『ぁまぴこ♡はやく帰ってきてにゃ♡寂しくて冷凍庫のアイスぜんぶ食べちゃったにゃ♡冷えちゃったからぁまぴこの甘くてあったかいキスであっためてほしいにゃ♡♡』
ふみやは自室のベッドに横になり、寝ぼけ眼で天彦にチャットを送った。口頭でこんな風に甘えたことは一度もないが、チャットではわざと若い浮かれカップルの女のようなことを言ってふざけていることが多かった。
『んにゃんにゃ♡♡♡』
即返信が来ないあたり、移動か仕事か何かで忙しくしているのだろう。ダメ押しでもう一言送っておいた。アイスをたくさん食べたからか、強めの眠気に襲われていた。眠いがままに布団に入って目を閉じる。
まだ夕食まで時間があるし、少し寝てしまおうとした。しかしすぐにスマホが震えてチャットを受信したので閉じたばかりのチャットサービスを開く。
天彦からの返信だろう、と思っていた。
『送り先間違えてるよ』
テラからだった。
眠気は一瞬で吹き飛び、ベッドから飛び上がってスマホに齧り付く。さっき送ったらきゃぴるんにゃんにゃん大しゅきしゅきメールが、テラとのトーク画面に表示されていた。
大急ぎでメッセージの取り消しをする。削除の際にシステムメッセージ。『選択したメッセージはこの端末上でのみ削除されます。相手側の端末では削除されません。』終わった。
『あ』
『間違えた』
『ごめん忘れて』
顔から火が出る思いというか、実際に火が出ていると思った。テラに見られた。あの甘々カップルのモノマネチャットを。ふざけただけと言っても聞いてくれないのは明白だ。
『ひーーーーーー笑笑笑笑』
『嘘でしょ』
『いつもそんな感じなの』
人は端末に「笑」と入力する時、決まって真顔なのだ。そんなあるあるネタを耳にしたことがあったが、今だけは絶対に違うと言い切れる。大爆笑しすぎて震える手で「笑」を入力しているテラが目に浮かぶ。
『忘れろ』
だが無情かな。ふみやが「忘れろ」を送信するのとほぼ同時に、ハウスのグループチャットに一件のメッセージ。
『やばい笑笑笑笑笑』
もちろん、さっき誤送信したふみやのチャットのスクリーンショット付き。
「は?」
『は?????』
音声入力かとツッコミたくなるくらい、声に出たことをそのまんま入力していた。
『おまえ』
『まじ』
『は???』
『ふざけんなよ』
『人の心がないのか』
あるわけないだろうな。少しでも共感能力だとか思いやりと呼べる良心があるなら、受信した誤爆チャットのスクショを速攻で同居人に送るなんて非人道的な行いはしない。
『君に言われたくないよ』
『動揺しすぎだし』
『まあいいんじゃない?正直、君たちの関係はちょっと心配してたからさ』
テラは笑いすぎて滲んだ涙を拭いながら入力しているような感じがした。チャットでここまで相手を身近に感じることは滅多にない。
『心配?』
『ほら、天彦ってあんなだからさ』
『無理にふみやくんに関係を迫ってるとか搾取されてるとかだったらまずいかなって』
『法律的に』
『ホーリツ』
『もういいってそれ』
『でもなんだかんだラブラブみたいで安心したよ』
安心したよ、じゃないよ。
あっという間にハウス全員に知れ渡ってしまった。なんたる失態。もちろん誤爆した自分が悪いし、元を辿ればふざけているのが悪いということにはなるのだが。恩情はないのか。
ふみやは夕飯に顔を出さなかった。あんなチャットを見られているのだ、絶対全員にからかわれる。住人たちのニヤけた顔が嫌でも脳内をちらついた。
お腹は空いていたが、みんなと顔を合わせる恥に比べたら空腹くらい大したことではない。きっと依央利が自分の分はラップして冷蔵庫に入れておいてくれるはず。夜中、みんなが寝静まった頃に食べに行けばいい。
羞恥と自己嫌悪で布団に包まり、丸くなるふみやの部屋がノックされる。
「ふみやさん、いますか?」
天彦の声だ。そういえば天彦はあのあとグループチャットに顔を出していない。ふみや自身も発言していないので既読の数も分からないが、多分あれを見ているはず。心配して来てくれたのだろう。
「入りますよ」
鍵のかからない自室のドアが開けられる。カタカタと食器類の揺れる音から、夕食を持ってきてくれたのだと分かった。天彦はそれをテーブルに置いてからふみやのいるベッドに腰掛けて、布団の上から優しく撫でた。
天彦の気遣いを無下にはできない。お腹も空いている。そっと布団から顔を出すと天彦と目が合った。眉尻を下げ、困ったような顔でふみやを見下ろしていた。
「天彦ー……見ただろ? あれ」
「ああ、あまり気にしなくていいと思いますよ」
「無理だろ。めちゃくちゃ恥ずかしい……」
布団から這い出て天彦の胸に顔を埋めた。恥ずかしさを誤魔化すようにそのままぐりぐりと頭を押し付けると髪がぼさぼさになる。それを直すように、ペットを宥めるように天彦は頭を撫でた。
「恥ずかしがるふみやさん、セクシーです」
どうにかしてふみやの機嫌を取りたい天彦は、俯いて露わになった首筋に浅いキスをいくつか落とした。ふみやはこそばゆそうに身じろぎする。
「もう全員の頭殴って記憶消そう」
「ダメですって。ほら、ご飯食べて忘れましょう? みんなだってすぐ忘れてくれますよ」
「……いらない」
空腹だ。でも今は天彦に甘えて失態を忘れるのに忙しかった。
「じゃあ僕が食べちゃいますよ」
「え、……んむっ」
ダメ、あとで食べるから。
止めようとしたふみやの口は天彦の唇で塞がれた。唇を重ねたまま、ベッドに押し倒される。
「食べちゃいますよ」
同じ言葉でも、まるで意味が違った。
「……俺を?」
「ええ。熱いキスであっためてほしかったんでしょう?」
頷けば、言葉の通り深く舌を絡められた。