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    ませぎなぎ

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    2/12(日) エアコレ2023展示小説

    ルビンの壺 生徒と教師。わたしたちの関係はそう言い表される。わたしたちの関係に、それ以外の名前はついていない。

     暖かに色づいた街路樹が、はらはらとその葉を落とす。ここ数日で気温がぐんと下がり、冬が近づいてくる足音がした。はばたき学園の生徒として、これで三回目の冬を迎える。きっと次の春を感じるよりも先に、この学園を去ることになるだろう。深呼吸ともため息ともつかない深い息をはぁと吐いてみるも、その輪郭が白く縁取られるにはまだ早かったようだ。緩やかな足取りで通学路を歩けば、後ろから自転車を漕ぐ生徒に追い抜かされる。自転車はなだらかな坂をぐんぐんと登って、あっという間に遠のいた。
     コートを着るには少し早い気がしていたが、そろそろクローゼットの奥から引っ張り出してこないといけない。晒された素肌の手足を撫でる風が冷たくて、行儀悪くブレザーのポケットに手を突っ込んだ。肩を縮こませて歩いていると、通り過ぎていった原付きが少し前で停まる。
    「おはよー、不真面目ちゃん」
     派手な牛柄のヘルメットを外しながら、首だけ振り返っていたずらっぽく笑う。特徴的なくるくると跳ねる髪型は、ヘルメットで押さえつけられたせいでいつもより大人しく見えた。
    「御影先生、おはようございます」
     エンジンを切ったバイクを引いて車道から歩道に移る御影先生と並んで歩く。並んで歩く必要なんてないのに、通学中のわたしを見つけると時間があるときはこうしてバイクを降りて話しながら歩くのがいつからかお決まりのパターンになっていた。他の生徒と、通学路で話しながら歩いているところは、見たことがない。

    「手ぇ出さないと、転けたとき危ないぞ」
    「寒いんですよ」
    「だなー。バイクも寒いぜ」
    「作業着よりスーツの方があったかいんじゃないんですか?」
    「多少はな。でも息苦しいし、作業着ならそのまま畑行けるだろ」
    「そういうもんですかね」
    「そういうもんだよ」
    「ふぅん」
     
    「んじゃ、また教室でな」
     実りのない話をしながらぽつぽつと歩き、校門を潜ったところで御影先生は軽く手を挙げて駐車場の方へと向かって別れた。わたしと並んで歩いているときよりも歩幅が大きくて、わざわざわたしの歩くペースに合わせて歩いていたことが分かってしまい、妙な恥ずかしさが心を掠めた。
     わたしと御影先生は、生徒と教師というには少し距離が近いと思う。
     ふたりで出かけるようになった。理科準備室に行けば、お茶が振る舞われるようになった。最初のきっかけは、なんだったろうか。思い返してみると、どれも当てはまるようで、どれも違うような気がした。もしかしたら、きっかけなんて無いのかもしれない。わたしの生活にじわじわと御影先生が滲むように入り込んできて、いつの間にか一歩踏み込んだところに、当たり前に存在していた。
     ふたりで出かけた帰り道、暗がりに隠すように緩く人差し指を御影先生の小指に絡ませれば、先生はなんてことない顔してその指を柔らかく払って離れてゆく。そのくせ、わたしが部活にバイトにと精を出していれば、待ち伏せるかのように下駄箱の前に立ち「今度の日曜さ」なんて声をかけてくる。
     近寄れば離れて、離れれば近寄ってくる。常に一定の、でもそれは普通よりも近い歪な距離感を保って、わたしたちは日常を過ごしていった。

     
     ◇

     
     刺すような冷たさは棘を無くし、まろい風が頬を撫でた。胸元の校章を飾るようにあしらわれた花を模したコサージュが柔らかく揺れる。
     校門に掲げられたはばたき学園の文字に背中を預けて、ぱらぱらと卒業アルバムのページを捲る。写真に写っているわたしの顔はどれも笑顔で、楽しげで、幸せそうだった。三年間、毎日本当に楽しくて、幸せで、友達に囲まれて笑いの絶えない日々を送っていた。でも、これはわたしの三年間のすべてではない。どうしても、足りないものがあるのだ。
     
    「真面目ちゃん?」
     
     風が梢を揺らして囁く葉擦れの音に載せて、聞き慣れた声がわたしの耳に届く。声の主は目を丸くして突っ立っていた。先生が何か言葉を見つける前に、一歩近づいてその言葉を奪う。
    「先生。生徒と教師は今日で終わっちゃいました」
     これまでのわたしたちの距離感だったら、ここまでだ。
     また一歩近づけば、もう、顔を上げないと目が合わせられない。先生が一歩分後ろに退がる前に、ジャケットの袖をくいと摘んだ。
    「だから、これから、わたしたちの新しい関係に、名前をつけたいんです」
     彷徨う紫の瞳が、躊躇いながらわたしの瞳と絡まった。
     お互い向き合って一定の距離を保つ必要はもう無いのだ。だから、この歪なルビンの壺を、一緒に壊してほしかった。
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