求愛とジュラルミンケースと僕の自慰 ジェイアズアズール、対価は用意しました。お願いです。僕の自慰を見ていただけませんか?
コロリ。落ちたペン先から黒い染みが書類に広がっていく。
突飛な男だな、とアズールは澄ました顔でジュラルミンケースを持ち、机の前に立っているジェイドの顔を見て、いやいやさすがの聞き間違いだろう。と、落としたペンを持ち上げた。
あぁ、この書類はもうダメだ。作り直さなければ。肝心の部分が塗り潰されて読めなくなってしまった。
ダメになってしまった書類を脇に除けながら、アズールはジェイドから視線を逸らす。目が合えば、先程の会話が真実になりそうで恐ろしかったからだ。が、ジェイドも諦めてはいなかった。
「アズール、対価はこちらに用意したジュラルミンケース、一ケースです。中をご覧頂くには先程の件を了承して頂く必要がありますが、アズールにとって損をするような物は決して入っておりませんですから、どうか。僕の自慰を見ていただけないでしょうか?」
聞き間違いでは無かった。
「ジェイド、どうして僕なんですか?フロイドに見てもらえばいいでしょう」
此処にはいないフロイドの名前を出して、どうにか逃げられないかと冷静に会話を繋げていく。一度でも途切れたり尻込みしてしまえば、間違いなく丸め込まれる。ジェイドとは、そういう男なのだ。
慇懃無礼で我が強く、揚げ足取りの名人。
そんな男が、自慰を見て欲しい?
どうしてそんな事をジェイドがアズールに望むのか、さっぱり分からないまま、書類の選別を終える。
「だって……」
「だって?」
小さく、か細い声に、アズールは先を促すように聞き返す。
だって、だなんて、まるで稚魚のようじゃないか。
厚顔無恥で自尊心が高く、本音の一つも言えない男が、顔を俯かせ、耳を赤く染めてまでアズールに頼むだなんて!これを愉快と言わずして何と言うのか。
慈悲の精神に溢れるアズールは、とんでもない事を願ったジェイドの話を聞いてやろうと、身を乗り出す。
ジュラルミンケースを握る手に、ジェイドが力を込める。
はく、と動いた口に、期待した言葉は無く。意味を理解した瞬間、首も、頬も、耳まで暑く火照ってしまった。
まるで茹でダコのように顔を真っ赤に染めたアズールは、一言呟いた。
「対価も、自慰もいりません。ちゃんと、好きって言え。バカ」
床に落ちたジュラルミンケースから、大量に個人情報の記載された紙が舞い上がり、手早く執務椅子からアズールを抱き上げたジェイドはビップルームを後にする。
向かうはアズールの寝室ただ一つ。
『蛸は吸盤を見せて雄らしさをアピールすると聞きました……アズール、僕の雄らしさを見ていただけませんか?』
アズールがジェイドの雄らしさを拝見したのは、その十五分後の事だった。