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    marintotiko

    @marintotiko
    大逆転裁判2らくがき投下用。兄上右固定でいろいろ。リアクションありがとうございます!!👼🌟
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    marintotiko

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    しぶにもあげたウィルアル試作

    *



     モリアーティ家の屋敷の中でもっとも狭く、ベッド以外の家具などない部屋が、仮にも養子として迎えられたルイスとその兄に割り当てられた部屋であった。それでも、今日は横になれるベッドがあるだけマシな方だ。身体の小さい二人でも十分横になれない物置に、一晩中閉じ込められることも珍しくない。もっとも、今晩に限ってはその心配はないだろう。スクールの寮から帰ってきている長子のアルバートが目を光らせているためである。逆に言えば、この家で彼がルイスたちのために出来ることは、たったそれだけのことだった。

     そろそろ眠ろうかというところで、部屋のドアがノックされる。こちらにそうした礼儀を尽くすのはこの家でたった一人しかいない。兄もたいして警戒せずドアを開けると、その人物を招き入れた。

    「…すまない、もう眠るところだったかな」

     思った通り、訪問者はアルバートであった。彼はこれまでもたびたび、他の家族や使用人に見咎められぬよう、こうしてこっそり夜中に訪問してきていた。

     手に持ったバスケットには、パンや干し肉、フルーツが詰め込まれている。盗み食いなどしたこともなさそうな顔をして、こっそりキッチンから拝借してきたのだろうーーーきっと、ルイスたちに犬の餌のような夕食が提供されていたことに心を痛めて。あとでバレてもアルバートが一人で食べたという言い訳がギリギリ通る、絶妙な量だ。

    「対価も払わずに、それは受け取れません」

     なにか言われる前に兄が差し入れを断ると、アルバートは少しだけ眉をさげた。元々の優しげな顔つきもあり、すっかり困り果てた表情にも見える。

    「…君たちさえ良ければ、また聞かせて欲しいんだ。君たちがかつて住んでいた場所のことを」

    「分かりました」

     アルバートの提案に、あっさりと兄は頷いた。バスケットの中身をルイスにも渡しながら、さも何でもないことのように口を開く。

    「泥のついた手で貴族のコートに触れてしまい、指を切り落とされた子どもの話はまだでしたよね」

     世間を知らないお坊っちゃまの知識欲を満たすだけなら、一欠片のパンで丸一日飢えをしのいだこととか、一枚の毛布を何人もの孤児たちとシェアして寒い夜を明かしたこととか、そんなありがちな話で良いはずである。それなのに兄はどういうわけかいつも、あえて残酷な話を選んでいる節があった。地面に流れるおびただしい量の血も、耳をつんざくような子どもの泣き声も、自分の血すらまともに見たことがあるのかも怪しい彼には衝撃的な話であるに違いない。

    「ーーーもちろん、その子は医者にかかるようなお金は持ち合わせていませんでした」

     兄がそこで唐突に話を終えたことに、ルイスは訝しんだ。これには続きがあり、話を聞いてかけつけた兄が本から得た医学の知識で最低限の処置を行ったので、最悪の事態ーーーその傷が原因で死んでしまうようなことにはならなかったのだ。もちろん後日、その貴族に《それ相応の報復》も済ませている。

    「…………ッ」

     兄が最後まで事の成り行きを説明しなかったことで最悪の事態を想像したのだろう。案の定、アルバートは青ざめて、かすかに震えていた。可愛そうに、しばらく食事が喉を通らないかもしれない。

     そんなアルバートの様子に聡い兄が気づいていないはずはないが、廃墟を寝床とした子どもたちにネズミ駆除の毒が盛られた話が事も無げに続けられる。こちらも兄の活躍によりすんでのところで子どもたちは助かっているのだが、兄は同じように、あえて最後までは語らなかった。

