つきあかり月が次に満月になったらまた来るぜ。それで全部終わるからよ。
またな───
そういって去って行った魔法使いは、予告どおりに次の満月の夜に訪ねてきた。
「じゃあ始めるか」
部屋に淡い緑の光が広がる。ベッドの上、オレの胸辺りにそっと触れた手から光を放つ魔法使いの顔は、いつものひょうきんさがまるでなかったかのようなほど真剣で、綺麗だった。
一度綺麗だと呟いたこともあったが、集中が切れたと叱られた。ゆえに、今は黙ってその顔を見つめる。
この光はオレの体を癒すために考えた魔法らしい。暖かさを感じるその魔法は確かに壊れた身体を癒し、少しずつだが力が戻るのを感じていた。
今では剣を振るうこともできるようになっている。
何ヵ月もかけて定期的に通ってくる献身さには感謝しかなかったが、それも今夜で……
──そうだ。
この奇跡をオレに与えた魔法使いは、これで終わると言ったのだ。
終わりのないモノなど無いことを、忘れていたわけではないが、終わりが近づいた時にそれがとても…惜しいと思う自分に気がついていた。
「はい、おわり!」
トンと胸を叩かれ、沈みかけた思考が戻される。
「今日は早いのだな」
いつもは部屋に淡い光を差し込ませる月が、その姿を隠す時間まで続けられていた行為が、まだ空に漂う時間で終わったことに、まるで抗議するかのように言ってしまった。
「ん?まあ…」
なぜか言い淀むポップの顔は心なしか暗くみえる。タイミングを合わせたかのように窓の外の月にも雲が重なって、明かりを落としていた部屋が闇に沈むように暗くなった。
「ほんとはさ、この前の夜で終わってたんだよ。これはおまけっていうか…あんま意味はねえな、実際…ははっ」
なにやってんだかなと小さく呟いている。
「意味のない……ことを、おまえがするその理由を聞きたいのだが」
「えーーー?聞いちゃうのかよそれ」
「ああ教えてくれ」
…期待をしているのだ。それが己と同じであることを。そうであれば良いと。
部屋はいまだ暗く、明るい声で返してきた相手の表情は、うつ向いていて見えない。
「……おれはおまえに羽根をあげたんだよ。それでおまえは1人でどこまでも翔べる。いいじゃねえかそれで」
「ポップ。それは行為で理由ではないだろ」
黙り込んだポップの膝に置かれていた手が震えているようだ。
それを見ながら相手が話し始めるまで、ただじっと待った。
「…与えた羽根で居なくなるのが怖くて、いっそ千切ってしまいたくなる気持ちに気がついた」
声も少し震えている。
「でも後一度…一度だけ会うって理由をつけて押し込んだんだ…日をあければ冷静になれるって思った」
「…なれたのか」
「……太陽が昇れば自由に翔べる。月はその姿を見る方が…いいってさ。───これでいいか?これで本当におわり」
はぁと深いため息を吐く影。
「自分のやりたいことやれよ。もうこの場に縛られる理由もねえ。そもそもさ、元に戻ったおまえを、どうにかなんてできねえしな!」
そういって立ち上がろうとする身体を、掴んで止めた。
「な…っ」
相手の驚いた声を無視するように勢いのままベッドへ…月を覆う雲のように、相手の体に覆い被されば、ようやく見えたその目に溜まっていた涙が、ツゥと流れた。
「羽根があるからと飛び立つことを選ぶかどうかは、それ自身が決めることだ」
「でも…夜に留まっても良いことなんて何もねえだろ?」
「おまえが自身を夜に浮かぶ月だと言うなら…オレは月夜を選ぼう。雲となって月を覆い、己のものだけにしたい」
驚きで見開いている目を見つめ返す。
「ポップ。おまえが思ったように、オレもおまえが欲しいのだ」
この弟弟子のことだ、相手がどう想っているかなどついぞ気づかなかったのだろう。
想いが同じであるなら…いや、同じでなくともきっと自分はこうした。
「どうかこの先も共に───」
いつの間にか窓の外の月にかかる雲は消え、室内を照らす淡い光。
───けれど地上の月はいまだ雲に覆われたまま