守りたいもの 日付も変わり、夜遅い時間だと言うのに主の部屋からは行灯の薄明かりがこぼれている。
確かに彼にとって睡眠と言うものはさほど意味を持たないかもしれないが、連日連夜働き詰め闘い詰めでは疲労も拭えまい。部下たちへの示しと言うものもある。
休むと言うことが下手くそな彼を、窘められる立場にある者もそういないだろうと内心溜息を零しながら、煙羅煙羅は軽く障子戸を叩いて訪いを告げた。
「ぬらりひょん様」
応えはないが、いるのは解っている。
そして、自分の入室を否と言う主ではない。
戸を開けて中へ足を踏み入れると、案の定ぬらりひょんは簡易的な文机の前に腰を下ろしてゆるりと紫煙をくゆらせている。
が、その膝を枕にしてすーすーと寝息をこぼしている小鬼に煙羅煙羅の視線は吸い寄せられた。
「おやまぁ……またこんなところで」
「今し方ようやく寝入った」
むにゃむにゃと無防備を晒すその頭を撫でながら、覗く紫暗が僅かに細められる。
主が拾って来るまでは一人で寝起きしていただろうに、と最初の頃は不思議に思っていたものだが、朱の盆がこうしてぬらりひょんの傍に寄るのは決まって人里に入り、宿を取る時であった。
慣れない環境に緊張するから、ではなく万が一自分がやらかした場合ぬらりひょんならばどうにか対応をしてくれることを解っているからだろう、と主は言う。
近頃では彼との訓練のおかげでだいぶ力の扱いは上手くなったものだが、心の中では不安な部分がまだ燻っているのかもしれない。
「また新しい依頼か?」
促され、煙羅煙羅は本来の目的を思い出し、手にしていた密書をぬらりひょんに渡した。
「ええ、北の方で強力な怨霊が暴れているとかで」
「あの辺は落ち着かないな」
「ええ……きちんとした者が治めてくれればよいのですが」
「急ぎ討伐隊を差し向けると返事をしておいてくれ」
「承知しました」
途端、ばっと朱の盆の手が上がる。
「むげんひとつのたち!!」
ふにゃふにゃと呂律の怪しい寝言ではあったが、それは確かに主の必殺技の名であった。夢の中でもそうして稽古しているものか、実にご満悦な顔をしている小鬼に、二人は思わず噴き出しそうになったのを必死に押し殺した。
寝た子を起こすのは無粋と言うものだ。
「…………早く、こうして皆が呑気に夢を見られるよう、平和な世になればいいんだがな」
「ええ……本当に」
ずり落ちた掛け布団を引き上げてやってから、煙羅煙羅はふふ、と小さく笑みを零した。
以上、完。