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    彰冬センチネルバースの全年齢部分

     熱狂渦巻くフロアから離れて、バックヤードに足を向ける。目の前には相棒、冬弥が座り込んでいた。外界から意識を隔絶するように耳を塞いで目を閉じている。ぽんと肩を叩くと冬弥は少し顔を上げ、彰人を見た。
    「つらいか?」
     こくりと頷いたのを確認してから冬弥の正面にしゃがむ。白い頬に手を当て、額を合わせる。段々と冬弥の意識に潜っていく。呼吸が重なっていく。ひとつになっていき。

     この世界にはセンチネルという感覚が発達している人間がいる。冬弥はその内の一人で聴覚が非常に発達していた。歌を歌うという点ではその能力は長所だが、周囲の音に過敏で体調を崩しやすい面もある。そこで登場するのが彰人たちガイドだ。鋭敏になり、自らを傷つけかねないセンチネルの感覚を鎮めるのがガイドの持った能力だ。だからイベントの終わりにはガイディングをして冬弥をケアするのがふたりの決まりごとになっていた。

     冬弥の感覚に潜って、様子を伺う。神経に靄がかったところがある。彰人は共感(エンパス)で冬弥を宥めようと試みる。集中して、靄を払う様子をイメージする。彰人は読心(テレパス)はあまり得意ではないため確かな言葉は伝わってこない。だが、冬弥の抱えている不調がじわじわと伝わってくる。痛み、苦しみを少しでも和らげられるようにぎゅっと目をつむって寄り添う。
     しばらくそうしていた。靄が晴れてきて、ふたりの意識が繋がっていく。大きな海に浮かんでいるような、不思議で心地よい感覚がする。それは冬弥も同じようで、呼吸が安らかになっている。微睡の中でぼんやりと浮かんでくる記憶があった。

     それは数年前、二人がまだ中学生だった頃の話だ。その頃はまだ二人で組んではいなかった。彰人が声をかけたが手負いの猫のようだった冬弥に断られたのだ。それでも彼への興味が尽きず、どうやって口説き落とそうか考えているときだった。路地裏からほのかに啜り泣くような声が聞こえた。
    「……なんだ?」
     路地裏を覗くと、そこには冬弥が蹲っていた。その息はか細く、絶え絶えといった風だ。肌は青白く、すっかり色を失っている。耳を塞いできつく目を閉じている。明らかにただ事ではない。彰人は冬弥に駆け寄り、しゃがみ込んだ。
    「大丈夫か?!」
    「ぅ……ぃ……」
     彰人の問いかけにも不明瞭な呻きしか返ってこない。どうしたらいいかわからず、とりあえず救急車を、と携帯を取り出したときだった。ふと、冬弥がうるさいと言っているのではと気づく。彰人は彼がセンチネルなのではないかと思い至った。ついでに、自分がガイドであったことも思い出した。ガイディングをする機会もないので忘れていたが、一応講習も受けている。
    「やってみるか」
     気合いを入れ、冬弥の頬に触れる。ガイディングはセンチネルの不調に引きずられる危険もあるらしい。しかしそのリスクを冒してでも冬弥を助けたかった。この、諦めたような素振りをしながらも瞳の奥が熱く燃えている男が気になって仕方がないのだ。まだ手に入れてすらいないのに失いたくないと思ってしまっている。
     潜って様子を伺う。冬弥の感覚はひどく荒れていた。シールドさえない。本来、センチネルもガイドもある程度はシールドを張って他者からの干渉を遮断している。それなのに今の冬弥の感覚にはその様子が見られない。これはゾーンアウトしているのでは?と疑う。ゾーンアウトしているセンチネルには命の危険がある。冬弥を救うため、改めて彰人は気合を入れた。
     感覚の修復を試みる。ひどく骨の折れる作業だった。ところどころ神経が千切れていて、そのくせ変なところが繋がっているのだ。共感能力を使って、少しずつ直していく。あらかた神経を繋ぎ終え、冬弥の様子を伺う。随分と息は安らかになっていた。最後に埃を払うように意識を浮上させる。冬弥が目を開けた。と同時にシールドが積み上がって彰人は弾き出された。
    「大丈夫か?」
    「……東雲」
     状況がわからないという顔をする冬弥に今まであったことを説明する。彼はひどく驚いてから、表情を緩め礼を言う。病院に行けという言葉にも素直に頷いた。
     それからふたりの距離は急激に縮まった。懐かない猫のようだった冬弥が少しずつ態度を軟化させたのだ。それから相棒になって、恋人になって、今に至る。
    「……彰人は最初から優しかった」
     記憶の淵から戻ると冬弥がそう言って、笑った。ふんわりと柔らかい表情だ。それが愛おしくて、ふたりは触れるだけのキスをした。


