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    第8回天ふみドロライ(泥試合/高潔な君へ)
    ※ふみゃが売春未遂
    ※フェラ未遂

     秘密めいた指示にはわけがあった。売春だ。
     マッチングアプリで捕まえた手頃な男は、『明日の午後二時に○○駅前で、ジャンヌ新聞を読んでいる男に声をかけて』とふみやにメッセージを寄越した。今日の明日で予定を作れる首尾の良さだが、こういった行為に慣れているわけではない。むしろ初めてだ。このアプリだって、さっきインストールしたばかり。売春はふみやにとって全く知らない領域なのだが、スルスルと馴染んで自然と約束を取り付けられたのはハウスでも発揮されている器用さがものを言ったのだろう。
     そんな未知の領域にふみやが手を出した理由はただひとつ、天彦が抱いてくれないからだ。
     ワールドセクシーアンバサダーを自称し、世界中の変態が恋人とまで宣った男のくせに妙なケジメを持っているらしく「セックスは二十歳になってから」と頑なに抱こうとしない。
     ふみや自身にも同じモノがついているのだからと逆に抱いてみようと組み敷いてみたこともある。だがこちらはふみやの方が上手く興奮できなくて失敗に終わった。天彦のあられもない姿は想像できなくもないが、やはりふみやは抱かれたいと思っていた。
     よく、男から見ても格好良い男に対して「こいつになら抱かれても良い」なんて冗談めかして言うことがあるが、ふみやの天彦に対する感情はそれの最上級だった。天彦は格好良い。是非とも抱かれたい。同性愛者でもない男としては、些か変わった欲望かもしれないが。
     だから今夜だって勇気を出して誘ったのだ。ちゃんと洗浄をして、早くに風呂を済ませて、「明日は朝早いので」という逃げ道を塞ぐために二十時に天彦の部屋をノックした。
     まだ寝る準備もせず着の身着のままの天彦の顔を見ると、覚悟を決めたはずでもやはり恥ずかしくなってしまった。本当は部屋に押し入ってベッドに寝そべり、パジャマのボタンを一つずつゆっくり外しながら「抱いて。準備もしてきたから」と出せる限りの艶かしい声で言おうと思っていたのに。実際に取った行動はと言えば不器用に抱きついて天彦の胸に顔を埋めて、消え入りそうな声で「……したい」と小さく呟いただけだ。
     抱いてほしいと、生き物として当たり前の欲望を伝えるだけなのにどうしてこんなに恥ずかしいのか。頬が熱くなるのを感じたし、触れ合う天彦の厚い胸にもその熱は伝わっているだろうことが余計羞恥に拍車をかけた。こんなに恥ずかしい思いをしてまで一歩踏み出そうとしたと言うのに、天彦は沈黙しか返してくれない。聞こえなかったのかと思いもう一度「抱いて」と言えばようやく「前にも言ったでしょう、二十歳になるまでは手を出しません」と肩を掴まれ、部屋に返された。
     情けない!
     なんと情けないことか。きっと天彦の天彦だって反応してくれていたはずだ。あのまま押し切ればベッドへもつれ込むことだってできた。それがなんだ、恥ずかしさに負けてのこのこ部屋まで帰ってきてしまったではないか。
     ふみやは自暴自棄になって、冷めない熱を抱えたまま勢いでスマホをタップしてマッチングアプリをインストールし、手頃な一人の男と明日会うことに決めたのだ。
     これは、当てつけだ。
     こんなに積極的に歩み寄ったのに抱いてくれない天彦への。そして、あと一歩のところで尻込みしてしまった自分への。

     翌朝のふみやは珍しく早起きだった。
     恋人にすら暴かれたことのない身体を知らない男に明け渡すことへの緊張が、朝寝坊のふみやを叩き起こしたのだ。しゃっくりも出なかった。目覚ましのアラームが鳴るより先に起き出してリビングに降りれば、朝食を拵えている依央利がふみやの早起きに驚いていた。その時間には理解ですらまだ部屋で書き初めをしていたらしく、リビングにやってきたら既にふみやが居たことに悲鳴を上げたあと大いに喜んでいた。
     朝早くに起きたって午後二時の待ち合わせまで予定はないのでいつも通り本を読んだが内容は頭に入ってこなかった。それでも好物の甘い物だけはやはり美味い。と緊張を紛らわすため無意識に家中のお菓子を食い尽くしたので多分そのうちお叱りを受けることだろう。
     ふみやはここまできてようやく自分がどれだけセックスを恐れているのかを理解した。ちょっとお尻に異物が入るだけだと思っていたのに、どうしてこんなに緊張する。だが、もう後戻りはできない。
     どうにも落ち着かなくて、待ち合わせよりかなり早い時間に家を出た。身元が割れないよう遠くの駅を指定していたのでどうせ移動には時間がかかるのだ。
     上の空になっていて、何度か乗り換えを間違えそうになった。早めに家を出ていて正解かもしれない。それでも待ち合わせの一時間前には到着してしまったが。
