啼鳥を聞く「お帰りなさい、海童さん」
「あぁ、ただいま」
段差の大きな海童家の上がり框は、俺と海童さんの視線が合う。俺の好きな場所の一つだ。頬にただいまのキスが降って来る。メガネが軽く当たるのも、この人らしくて好きな感触だ。
「今日、カレー作った。あっためる」
台所に戻ろうとした背中を後ろから抱きすくめられる。
「聞いてくれないのか」
「何を?」
「お風呂にする?ご飯にする?それとも、っていう定番の台詞」
「チッ、オヤジくせぇ事言うなよ。離せ」
「オヤジだからな。真新しいエプロンつけた格好なんて、オヤジの大好物だろうが」
「馬鹿言ってねぇで……ン」
振り返った顎をつかまれキスをされ、カッと体温が上がる。
「……ん……海、ふぁ……」
止めようと開いた口にぬるっと舌が触れて身体が跳ねた。腰がズシッとおもくなり、すべてがとんでいく。埃くさいスーツに腕を回すと世界が自分と目の前の人だけに狭まっていく。
舌を絡め合う。
好き…… 好き…… 感情が溢れてくる。
「…… カレー…… んんっ、食べないの?」
シャツの中に入り込んだ指に乳首を弄られる。ダメだってこれ以上こんな場所で。
「お前が先だ」
「じゃあ、冷凍しなきゃ……ッ」
そう、小分けにして冷凍。あれ、俺、その作業もうしたよな。タッパー出して、小さな冷凍庫を整理して……
ばちっと音を立てて目を開ける。
薄汚れた天井に、薄いカーテンから差し込む朝日が当たっている。能天気な鳥のさえずりに現実を認識する。
「くそっ…… いくらなんでも春過ぎるだろ、俺の頭……」
ひどい夢。俺は頭を抱えた。
これからどんな顔をして、昨晩作りおきした冷凍庫のカレーを食べればいいのか分からない。