     冬弥はタワーに定期検診に来ていた。
     タワーとは政府が運営している施設で、センチネルとガイドの生活支援を行っている。その一環としてセンチネルは定期的に医者に診てもらう必要があるのだ。とはいえ、そう大仰なことはしないため、皆安心して受診している。
    「体調は良好ですね」
     かかりつけ医にそう言われ、内心胸を撫で下ろす。彰人に出会ってからは体調が安定している。その前はストレスと適切な処置が受けられないことが重なり、冬弥の体調は散々だった。常に頭痛に襲われていたし、抑制剤漬けで味覚を失ったことすらある。その頃を知っている医師は明るい表情をして言う。
    「いいガイドさんが見つかったんですね」
     うちに紹介して欲しいくらいですよ、と冗談めかして言う。その言葉にふと思考が澱む。自分は彰人に頼りすぎではないだろうか?彼は優しくて優秀なガイドだ。それにガイディングに加えて日常生活でも頼りきりだ。はっきり言って、重荷ではないだろうか。ガイディングとはリスクを伴うという。それに対して何か返せているだろうか。
    「青柳さん?」
    「っ、いえ、なんでもないです」
     急に黙った冬弥に対して医師は深くは追求してこなかった。診察室を出ると重い息を吐く。気づいてしまった以上、何もしないという選択肢はなかった。自分は彰人無しでは生きられないからだ。いい相棒、いい恋人でいられるように出来ることはすべきだ。そのために、彰人に寄りかかるような現実を変える必要がある。でも、どうやって。
     鬱々と考えながら薬局で薬を処方してもらう。緊急用の抑制剤だ。それを見て、冬弥は思いついた。薬の入ったビニール袋が乾いた音を立てた。
     家に帰って、机の引き出しを開ける。そこには抑制剤のシートが入っていた。最近は服用していなかったそれは、市販のもので一番強い抑制剤だ。抑える感覚と別の感覚──冬弥の場合味覚が消える副作用があるものの感覚を随分と抑え込むことが出来る。ぷちりと音を立てながら錠剤を取り出す。
     ペットボトルの水を口に含んで、薬ごと飲み込む。薬は全くの無味だった。彰人には何も言わない。優しい彼はきっと気を遣ってくれるだろうから。冬弥の秘密は水と共に体内に消えていく。
     それから、ガイディングの頻度を少しずつ減らしていく。それでも冬弥の体調はよかった。やはり味覚は無くなってしまったが彰人に見放される事に比べれば些事だった。彰人は何か言いたげだがバレてはいないだろう。ガイディング後にも何も言われないので読心されているわけでもないようだ。騙しているようで心苦しいが、お互いのためだと唇を結んだ。


     最近、冬弥に何かを隠されている。
     彰人はそう眉を顰めた。隣ではすやすやと冬弥が眠っている。ガイディングのため東雲家を訪れた冬弥は、行為後すっかり寝落ちてしまった。水を飲もうと立ち上がり、がしがしと頭をかく。
     まず、ガイディングが減った。冬弥は繊細なセンチネルだ。些細な音でも体調を崩す可能性がある。にも関わらず体調に変化がないようだ。本来なら喜ぶことなのだろうが、どうして急にという疑問が拭えない。
     他には、感覚的な話だがガイディングの距離感が前より遠ざかった気がする。遠慮をされているような感覚があるのだ。読心を試みたが成果は得られなかった。そのくせ物理的に距離は近いし、セックスだってする。
     本当に体調がいいならいい。けれどガイディング時の微妙な距離が彰人を焦らせる。もし、冬弥が他のガイドを見つけていたら?彰人から離れて行ってしまったら?そう考えるだけで身の毛がよだつ。冬弥の髪の一本から爪の先まで、他の人間に渡したくない。
     センチネルにはガイドが必要だ。しかし必ずしもそのガイドが彰人である必要はない。それがどうしても不安だった。彰人より優秀なガイドなどいくらでもいる。自分が力不足なのはわかっている。ガイディング中に冬弥の考えていることがわからないのがその証左だ。
     冬弥のことを思えば行くなとは言えないが、行かないでほしい。そのためにどうすれば、と考えながらたどり着いたキッチンで、何かが月光を浴びて光っている。広い上げるとそれは薬のシートのゴミだった。
    「……?」
     蘇る記憶がある。二人がガイディングをする関係になる前どうしていたのか聞いたことがある。すると、抑制剤を飲んでいたと言う。もしかして、とそのゴミを握りしめる。
    「……頼ってほしいだけなのにな」
     憂い気味に呟いて、コップに水を汲む。嚥下する瞬間、彰人の脳裏に妙案が浮かぶ。──あの抑制剤は副作用で味覚が無くなるという。それを利用すれば?……やってみる価値はある。