     土地勘のない街は新鮮で、カフェにも入らずあてもやく歩いた。コーヒーを飲むお金もなんだか勿体無いような気もした。そういえばホテル代は相手が持ってくれると言っていたっけ。それとは別に三万円くれるんだったか。相場は一万五千円だが、初めてだと言ったら倍にしてくれた。それが高いのか安いのかもふみやにはもちろん分からない。
     相手は待ち合わせの十分前に現れた。小綺麗だが魅力も髪も薄い中年の男だ。魅力を感じないのは、常に天彦というチャーミングの頂点にいるような男が隣にいるせいかもしれない。そう気付き、こんな行為をしようとしていても天彦のことがどうしようもなく好きなのだと実感した。愛情のもたらす幸福感と、それを裏切る罪悪感で板挟みになってふみやの脳内はぐちゃぐちゃだった。
    「行こうか」
     男が不躾にふみやの腰を抱く。確かに下心を感じる手つきに、ふみやの背筋に生理的な嫌悪感がぞわりと走った。でも我慢だ。
     天彦さえ抱いてくれれば俺はこんな思いしなくていいのに。知らないぞ。天彦のせいで、俺はこんな投げやりに初めてを知らない男に捧げるんだ。俺のこと好きなんだろ。大切にしたいんだろ。ほら傷ついちゃうよ。いいの。
     この場にいない恋人に、心の中で散々嫌味ったらしく当たり散らした。そうして現実逃避していないと、実際に逃走してしまいそうな恐怖と嫌悪感に襲われていた。
     腰を撫で回されながらホテルへと歩みを進め、料金表の看板の前で立ち止まる。
     もう、本当に、後戻りはできない。
     覚悟を決めて目を閉じると、不意に男の手がふみやの腰から外された。
    「ふみやさん、この方は?」
     振り返れば男の手を捻り上げている、長身の美丈夫。他の誰でもない、天彦だ。
    「天彦には関係ない」
    「関係なくないでしょう! ホテルに入ろうとしてしましたよね? 誰なんですか、あなたは」
    「うるさい」
     男が口を開く前に、ふみやは天彦から男の手を奪い返して強引にホテルに入ろうとする。その肩を天彦が捕まえる。振り解く。今度は逃げられないようしっかり両の肩に手を置いて天彦の方を向かせる。抵抗しようとふみやが天彦の胸を押し返す。びくともしない。天彦の腕を掴んで外そうとしたが本当に動かないどころか、指が肩に食い込んで痛くなっていく。身体を捻ったり左右に振ったりしてももう振り解けそうになく、では転ばせようかと足をかけたがこちらも全く崩れる気配がない。ふみやは全身で暴れているのに、天彦はただふみやの肩を掴んでじっとしているだけ。喧嘩にもならない。側から見ている男も、ふみやも天彦も理解していた。泥試合でしかないと。
    「離せっ……これからこの人とやるんだから……」
    「だからなんでですか!」
     お前が抱いてくれないからだよ、と言ってしまえれば全ては解決なのに。恥ずかしいのとわかってくれない悔しさで口を噤んだ。
     抱いてくれない当てつけにわざと他の男に抱かれようとしていたふみやである。完全に捨て鉢な気分になっているのである。ふみやは天彦の顔面目掛けて握り拳を突き出した。
     パンチは見事天彦の右頬に命中し、鼻にも拳が当たったらしくつうと鼻血が垂れて見るからに上等なシャツに暗い色の染みを作る。
    「あ……」
     それを見てふみやは我に返った。
     自分は一体何をやっているんだろう。好きな人に抱いて欲しいがためにその好きな人を傷つけようとして、それ以上に自ら傷つこうとして。何もかも、本末転倒だったのではないか。
     多分、もう無理だ。天彦はこの男とホテルに入ることを決して許さないだろう。力では敵わないし、相手の男もおろおろと困惑している。セックスどころではない、と言った様子だ。
     ふみやの戦意が喪失したのを確認すると天彦は袖で雑に鼻血を拭い男に告げた。
    「痴話喧嘩に巻き込んですみませんでした。お帰りいただいて結構ですよ」
     言葉とは裏腹に、帰る以外の選択肢は与えられなかった男は逃げるように来た道を早足で引き返して行く。
    「さて、ふみやさん。続きは……そうですね。この中で聞きましょうか」
     男の後ろ姿を見送っていたふみやは腕を強めに掴まれ、天彦の顔を見上げればその碧には静かな怒りが宿っていた。普段騒がしく感情表現の派手な天彦のおとなしい憤りは却って恐ろしく、ふみやは冷や汗が背中を伝うのを感じた。
     ラブホテルなんて当然来たこともないふみやが初めて足を踏み入れて緊張するのも気にせず、天彦はさっさと一番いい部屋を取って鍵を受け取りふみやの腕を引いてずんずん歩いて行く。四階の部屋まで、エレベーターを待つ時間すら疎ましいのか階段で直行した。
     部屋に入ると、シャワーには目もくれず二人でベッドに座った。ふみやは座らされた。腕を離されないまま顔を覗き込まれ、後ろめたさと恐怖から目を逸らしたい衝動に駆られたが耐えた。目を逸らすのはなんだか負けのような気もするし、なんと言っても誠実じゃないと思った。
    「ふみやさん。あれ、知らない男の人でしたよね」
