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    ky_symphonic

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    ky_symphonic

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    ムンホル洗脳天ふみ

     天彦の気まぐれに付き合わされるのは珍しいことではないし、ふみやだって常日頃から天彦を振り回している自覚はある。だからお互い、多少のことでは驚かないし大抵のことは許容しているが、流石にこれはどうなんだろうか。手足を拘束されてベッドに転がったまま抗議するように視線を送ると、ふみやの身動きを封じた張本人である天彦は柔らかく微笑んだ。1ミリも悪いと思ってないような顔にため息を吐く。

    「……お前が変なプレイをしたがるのはいつものことだし、まあいいんだけど。何するかだけ教えて」
    「ふふ、理解が早くて助かります。実は天彦、新曲ができまして」
    「は?」

     しんきょく。新曲か。そういえば最近忙しそうだったが、曲。なるほど。外出が増えていたのはレコーディングとか行っていたのだろうか。教えてくれれば着いていったのに。以前は一緒に連れていってもらった気がする。

    「本日音源をいただいたんです。かなり自信作なので、一番にふみやさんに聴かせたいなあ、と」
    「わかった。わかったけど、わからない。なんで俺、拘束されてんの」
    「どうせなら集中して聴いていただきたいので……」
    「いや、こんなことしなくてもちゃんと聴くから。俺のこと落ち着きのないガキだと思ってる?」

     言外に失礼なことを言われたような気がして睨みつけるが笑顔で躱される。それでも何か他に理由があるだろうと思い、据わった目でしぶとく見つめ続けると天彦は観念したように両手を上げた。

    「……まあ、この天彦。ただ新曲を聴いてほしいだけでこんなことをするタイプの変態ではありません。実は、ちょ〜っと試してみたいことがありまして……。ふみやさん、僕の声好きですよね?」
    「え? あ、うん。えーと、それなりに」
    「ありがとう。ふふ、そんな天彦の声が大好きなふみやさんに、僕の歌声を聴かせ続けたらどうなっちゃうのかな、と。気になってしまったので、試します」
    「は?」
    「大丈夫、目隠しして音源をループ再生するだけです。変なことは何もしませんよ」

     目隠し拘束して自分の歌を聴かせ続けるのは十分変なことだと思うが、好奇心旺盛な子供のように目を輝かせる天彦にそんなことを言っても無駄な気がしてきた。空色の瞳が天彦わくわく、と言っている。まあでも、要するにベッドに寝転がって目を閉じて音楽を聴くだけだ。曲を聴いたまま寝落ちとかは普段からするし、大したことはないだろう。絵面はめちゃめちゃ変態じみているが。

    「ひとつだけ聞いていい?」
    「はい、なんでしょう」
    「どんな曲?」
    「それは聴いてからのお楽しみ、と言いたいところですが……そうですね、"聴くサプリ"とでも言いましょうか」
    「聴く、サプリ」
    「この曲を聴けば幸せホルモンが分泌されます」
    「ヤバい薬の誘い文句じゃん。ちゃんと合法のやつ?」
    「失礼な。違法だったら天彦の声帯が取り締まられてしまいますよ」

     天彦は苦笑しているがどうにも怪しい。そもそも生きているだけで通報されてもおかしくないような存在なのだ。取り締まる術がないのをいいことに、法の穴という穴に挿入しているようなものだからタチが悪い。しかも本人は自覚がなさそうなのでどうしようもない。若干警戒した表情になったふみやを安心させるように天彦が微笑むが、もうその微笑みすらあまり信用できなくなってきた。本当に大丈夫なのか、これは。

    「さては天彦を疑っていますね? 僕がそんな危ないものをふみやさんに聴かせるはずないでしょう。ほらほら、聴いてみればわかりますから。とってもいい曲なんですよ」
    「お前が変なこと言うから……うわ、何も見えない」
    「目隠しもいい感じですね。ではヘッドホンをどうぞ。密閉型なので外の音聞こえなくなっちゃいますけど、僕がそばにいるので安心してくださいね」
    「は、え? えっ、天彦?」

