子羊くんの体当たりは、予想もしない所から飛んでくる。
『注意しろって、これは無理です。』
よく考えれば、そうだという事に気が付いた。ああ、何という事だ。私とした事が、どうして。
「クリック・ウェルズリーは、別件でお忙しくて貴方に会っている暇はないのです。どうぞ、お引き取りを。」
何処か調査に行く時は、必ず子羊くんを護衛として連れていく事。毎日の様に彼にそう言われ続けていたから、すっかりそれが調査に行く条件の様に思い込んでいた。子羊くんが同行出来ないならば、可能な限り日にちをずらす事を視野に入れて行動を組み立てていた。
だから今日も、子羊くんを迎えに来たのだ。彼が今滞在している聖堂騎士の駐屯地に。異端の疑いがある人物が出入りする場所へ、調査に行く為に。でも門前払いを食らって、はたと我に帰った。教皇に言われたのならまだしも、別に私は子羊くんのお願いにきっちりと従う必要なんてないのでは?
嫌悪感を隠しもせず、私を睨んでくる女聖堂騎士。彼女は私にそんな事を思い出させてくれた、いわば恩人だ。けれど今お礼を言ったところで、聞いてくれないだろう。
「聞こえなかったのですか?なら、もう一度言いましょうか?正直言って迷惑なんですよ、ウェルズリーは、」
「…それもそうですね、大変失礼な事をしてしまいました。」
以後気を付けますねと笑って、その場を後にする。
あれから子羊くんも、偉くなった。それに伴ってやるべき事も増えただろう、私になんかに同行している暇なんて無いに等しいだろう。優しい彼の事だ、きっと今まで無理をして私の用事に付き合ってくれていたのだ。これ以上、彼に甘えてはいけない。
書類作成とかに悲鳴とかあげてなければ良いけれどもと考えて、首を横に振った。私が心配なぞしなくても、きっと彼はどうにかするだろう。私はただ、そんな彼の邪魔をしないように気をつければよい。
「とりあえずお前の様なただの住民がいるかと毎回言いたくなる、見た目詐欺の歴戦の覇者の方を護衛になってもらいましょう。…何があるか、分かりませんし。」
それがいいと、何処か寂しさを感じつつも頷いていた私は知らない。というか、そんな事になるとは予想もしていなかった。
「ま、ままま待ってくださ…って、ぁああああ!?どどどどいてくださぁああああい!!!!!!」
何処で知ったのか私を全力で追いかけてきた子羊くんが、止まる事が出来ずに物凄い勢いのまま私に衝突。吹き飛ばされた私は受け身を取り損ねてしまい、負傷。本日の調査はやむを得ず中止に。
子羊くんは、猪くんだった様だ。止まれなかったって、君はどれだけの勢いで走ってきたのですか。
「ああああテメノスさんを傷物にしてしまった、僕は、僕は何という事を…!!」
「大袈裟過ぎますよ、子羊くん。負傷といっても、膝を少し擦りむいただけですし。…というか、その発言は誤解を招くので止めた方が良いですよ?」
「責任取りますから、死なないでくださいテメノスさん!!」
とりあえず子羊くん、落ち着こうね。それと人の話を聞いてください。擦り傷で死ぬって、私はそんなに軟弱ではありませんよ。ねぇ、私の話を聞いて。聞きなさい、子羊くん。
悲壮感たっぷりの顔をしている子羊くんの頭を撫でながら、私は溜め息をついた。あの時感じた妙な寂しさは、いつの間にか消えていた。