この後めっちゃ怒られた「理櫻!まだやれるな」
「当たり前や……!」
爆風が吹きすさぶ中、理櫻は負けじと声を張った。鎖を杖代わりにして立ち上がった彼女の手は既に皮が何ヶ所もめくれており、見た目だけでも十分痛々しい。
頼我は彼女に振り向かず、敵がいる4時の方向を睨みつけていた。いつも被っている軍帽は既にどこかに吹っ飛んで行方不明だ。短髪が汗と血により額に張り付いていて鬱陶しい。グローブで乱雑に拭った頼我は、軍刀を握り直す。まさか手加減のために使っていた軍刀が、必要装備になるとはViCaPをやって18年、思ってもみなかった。持参した軍刀は1本爆発に巻き込まれて破壊されたため、今持っている軍刀が最後である。頼我はもう一度額の汗と血を拭った。
爆発が収まると、硝煙にぼんやりと人影が映る。それ目掛けて頼我が走り出せば、理櫻も追って鎖を投げる。人影が頼我の攻撃を避けると、理櫻は鎖を人影の方へと飛ばした反動で自分も一緒になって距離を詰めた。その時、影がさす。理櫻の手元には地面に突き刺さった鎖しかない。目を向けた時にはこちらに向かって飛び上がった影があった。鎖は、間に合わない!理櫻が歯をかみ締めて来る痛みに覚悟をしたその時、軍刀が影の頭を貫いた。そのまま貫通して軍刀は音を立てながら地面に叩きつけられて折れる。一瞬の隙をついて理櫻は鎖を伸ばし影を地面に押し倒した。人型はもがくような動作をしたあとすぐにグジュ……と液状に姿を変えた。
理櫻は思わず舌打ちをする。
先程から同じ人影が現れた、何度殴ろうが致命傷まで与えようがすぐに液状になって消えてしまうのだ。仕舞いにはしばらくすればまた同じ影が現れる。
千差万別の異能の全てをViCaPは把握しきれていない――理櫻と頼我は戦いの中から、相手の異能の全貌を探っていた。
おそらく分身のようなもので、本体へのダメージがカットされているのだろうと予測をつけた2人は、本体を探しつつとにかく影を倒しまくっていた。少しでもダメージが蓄積されれば、本体もしっぽを出す可能性は高くなる。脳筋過ぎるプレイだが、探索に長けていないチームであり、応援を呼ぶにも周辺は破壊されつくし簡単に近付くことはできない。最早この手段しかないと言えよう。
何度倒そうと簡単に現れる影に、こちらが先に体力切れになりそうだ。相手が爆弾を使用して周囲を巻き込むのもタチが悪い。
理櫻は先程から頼我の動きが鈍っていることに気付いていた。明らかにこちらの呼び掛けの反応が遅いのだ。恐らく先程近距離で爆発したせいだろう片耳が聞こえていないか、両方か……。相手の異能も判明していないのに五感のひとつを潰されるのはかなりの痛手だ。
理櫻はとにかく頼我の補助に周り、鎖を飛ばして視線を誘導したり、結界を張って不意打ちをなんとか防いでいた。だが、理櫻の異能も無尽蔵ではない。やや掠れた視界は、彼女に限界を知らせていた。
「頼我」
とか細く呼んだ声は、彼には届かない。武器を使い切った頼我は何度も額を拭う仕草を見せている。恐らく頭部に怪我を負っている。理櫻は彼のカバーに入るために鎖で自分の体を引っ張っていった。
気配で気付いた頼我が、理櫻の背中に腕を回して支える。お互いに満身創痍だ。
再び現れた影。上から降ってくることが多いため、むき出しの顎に頼我が素早く拳を入れる。手っ取り早く潰すためにとにかく急所を狙って胸に一撃入れると、人影は形を保てなくなり、グジュリと泥のように崩れた。
軍刀であればそのまま真っ二つにして終わりだったが、一工程増えてしまった。やはり素手とは相性が悪い。グローブの隙間から皮膚がずる剥けになっている指を見てもう一度拳を握り締める。何より接触すると皮膚にダメージが加わるのが最悪だ。
人影が生成されるだろうインターバル、頼我は結界を張り続けている理櫻の元に走った。