     すっかり気分を害した様子のアルバートは白い手を口に当て、何かに耐えている。万が一、ここで嘔吐されたところでたいして気にしないがーーーこの家の他の人間の仕打ちに比べたら、悪気がない分可愛いものだーーー、兄曰く潔癖のきらいがあるらしい彼自身はひどく矜持を傷つけられるに違いない。

    「もう随分遅い時間です。そろそろ、自室にお帰りになった方がよいでしょう」

     兄が労るように震えるその背をさすってやると、彼は頷いた。空になったバスケットを持って、アルバートはドアの向こうへと消えていく。その一部始終を、ルイスは複雑な気持ちで見送った。

     アルバート自身が善良で心優しい人間であることに、疑問の余地はない。しかし彼は、この家の他の人間からの侮辱や暴力から、ルイスたちを守りきるだけの力を持たなかった。悪人であれば利用して切り捨てるという手もあるが、善人ゆえにそうもいかない。ルイスからしてみれば、アルバートという貴族の少年は、実に中途半端な立ち位置の人間であった。

    「兄さん…」

    「なんだい、ルイス」

    「いつまで、ここにいるのですか」

     優しい人間なら、別に彼以外にだっている。たとえば、孤児院のシスターがそうだった。この屋敷と違いあそこにはルイスたちを虐げる者はいないので、貧しくともここより数段居心地の良い場所であった。もちろん、今さらあの孤児院に戻ることなど出来ないが、野宿同然の生活に戻るとしても、一方的に虐げられる兄をこれ以上見続けるよりもよほどマシだ。

    「もう、だいぶ体力も回復しています。ここを出てまた以前のような生活に戻っても、僕の身体は耐えられます」

     いかに下衆な人間でも、病気の子どもを標的にするのはほんのわずかに残った良心が咎めるのだろう。この家の人間の悪意はルイスでなく、兄に向かうことが圧倒的に多かった。アルバート不在の時に行われる悪質な嫌がらせは、暴言、時には暴力も伴う。そんな理不尽に兄が耐えてここに居続けているのは、手術後のルイスの身体を思ってのことに違いない。そのことを、ルイスはずっと負い目に感じていた。

    「僕たちがいなくなることで、喜ぶ人間の方が多いでしょう」
     
    「ありがとうルイス。僕のことを心配してくれてるんだね。でも…黙って出ていけば、アルバート様が悲しむから。それに…」

    「…………」
     
     たしかに、唯一の善人であった彼への見返りは必要だろう。だがそれも、治療費をすべて返せば済む話だと思うし、兄にかかれば金を稼ぐだけなら難しい話ではないーーールイスの手術の問題は金というより、普通なら孤児など相手にしない、腕だけはたしかな医者の確保の方だったから。それに、『すべてをあげる』と言った彼がくれたものなど、養子の地位という実質何の役にも立たないものではないのか。無力な人間に庇護を求めるなど、兄らしくない。ルイスには、兄がアルバートにそこまでこだわる理由がまったく分からなかった。

    「ルイス。僕はね、待っているんだ」

    「兄さん……」

     兄はそれ以上何も言わない。ただ、強い意思を秘めた燃えるような紅い瞳が、彼の人が去っていったドアの方を見つめていた。





    *




     指先に走るこそばゆさで、ウィリアムは覚醒した。となりで先に目覚めていたらしいアルバートが、右手の指にそっと唇を這わせている。どんなに激しく抱いた翌朝でも目覚めればすぐに身支度を整えていることが多い彼が、いまだに昨晩の名残を残すベッドの中で、なおかつこんな甘えるような行動に出るのは実に珍しいことだった。

    「兄さん……」 

    「昔聞いた話を、思い出していた」

    「…………」

    「……お前の指が、無事で良かった」

     少し考えてから、そういえばずっと昔に指を切り落とされた子どもの話をしたのを思い出す。まだウィリアムと名乗る前のあの頃、アルバートを試すために、彼がこれまで暮らしてきた安全かつ空虚な世界とはほど遠い血生臭い話を聞かせていた。それで怖じ気づいて手を引くなら、それでも良いと思っていた。ルイスに手術を受けさせられたというだけで、十分な成果であったから。