    「知らなくないよ。ちゃんと知り合った人だよ」
    「出会い系サイトでですか?」
    「……アプリ」
    「それは知り合いとは言いません。いいですかふみやさん、恋人がいるのに他の人とセックスをするのは、悪いことなんです」
    「悪い? 何が?」
     天彦はあくまでも落ち着いていた。対するふみやは、お得意のセリフを吐きながらも泣きそうになっていた。
     そんな顔をさせたかったわけじゃない。ただどうしてなのか聞きたいだけなのに。気付けば叱責するような雰囲気になっていたのを、どうにか方向転換させたかった。
    「分かってるくせに」
     だから、優しいキスをした。
     が、泣き止ませるためのキスのつもりだったのにふみやは泣き出してしまう。
    「え、え……すみません、嫌でしたか?」
     力を込めて掴んでいた腕を離し、身体に触れないよう手を宙に彷徨わせてふみやの様子を伺う。ただ悲しく泣いているように見えた。
    「やじゃない、嫌じゃないよ」
     袖で涙を拭い、なんとか涙を止める。
     情けない。昨夜のことだってそうだし、今だって泣き出してしまうなんて。天彦は格好良いけれど、ふみやだって恋人の前で格好つけたい気持ちはあるのだ。
    「天彦こそ、俺のこと、嫌じゃない?」
    「嫌なわけないでしょう! 好きですよ」
     その言葉にまた目頭が熱くなる。
     ふみやの中にはたくさんの感情が渦巻いていた。天彦に抱かれたい気持ち。抱いてくれない天彦への憤りともどかしさ。押し切れない自分への歯痒さ。売春に手を染めようとした浅ましさ。結局それすら遂行できなかった惨めさ。でも本当はしたくなかったから助けてもらえたことへの安堵。こんなのは性欲の暴走でしかないという羞恥。全部ぜんぶ、ふみやの中で渋滞していて言葉にならない。
     複雑な表情で黙り込んだふみやからそんな心情を察したらしい天彦は、声色をうんと優しくして微笑んだ。
    「大丈夫ですよ。一つずつ、ゆっくりでいいから話してください。始まりはなんでした?」
     どうやら本当に怒っていないらしいとふみやにも分かり、ぽつぽつと話しだした。
    「天彦がさ、抱いて……くれない、から」
    「はい」
    「……俺だって男だし、そういうことしたいって欲はあるんだよ。だから昨日だって、頑張って誘ったのに」
    「すみません、ふみやさんのこと大事にしたくて」
     言葉数は多くなかったが、この時点で天彦は大体の事情を察していた。つまり、当てつけに知らない男とセックスしようとしていたのだろうと。
    「それは分かってる。ありがとう。でも俺は、それでも……したい」
     そうだ、折角ホテルに来たのだから。この流れならいけるかもしれない。
     ふみやは天彦を押し倒そうとした。だが、さっき取っ組み合いになった時にも感じたことだが体幹がとにかく強い天彦は素直に倒れてはくれなかった。男女ほど力の差があるわけでもなく、ふみやはむしろ男の中でも腕っぷしのある方だと言うのに全く敵わなかった。
    「ふみやさん。焦らないで」
     肩を押そうとするふみやの頬にそっと触れる。髪を撫で、耳に指を這わせる。首筋をなぞる。ふみやは気分が昂っているのか、その動作のひとつひとつに小さく身体を跳ねさせたり目を瞑ったりして反応した。健気でいじらしいと思った。
    「天彦だって、勃ってるくせに」
     指摘されたとおり、天彦の陰茎はズボンの中で苦しげにその熱を主張している。正直言ってはち切れそうな欲望を、大人の理性で抑え込んでいるに過ぎないのだ。こんな成り行きでなければ、抱いてもいいとすら思っていた。しかし、これでふみやの望み通りにセックスをしてしまえば味を占めて、要求を通すために悪事に手を染める癖がついてしまうかもしれない。その可能性を考えると、なんとしても抱くことはできなかった。
    「それでも手は出しません。あと一年とないのですから。ね?」
     冷静ぶっているが、怒張した陰茎はズボン越しでも分かるくらいドクドクと脈打っている。本当は今すぐにでも自分をひん剥いて犯してやりたいだろうに。そういう衝動は自分にもあるからよく理解できた。
     そんな強い衝動を我慢してまで大切にしてくれるなんて。欲望よりも愛情を優先させるなんて。意志力の強さに感服した。なんて、高潔なのだと。
    「じゃあさ、」
     ふみやはおもむろにベッドから降り、天彦の前に跪いた。ベルトを外してズボンと下着を下げ、すっかり臨戦態勢のそれを取り出して口付ける。
    「口で抜いてあげる。それならいいだろ?」
    「な、なんで」
    「天彦が俺のこと本当に大事にしてくれて嬉しいから。お礼?」
     そう、これはお礼であり敬意の表明なのだ。
     高潔な君への。
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