貴方の心臓に生まれたかった ジェイアズ「貴方の心臓に生まれたかった」
アズールの胸の中心。トクトクと規則正しい音を立てる場所に、ジェイドは耳を当てる。
血液が体を巡る音に、荒れ狂う海を見て、眉根を寄せる。あぁ眠っている時でさえ、彼の人の中では嵐が吹き荒れているのか。
「僕は、あなたの心臓に生まれたかった」
そうすれば、体を巡る血も、呼吸の一つすらも、ジェイドが過不足なく整えて穏やかな微睡みだけを与えてやれるのに。
「いっそ、くり抜いて僕の心臓と交換しましょうか……」
ジェイドはアズールの心臓がある辺りに、そっと舌を這わせる。きっとジェイドの心臓ならば、アズールの柔らかな部分も守る事が出来るだろう。心が心臓に宿るという話が本当ならば、の話だが。
舌で湿らせた肌に丸く歯型を付けるように噛み付く。まるで手術に用いるマーカーのようだと笑えば、ふるりと銀色に縁取られた瞳が、ぼんやりジェイドの姿を写した。
「じぇいど……どうしたんですか?」
そんなに、ひどい顔をしていただろうか。アズールの舌っ足らずな声は、僅かに不安を滲ませ、掠れていた。
「いえ、少し……ふふっ。馬鹿な考えだと笑われてしまいそうですが……あなたの心臓に生まれたかった、そう思ったんです」
こんな馬鹿な考え、平時のアズールならば「何てくだらない事を考えているんですか」と一笑にふして、ジェイドも「そうですね」と返して終わる。そのはずだったのに。
「蛸の心臓は三つあるといいます。一つくり抜いても大丈夫でしょうから、交換しますか?あぁ、でも。それじゃ僕しか感じられませんね」
伏せられていた瞳がゆっくりとジェイドの姿を捉える。
「あ、ずーる」
息が詰まりそうだと思った。
「何を不安に思っているのかは知りませんが、僕はお前を手放したりしませんよ」
強く輝くマリンブルーに、四角い蛸の瞳孔が浮かぶ。今なら丸呑みにされる小魚の気分が分かるような気がした。
(これは…)
抑えきれない衝動に、牙が疼き、吊り上がった口角から涎を垂らす。
「えぇ、いつか。僕があなたを置いて行く日が来たら、その時はお願いします」
「では、契約のキスを」
小さな死を積み重ねて、僕らは何度でも朝を迎える。いつか訪れる、最後の日まで。