     しかし、彼はどんなにショックを受け傷ついても、ウィリアムから決して逃げなかった。『すべてをあげる』ーーーその言葉に偽りはなく、全身全霊をかけて証明してくれた。

     そして、ウィリアムの言葉ひとつに嫌悪や恐怖を隠しきれていなかった純粋な少年はいつしか、《計画》の遂行するにふさわしい品格を身に付けていた。モリアーティ家の当主を、ウィリアムの兄を、完璧に演じきっている。今では何が起ころうと、誰に対しても涼やかな微笑を崩さない。本当は反吐が出るほど嫌っている貴族に囲まれている時も、人を殺す時でさえも。

    「お前が…、生きていてくれて……」

     それなのに、今日のアルバートはらしくないほど感傷的だった。嫌な夢ーーー子どもの頃のウィリアムたちが、劣悪な環境下で殺されるようなものだろうかーーーを見たのかもしれない。いまだにウィリアムの手を離さず、温かな色合いの緑の瞳を細めて、慈しむように口付けている。

    「お前を、見つけられて良かった」

    「…………」

     ああ、なんと愛らしいのだろう。そう思わずにはいられない。彼はこの十数年の間ずっと、ウィリアムを見つけ出して選んだのは、《自分の方》だと思っている。それはウィリアムから見れば、貴族である彼の、唯一の貴族らしい高慢さであると言えた。それを指摘したら、彼は自己嫌悪からしばらく共寝を許してくれなくなるだろう。そういうところが、とても可愛いのだけれど。

    ーーー《僕が》、あなたを選んだんですよ。

     同じ魂を持つ、愛しい人。

     利用するだけならどの貴族でも良い。力を、命を捧げてくれる仲間は他にもいる。けれど、ウィリアムの魂はたった一人の彼を求めた。そのことの特別な意味を、彼はどれほど正しく理解してくれているのだろうか。こうして貪欲に彼のすべてをもらった今であっても、魂がひとつになろうとするのを止めることなど出来やしないというのに。

    「……これからもう一度だけ、駄目ですか」

     不意に沸いた激情のまま、ずっと右手に添えられていた彼の手をとりその甲に口付けると、虚をつかれたようにアルバートは瞬いた。そのような無防備で少し幼い表情も、ベッドを出ればウィリアムにすら見せてくれないものだ。

    「今日は早いのだろう来週まで、我慢しなさい」

     すっかりいつもの兄の顔に戻った彼は、そう言って微笑んで見せた。
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    Replies from the creator

    marintotiko

    MAIKING兄様が子ども化する話の子ども化する前の序章。つづきは思い付いたら書きたい。*



    「ふう……」

     アルバートがロンドンの屋敷に戻った時には、夜中の二時を回っていた。思わず、らしくないため息がこぼれる。弟たちがこの場にいれば心配させてしまったかもしれないが、幸い彼らは週末まではダラムに滞在している。

     ここ最近はMI6や社交界がらみのことで連日忙しく、ほとんど睡眠もとれていない。疲労の蓄積を強く感じる。まだしばらくこの忙しさは続くだろうから、油断すれば文字通り倒れてしまいそうだ。ウィリアムの知恵を借りれば、もう少し負担は減るのかもしれないが。

    ーーーいや、このようなことでウィルに頼るなど。

     だいぶ弱気になっていると、アルバートは自嘲した。神のごとき知能をもつ弟に頼るのは、あくまで《計画》やそれに準じる事のみと決めている。たとえどんなに時間がかかろうと、人間ができることは神にすがることなく人の手で解決するべきなのだ。そもそも、自分の頭脳などウィリアムの半分程度の働きしかできない。それならば、彼の半分程度の睡眠時間で十分であるはずだ。

     ベッドの中に入ってもなお現状の打開策を考え続けるアルバートの心身は、その日も完全に休まることはなかった。




    2019

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