時計は夜の十一時を回っていた。
外では雨が窓のガラスを強く叩きつけている。大きな雨粒が室内の光に照らされて一瞬輝いたかと思えば、黒に限りなく近い夜空に溶けていく。
「貴様、いい加減にせんか。」
こんな真夜中に鷲巣は人を外に追い出そうとした。腕を組み、仁王立ちしてアカギに体を向けて威圧している。
それもそうだ。アカギは気まぐれに鷲巣邸に姿を顕しては、こんな時間まで居座っているのだから。
アカギが家を出ないと、鷲巣は眠る準備ができない。
「…外、雨が降っているから。」
そんな鷲巣とは裏腹に、アカギは落ち着いた様子でソファーにもたれていた。
アカギは一歩も引かないつもりだ。
そんな彼に鷲巣はもちろん拮抗する。
「言い訳にならん。直ちに去らんか。」
「傘も持ってないし、もう夜も遅いし…」
「だからこそ早く出て行けと言っておるんじゃが、まさか意味は分かっているじゃろうな?」
アカギは目の前のテーブルのどこか一点を見つめていた。そしてしばらく口を開くことはなかった。
痺れを切らした鷲巣は語気を強めて言った。
「相変わらず非常識な奴だな貴様は。
いい加減に、帰れ。」
この言葉を聞いたとき、アカギの瞼がわずかにピクリと動いた。そして口を開く。
「ない。帰る場所なんて、俺には。」
俯いたままそう言い放ったアカギの横顔はほんのわずかに翳っていた。今、彼の目の前に映る風景がテーブルなどではないことを、鷲巣も察していた。
アカギが根無草の浮浪者だなんて、二人が出会う前から知っていたことだった。
鷲巣は自分の発言に罪悪感と恥を感じていた。アカギのことは憎くて仕方ないが、麻雀に関係のない所で彼を傷つけたくはなかった。とはいえ、変にアカギをなだめるのも鷲巣のプライドが許さなかった。
鷲巣はしばらく沈黙したのち、自らそれを破りにいった。
「ええい、くそっ…!」
そう言いながら、鷲巣は近くにあった毛布を乱暴に掴んでアカギの隣に座った。そして、アカギと自らの体を毛布で包んだ。
「今夜だけ…
今夜だけじゃからのっ!」
アカギは鷲巣の咄嗟の行動に目を丸くした。鷲巣を見つめると、そっぽを向きながらも耳を赤くして少しだけ震えている。
アカギは鷲巣の心中を察し、思わず口元がほろりとほころんだ。
「…ああ。」
アカギは礼も言わずに鷲巣にもたれかかる。鷲巣も口を開かず、相変わらずそっぽを向いている。しかし、二人にはそれで十分だった。
雨はいつの間にか上がっていたが、アカギはそのまま鷲巣の隣で眠りにつこうとした。