乱れた髪のままの理櫻は、周辺に被害が及ばないように結界を張り続けている。広範囲の結界は心身ともに消耗が激しい。今にも倒れそうな理櫻の肩を抱きしめから、彼女の返答が聞こえるように頼我は顔を寄せた。
「理櫻、少し休め。俺だけで暫くは相手する」
「そんなん、いやや……」
理櫻のか細い声は頼我には聞こえなかったものの、緩く振られた首の動きで頼我は渋い顔をする。
理櫻は必死だった。頼我は既に大きなハンデを背負っている。その上身体強化した体でさえ既に何度かの爆発に巻き込まれて血だらけだ。未だに戦えているのは彼のフィジカルとしか言えない。
「理櫻」
彼女の唇が髪を噛み締めていることに気づいて、頼我は指を滑らせた。同時に彼の血が彼女の頬を汚す。理櫻はその感覚に全てを悟ってくしゃりと顔を歪ませた。
「いやや、まだやれる」
理櫻は歯を食いしばれば、鉄錆の味が広がった。縋るように頼我の背中の布地を掴み、子供のように肩に回された手を握りしめた。
頼我はそんな理櫻を見て……帽子の鍔を下げようと指をスカらせた。また額を拭っただけになった手はベッタリと赤い。
「わかった」
頼我の赤く色付いた唇が動く。理櫻が掴んだ手をギュッと握り返すと1度深く息を吸い込んだ。
「リミッターをもう1段階解除。強化レベルを3に移行しろ」
頼我の声は冷たい空気に溶けた。独り言を言っているわけでも、カッコつけている訳でもない。頼我にだけ聞こえる声が「いいわよ」と彼に力を与えた。
彼がここまでボロボロでも戦えているのは、彼のフィジカルギフテッドにある。身体強化は5段階まであり、人間本来の力を極限まで引き出せるのだ。更にリミッターを解除することにより、人間が本来制御している神経を一時的に切断。思考回路や痛覚が鈍くなりより暴れ回れるようになるのだ。
「アカン!やめて!頼我!」
理櫻はこのギフテッドのデメリットを知っている。
何故人間は本来ある力の100%を使えないのか?それはその身を滅ぼすからである。
頼我は本来なら焼き切れる神経を、断裂する筋肉を、命を燃やすことによってリカバリーしているのだ。
理櫻は知っている。
だから、彼に縋るように抱きついて首をイヤイヤと横に振った。だが、頼我は鈍った頭で理櫻を見下げると、彼女の肩を押して地面に座らせた。
「結界に集中せぇ」
頼我の真のギフテッドは既に理櫻の名前すらも朧気になっている理性でも、彼女を大事にする強い気持ちだろう。
「必ず帰る」
自分が、そして、理櫻も。
燃えたぎる決意を胸に、頼我は降りてきた影に向かって地面を踏み込む。コンクールに足がめり込み、ほぼ垂直のジャンプを決め込むと、勢いよく踵を落とす。水風船が割れるように人影はコンクールに打ち付けられて破裂した。
次は爆弾が飛んでくるのを目視で避けて反射で遠くへと蹴っ飛ばした。爆風を腕で受け止め、制服が焼け落ちる。
それを気にも留めず、人影へと突っ込む。心臓を一突きすれば、液体が頼我の顔の皮膚を溶かした。
それを避けるように頭を横から殴りつけて液体共に吹っ飛ばす。
そうして何度もまた何度も殴り倒し、ついに人影は来なくなった。
「頼我、あとは私がやるわ」
理櫻がフラフラとした足取りで頼我の裾を掴んだ。周辺を高速で調べようとした頼我は、少し理櫻を引き摺って思い出したように止まる。そして理櫻の背中に腕を回し彼女を支えた。
理櫻が結界の範囲を狭めてゆく。鎖がなにかに触れた。
そこへ向かえば、路地裏のゴミ箱の横に倒れ込んでいる男がいた。服から見える範囲には傷ひとつないが、苦しそうに呻き声をあげながら体を丸くしていた。
――問題のヴィランに違いない。
理櫻と頼我はお互いに目を合わせて頷く。
サイレンの音が遠くからきこえてくる。
地面の振動で頼我はそれを感じとり、彼女の肩をさすった。
「帰るで」
動かない表情筋に血で固まった髪が張り付いている。
理櫻は頼我の腕にもたれかかりながら、また背中から手を離さなかった。