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    ky_symphonic

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    ふみゃくんの家庭教師ぁまぴこ 割とずっとしんどい マジでぶつ切り

     自分の人生に不満がないと言えば嘘になるが、それなりに満足できていると思っていた。
    「ねえ。なんで?」
     あの少年に出会うまでは。

     彼と出会ったのは21歳の夏。家庭教師として招かれた学生と、その家の子供という関係だった。彼──伊藤ふみやは当時小学4年生で、教育熱心な家庭の例に漏れず中学受験を目指していた。頭の良いふみやは教えたことをどんどん吸収してめきめきと成績を伸ばし、5年生を終える頃には受験のためにわざわざ勉強をしなくても良いレベルまで達した。彼はとても良い生徒で、天彦によく懐いていたと思う。ふたりのときは呼び捨てにしてくるなど多少生意気ではあったが、小学校高学年なんてそんなものだし弟が出来たみたいで天彦も悪い気はしなかった。模試の判定が良かったときは彼の好きそうなスイーツを手土産に持っていったし、休日には息抜きと称して一緒に出かけたりとそれなりにふみやを可愛がっていた。
     そして、忘れもしない23の冬。ふみやの受験が目前に迫ったあの日、過去問を多めに解いた授業後の何気ない会話がきっかけだった。ふみやが珍しく天彦自身の話を聞きたがったのだ。天彦の経験談などではなく、天彦自身の身の上話を。だから話した。厳格だが優しい父親、惜しみなく愛情を注いでくれる母親、優秀で仲の良い兄、そんな素晴らしい人たちに囲まれて育った自分の話を。静かな顔でそれを聞いていたふみやは、天彦の話が終わるとこう言ったのだ。 
     なんか、つらそうだね。と。
    「え……?」
    「つらそうっていうか、幸せじゃなさそう?」
    「そんなことありません。僕は幸せですよ」
    「じゃあなんでそんな苦しそうに笑ってるの」
    「………………え?」
     つらい、とか、苦しい、とか、そんなこと、考えて、なんて、
    「ねえ。なんで?」
     深い紫がひたと天彦を見つめる。自分がどんな顔をしているかわからなかった。違う、と否定しようとする言葉が喉に引っかかる。目の前の紫に思考が吸い込まれてしまったかのように何も言うことができない。は、と震えた息を吐き出す天彦を見て、ふみやはようやく目を伏せた。
    「ごめん。変なこと言った」
     心なしかしゅんとしてしまったふみやの頭を撫でながら、大丈夫ですよと優しい声をかける。本当は何も大丈夫ではなかった。自分の中に激しい嵐が吹き荒れているのを感じながら、どうにかその日は残りの授業をこなした、と思う。正直なところあまり覚えていない。

     その日から天彦を取り巻く環境は一変した。いや、正確には環境ではなく天彦の捉え方が変わってしまった。気付いてしまったのだ。自分がこれまでずっと、ずっとずっとずっと、ずっと我慢し続けていたということを。
     確かに両親は優しくて、兄とは仲が良かった。大切な家族だし、素晴らしい人たちだと尊敬していた。でも本当は父からの期待がプレッシャーだった。母の気遣いが申し訳なかった。兄の優秀さがコンプレックスだった。それらは本当に些細で、当たり前の感情で、なんてことないもののはずだった。しかし天彦は20年以上もそれらを自覚しないまま、心の奥底に溜め込んでしまっていた。それが突然、ふみやの何気ない問いかけによって自覚させられてしまったのだ。長年溜め込み続けた自身の暗い感情に突然気づいてしまったらどうなるかなんて、考えるまでもない。
     そこからは地獄だった。無意識に飲み込んでいたものを意識的に飲み下す日々。兄と比較されることが、天堂と接点を持つために自分に近づいてくる人々が、逆に自分が天堂であるために距離を置かれることが、これまでなんとも思っていなかった、当たり前だと思っていたすべてが重圧で厄介で苦痛だった。笑顔だけはとびきり綺麗に取り繕えるようになり、周囲からは以前にもまして人当たりが良くなったと褒められた。今までと何も変わらない、むしろ充実したようにも見える日々の中で、ただただ精神が磨耗していくのを感じた。

     気の狂いそうな幸福の中で生き続けること数年。穏やかな日々を根底から覆したあの紫色と再会したのは、天彦が三十路を迎えてすぐのことだった。
     いつもの時間、いつもの道、車通りの多い道路の上、滅多に人の通らない歩道橋。

    「え、」
     相手と目があった瞬間、ひくりと顔が引きつる。紫だ。真っ直ぐにこちらを見つめる深い紫。ねえ、なんで?幼い声が頭の奥で反響する。あれから9年、顔立ちはそれなりに変わっていたが、紫の瞳はあの時から何も変わっていなかった。
    「……ふみや、さん」
    「あ、覚えててくれたんだ」
     瞳と同じくらい静かに凪いだ声は記憶の中よりもずっと低い。当たり前だろう、あの時は小学生で声変わりもまだだった。
    「久しぶり、天彦」
     目の前にやってきたふみやは天彦の顔を覗き込んでくる。あのとき自分を見つめていた紫色が目の前にあった。身長も随分伸びたんだなと、いやに冷静な感想が浮かぶ。記憶よりずっと成長した姿に驚きながらも、思い出したようににこりと笑いかけた。
    「……ほ、本当に久しぶりですね。どうしたんですか急に、もしかしてこの辺りに住んでいるとか?あ、僕はここ住んでいるんですよ。それで、」
    「天彦」
     ぽつりと名前を呼ばれて、言葉が出なくなってしまう。あの時と同じだ。目の前の紫に吸い込まれそうになって、世界が一変して、自分の中で何かが崩れて、苦しくなって、それで、
    「……なんか、笑うの下手になった?」
    「え」
     ぴし、と綺麗な笑顔がそのままの形で固まる。笑うのが下手?まさか。今の天彦は誰よりも綺麗に笑うことができるのに。
    「前よりずっと苦しそう」
    「……そんな、こと、」
     声が喉で絡まる。今の自分はどんな顔をしているのだろう。ゆっくり瞬きをしたふみやがすっと目を伏せる。ああ、これもあの時と同じだ。胸の奥がざわざわする。
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