涙滴る死に顔 フロックの話を聞いていると、どうも死に急ぎ野郎と重なってならなかった。暑苦しい根性論で周りを巻き込んでいた頃の、あいつだ。
お前は無鉄砲なバカではないだろ、と思って聞いた。
「お前は死ぬのが怖くねえのかよ」
フロックは何も答えず俺の顔を少し眺めた。それから、鸚鵡返しに聞いてきた。
「ジャンは死ぬのが怖いのか?」
フロックの目を見れば、思いの外穏やかな色をしていた。咎められているわけではないようだ。俺は素直に答えた。
「怖いだろ、そりゃ」
「そうか」
「当たり前だろ。誰だって怖いだろ」
お前だって怖かっただろ、と言いかけてやめた。フロックの気持ちをわかった風になるのはやめようと、前から気を付けていた。俺とこいつは、見た景色も、味わった地獄も違うのだから。
「お前が死んだら悲しむ人がたくさんいるしな」
「何?」
関係ない話に飛んでいるようだ。
「何の話だよ」
「死んだ方が褒められる命もある」
心の奥がゾクっと寒くなった。
「何かに捧げてこそ喜ばれる命もある」
無意識なのか、首元に手を持って行くのを見て、フロックがループタイを乱雑に弄る癖があったのを思い出した。それから、その「勲章」をよく皮肉っていたことも。本当に似合わないよな、と自虐までしていた。
「俺もジャンに死んでほしくないと思ってる」
フロックが少し小さな声で言った。目を逸らしながら言ったのは、照れてるからだろうか。
「死にたくない奴は死ななくていいと思ってるよ」
それじゃあ、お前は死にたいと思っているのかよ。怒鳴りつけたいくらいの気持ちをもう一つの本心を口に出すことで抑えた。
「俺も、フロックに死んでほしくない」
フロックの気持ちをわかったフリしないようにしていたのは、一方的な仲間意識は迷惑だろうと、俺の中でなんとなく思ってのことだった。でも、そんなことするべきではなかったかもしれない。そうやって距離を作るべきではなかった。
俺の心からの言葉に、フロックは特に反応せず、思い出したように「リヴァイ兵長が呼んでただろ」と俺を急かすだけだった。
今更だ、こんな後悔。大義に自分の居場所を探しているような奴に、今更俺のそばに居たらいいと訴えたって。俺がお前に死んでほしくないから死ぬなと訴えたって、無駄か。
開戦は目前だ。
首元を押さえながらも、止まらない血にただ焦るばかりだった。身体中に冷や汗が滲み、目までじんわり潤むのがわかった。俺に泣かれたってこいつはウザがるだろう。いや、今のこいつに俺は眼中にないか。
「行かないでくれ……」
フロックの訴えを聞いて、心臓を掴まれる感覚に襲われた。罪悪感、後悔、動揺、それから、湧き上がってくる反感。
「死ぬのが怖いって言えよ」
心の奥底で、いつかの俺が怒鳴った。
ここにこんなにお前に死んでほしくないと願ってる人間がいるだろうが。