     柔らかい布で目元を覆われ、真っ暗な視界に戸惑っていると両耳にも何かが被せられた。静かな闇の中に突然放り込まれた不安から天彦の名前を呼ぶが、自分の声すら遠く聞こえる。慣れ親しんだ天彦のベッドの上なのに、視界と音を奪われるだけでこんなに恐ろしくなるのかと息を呑んだ。

    「天彦、え、いる? 天彦いるよな? 返事……は聞こえないから、なんか、手とか握って。それか目隠し取って、ね、あまひこ……え、あ、ひっ」

     曲が始まったのか、遠くから迫ってくるような音楽とともに天彦の声がヘッドホンから聞こえてくる。耳元で囁かれているような感覚に声がひっくり返った。一瞬で意識が引き込まれる。息をするのも忘れて聴き入っていると、いつの間にか音が止んでいた。曲が終わったらしい。よくわからないが、なんだかすごいものを聴いた気がする。とりあえず感想でも言うべきかと思い、息を整えて口を開こうとしたところで再び曲が流れ始めた。言葉が形になる前に口の中で霧散する。放心したまま何度か曲が繰り返され、しばらく呆然と聴き入っていたが、混乱していた意識が少しだけ落ち着いてきた。

    「な、何回か聴いてる、けど、なんかこれすごい、ね。よくわかんな……ぅあ、よくわかんない、のに、なんか、癖に……ッ、な、る、」
    「でも目隠しは取ってほし……集中できな、ッ……ぁ、ああ、ぁ、」

     ずっと黙ったままなのもよくないかとどうにか口を開くが上手く喋れている気がしない。開き直って曲中でも構わず天彦に話しかけてみるものの、そもそも自分の声がよく聞こえないしところどころで思考が乱れる。曲調が何度も変わるから、いくら聴いても慣れることができない。それでも少しずつ耳が馴染んできたのか、わけもわからず翻弄されていた最初の数回よりはちゃんと聴くことができるようになってきた。

    (天彦の声……なんか、いつもと違う。変な感じする……)

     ハウスのそこかしこで聞こえる快活な声とも、ふたりきりのときだけ聞くことができる甘く柔らかい声とも違う、圧のある低い声。静かに追い立てるように淡々と流れ込んでくるその声が、問答無用でふみやを縛りつけてくる。曲が始まってすぐに天彦の声に囚われて、そこから先は音の奔流に呑まれるだけ。

    「ふぅ、う゛……ん、っふ、ぐぁ、あぁあ……」

     有無を言わさぬ強い声と重く響く音楽が脳を揺らす。重低音が鼓膜を震わすたびに喉も震えて、たぶん声が漏れている気がするけれど聞こえないからよくわからない。頭の中が痺れて、意識が重たくなっていくのが気持ちよくなってきた。

    (頭、重い……力入んない……ぐらぐらする、のが、きもちー……)
    (しあわせホルモン、て、やつ? やっぱ、ヤバいやつじゃんね)
    (御多幸あれ、ってそういうこと? たこーかん?)
    (やばい……あたまおかしくなりそ……)

     様々な考えが浮かんでは音の奔流に押し流される。延々と繰り返される曲が、聴こえてくる音とは別に頭の中で回り始めた。渦に吸い込まれるように思考が消えていって、空っぽの頭にひたすら天彦の歌声が流し込まれる。聴きすぎて逆に何もわからなくなってきたところで、天啓が降りたかのように突然ひらめいた。

    (これ……天彦だ……!)

