ディルガイ温泉旅行話 1「稲妻に出張?」
「そうだ」
「なんで俺に言うんだ」
「人手が欲しい」
ふと街で呼び止められたガイアは「今なら一杯奢ってもいい」というディルックの言葉に乗っかり、話を聞いていた。
「…………」
「君の言いたいことはわかる。しかし、いまはとにかく猫の手も借りたいほど忙しいんだ。もちろん、これは強制ではないし、君が嫌なら断ってもいい。だが、できれば…… 手伝ってくれるか?」
「どこに泊まるんだ」
「この辺りかな」
「……思ったより大分立派な旅館なんだが?」
「全部経費で落ちるからガイアさんは気にしなくていいよ」
「いや金の問題じゃなくて」
ビジネスホテルのような安くて寝るだけのところかと思えばまさかの立派な老舗の旅館。しかもチラッと前に止まるのが難しいほど人気の旅館だと聞いた。なんでも温泉がとてもいいと聞く。
確かにディルックの仕事を手伝うとは言ったがまさかここまで本格的に手伝うことになるとは思わなかった。
◇◇◇
あれよあれよと連れてこられた旅館は映画で見るような立派な建物であった。
「君は酒には五月蝿いだろうから、モンドではなかなかお目にかかれない料理と酒が飲めるところを選んだつもりだったんだけど」
「なんというか……大分立派なところだから少々驚いていてな」
玄関で突っ立っていれば中居がさっさと荷物を運んでしまい、これまた気の良さそうな女将が愛想を振り撒きながら奥の部屋へと案内する。竹藪が生い茂る渡り廊下を越えれば一軒の小さな離れが見えてきた。部屋の中にはテーブルが置かれており、その周りには椅子がある。
窓の向こう側には手入れされた庭があり、そこには小さな滝があった。
部屋の中から小さな階段を降れば大きな木製の浴槽があり、そこから温泉の湯が流れ落ちている。そして、何よりも目を引くのは竹林の奥にひっそりとある岩風呂だった。あれは混浴なのか。それとも時間によって男女が変わるとかそんな感じだろうか。
それにしてもすごい場所に来たものだ。部屋付きの露天風呂だけでこれだけあるのだ。隠れ家的なスイートといったところだが、この部屋でこれだけなら大衆浴場や他の施設はどうなっているのやら。
こんな場所に仕事で来るなんて勿体無い。隣にいる男を見てそう思った。ディルックは涼しげな顔でお茶を飲んでいる。この男はきっと慣れてるんだろう。
ガイアはガイアで初めて見る旅館というものに興味津々だった。畳が敷かれた和室にも興味があったがそれよりもやはり一番気になったのは温泉だ。部屋についている露天風呂もあるらしいがせっかくだし大浴場に行きたかった。ディルックはディルックで今度は荷物を解いている。相変わらずマイペースというか昔と違って顔に出ないから何を考えているかわからない。しかし、よく見れば疲れた顔をしている。まあ無理もない。モンドから璃月に行き、そこからずっと船旅だったのだ。
「(少し寝かせてもいいか。ディルックが商談をするのはどうせ明日の午後だしな)俺は大衆浴場に行ってくる。お前は少しでも疲れを取るといい」
「そうするよ」
ガイアがそういうとディルックは安心したように微笑み、畳にころん、と横になる。子供ではあるまいし、護衛という名目だが逆にここにくる輩は限られると踏んで先に汗を流すことにする。
それからすぐに大浴場に行く。大浴場から見える山や川の景色はとても綺麗で風も気持ち良かった。
「ふぅ……」
湯に浸かり、肩まで浸かると自然と息が漏れる。
ここ数日はシャワー続きだったがやっぱり暖かいお湯というのはいい。
稲妻城の近くには温泉があるがこんなところがあるなんて知らなかった。
「仕事はさっさと終わらせたいが……」
流石にここまできたのだから温泉ぐらい入りたいし、仕事だって早く終わらせておきたい。あと、できれば早めに帰らないと色々とまずい気がしていた。この旅館は稲妻でも有名な旅館らしく、雑誌にも載っているらしい。
「そもそも地元でも人気の旅館をオフシーズンだからと言ってスイートを取れるものなのか?」
知らないうちに予約をしていたらしくそこら辺は任せっきりだが、それにしても仕事とはいえ旅行の計画というのは立てるのがめんどくさい。それを多忙なディルックがここまでやるのかという疑問もわく。
「……と言ってもワイナリーの仕事が俺に関係あるわけじゃない」
余計な詮索はしないことだ。もう自分はラグウィンドの人間ではない。先程からも外国の観光客は多いがガイアのような人間は物珍しいのか視線が刺さるような気がしていた。
「(目立つ護衛なんて洒落にならないな)」
異邦人である。モンドでも稲妻でも。そのことを自覚しながらガイアは部屋へと戻っていった。
「ぐっすり寝ている……」
温泉から戻ってくるとディルックはぐっすりと眠っていた。