青年テンプルトンとスタリオン青年テンプルトンとスタリオン
「ふう、今日はここで宿を取ろうか」
大きめのリュックを背負い、肩で切り揃えた薄い色合いの金髪を揺らしながら青年は、購入した地図に描かれていない、森の中の小さな村の入り口で呟いた。すると後ろに付いてきていた、覚めるような青い長髪を高い位置で結い上げているエルフの青年が不満げに叫んだ。
「なんでだよ。もう少し行けば大きな町に着けるのに。走ればすぐだぜ?」
こういう村では、ベッドが粗末だったりするので嫌なのであろう。金髪の青年、テンプルトンはため息とともに連れの青年に説明した
「あのねスタリオン、君の言うすぐは、僕にとってはすごく遠いんだよ。何度も言わせないでよ」
「だから言ってるだろ?俺が抱えて移動してやるって」
「そんなことしたら、道中の距離が分からなくなるじゃないか!僕がなんで徒歩で移動してるのか、何度も説明したよね!?」
あまりの剣幕にスタリオンが驚き、顔を両腕で庇う。わ、悪かったよ、としょぼくれながら言ったのを聞くと、テンプルトンは不機嫌なまま村へと足を進めた。
村の宿屋で部屋を取り、早速今日の成果を大きな紙に写す。描かれたのはこの村までの地図。しかしそれは、道中で買った地図、いや、流通しているどの地図よりも恐ろしく精密なものであった。無心で描き続けるテンプルトンを横から眺め、おおー、と感心しているスタリオンが、ふと思ったことを聞く。
「なあ、お前の地図って、こういう小さい村も描くのか?」
「当たり前じゃないか。こういう所を知っておけば、商人や旅人が荷物の補給とかをしやすいだろ?そうなればこの村だってもっと活気が出るだろうし」
「ていうことは、明日も測量をするのか?」
「もちろんそのつもりだけど?」
ふーん、と気の抜けた返事を返し、興味が無くなったのか傍を離れた。この男の自由な振る舞いにはもう慣れているので、テンプルトンも気にせず作業を続けた。
翌日目を覚ますと、簡単な食事を済ませて村の周囲を歩く。歩数を頭で数えながらここがどのくらいの大きさなのかを考える。地図を作る上で地道だが大事なこの作業を、テンプルトンは好んでいる。頭の中の地図の空白の部分に、確かな存在が描けるのだから。ふと、朝からスタリオンの姿がないことに気づく。まあ、どうせどこかへ散歩がてら走っているのだろう、そう結論づけてまた頭の中の地図の作成に没頭しようとした、その時
「おい!痛い目見たくなけりゃ今すぐ金目のものと食い物をあるだけ寄越せ!」
突然の脅迫にテンプルトンが目を向ける。そこに居たのは、いかにも荒くれ者といった見た目な男たちが数十人、村の入口を陣取っていた。テンプルトンは森の方へ入っていたので見つかっていないようで一安心した。
(さてと、これからどうする?ここには男手があまりいないから、自警団なんて。でも僕が街に行って助けを呼んでも、それまでここがもつのか)
自分が出来る最善手を考えていると、足元でパキっと音がしてしまう。落ちていた枝を踏んでしまったのだ。その音は静まり返っていた村で響き、盗賊達にも届いてしまった。
「おい!そこに誰かいるのか?!さっさと出てこい!」
まだ森の道を見きれていないから、抜け道が使えない。ここまでか、と思ったその時、聞き覚えのある声が響いた。
「おいこら盗賊共!悪さをするのはここまでだ」
青い髪をはためかせ、入口に堂々と現れたのは、朝から姿がなかったスタリオンだった。
「ああ?おいおい兄ちゃん。まさかあんた一人で俺たちに勝とうってのか。だとしたらとんだ大馬鹿だぜ」
「ふふ、そればどうかな?よーく耳を澄ませてみな」
耳を澄ますと、遠くから何か、馬の蹄が地面を蹴る音が聞こえてくる。微かだったそれはだんだん大きく、そしてかなりの数が来ることを予見させた。そして馬の姿が見えた時、上に乗っている男たちの装いが戦いに従している者のそれであることが分かると、盗賊達の顔色が青くなる
「なっ!なんでこんなにすぐ自警団が来るんだ!」
「ふふん、俺の足をもってすれば一瞬よ。さあ、覚悟しな」
村を騒がせた盗賊達は直ぐに縄で拘束され、自警団に連れていかれた。村の人たちはあまりに呆気ない幕切れにぽけっとしていたが、すぐに助けてくれた自警団とスタリオンに礼を言う。
お礼はいらないと言ったが、ならばせめてタダで一泊してください、と言われたので昨日の部屋でくつろぐ。そこで疑問に思っていたことをテンプルトンが聞いた。
「それにしてもなんでこんなに速く助けなんて呼べたの?」
「実はな、あの盗賊を昨日見かけてたんだよ」
「はっ?!いつさ」
「この村見つける前にひとっ走りした時。なんか話してたから聞き耳立てたらここを襲う計画してたんだよ。それなのにお前がここに泊まるって言うもんだから焦ったぜ」
まさか、ここに泊まるのを渋ってたのは、巻き込まれないようにするためだったのか。
「じゃあ、朝からいなかったのは」
「それはもちろん、俺の自慢の足で自警団に助けを求めたからさ。いやー、見せたかったね、俺の一世一代の俊足を」
まさかの理由にテンプルトンが固まるが、スタリオンは気にせずベッドへと向かう。流石に村と街の往復で疲れたのだろう、すぐに寝息を立てた。そのいつもと変わらぬ様子に、テンプルトンは軽く息をついて自分もベッドへと向かった。
朝となり、2人は村を出て街道へと向かう。まずは街道沿いの地形を測量しながら大きな町へ行こう。そう考えていたテンプルトンだが、突然スタリオンが横抱きにしてきた。
「ちょっ、ちょっと!何するのさ!」
「測量しながらなんて、その頃には日が暮れちまう。それじゃ宿が取れるか分からないだろ?」
「で、でもそれじゃ距離が!」
「宿を確保して、それから測った方がいいって。それじゃ、しっかり掴まってろよ!」
そう言うと、2人は風となったかのように、その場から消えた。