     次の朝、いつも通りコーヒーを淹れる。そして、片方にミルクを入れる。これは彰人の分として、冬弥のものには細工をする。と言っても砂糖を入れるだけだ。甘いものが苦手な冬弥のコーヒーにスティックシュガーを二本入れる。これに気づいたら杞憂、気づかなかったら──。
    「冬弥、起きろ」
     気持ちよさそうに眠っている冬弥を起こす。ガイディング後はいつもぽやぽやとしている。今日もぼんやりしていることに彰人は少し安心した。彰人に感覚を預けてくれはするのだ。そんな冬弥をダイニングチェアに座らせ、朝食を摂りながら観察する。
     その時は来た。冬弥がコーヒーの入ったカップを持ち上げたのだ。その動きがいやにゆっくりに見える。唇が開いて、コーヒーが消えていく。喉が上下して、それを嚥下する。冬弥は何も言わない。ああ、と彰人は内心呟いた。朝食が終わったら何と言おうか考えながらパンをかじった。

    「なあ」
     二人は彰人の部屋に戻っていた。ベッドに座ってただ黙っている。その空白を彰人が破った。冬弥はその声に反応し、彰人を見る。まっすぐで、綺麗な目だ。ひと呼吸置いて、彰人は切り出した。
    「お前、何か隠してるだろ」
     そう尋ねると沈黙が走る。少しの間黙って見つめ合う。ややあって、冬弥は口を開いた。
    「どうしてそう思うんだ?」
     いつも通りに聞こえる声だった。しかし、無いときっぱり言い切らないことが答えのようなものだった。彰人は疑う根拠を突きつける。
    「今日のコーヒー、砂糖入れたんだけど」
     その言葉に一瞬冬弥は目を丸くした。すぐにいつもの無表情に戻ったが、証拠としては十分だ。やはり抑制剤を飲んでいたらしい。それもとびきり強いものだ。核心に至った彰人を見て、冬弥は眉を下げた。
    「……なんで黙ってた」
    「これ以上彰人に負担をかけたくない」
     なんでもないように言うのが歯痒くて、彰人は表情を歪めた。頼ってほしいと口で言うのは簡単だし、冬弥も素直に頷くだろう。けれど、冬弥に染みついてしまった他人に寄りかかることに対する恐怖を拭うにはそれでは足りない。だから彰人はガイディングの時のように額を合わせた。目を閉じて集中する。
     頼ってほしい、寄りかかってほしい、甘やかしたい、一生離したくない、自分無しでは生きられなくなってほしい。思いついた先から念じる。その思いが少しでも伝わってほしかった。冬弥は彰人より読心が上手いから、何かを感じとってくれるだろう。
    「……!」
     冬弥が何かを感じ取ったように息を漏らした。同時にじんわりと伝わってくるものがある。見捨てられたくない、隣にいたい、一番でいたい、見捨てられるならいっそ自分から──、そこまで読み取って彰人は顔を上げた。
    「お前、そんなこと考えてたのかよ」
     はあと溜息をつくと冬弥は首を傾げた。耳が赤く染まっている。無駄にすれ違った、と思いながら彰人は頭をかいた。そして、冬弥に顔を寄せ、宣言する。
    「言っとくけど、一生離してやらねえし世話焼き続けるから」
     そう言って肩を押すと呆気なく冬弥の身体はベッドに沈んだ。二色の髪がシーツに広がる。日は上がったばかりだがそんなことはどうでもいい。ただこの執着に近い気持ちを伝えたかった。冬弥の手を握ると細い指が絡め返される。目を閉じて、ふたりはキスをする。
     
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