     解放、祭り、歓び、祈り、祝福、受容。理解できないのにどうしようもなく引き込まれるこの曲は天堂天彦そのものであると、そう思った。何十回と聴かされ続けてようやく気づいた。……気づいて、しまった。

    「ッ♡ ぅぎゅ……♡ ぁが、ぁ、ぁああぁ♡♡♡」

     頭に電極を突き刺されたかと錯覚するくらい激しい、高圧電流のような快感が全身を貫く。脳に絡みつき、思考を縛りつけ、頭の中を掻き回してふみやの意識を支配していたものの正体が天彦そのものだという気づきは、一瞬でふみやを狂わせた。天彦に呑まれている。天彦に縛られている。天彦に犯されている。天彦によって侵食され、壊され、染め上げられておかしくなっていく。内側から天彦に狂わされていくような錯覚に陥り、恐ろしいほどの興奮に身体が震えた。異常な興奮と快楽に、自由にならない身体を暴れさせながら喘ぎまくる。意識を揺さぶるような重低音や変化の多い曲調も、普段聴くことのない命令形の言葉も、こちらに呼びかけるような高らかな声も、全部全部気持ちよかった。

    ***

    「ッ♡ ぅぎゅ……♡ ぁが、ぁ、ぁああぁ♡♡♡」
    「えっ」
    「ォオオ♡♡♡ ッ♡ ぅあ、、♡」

     突然のたうちながら喘ぎ始めたふみやに驚いて身体が跳ねる。先ほどまで控えめに腰を揺らしながら呻き声のようなものを出していた程度だったはずだが、どうしたのだろう。

    「ふみやさん? あ、聞こえてないか」
    「〜〜〜ッ♡♡♡ は、ァ、あァ♡♡♡ ぁひ……ィ゛、♡」
    「ええ……」

     暴れ方が尋常でないので声をかけてみる。聞こえていないので当然返事はなかったが、しばらく様子を見ていると狂ったように喘いでいたふみやはいきなり静かになった。手足の拘束を外しながら、ベッドに力なく沈んだ身体に目をやると未だに腰が力なく動いている。ズボンにシミが出来ているし、どうやら大暴れしていたのはイキ狂っていたためらしい。一体なぜ、と思ったが面白さが上回ったので放っておくことにした。

    「ーー……♡ あぁ、あ……♡ あ、はッ……♡」
    「…………」
    「ん、っふ、♡ ……ムン、ラーラ……ムンラー、ラ……」
    「……?」

     断続的に痙攣していたふみやの口から出てきた言葉に首を傾げる。ムンラーラ。曲のサビで繰り返されているフレーズだ。それを虚ろな声で何度も呟き始めたので流石にちょっと心配になる。目隠しをずらして顔を覗き込むと、閉じ方を忘れてしまったかのように半開きの瞼が力なく震えていた。上を向きかけている瞳は蕩けきっていて、何故か瞳孔も開いている。やけに緩慢な瞬きの後に、澱んだ紫がこちらを向いた。

    「ひぎ………………ッ♡♡♡」

     目があった瞬間にふみやの身体が跳ねる。天彦の姿を捉えたと同時にイッたらしい。涙と涎に塗れた顔がだらしなくゆるんだ。可愛いのでキスすると腰のあたりが震える。またイッたのかもしれない。顔を離すとふみやは再び白目を剥きかけていた。苦笑しながらヘッドホンを外し、身体を起こしてやる。放心しているふみやの身体を膝の上に乗せて抱きしめると、何に反応したのか濁った声を漏らして絶頂した。余韻に震える背中を撫でながら少しだけ思案する。よくわからないが、今のふみやはとんでもなくイきやすい状態になっているらしい。そして原因はおそらく、天彦の曲だろう。ほんの好奇心で音源を聴かせてみたが、想像以上に面白いことになった。

    (ふみやさんには、もう少しだけお付き合いいただきましょう)

     薄っすらと微笑みを浮かべ、ふみやの耳元に顔を寄せる。抱きしめる力を少しだけ強くすると、ふみやはまた喘いだ。思わず口角が上がってしまう。反対側の耳に軽く指を差し入れ、彼がどんな反応をするか楽しみにしながら可愛らしい耳に唇で触れて口を開いた。

    「オキトコスコス……」

     次の瞬間、ふみやが目を回しながら絶叫に近い喘ぎ声とともに全身を痙攣させる。自身の腕の中でふみやが壊れていくのを感じながら、天彦は楽しそうに彼の耳に歌声を吹き込み続けた。
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