河は黒い瞳で確りと見つめてギリギリまで引き寄せてから躱す。そして、その躱してそった体のままバク転やバク宙をして蹴り技を披露する。ただの蹴りではなく鞭のように撓った足は空気を切り裂き、特殊素材でできた神功の制服を裂いた。
しかし、神功は怯むことなく更に一歩踏み込むと槍のリーチを捨て、短く持つとバク宙して地面に降り立つ前の空中にいる薬師河へと槍を突き入れる。
それも薬師河には触れるとこはなく空中で体を捻られてしまうが神功は槍の柄先を蹴り上げ、逆の足で矛の付け根を地面へと向かって踏み込んで軌道を無理矢理変え、更に遠心力を乗せる。
流石の薬師河もそれ以上体位を変える事はできず、急に上から斜め下に袈裟斬りのように落ちてきた刃先は不可避で、左脚の太腿から右足の膝下へと斜めに裂傷が走る。先ほど刄を通さなかった包帯が無惨にも切り裂かれ、赤い飛沫が神功の白い制服を染めた。
「…………………ッ。……流石、属性化も完璧なんだね」
「不完全な状態にしておくのは苦手なんです。さて、君の機動力はこれで………ッ、なに……?!」
「残念だけど……。僕治せるタイプなんだ。肉体の再生それが僕の能力。どんな肉体からでも僕を作り上げれる能力かな…?少し説明が難しいし、僕もあんまりわかってないんだけどね」
神功は薬師河に接触する瞬間に槍に炎の熱をもたせた。更に殺傷能力を上げた矛先が見事に薬師河の足を切り裂いたはずだがその傷が見事に塞がっていく。
元から絶有主のメンバーで能力が知られているのは試験管人間のイロハのみである。
薬師河悠都はノーフェイスとコードネームを名乗っており、愛輝凪高校が地区聖戦で優勝し政府直下の組織となったときに初めて実名を知ったというほど情報が無かった。薬師河と過ごした幼い頃はまだ能力が目覚めていなかった為、治癒に関する能力なのかはたまた全く別の能力なのか神功は分からなかった。しかし、手を止める事なく再び槍を構え、武器に炎の熱を伝えたその時、ちらちらと白い丸い塊が視界の隅を舞い始める。神功は一瞬だけ視線を薬師河から外すと気温がグッと下がった事に長く息を吐いた。
「属性化……ですね。雪……?水の派生……か」
「うん。……と言っても、僕、普通の能力も、属性化も下手なんだけどね。君と一緒のときはまだ開花してなかったし」
「確かにそうですが、それでも君は誰よりも強かった」
「そんなこと無いよ……左千夫は僕の事買い被り過ぎだから」
「加減はしませんよ」
「怪我させたくないんだけどな……」
どれだけ神功が殺気を放とうと薬師河は微笑んだままであった。しかし、二人とも高揚は隠せずに呼吸のスピードが速くなって、神功の周りの雪が水に変わり、薬師河の周りは空気に氷の結晶が混じっていく。
そんな二人が本気でぶつかり上がった瞬間。大きな水蒸気の塊が発生して切り離された空間の仲が霧で満たされていった。